『SyngUp!』のプロデューサーは足を引っ張ると殺される 作:プロデューサー科のもの
白草さんからの指導を終えた次の日、今日は完全休養日だ。
というのも、昨日全力を尽くした彼女たちの疲労度合いを鑑みて、その形になった。
彼女たちの疲弊具合は凄まじく、ライブをしたのと同じぐらいに疲れ切っていたので、今日はお休みしてもらう。
そんな中、私は事務所にいる。
本当であれば、休みの日なので大和のところに行こうと思っていたのだが…前に話したご褒美と…恐らくおしおきの件で、秦谷さんから呼び出されていた。
最近、だいぶ好き放題していたので、正直文句は言えない。
ちなみに、私の知らないところで、じゃんけんで順番を決めたらしい。
そのため、大和とは明日会うことにして、今日は彼女の我儘を叶える日となったのだ。
そのうち全員にツケを支払う日が来るだろう。
なので、事務所でいつも通り仕事をしていると、朝の時間には珍しく秦谷さんが現れた。
「おはようございます。
プロデューサー」
「おはようございます。
秦谷さん」
「今日はいいお天気ですね」
「ええ、全く」
笑いながら、彼女と顔を見合わせる。
その顔には、嬉しそうな表情を浮かべながらも、昨日の疲れを引きずっているようにも見えた。
「秦谷さん、昨日の疲れもあるでしょうから、無理はなさらないでくださいね」
「ええ…今日は、プロデューサーにお願いごとを叶えてもらうために来たので、無理はしません」
「それならいいのですが…何をすればいいでしょう?」
「まず…こちらに書いてほしいものがあります」
書いてほしいもの?
頭の中で復唱しながら、彼女がカバンの中から取り出したそれを見る。
そこから取り出されたのは……封筒に切り込みが入っていて、そこに名前を書く欄がある。
………この感じ、どこかで見た覚えがあるな。
「プロデューサーには、こちらに名前を書いていただきたいのです」
「他の人の名前は書きませんよ?」
…真っ先に頭をよぎったのが某漫画のシチュエーションだったので、思わず言ってしまった。
もし、これに他人の名前を書いてほしいと言われたら、断らないといけないかもしれない。
名前を書いただけで死ぬノートが、この世界に存在しているはずがないとはわかりながらも、念を押してそう言った。
当然、それではなかったようで、秦谷さんは不思議そうに小首を傾げていた。
「?
ええ、プロデューサーのお名前で結構です」
どうやら、私は殺人犯にならないで済んだらしい。
99%ないとは思いながらも、1%ぐらいならありえそうだと思った自分を恥じた。
それに、よく見たら封筒の切れ込みは一か所しかなく、人の名前を複数書くには向いてない。
「それぐらいなら構いませんよ」
そう言って、秦谷さんから受け取った封筒の
秦谷さんは、心の底から嬉しそうにしていた。
…これがそんなに大事なのだろうか?
