『SyngUp!』のプロデューサーは足を引っ張ると殺される 作:プロデューサー科のもの
…すべては順調に進んでいる。
私自身が怖いぐらいに。
風間先輩の襲来と、雨夜さんと十王さんが襲来したあの日以降、大きな問題もなくことは進んでいる。
多少の問題行為はあれど、クリティカルなものは少ない。
月村さんの問題発言をカバーできる人材として、藤田さんと花岡さんは機能しつつある。
賀陽さんの発言は、自分で責任をもってやっているので構わない。
秦谷さんはいつも通り。
『H.I.F』と『H.J.I.F』の準備も粛々と進んでいる。
私の託した『切り札』を使える形にするために、練習している雨夜さんと十王さん。
有村さんと姫崎さんは…まだ、そこまで行けていない。
レッスンの進みは悪くないのだが、お互いに自分の強みを掴み切れていないように見える。
そんな状態では、彼女たちに『手札』を増やさせても、それに振り回されてしまいかねない。
…時期的に、今回は厳しいかもしれない。
それでも、『初』などの楽曲の練度自体は上がっている。
後輩たちに負けていられないとばかりに、発奮しているのと、無理をしないぎりぎりのラインを攻め続けているためだろう。
花岡さんも、雨夜さんが加わったことにより、『師匠』と呼んで彼女と親しくしている。
彼女の負けず嫌いなところを、雨夜さんも気に入っているようで、朝の4時の走り込みでよく勝負をしている。
藤田さんは、十王さんを警戒しているが、私が嫌われたくなければ適切な距離を保つようにと伝えたおかげか、もしくは雨夜さんが必死に抑えているからか、極度に拒否する姿勢ではない。
そう、ことは良い形で進んでいる。
だから、それ以外は全て些事なのだ。
例え、私が外勤している間に、私の担当アイドルたちと有村さんが事務所でたこ焼きパーティーをして、根緒先生に呼び出されたとしても。
主犯の賀陽さんが逃亡した結果、私と有村さんがお説教を受けて、雨夜さんと十王さんに小言を言われたとしても。
最近頑張ったからお休みしますと言って、秦谷さんが授業とレッスンを丸々3日もサボったとしても。
短期間とはいえ、十王さんの疑似プロデューサーになったことで、彼女の父親に呼び出されたとしても。
十王社長経由で紹介してもらった、『何でも屋』が倉本家の傘下だと知って、面倒なことになったとしても。
月村さんが私のスマホを勝手に使用して、SNSの公式アカウントに投稿して炎上したとしても。
調子に乗っていた藤田さんが、秋の定期試験でアイドルコースのテストの成績は上位だったのに、普通科目で赤点を量産したとしても。
花岡さんが赤点を獲った藤田さんに対して教室で高飛車に煽り散らかした結果、高等部の先輩にまで伝わってしまい、師匠である雨夜さんに根性を叩き直してやると言って連れ出されたとしても。
雨夜さんと十王さんが朝練と生徒会業務とアイドル業で無理をしすぎて、姫崎さんに正座させられたとしても。
プロデューサープランを公にしたことが、プロデューサー科の間で話題になったせいで、より私の
挙句の果てには、教員からも
………悪い、やっぱ辛えわ。
考えながら、データを打ち込んでいただけなのに涙で視界が滲んできた。
『こっち』に来てから、明らかに涙腺が緩んでいる。
歳のせいなのだろうか、『あっち』では涙を流したことなんて、あまりないはずなのに。
…姫崎さんぐらいだ。
本当に手がかからない心のオアシスは。
怒らせると怖いが、食べ物で釣られてくれるので、まだ私は彼女に怒られたことはない
正座させられた雨夜さん曰く、姫崎だけは怒らせるなよとのことなので、気を付けてはいる。
実際、事務所で十王さんと雨夜さんを正座させていた時の彼女は、私の担当アイドルたちが思わずかしこまるぐらいには怖かった。
秦谷さんが他の人のお世話を良くするのを見かねて、姫崎さんも秦谷さんのお手伝いをしてくれている。
高等部のみなさんは、毎日食事を一緒に摂っているわけではないが、お昼休みに事務所に来てお昼を一緒に食べることも増えてきた。
コミュニケーション自体は重要なことなので、その機会が増えるのは良いことだ。
さて、ここ最近の総括はこの辺にしておこう。
今日の本題はこれまでの振り返りではない。
珍しいことに、有村さんが話があるらしい。
だから、彼女が来るまでの間、事務所でこれまでの総括をしていた。
定期的に振り返りを兼ねて、不安要素がないかの確認はしている。
……そして、
出てしまったと言った方が良いかもしれない。
片方は置いておくにして、もう片方は急務だ。
有村さんとの話が終わった後に、彼女を呼んでおこう。
連絡の文面を考えている途中で、事務所の扉がノックされた。
どうぞ、と返答すると、失礼しますの言葉とともに、有村さんが入室した。
「おかけください、有村さん」
「ありがとうございます」
私の対面に座ってもらうように誘導する。
彼女は席に座った後、彼女から切り出すのを待っていたが、どこか口籠っている。
切り出しづらい内容なのか?
