『SyngUp!』のプロデューサーは足を引っ張ると殺される 作:プロデューサー科のもの
事務所で待っている間、私は改めてメールボックスを開く。
そこには、『調査結果』とだけ端的に書かれた件名のメール。
中の文面はなく、添付ファイルにパスワードを入れて中身を開く形だ。
開いたファイルの中には、調査依頼をかけた人物
その調査報告書に改めて目を通しながら、私は彼女を待っていた。
私が抱くべきではない怒りを抑えつつ、これからのプランも頭の中で組み立て始める。
それと同時に、近いうちに
事務所の外から足音が聞こえ始めて、私はパソコン上を整理する。
聞こえてくる足音は……二人分?
扉を開けて入ってきたのは、藤田さんと、最近プロデュース契約の手続きを正式に提出して、名実ともに担当アイドルになった花岡さんだった。
私自身、既に担当アイドルと同じように扱っていたためか、書類を提出された根緒先生が一番驚いていた。
「プッロデュ~サ~♡
お疲れ様で~す♡」
「お疲れ様です、プロデューサー」
「お疲れ様です、お二人とも。
藤田さんを呼んだつもりでしたが、花岡さんも用事がありますか?」
花岡さんも何か要件があるのだろうかと思ったのだが、彼女はやれやれと言った風に首を振る。
「私はどこかの誰かさんが、『プロデューサーからデートに呼ばれちゃった~♡』って言ったせいで、お目付け役としてついていくように言われただけです」
「要らないって言ったんですケド、美鈴ちゃんの目が怖くて…」
想像ついてしまうのが怖い。
これ、私も後で詰められるんじゃないか?
花岡さんがジト目で藤田さんを睨んだ。
「あなたが余計なことを言ったせいです。
おかげでレッスンに遅れる羽目に…。
口は禍の元だと知るべきでは?」
「そうですねー、どこかの誰かさんみたいに、副会長に扱かれちゃうもんねー」
「あらあら、赤点量産機さんは口だけは立派ですね」
売り言葉に買い言葉でお互いにケンカ腰のまま、軽口を言い合う。
次の瞬間、彼女たちは向かい合ってガンをつけ合っていた。
「お、やるのか~?」
「ハッ!
受けて立ちます!
「そこまでです」
パンパンと手を叩きながら、私は彼女たちを制した。
ばつが悪そうにこちらを見ている二人。
アイドルなんだからもう少しおしとやかにしてくださいと言いかけて…『
影響を与え合うのは良いことかもしれないが、悪いこともあるのだと思い知ってしまった。
実際、最近担任の先生から、前よりも口が悪くなってると相談を受けたばかりである。
私自身口が悪いこともあって、玉虫色の返事しかできなかった。
担任の先生は泣いた。
「喧嘩をするほど仲が良いとは言いますが、話が進まなくなるのでその辺にしてください」
「「…はーい」」
不服そうに返事をした二人に、言って聞くようなら普段からこんな言い合うこともないかと、どこか納得してしまった。
そのまま彼女たちに席に座るように促す。
彼女たちが席に座ったことを確認し、私は口を開いた。
「さっそく本題に入らせてもらいたいと思うのですが…藤田さんのかなりプライベートな話になってしまいます。
それでも良ければこのまま進めさせていただきますが、どうですか?」
「あたしは別にいいですよ。
いまさら、ミヤビに隠し事するようなこともないし」
「本人がそういうなら、
一応、秦谷美鈴に頼まれてしまいましたし」
「…であれば、本題に入りましょう。
率直に言います。
覚悟の準備はいいですか?」
「覚悟って、大袈裟ですよ、プロデューサー。
勿体ぶらずに、早く言ってください」
藤田さんだけではなく、花岡さんも視線で早くしろと訴えている。
長引かせるのも時間が勿体ないので、私は爆弾になるかねない本題を告げた。
「
私の言葉は、彼女たちに衝撃を与えるのに十分だった。
…
私も最初はそう思ったのだが…
思考を現実に戻し、視線を彼女たちに向ける。
花岡さんは驚いて目を見開き、藤田さんは目を丸くしたまま固まっている。
「………へ?」
「藤田さんのお父さんが見つかったんです」
「い、いつ?」
「つい先ほど。
勝手ながら、藤田さんのお父さんがどこにいるのか、調査させていただきました」
「何やってるんですか!?」
叫ぶ藤田さんに同調するように、花岡さんも流石にと非難の目を向けている。
実際、勝手にやってしまったのでやりすぎた感は否めない。
「勝手なことをしたとは思っています。
それに、
「勝手にやりすぎです!
って、へ?
