『SyngUp!』のプロデューサーは足を引っ張ると殺される 作:プロデューサー科のもの
……酷い目にあった。
100%自業自得なので、文句を言っても仕方ないのはわかっている。
十王さんと話し合ったあの日、レッスン室に入った私に待っていたのは尋問という名の拷問だった。
入った瞬間に、秦谷さんが音もなく私の目の前に現れ、両手を賀陽さんと月村さんに拘束され、藤田さんと花岡さんに椅子に拘束された。
息をつく間もない流れ作業で、拘束される私。
何かを察したようにレッスン室を後にする、有村さん姫崎さん雨夜さん。
そして、私の周りに集まる目のハイライトが消えた担当アイドルたち。
その日、事件性のある悲鳴がプロデューサー科の一角から響き渡ったとかなんとか噂になったらしい。
最近、隙を見せてしまったからか、私の弱みを握られつつある。
精神的にじりじり削るのは勘弁してほしい。
しかも、翌日に響かないぐらいのギリギリを攻めてきているのもわかっているから質が悪い。
十王さんも、後からレッスンに合流すると言っていたのにドアを開けた瞬間に逃げ出しやがった。意気揚々とドアを開けた彼女は、ハイライトが消えた藤田さんを見て脱兎のごとく逃走したのだ。
罰として翌日のセッティングはしたものの、助け舟を出さないままいたら、危うく藤田さんが逃走しそうになった。
なんでこうも言葉選びが下手なのか……間違いなく、十王さんの性格は父親譲りだろう。
まあ、いいでしょう。
今は『H.J.I.F』、『H.I.F』両方の2回目の
徐々に忙しさも加速していき、それに呼応するように担当アイドルたちのフラストレーションが溜まってきているのもわかる。
何かしらガス抜きを考えないといけないな…。
『H.G.F』でのお礼も、まだ全然できてない。
そういう意味では、あの地獄のような時間も意味があったと思おう。
さて、この辺でいいか。
事務所で仕事をしていたが、そろそろレッスン室に向かおう。
パソコンを閉じて、レッスン室を出ようとして……事務所の入り口が開いた。
そして、ばったり賀陽さんと会った。
「あら、プロデューサー。
もう仕事はいいの?」
「賀陽さんこそ、レッスンは良いのですか?
今日は特に相談の予定もしていなかったと思いますが」
「何かやる気が出ないのよ。
たまには、美鈴みたいに事務所でサボろうかと思ったところよ」
……賀陽さんが、サボり…?
珍しい…まさか。
「賀陽さん、どこか体調が悪いのですか?
熱…はありませんね」
「ちょ、ちょっと、いきなりおでこを触らないでよ!」
おでこに手を当てたが、特別熱いようなこともなく、秋風に晒されて中等部から事務所に来たからか、どこかひんやりしていた。
となると…少し顔が赤くなった、彼女の顔をまじまじと見る。
「顔色は……少し赤いですが、いつも通り可愛らしいお顔ですね」
「顔色関係ないじゃない!
ああ、もう!
たまには、あなたと話したかったの!
それぐらい察しなさい!」
叫びながら私を押しやった彼女は、今度こそ耳まで顔を真っ赤にした。
そのあまりの可愛さに抱きしめたくなってしまうが、それをしたら今度こそ殴られるかもしれない。
…確かに、秦谷さんはともかく、賀陽さんと月村さんとは最近あまり個別に話す時間を作れていなかった。
月村さんは、次の休みの時に『H.G.F』のお礼を兼ねて食べ歩きに付き合うことになったが、賀陽さんとは予定のすり合わせもできていない。
「そういうことでしたら、お座りください。
たまにはのんびりしても、罰は当たりませんよ」
私が促すと、彼女は自然な流れで私の隣に腰を下ろした。
……思い返せば、賀陽さんとこうして二人で話すのは、久しぶりだな。
「そうするわ。
どこかの誰かさんが、『
ミヤビは元からだけど、手毬もことねも、危なっかしいのに暴れまわるからお守が大変で」
そう言って愚痴を吐く彼女の姿は、まるで教育に疲れた親そのものだ。
「いつも感謝しています。
賀陽さんが、皆さんを見ながらも率先してレッスンに取り組んでくれるから、安心して任せていられますから」
「そう言う割には、頻繁にレッスンを見に来てるじゃない」
「任せきりにするわけにもいきませんし、人数を増やしてしまった手前、見れる人が多い方が事故を減らせそうですからね。
トレーナー方にも時折見に来ていただいていますが、ずっと拘束することはできません」
「だから、仕事の合間に時間を作ってでも見に来てるって?」
「それぐらいしかできませんからね」
できることなら、ずっとレッスンに付き添うか、最低でも信頼できる人を1人は置いておくべきだ。
だが、プロデューサーとしての仕事もある以上、そうも言ってられない。