「ようこそお越しくださいました。
それで、今日はどのような相談でしょう?」
「相談…とはまた違うかもしれないんですけど…」
「構いません。
プロデューサーとアイドルとしてでもいいですし、同じ学園にいる先輩、後輩としてでも構いません。
皆さんのことを良く知りたいと思っていますので、些細なことでも構いませんよ。
この前のタコパの件みたいなことは勘弁ですが」
「あ、あれは燐羽にはめられたんです!
ボクは偶々事務所に寄っただけなんです!」
有村さんの弁明は理解できるし、実際に賀陽さんは他のみんなを連れて逃亡したので正しいだろう。
彼女が自分から企画するとは思えないし、巻き込まれたのは事実なのだろう。
「ですが、久しぶりのたこ焼きで大変楽しそうだったと、藤田さんからも証言を得ていますよ?」
「うっ!」
痛いところを突かれたと、彼女は言葉を詰まらせた。
否定できないでいるところを見ると、実際その通りだったのだろう。
賀陽さんは根緒先生に捕まる前に逃走に成功していたため、主犯(仮)である有村さんと、監督不行き届きで私が説教されてしまった。
有村さんは抵抗しようとしていたが、ウキウキでたこ焼きをひっくり返している場面を目撃されてしまったため、逃げられなかったのだ。
少ししょんぼりした有村さんが、いたたまれなくなったので私は思わず言ってしまった。
「今度は怒られないように、場所を用意してやりましょう」
「え?」
驚きとともに、少し表情が明るくなる。
関西の人は、一家に一台タコ焼き器を持っていると言うし、楽しそうにしていたのが事実だとしたら、少しぐらいは良い。
「タコパ自体は楽しかったでしょう?
たまの息抜きには良いかもしれません。
問題だったのは、プロデュースのために貸し出している教室で勝手にやったことですから」
「……ありがとうございます!」
有村さんはそう言って顔を輝かせた。
とても可愛らしい。
「いえいえ。
それでは、そろそろ本題に入りましょうか」
「あ、そうですね」
アイスブレイクとしては上々だろう。
彼女も緊張が解れたようだが…まだ少し覚悟が必要だったようで、息を整えている。
「……よし、準備はできました。
プロデューサーさん!」
「はい」
「その……ボクってかわいいんですか!?」
彼女は頬を真っ赤にして叫んだ。
姫崎さんあたりが見たら、あまりの可愛さに卒倒してしまうかもしれない。
なるほど、自分を可愛いかどうか聞くのは、確かに言いづらいかもしれない。
「そうですね。
あくまで私の主観ですが、前にもお伝えした通り、有村さんは可愛いと思いますよ」
「……そう、なんですか」
「どうかしたんですか?
急にそんなことを話すなんて」
「その……ボクの魅力をもっと知ってほしいってプロデューサーが言ったから、色々考えたんです。
ことねたちにも色々聞いてみたんですけど…カッコいいって言ってくれる子もいたら、か、かわいいって言ってくれる子もいて。
ボクはカッコいいアイドルになりたいのに、可愛いだけのアイドルになんてなりたくないはずなのに、
どうやら、有村さんの中でも心境の変化があったようだ。
今の環境は、前の一人で自主レッスンに励んでいた時よりも、刺激が多い環境だろう。
私が最初に話したこともあったからだろうか。
……良い傾向だ。
自分で考え、行動したことの方が、自らの力になる。
「ふむ、有村さんはどう思いますか?」
「……ボクは、カッコいいアイドルになりたいです。
その気持ちは変わりません。
あの時憧れたあの人のように、歌劇団のスターのようなアイドルになりたい。
可愛いアイドルのボクは、好きじゃないんです」
…まだそこから離れられないか。
なら、
「では、有村さんは自分をかっこいいだけだと思いますか?
私や、他の人の意見を鑑みて、どう思いますか?」
「………ボクは、カッコいいアイドルにはなれないってことですか?」
彼女の瞳は不安に揺れている。
…できれば自分で気づいてほしかったが、やっぱりなかなか難しいのだろう。
「極端に走らなくてもいいでしょう。
人は0と100に走りがちですが、世の中、0か100しかないことの方が難しいんです。
その間に、25とか50とか75とか、様々な数字で揺れ動いている。
要するにグラデーションなんですよ」
「…グラデーション」
「ええ、私も『プロデューサー』としての顔があれば、『アイドルのファン』としての顔もあります。
ずっと同じような顔をしている人はいません。
有村さんも同じではないですか?」
有村さんは、ハッとして小さく呟いた。
「……カッコいいボクも、かわいいボクもいる」
「そうです。
有村さんの心意気はとてもカッコいいものが多いと、私は思っていますよ。
例えばの話ですが、月村さんが悪漢に絡まれていて、近くには有村さんしかいないとしたら、どうしますか?」
普通の人なら、大人を呼ぶとか、助けを呼ぶだろう。
だが、彼女の答えはそれとは違った。
「決まってます。
間に入って、手毬を護りますよ。
ボクは格闘技を嗜んでいるからね」
「その悪漢が、2mはありそうな大男でも?