今は会えないって、どういう意味ですか?」
「…まさか」
「花岡さんの予想通り、藤田さんのお父さんは、漁師として出稼ぎに出ています。
今の時期は海の上でしょう」
「漁師!?」
そう、藤田ことねの父は漁師として働いていた。
彼は住み込みで漁師として出稼ぎに行っていたのだ。
家に金を入れるために、過酷な仕事をしている。
彼の妻にも、居場所も連絡先も教えてないまま。
………言いたいことは山ほどあるが、それを言うのは私ではないので、無理やり飲み干す。
じゃないと、悪い言葉を山ほど積み上げなければならなくなるからだ。
因みに、この情報は既に彼女の母親には連絡をつけており、情報を伝えるとともに、本人に話すことの許可ももらった。
父親本人からは許可をもらっていないが、そこまでの配慮をするつもりはない。
されたいのであれば、最低限の説明をしてから家を出てくれ。
気持ちはわからないでもないが、それで藤田さんが苦しんだことを知っている身としては、どっちにつくかは明白だった。
『N.I.A』は、夏の『H.I.F』前の開催なので、5~6月ぐらいの時期だ。
そのタイミングで、
そんな理由があるので、今は彼を呼びつけることはできないだろう、というのが調査結果で分かったことだ。
長期間海に出ていなければ、こちらから出向いて、少しの時間を融通してもらうぐらいはできるかもしれない。
「漁師!?
なんで、漁師やってるんですか!?」
「金の稼ぎが良いからでしょう。
体を壊しやすいとも聞きますが、住み込みみたいなので稼ぎはそれ相応に良いはずですよ」
「な、なんでそんなことを…ていうか、なんでお父さんがそんなにお金を稼ぐ必要が……」
「……なるほど、そういうこと、なんですね」
花岡さんの方が冷静に話を聞いていたからか、彼女はもうわかってしまったらしい。
理解はするが、納得したくないと私と同じような表情をしながら、歯を食いしばる。
「ミヤビはわかったの!?
あたし、何にもわかんないんだけど!?」
「藤田さんのお父さんは、出稼ぎに行ってるんですよ。
「………お、父さん」
私の言葉で、ようやく全てを理解した彼女は、目を見開いて茫然と呟いた。
「…ことのきっかけは、私が藤田さんの家にお邪魔した時です」
「何してくれてんの!?
え、本当に何してるんですか!?」
「ちょっと待ちなさい!
まさか、
「まさか。
きちんと、担当契約を結ぶ前にご家族様には話を通させてもらってますよ。
当然、お二人の家族にも、話をさせてもらってます」
「「ぎゃああああああああああああああ!!!」」
とても淑女とは思えない叫び声をあげる二人を見て、『SyngUp!』も通った道だなあと、少し懐かしい気持ちに浸っていた。
当たり前だが、中等部の生徒と契約を結ぶ以上、最低限のことはしている。
……藤田さんの下の子たちは、元気いっぱいでかわいかったな。
一番上の妹さんとは、連絡先を交換して、時折連絡を取り合っている。
「話を戻します。
藤田さんの心の調子を整えるには、2つの要素がありました。
体調の不調は、秦谷さんとアルバイトの調整をしているので、概ね全快と行ってもいいぐらいには戻っていました。
と、なると後の藤田さんに必要なものは、心の方です」
「心の調子、ですか?
それって何なんです?」
「借金のことと、家族のことです」
彼女の人生には借金が付きまとっている。
借金は心の負い目のようなもので、抱えているだけで言いようのない不安に襲われるものだ。
彼女の場合、それが自分のせいで生まれ、家族が離れていったことは彼女の心を不安にさせるに十分足るものだ。
これまでの長い年月で、少しずつ慣れてしまったかもしれないが、原因が取り除かれたわけではない。
「ああーー…それで、お父さんのことを?」
「本音を言うと、そっちは副産物ですね。
借金の件で、藤田さんのお母さんと色々お金周りの整理をしていた時に、入金記録があったので、お母さんにカマをかけたら引っ掛かりました」
「……お母さん、知ってたんですね」
「ええ。
ただ、どこにいるのか、何をしているのかは知らないと言っていました」
「ええ…?」
「ですので、時間がかかってしまいました。
『藤田』という苗字は、そこまで珍しくなく、全国に約36万人もいます。
その中で、年齢と性別、名前を頼りに捜索しました」
本当に大変だった。
一人で最初は探していたが、正直アイドルのプロデュースを抱えながらやるには、無茶がある。
これを1人で、担当してから2か月ぐらい(推定)で、探し出した『
「結局、私一人で割ける時間に限りはあるので、プロに依頼しました。
その結果が、今日出たんです」
「……プロデューサー、もしかしてですケド、あたしのお父さんが出稼ぎしてるって最初から知ってたんですか?