だから時間を作れる限りでレッスン室に付き合っているのだが、彼女はそれが気に食わないのだろうか。
ため息を吐きながら、本当にどうしようもないと目で私を刺している。
「はぁ、あなたのその癖は、本当に治らないわね」
「自己評価が低いのは、そう簡単には治らないでしょう。
それに、皆さんのレッスンを見ていたいと思う私もいます」
「まあ、そういうことなら止めないわ」
呆れたような顔をしているが、どこか嬉しそうなのは気のせいだろうか。
「あなた、最近いろいろな子に手を出しているけど…あなたの担当アイドルは、私たちよ。
きちんとわかっているのかしら?」
「その節は大変申し訳ありません。
ですが、これからも迷惑をかけてしまうと思います」
「必要なのはわかっているけど、あまりオイタが過ぎると、前みたいにお仕置きするわよ」
「……善処します」
「次はもうちょっと厳しくした方が良いかしらね?」
「勘弁してください」
目が笑ってないし、何より賀陽さんは嘘が嫌いだ。
やると言ったら必ずやる。
それを良く知っている私は、彼女に頭を下げる。
それを見て留飲を下げた彼女は、私に頭を上げさせて、思い出したように呟いた。
「そういえば、一つ思ったのだけれど、あなたは自分のことを『私』って言うじゃない?」
「?
ええ、そうですね。
それがどうかしましたか?」
「男の人って、俺とか、僕っていう人がほとんどでしょ?
プロデューサー科の他の人…あなたのお友達も俺だったし、『プロデューサー』だから『私』にしているのかしらって思ったのよ」
「ああ、そういうことですか。
結論から言うと、私の場合は、素で私ですよ。
俺とか僕とかは使いません」
「へー、何か理由でもあるの?」
興味津々な彼女は、嘘は許さないと目が物語っている。
「大したものではありませんが…賀陽さんは作文を書いたことはありますか?」
「あるに決まってるでしょ。
中等部の授業でもやるわよ。
「その時、一人称を何と書きますか?」
「……私、ね」
「ええ、藤田さんも普段はあたしと言いますが、作文の時には私と書くでしょう?
あたし、と書いたらペケです」
「……まさか」
私が言いたいことを察し始めた彼女は、少し引き気味だった。
「もっと言いましょう。
『I am Shinosaki Shino.』、これをあなたはなんて訳しますか?
「…『私は篠崎士野です。』」
「そう、つまり一人称における基本は『私』が一番メジャーなんですよ。
日本語は一人称がやたらと多くて個性的ですが、『私』が公的にも国際的にも中心です。
だったら、
「言ってる意味はわかるけど…え、まさか、それで『私』にしてるってわけ!?」
思わず声を荒げた彼女を見て、そこまで引かれるようなことか…?と首を傾げた。
「ええ、
一々、俺と僕と私を使い分けるのは面倒ですし、無駄なリソースですからね。
文章では私、話すときは俺とか、そんなこと考えるぐらいなら、『私』で統一したほうが楽です」
「ええ……?
そんなことで、矯正したっていうの…?」
「極力無駄なことはしたくなかったんです。
今は、無駄なことにも意味があるということを学びましたが」
「…プロデューサーが効率厨だってことは良くわかったわ。
心配して損した」
「心配してくれてたんですか?」
しまったと、彼女が顔を逸らし、言葉はなくても彼女の内心を物語っている。
だが、そのまま沈黙を貫く彼女を、私はじっと見続け…やがて、彼女が折れた。
「…………そうよ。
心配だったのよ。
あなた、最近無理しすぎてるでしょ?」
「そんなことはないですよ。
睡眠もしっかりとれていますし、充実した毎日を過ごせていますよ」
「体は確かに『H.G.F』の時に比べたら健康そうね。
美鈴と私が目を光らせているもの、そうじゃないと困るわ」
「メンタル面も、そこまで疲弊しているとは思っていませんが…。
『H.G.F』は、私が主催になってしまったのでストレスが多かったのは認めます。
ですが、『H.I.F』と『H.J.I.F』はそう言ったこともないので、幾分か気が楽です」
本心だ。
身体的にも、メンタル的にも今の私は、これまでに比べたらだいぶ調子が良い。
この前じりじり削られたような気もするが、メンタル的な不安という意味では別だろう。
…だが、彼女は苦虫を嚙み潰したような顔をしている。
「……自分で気づいてないなら、世話ないわね」
「え?」
「あなた、自分が疲れていることにも気づいていないのね」
「…私が?」
「最後に休みを取ったのはいつかしら?」
「……『H.G.F』が終わった後に、秦谷さんとお休みしていましたよ」
「それだって、『プロデューサー』としてでしょ?