月村さんではなくて、顔も名前も知らない少女だとしても?」
私は自分が意地悪だと思いながらも、条件を付ける。
それでも彼女は、自分の答えを変えなかった。
「だとしても、ボクは彼女を護るよ」
「それはなぜ?」
私は彼女と視線を交わす。
彼女も私から視線を外さないで、真正面から正々堂々答えた。
「だって…それで逃げたら、カッコよくないじゃないですか。
ボクの憧れたあの人だって、絶対に同じことをすると思います」
……やっぱり、彼女を可愛いだけのアイドルにするのは勿体ないな。
「そう、それですよ。
その心が、私があなたに惹かれている一因です。
あなたの立ち振る舞いによる凛々しさ、正義の心とも呼ぶべき気高さ、その行動によって生まれるカッコよさ。
それが、内に秘めた有村さんの本来の魅力と言ってもいいでしょう」
私は少し息を吐いて、そのまま続ける。
「それに、あなたが憧れたカッコよさは、外見だけによるものですか?」
「!」
目を見開いた彼女の表情から、私はそうではないことを察した。
「私はそうは思わない。
ただ、ガワがカッコいいだけなら、あなたの行動までもかっこよくなるわけではないでしょう。
その憧れの人が、外見も、中身もカッコいいからこそ、あなたの憧れになったのではないですか?」
「…そう、ですね。
そうでした。
ボクが憧れたあの人は、外見はもちろんカッコよかったですが、中身もカッコよかった」
しみじみと呟く彼女の瞳に映っているのは、目の前の私ではなく、憧れたあの日の憧憬だろう。
「そうして、あなたの内面のカッコよさが、少女のように可愛らしいあなたを、カッコいい王子様へと仕立て上げている。
可愛くて、カッコいい王子様に」
「……可愛くて、カッコいい」
「まだ受け入れるのは難しいかもしれません。
カッコよくありたいあなたに、可愛い要素は不要だと思うかもしれません。
ですが…自分を好きになってほしいんです」
「…僕自身を?」
「自分を好きになれない人が、人の心を動かすのは難しい。
アイドルなら、なおさらです」
「……そう、ですよね……。
そんな当たり前のこと、ボクは……」
向き合いたくなかった現実に一度私から視線を外した彼女は、それでも私に目線を合わせた。
「あの、
ボクは――今のボクを、好きになれますか?」
「なってもらいます。
なれないというのであれば、私が言い続けます。
あなたという『アイドル』を好きな人がいるということを」
これが私の精一杯だ。
一対一でずっと向き合えるわけではない以上、無責任に自分を好きにならせるとは言い切れなかった。
だが、我儘だとわかっていても、彼女にこうなってほしい理想を押し付けた。
「もっと言ってしまいましょう。
有村さんには才能があります。
可愛くてカッコいい無敵の王子様系アイドルになれる才能が」
「可愛くてカッコいい無敵の王子様系アイドル……!」
私の言葉を復唱した彼女は、堪えきれないように笑い始めた。
「……ふっ、
ふふっ……ふふふっ……
それは、たしかに――
くすぐられるワードですね」
そして、彼女は顔を上げて、まっすぐ私を見据えた。
「そんなボクなら、ボクも好きになれそうです」
「…良い表情です。
それでは一つ、宿題を出しましょう」
「宿題、ですか?」
「ええ、ステージ上で見せたい、可愛い自分を見つけてみてください。
今のカッコいい自分ではなく、ファンの皆さんに魅せたい、可愛い自分のイメージを」
これを見つけることができれば、彼女にも託していいだろう。
『先』の世界で彼女の力になってくれた、それを。
「カッコよくて可愛い無敵の王子様系アイドルには、カッコいい自分と可愛い自分のイメージを作ることが必要でしょう。
期限はつけませんが、『H.I.F』までに間に合わせられることなら間に合わせたいところです。
行き詰ったら、他のみなさんや私に相談に来てくれても構いません」
「わかりました。
ありがとうございます、プロデューサー」
「こちらこそ、あなたの力になれたのならよかった」
そうして、彼女は『可愛い自分』を探すために、事務所を出ていった。
『H.I.F』までに彼女が『可愛い自分』を見つけて、託したそれを磨き上げられるかはわからない。
だが、人の成長を感じることは素直に嬉しいものだ。
…この余韻にいつまでも浸っていたい気分だが、生憎と時間は有限で、時の歩みは私だけのものではない。
私は次の仕事として、彼女を事務所に呼び出したのだった。
賀陽 燐羽
プロデューサーがいない時に、事務所でタコパをしてプロデューサーが出先から呼び出される。
元凶は彼女だが、事務所に寄った有村先輩を巻き添えにし、ノリノリだった彼女を矢面に立たせて事なきを得る。得てない
有村先輩とプロデューサーは他の高等部組から白い目で見られ、あさり先生から説教を受けて反省文を提出する羽目になった。
なお、ことの発端は手毬がたこ焼きを食べたいって言ったから。