「中身、見なくてよいのですか?」
「秦谷さんには、これまで非常に色々なことに付き合ってもらいました。
食事の用意や、みなさんのケアをはじめ、私のプランのお手伝い、お願い事もいくつも。
この中身が気にならないと言えば嘘になりますが、あなたのためなら、どんな内容でも受け入れます」
「まあ、それほどまでに、信頼してくださっているのですね」
「ええ、当然です。
これで大丈夫ですか?」
言いながら、私は彼女に封筒を渡した。
そこに記された名前を見て、彼女は本当に心の底から幸せそうな表情を浮かべて、ほほ笑んだ。
「はい、ありがとうございます。
こちらは、大切に保管しておきますね」
「お好きにどうぞ。
…それだけですか?」
彼女はいそいそと封筒を自分の鞄にしまいながら、首を振る。
「まさか。
最近、浮気性なプロデューサーには、もっともっといろいろしてもらいます。
…最近、本当に録音機を取り付けようかと思っていますが、浮気性なあなたはどう思いますか?」
…録音か。
既にGPSを付けられているので、秘密裏に動くことはしにくくなっている。
彼女たちに想定外なことをさせたり、レッスンに意識を向かせている間ぐらいにしかできない。
そういう意味では、白草さんの襲来は良い隠れ蓑になった。
…そんな罪悪感があったからか、彼女に見透かされてしまった気がしたからか。
「…それをあなたが望むなら……」
とそこまで言いかけて、ハッとした。
「いや、プロデュースプランに影響が出かねないので、ダメです」
流石に日常生活全ての録音はまずい。
先方との打ち合わせとか、守秘義務があるものも多いので、それは流石にアウトだ。
ただでさえ、悪評が蔓延っているのに、数少ない信用まで失うのはまずい。
彼女もわかっているからか、諦めたように溜息を吐いた。
「…はあ、仕方ありませんね。
ですが、プロデューサーに貸しているものも合わせて、今日1日は好きにさせていただきますよ?」
「仰せのままに」
「では…一緒にお昼寝をしましょう」
彼女は顔を真っ赤にして、恥ずかしがりながらも…そう、言い切った。
…来てしまったか、この時が。
「………わかり…ました」
苦々しい顔で私がそう言うと、彼女は驚きながらも私に窺うように瞳を覗く。
言った本人も、承諾されるとは思わなかったのだろう。
「…いいのですか?」
「良いか悪いかで言えば、非常に悪いです。
担当アイドルと、担当プロデューサーがそういうことをしてはいけません」
本当に、断腸の思いだ。
いつか来るだろうとは思いながら、実際に来てしまうとまだ恐れが勝る。
万が一のことを考えると、決して受け入れてはいけない。
「ですが、私は既にあなた方に2度も救われています。
ここに来る前の私と、ここに来てからの…この前の話し合いの時と、2回。
とてつもなく、大きな2回です。
特に、秦谷さんには迷惑も多大にかけています。
であれば、私にこれを拒否する権利はないでしょう」
「…本当に嫌であれば、諦めます。
プロデューサーを苦しめてまで、したいものはありません」
秦谷さんは寂しそうな顔をして、私にそう言った。
…確かに、私が彼女たちと接触を避けているのは、プロデューサーとしての規則に則ったもの。
本心から嫌かと言われると…。
そして、秦谷さんは私の目を見た。
「プロデューサーは、わたしとお昼寝、したいですか?
したくありませんか?」
その私の内心を見透かしたかのように、彼女は不安そうな目を私に向けた。
…ああ、彼女はわかっているのだろう。
私に、こう言えば断れないと。
そう確信しているのだろうが、もし断られたら立ち直れないという不安が、彼女の瞳を潤ませている。
「……その言い方はズルいと思います」
私が折れる寸前に吐いた言葉は、彼女の自信を取り戻させるのに十分なものだった。
「担当プロデューサーに似たのかもしれませんね。
悪い悪い、プロデューサーに」
そう言って微笑んだ彼女に、私はずっとずっと押し殺してきた、
呟いて、しまった。
「秦谷さんとお昼寝…なんて、したいに決まってます」
何度思っただろうか。
秦谷さんに、膝枕して差し上げますので、こちらに来てください、と言われてそのまま誘惑に負けたくなったことが。
隣で安らかに寝息を立てている彼女につられて、そのまま眠りたくなったことが。
それもこれも、プロデューサーとして、アイドルとの接触は控えるようにしなければならないと思っていたから。
だが、そんな矜持は、彼女の傲慢な我儘の前には、あまりに儚く、脆いものだった。
それこそ、よく今まで通し続けていたと褒めてやりたくなる程度には。
そんな私の内心とは裏腹に、顔を朱に染めた彼女は、呆けたまま私を見ていた。
「秦谷さん?」
私の声掛けに、はっとした彼女は頭を振って私と視線を交わす。
普段通りを装いつつも、耳はまだ赤いままだ。
「いえ、素直なプロデューサーは好きですよ」
「私も、秦谷さんが大好きですよ」
カウンターをもろに食らった秦谷さんは、再び顔を朱色に染め上げた。
「…もう言わないんじゃなかったですか?」
「あれはあの日限定です。
大好きな担当アイドルに、大好きといって問題はないでしょう?」
大好きと連呼した結果か、秦谷さんは顔を真っ赤に染め上げたまま、机に突っ伏した。
そして吐いた言葉は、あまりにも弱々しくて、可愛らしいものだった。
「…いじわる」
「あなたの大好きな担当プロデューサーですからね。
大好きな担当アイドルにいじわるもしたくなります」
「もう!
