『SyngUp!』のプロデューサーは足を引っ張ると殺される 作:プロデューサー科のもの
週明けの月曜日。
どうして、いつの時代も月曜日は憂鬱なのだろうか。
こっちに来る前、土日に出勤していても月曜日になると憂鬱になったものだ。
朝の走り込みを見守り、朝食を食べた後。
プロデューサー科までの歩みを進める中で、ふと思った。
別にプロデューサー科の授業が嫌いかと言えば、そういうことはない。
プロデューサー科の授業は優秀な教員がわかりやすく教えてくれる。
第一、私自身がプロデューサーとして未熟である上に、他の人たちと違う卑怯な手でここにいる以上、研鑽のために一番手っ取り早い手段は授業を真面目に受けることだ。
昨日、大和のところに行った時も、白草さんに付き添ったために出席できなかった授業の資料を確認し、課題を進めていた。
大きく遅れてないと思いたいが、その憂鬱な気持ちは拭いきれない。
だが、こういう時に下手にサボり癖がつくと、復帰しづらいことは『前』の大学生活でよく知っていた。
1年生の夏休み明けには、講義で顔を見なくなり、学年が進むごとに見覚えのある人が少しずつ減っていった。
選択科目はともかく、必修科目の時にも見なくなると、ああ、そういうことかと察しが付く。
そうして、卒業時には入学時の3割ぐらいが消えていた様な記憶がある。
サボることは簡単だが、そこから取り戻すには時間も労力もかかるのだ。
なので、いつまでも憂鬱だとは言ってられない。
気合を入れなおすために、自分の頬を張る。
この扉を開けて、プロデューサーへの道を歩むのだ。
さあ、今日も研鑽を積み上げよう。
「やあ、『
待っていたよ」
私はそのまま、プロデューサー科の扉を閉めた。
そのまま、顎に手を当てて頭を傾げて考えこむ。
見間違いだろうか?
4年生の先輩であり、プロデューサー科首席と名高い、風間先輩がいたような気がする。
しかも、私の席に座って待ち構えていたように見えた。
…間違えて、4年生の教室に来たのだろうか?
考え事をしながら歩いたせいで、教室を間違えてしまったのかもしれない。
そう思って、教室を確認するが、何回見ても
………わかっている。
いくら、のんびり歩いていたとはいえ、半年も通った自分の教室を間違えるようなことはしない。
第一、入る前に教室の室名札を見てから入るようにしている。
プロデューサーの事務所になる教室は似たような教室ばかりなので、間違えて他のプロデューサーの事務所に入らないようにだ。
朝っぱらから面倒ごとが舞い込んだことを予感した。
今日は厄日になりそうだと思いながら、意を決して扉を開ける。
「やあ、『
いきなり出て行ってどうしたのかと思ったよ。
そういえば、『
まだ眠たいような眼をしているよ」
朝の3時半から起きているからな。
慣れてきたとはいえ、朝食を摂ったこともあり、体感的には昼の微睡に近い感覚があるのは確かだ。
……だが、
「…あなたとそのような話をした覚えはありませんが」
なんでそれを此奴が知ってるんだ?
朝に此奴と遭遇したことはないし、そんな話をしたこともない。
だが、彼はさも当然と言わんばかりにやれやれとため息を吐く。
「おいおい、忘れてしまったのかい?
僕と『
「寝言は寝てから言ってください。
あなたと会ってから、まだ1週間ぐらいしか経ってません」
私が否定すると、彼は周囲を見渡してから、ニヤッと笑った。
「…フッ、そういうことか。
『
クラスメイトの前だからといって、それで彼らが、君に対する態度を変えるわけでもないだろう?」
「……………」
駆除するべきか?
いや、鬱陶しいのは事実だが、処分するには早計か。
下手に動くには、私も彼も有名人すぎる。
それに、どうせ後数ヶ月もしたら、学内から消える人間だ。
同級生たちからは、奇異の目で見られている。
仕方ないが、イラつくのも仕方ないだろう。
「お、おい、士野。
大丈夫か?