未来のこと、わかるんですよね?」
……それは
「否定はしません」
「なんで、黙ってたんですか?」
「……確証を持てなかったからです。
私が知っている『未来』は、私がそれを知って行動している以上、変わる可能性がありえます。
万が一、藤田さんのお父さんが不慮の事故に会っていたりしたら、ぬか喜びさせてしまう」
「プロデューサー…」
本当に良かった。
危険な仕事をしている以上、バタフライエフェクトで不慮の事故があっても何ら不思議じゃない。
家族思いの彼女から、私が父親を奪ってしまったとあれば、どんな償いをしても購えない。
「だから、言えませんでした。
申し訳ありません」
「い、いいえ!
プロデューサーは悪くないです。
あたしの方こそ、疑うようなこと言ってごめんなさい!」
「いえ、私の方が誠心誠意、最初から言うべきでした」
私は彼女に頭を下げるが、彼女も同じように頭を下げている。
どれだけ取り繕っても、彼女に隠し事をしたのは事実だから、そんなことしなくていいのに。
暫くお互いに謝り合っていたが、彼女は嬉しそうな表情を浮かべた。
「それでも!
プロデューサーがあたしのためを想ってくれたのは嬉しかったです!
ことねちゃんポイントをあげちゃいます!」
「このポイントは貯めたらどんなことがあるんですか?」
「ことねちゃんとデートできる権利をあげちゃいま~す♡」
「そんなポイント、
「え、ミヤビとデートはちょっと…」
「そういう意味じゃないです!」
また二人とも乳繰り合い始めた。
相性が良すぎるのも考え物だな。
暫く眺めていると、花岡さんが何かを思い出したように、私に視線を向けなおした。
「さて、
「何でしょうか?」
「なぜ、今話したんですか?
今じゃなくて、ライブ前とかにサプライズで呼びつけたりした方が、効果的なんじゃないです?」
「うわ…ミヤビ、それはないわ」
「でも、プロデューサーならやりかねないじゃないです?」
「……否定できないナー」
「…それは」
今の藤田さんは、秋のテストで赤点を量産して自己肯定感が駄々下がりだ。
その上、アイドルコースの試験でも、上位には入っていたものの、5位だった。
油断や慢心はなかったと思うが、それ以上に彼女の周りの成長が凄まじかった結果だ。
彼女のモチベーションを上げてもらうためにも……いいや、言い訳はよそう。
「……
家から出て行ったお父さんのことを嫌っていてもおかしくないのに、それを自分のせいだと言い聞かせて、家族のためにアルバイトをしながら日々のレッスンに励んでいる彼女を、少しでも安心させたかったんです」
「…そう。
それが聞けて
「プロデューサー!
そこまであたしのことを、考えてくれてたんですね」
「私はいつも担当アイドルのことを考えていますよ」
「えへへ~~♡
プロデューサーしゅきしゅき~~♡」
「うわぁ」
目をハートにしている藤田さん、その隣でドン引きしている花岡さん。
よかった、いつも通りだ。何もよくない
「早いうちに、お父さんとアポイントを取り付けて話す機会を作ります。
藤田さん、よろしいですか?」
「……はい!
よろしくお願いします!
あたしも、言いたいこといっぱいあるんで!」
藤田さんの目に炎が宿っている。
やる気は十分なようだ。
「よろしい。
話は以上です。
それでは、レッスンに戻りましょう。
私もお付き合いします」
「「はい!」」
そこまで長い話し合いじゃなかったが、彼女たちを奮起させるには十分だった。
そのまま、私は彼女たちを引き連れてレッスン室に向かった。
その日のレッスンは…十王さんと雨夜さんが、思わず舌を巻くぐらいに、彼女たちはやる気十分だった。
なお、私は何を話していたのか、『SyngUp!』に一から全部白状させられることになる。
…さて、後はもう一つの調査の件にケリをつけるだけだ。
私がずっと探していた人物。
もともと知っていた住所には、すでにいなかった上に連絡をつけることもできなかった。
調査結果でも、こちらは住所だけしかわかっていない。
もしも、私の邪魔になるようなら………始末しなければならない。
花岡 ミヤビ
赤点を大量にとった藤田ことねにマウントを取りまくっていたことを、師匠である雨夜先輩にバレてしまった。
本性がバレてしまい、ふざけた根性を叩き直してやると言われてこってり絞られてしまう。
負けた方が悪いです!と吐き捨てたせいで、スパルタ式ダンスレッスンが始まった。
だが、本来の性格故、変わることはないだろう。