プロデューサー!
それ以上は怒りますよ!」
「これは失礼しました。
…それで、ここでお休みしますか?
布団は1つしかありませんが…」
「女子寮にプロデューサーを連れていくことはできませんし、ここなら、鍵も閉められるので見られることもないかと思います。
一つの布団で眠るのも、乙なものです」
「秦谷さんのにおいがたっぷり染みついた布団にですか?
私としては大歓迎ですが」
私の言葉に、彼女はまた顔を真っ赤にして机に突っ伏した。
この前とは違い、洗濯するような余裕もなかったはずだし、秦谷さんと一緒にお昼寝するのであれば、そうなるのは間違いないだろう。
撃沈した秦谷さんが本当にかわいいなと思いながら見ていると、秦谷さんは辛うじて口を動かした。
「……破廉恥です」
「破廉恥なことをしようとしたのは、秦谷さんですけどね」
「…今日のプロデューサーはいじわるです」
顔を上げた秦谷さんの目は涙目になっていた。
かわいい。
「折角のオフですし、今日は少し素直になることにしました。
お気に召しませんでしたか?」
「…いえ、そのままでいてください。
わたしの知らない、あなたをもっともっと見せてください。
あなたの全てを、知りたいんです」
「秦谷さんの知らない私…ですか」
「ええ、あなたは『プロデューサー』として頑張ろうとしてくれています。
それはとても嬉しくて、幸せなことですが…あなた自身のことをもっと知りたいのです。
この前、あなたのことを打ち明けてくれた時、本当に嬉しかったんですよ?」
秦谷さんの表情は、彼女が言う通りのそれで…それを否定するようなことは、私には言えなかった。
「……わかりました。
善処しましょう」
そう言ったが、私がすぐに素の自分を曝け出すことは難しいだろう。
そうなると、プロデュースどころではなくなってしまう可能性があるからだ。
だから、そんな玉虫色の返事しかできなかった。
それを誤魔化すために、話題を元に戻すことにした。
そのために、出入り口のドア窓を覆うようにカーテンを敷き、窓のカーテンも同様に閉める。
「さて、それでは…お昼寝、しますか?」
「…はい」
私は彼女に導かれて、布団に誘導された。
彼女は顔を真っ赤にしたままだ。
布団に先に入った彼女は、両手を広げて私にこっちへおいでと言わんばかりに手招きをする。
…覚悟を決めよう。
鋼の意志を固めたまま、私は彼女に導かれるままに布団に入った。
秦谷さんに頭を撫でられながら、彼女の温かさを感じ…ないように思考のリソースを他に回す。
匂いを下手に嗅がないように、口で呼吸をすることを意識し、静かにするように心がけた。
今、根緒先生あたりに事務所を開けられたら、言い訳のしようがないな。
そう思いながら、少し手を伸ばして私の頭に手を伸ばしている彼女と、視線を合わせながら、頭を撫でられ続ける。
ああ、本当に…。
顔を赤くしながらも、一生懸命私を寝かしつけようとする姿が…
「……かわいい」
「ふえ!?」
思わず零れた声は、距離の近さもあって彼女に聞こえてしまったようだ。
珍しく素っ頓狂な声を上げた彼女は、撫でている手を思わず止めた。
私はそんな彼女に更に見惚れてしまう。
そうして、私たちは見つめ合ったまま動かなかった。
暫く時計の針の動く音だけが、事務所を支配する。
先に正気に戻った私は、未だに呆けている秦谷さんの頭を優しく撫でてみた。
「ひう」
可愛らしい声を挙げながら、私に撫でられる彼女はとても愛らしい。
……しまった、思わず触ってしまったが、デリカシーにかける行為だった。
「いきなり髪に触れてしまいましたが、嫌ではありませんか?」
「………嫌では…ありません」
「ならよかった」
…このまま、先に彼女を寝かしつけてしまえばいいのではないか?