今にも人を一人殺しそうな顔をしているぞ?」
「…大丈夫だよ、裕。
…私は…常に
「絶対大丈夫じゃないだろ」
右手を振り上げたい衝動を精一杯抑えていると、風間先輩は裕に気づいたようで、そっちに視線を向けた。
「おお、そっちの君は、『
「あ、4年生の風間先輩…ですよね?
俺は相上裕です。
仰る通り、士野とは友人です」
まだ先輩相手の最低限の礼儀だから、裕も余所行きの顔をしている。
彼を見て満足げに頷いた後、彼はまた高笑いをしている。
「はっはっは、『
僕と同じで友達が少なそうだからね」
「あ、あはは」
「余計なお世話です」
………さて、感情的になるのもこの辺にしておこう。
時に感情的になることも大事だが、別に今はその場面ではない。
イラつくのは仕方ないが、そろそろ本題に入ろう。
「それで、なぜ私たちの教室に来たんですか?
しかも、後10分もすれば、あなたも授業が始まるでしょうに」
「いや、僕はもう取れるだけの授業は全て終えてしまったんだ。
今はプロデュースだけに専念しているんだよ。
卒業後の進路も決まっているしね」
確かに大学4年目で授業も就職先もすべて決まってたら暇にもなるか。
「だとしても、ただの暇つぶしで来たわけではないでしょう?
もし、卒業するまでの暇つぶしなら他でやれ」
「これは手厳しい」
私の物言いにクラスメイトは戦慄の眼差しで見ているが、こいつにはこれぐらい言わないと意味がないだろう。
私の言葉で、彼は肩をすくめて立ち上がった。
その様子は別に欠片も堪えた様子は見えない。
…初対面の時が懐かしい。
あの時は、まだこんな化け物じゃなかったはずなのに、どこで間違えたんだ……!
「じゃあ、本題に入ろうか。
…君のプロデュースプランにも関わるかもしれない。
後で時間を取れるかい?」
なるほど、そういうことか。
彼の言葉で、他のクラスメイト達の目の色が変わった。
プロデュースプランを公にすることは、滅多にないだろう。
プロデュースプランというものは、プロデューサーにとって生命線と言ってもいい。
それを公にするということは、スマホやパソコンの中身を公開するようなものだろう。
例え家族だとしても、スマホやパソコンの中身を見せるのは抵抗があるものではないだろうか?
他の人に易々と教えるようなものではない。
だから、彼はそれでに配慮してくれたのだろう。
しかし…その配慮は不要だ。
「別にここで話しても構いませんよ。
私ごときのプロデュースプラン、もうプロデューサー科の生徒であるならば、周知の事実も同然でしょう?」
『H.J.I.F』での立ち回り、『H.G.F』の開催、白草さんによる高等部の生徒に対する指導。
この辺を加味すれば、私のプロデュースプランなんてもう丸裸も同然だ。
………なんで教室が静寂に包まれているんだ?
そんなにおかしいことを言ったか?
そんな中、彼だけは楽しそうに私を見ていた。
「『
話のついでに答え合わせをしておきたくてね」
「…まあ、いいでしょう」
別に隠すようなことでもない。
なら、話してしまった方が、後々の協力も得やすいかもしれない。
「私のプロデュースプランは…初星学園をさらに大きく、強大なものにし、そこで輝く『
彼の方に向かい、ゆっくり歩きながら続ける。
「初星学園には優秀なアイドルが多数集まっています。
そのアイドルたちの成長を『加速』させ、初星学園をアイドル育成校ではなく、『トップアイドル育成校』にまで昇り詰める。
そうして『天国』を創り上げ、そこで生まれる『
誰もが私に視線を向けているが、その目を私に合わせることはしない。
唯一、目の前にいる風間先輩だけが、私の目から視線を外さなかった。
「私のプロデュースプラン、名を冠するなら『メイド・イン・ヘブン』。
既にその芽は蒔き続けています。
そう、
「………おお」
今度こそ、彼から少し引いた声が聞こえた。
なんでだ?
…よく見ると、全員絶句しているような気がする。
何故…?
「ここまで読めていたのではないのですか?」
「いや、予想よりも遥か上のものを出されて、驚いたよ『
高等部の生徒たちの実力を伸ばしているのはわかっていたけど…まさか、そこまで考えていたとはね。
入学当初から、これを考えていたのかい?」
「ええ。
担当アイドルを持ってから、ずっとずっと彼女たちが輝くための方法を考え続けています。
あなたも、そうではないのですか?」
「……これは一本取られたね。
これもまた、『愛』、か」
そう言って彼は目を瞑り、上を向く。
その頬には一筋の雫が流れていた。
異様な光景に、私を含めた全員が沈黙した。
そして、再び彼は口を開く。
「それと、他にも気になることがあってね。
『
「それが何か?」
「それに、『
君のプロデュースプランの一環だろう?」
……なるほど、噂になっているのか。
なら、少し訂正しよう。
「一つ言っておきますが、確かに助言をしてレッスンに参加してもらっているアイドルはいますが、彼女たちは私の『猟犬』…担当アイドルではありません」
「そうかい?
仮に君がそう思っていたとしても、周りはそう思わないかもしれない。
それに…『
「心配?」
私が聞き返すと、彼は顔を背けて遠くを見つめた。
「プロデューサー科で、1年目から1人で複数の担当アイドルを持っているのは稀だ。
ユニットに所属しているアイドルでも、一人しか担当を持っていないこともある。
僕や、君はかなりのレアケースだ」
…言われてみると、確かにクラスメイトで複数のプロデュースをしているプロデューサーはあまり聞いてない。
元々、プロデューサーをしていて、他所のプロダクションに担当がいる者もいるが、初星学園内のアイドルを複数担当している生徒はいなかったはず。
実際、複数人のプロデュースは骨が折れることは確かだ。
彼が心配してくれるのはわかるが、それを認めたくない自分もいた。
「……それで?」
「プロデューサー科の1年目で、担当を5人も持っているなんて、これまで聞いたことがない。
僕でさえ、2人で担当を抑えているぐらいだ」
彼の言葉で、私はふと、彼の担当アイドルと仲の良かった1人のアイドルを思い出した。
『H.G.F』に参加していた、『天城 日和』。
彼女は、彼の担当アイドルと懇意で彼が私に会うきっかけになったのも、彼女を秦谷さんが吞み込んだからだ。
だが、彼女にはプロデューサーはいない。
それでも、一人で『H.I.F』の本戦にまで進んだ実力者で、『H.G.F』の参加権を掴みとった強者だ。
…そんな彼女の担当をしなかったのは、彼自身が自分を理解してセーブしているからだったのか。
それを察した私は、彼の心配そうな表情を無下にできなかった。
「なのに、それ以上手を広げたら、本当に過労死してしまうかもしれない。
君は担当したアイドルを文字通り全力でプロデュースするだろう?」
「当然です。
彼女たちの人生を左右する可能性がある立場になる以上、半端な仕事をすることは私自身が許せない」
当たり前のことを言わないでほしい。
プロデューサーなら、誰もがそうだろう。
「ふふ、本当に『
だから、万が一『
君と僕は、よく似ているからね」
名誉棄損で訴えたら勝てるんじゃないか?
「………あなたとの接点は少ないと思いますが?」
「そうかい?
同じ1年目で中等部3年生のユニットをプロデュースしたこと、
「自信満々に言わないで下さ……首席?
何のことです?」
首席?
プロデューサーとしてはまだまだ未熟な私が?
他の生徒を差し置いて、プロデューサー科の首席……!?
私が動揺しているのを察したのか、彼は不思議そうにしている。
「?
なにも不思議なことではないだろう?