秦谷さんは昨日の件もあってお疲れのようだし、ゆっくり休んでもらいたい。
このシチュエーションも、これ以上続くと私の限界も近いだろう。
そう思って、暫く彼女を撫でていたのだが……耳まで真っ赤になった彼女は、寝る様子は全くなかった。
むしろ眠るどころか、もっと顔が赤くなっているようにも見える。
…もしかしてこれ、最初から間違えたのではないだろうか?
「…秦谷さん」
「……どうかしましたか、プロデューサー?」
「思ったのですが、いきなり同じ布団でのお昼寝は、どうやらお互いに刺激が強すぎるみたいです。
申し訳ないのですが、眠るどころか目が冴えきってしまってます」
「……否定は…できませんね」
言いながら、私は布団から出て正座した。
秦谷さんもそれに倣って、向かい合って正座している。
他所から見たらシュールな光景かもしれない。
「ですので、とりあえず膝枕…とか、どうでしょうか?
また今度、慣れてきたらお昼寝も考えますので」
「…仕方ありませんね。
わかりました」
限界が近かった秦谷さんは、少し不満げではあるものの受け入れてくれた。
私ももう少しで限界を迎えそうだったので助かった。
膝枕も距離は近いが、添い寝よりはマシだろう。
それに、これで秦谷さんに休んでもらえる。
昨日の疲れが抜けきってない彼女に、休養日はしっかり休んでほしかった。
私と秦谷さんは、椅子に座りなおした。
正座のままで膝枕すると、足が痺れてしまうので直している間に起こしてしまうかもしれないからだ。
そして、私と秦谷さんはお互い顔を見合わせた。
「それでは、こちらへどうぞ」
「それでは、こちらにいらしてください」
「「………ん?」」
お互いに相手を受け入れるように手を広げて、寝かしつけようとし……相手の反応が想像と違うことに驚く。
なんで?
「秦谷さんのお昼寝のために膝枕をするのでは…?」
「プロデューサーを癒すために膝枕をするのでは…?」
「……フフ」
「……ふふ」
どうやら、私はお互いに相手に膝枕をする側だと思い込んでいた。
それがおかしくて、二人で笑い合う。
「ふふ、では順番といきましょう、プロデューサー。
先にわたしがして差し上げます」
「…では、お言葉に甘えましょう。
失礼しますね」
添い寝に比べたら大したことないなと思いつつ……いや、まずい。
これに毒されてはいけない。
椅子をもう一つ用意して、椅子に横になりながら頭を秦谷さんの膝に預ける。
柔らかな感触と、真上で秦谷さんが愛おしそうに私を見つめていて、その瞳と目を合わせる。
「重くないですか?」
「これぐらいなら大丈夫です。
それでは…おやすみなさい、プロデューサー。
夢の中でも、わたしと会いましょうね」
「ええ、おやすみなさい、秦谷さん。
大好きですよ」
「…ええ、わたしも大好きです。
わたしのプロデューサー」
最後に聞いた言葉は、恥ずかしかったのか、小さな声だったけれども…確かに私には聞こえていた。
秦谷さんに頭を撫でられながら、目を瞑ると…先ほどの緊張感はどこへやら、いつの間にか眠りに落ちていた。
そして私は………夢の中の『彼女』に浮気をしてしまった。
………『
いつか来るとは思っていたが……まさか、『STEP3』と同時に見させられるとは思わず、目が覚めた後の私は暫く、秦谷さんと目を合わせられなかった。