現首席の僕の担当アイドルと、ほとんど変わらない評価を、中等部のアイドルにつけさせた君の評価は、非常に高いものになっている。
ましてや、一人で主導して『H.G.F』なんていうイベントを開催したのも、前代未聞だ。
あれが大こけしたのならまだしも、批判もあれど良い反響の方が圧倒的に多かった」
……言っていることの理解はできる。
理解はできるが、心が納得していない。
していない…が、彼女たちをプロデュースする者としては、
「それは光栄です。
些細なことですが、私の知名度が上がれば、私の担当アイドルたちの知名度もさらに上がるでしょう」
「……ふーん」
私は素直に思ったことを言ったのだが、彼は何故か私の瞳を覗き込んだ。
目と目が交わり、息を吐けばかかるような距離だ。
「なんですか、近いです」
「おっと、悪かったよ『
だが…ふふ、君の言う通り、僕と君は似ているようで違うようだね。
一つ、先輩としてアドバイスをするなら、自らの客観的な評価を受け止めるべきだ。
それが、納得できないにせよ」
「何が言いたい?」
「目を背けることは、良くないってことさ。
君もわかっているだろう?」
本当にムカつく人だ。
ため息を一つ吐いて、私は諦めて白状した。
「黒井理事長たちにも同じことを言われましたよ。
わかってはいるんですが、性のようなものです。
ゆっくり直していきますよ」
「ふふ、自覚があったのなら、これ以上は言葉を重ねるのはやめておこう。
それじゃあ、失礼するよ。
君の猟犬たちも、『H.I.F』に参加するというなら、覚悟をしておきたまえ。
最後の『H.I.F』で手加減できるほど、僕たちは甘くないからね」
彼は私とすれ違いながら、教室の出入り口に向かう。
最後の一言に込められた言葉は、これまでの軽薄に見えた彼の言動とは全く違う、重みを伴うものだった。
そのせいか、すれ違いに感じたプレッシャーは、それまでに感じた誰よりも大きく感じた。
これが、
性格に難はあれど、伊達に首席を張っているわけではない。
…認めざるを得ないな。
「私の『猟犬』ではありませんが、口を出している以上、精いっぱい頑張ってもらいますよ。
それに、首席殿の偉大な背中を見せてもらい…私の『猟犬』たちはそれを見て、より成長してもらいます。
なので、全力でお願いしますよ、
「ああ、楽しみにしていたまえ、
先を征く者として、君たちに最後に残すものだ。
しっかり受け取ってくれ」
そう告げて去っていく彼は、今日までに下げた株を全て取り戻すぐらいにかっこよかった。
……全部は言わなかったが、恐らくこれはバレているな。
まあ、仕方ない。
先輩には悪いが……私の担当アイドルのために、彼らには
来年には卒業してしまう『3年生』ではなく、『2年生』に勝ってもらわないといけないのだ。
そのために必要な最後のピースを、私は授業を受けながら、ただ待ち続けた。
その間に、クラスメイト達から風間先輩との関係や、黒井理事長との関わりについて、弁明することになったのは言うまでもない。
「本当に風間先輩とは兄弟じゃないんだよな?」
「殴ってほしいなら、最初からそう言ってください」
「ごめんて」
風間 緋色
プロデューサー科4年、学年主席。
対抗馬がいないため、順当にいけばそのまま首席で卒業するだろう。
入学して2か月目で、中等部のアイドルに惹かれ、『愛』を謳い、通報された。
存在しない記憶を築きあげた結果、最初は敬遠されていたが、もう一人惹かれたアイドルに導かれ、ユニットを組む形で担当契約を結ぶことになった。
バトル物の漫画であれば、最初に強いインパクトを与えるために濃いキャラ付けがされ、徐々に大人しくなっていくだろう。
彼は真逆のタイプだ。
大抵、初対面が一番大人しく、ラインを超えてしまってから本性を現す。
どこで間違えたかなあと、彼と話すときに某プロデューサーは遠い目をしている。
なお、誰かさんが打てば打つほど響くので、担当アイドルに出会った時以来のギアの吹かし方になっている。
そのため、担当アイドルがいない時は、本人もセーブできない暴走状態である。
いとおかし。