大和さんのところに行っているのも、仕事の一環だからカウントしないわ。
それを込みで考えて、最後に休んだのは何時かしら?」
賀陽さんのまっすぐな視線を見たまま、私は思い返す。
休み…?
『プロデューサー』じゃない、『私』の休み、休み、休み……。
「…………4月の頭、かもしれません」
よく考えたら、きちんと休養を取った覚えはあまりないかもしれない。
最近、家の中でも気合を入れるためにスーツを着ていることも多かったし、スーツと寝巻以外の服を着た覚えがない。
賀陽さんは、一瞬怒りの表情を浮かべ…すぐに呆れの表情に変わった。
「はぁ、そんなことだろうと思ったわ。
あなた余裕がなくなるとわかりやすいのよ。
鼻歌歌わなくなるし、隙間時間に仕事を詰め込もうとするし、変なこと口走るし」
ちょっと待て。
「え、私、鼻歌歌ってるんですか?」
「事務所で作業している時とかに歌ってるわよ。
私たちに教えてないような曲も歌ってるから、他の人に聞かれないように気を付けなさい。
どうしてもしたいなら、カラオケにでも一緒に行く?」
「それも息抜きにはいいかもしれませんね」
「そう。
今度、予定を合わせて…大和さんのところにでも、みんなで行きましょうか。
確か、あそこカラオケ設備あったはずだし、ちょうどいいでしょ。
大和さんも、だいぶ私たちの名前も言えるようになってきたし、そろそろ外にも出られるんじゃない?」
「そうかもしれません。
ただ、根付いたトラウマというのは中々解決できないと思うので、少しずつ、ですね」
彼女も、そうね、と言って頷いた。
無理に外に出してしまって、二度と人と話せなくなるようなことだけは避けたい。
だから、慎重を期しているのだが、それは彼女もわかっている。
そして、賀陽さんは手をパンっと叩いて、私の手を引いて立ち上がらせた。
「さ、あなたはもう帰りなさい。
美鈴たちには言っておくわ」
「え、いや大丈夫ですよ。
お気になさらず」
「あなたが本当に倒れたら、私たちも共倒れよ。
帰らないって言うなら、本気で怒るわよ」
賀陽さんは冗談交じりに言っているが、目が据わっている。
本気だ。
さっきの怒りの表情も、恐らく見間違いじゃない。
…なんで、私は嬉しく思っているのだろう。
担当アイドルにこんなに心配させてしまうなんて、プロデューサー失格なのに。
「…そうですね。
今日は休ませてもらいます。
秦谷さんたちに、すみませんと伝えておいてもらえますか」
「はいはい。
たまにはゆっくり休みなさい。
夕食はお昼に渡してるけど、無理してテレビ電話を繋げなくていいわ」
「いえ、一人で食事を摂るのは寂しいので、普段通りでお願いします」
「……寂しいの?」
「まあ、人並みには」
「フフッ、なんだ。あなたも可愛いところあるじゃない」
そう言って背伸びして私の頬を指で突っついてくる賀陽さん。
背伸びしているのが可愛らしいとか言ったら怒られるのでやめておこう。
そのまま事務所を出て、事務所の鍵を閉める。
賀陽さんと別れて、私は普段では考えられないほど早い時間に帰宅した。
……さっきはああ言ったが、メンタル的に疲れている、余裕がなくなっている理由はわかっている。
目をかけているアイドルを増やしたことは、私にとって良いこともあったが、多くの人の人生を左右してしまうかもしれないという点で、私の精神的疲労を蓄積させ続けていた。
それに、後回しにしていた問題も拍車をかけている。
…色々終わってからにしたかったが、もういい加減に後回しにするのをやめて、問題の解決に踏み出すか。
そう考えながら、私は部屋に用意しているモニターの電源を入れた。
たまには、頭を空にして大好きなアイドルのライブを見て、癒されようと思ってのことだ。
こっちではゲームやソシャゲ、漫画に手を出していない。
私の心のよりどころは『あちら』に置いてきてしまったのと、時間泥棒のあれらに手を出すのはプロデュースに影響を及ぼしてしまうかもしれないと思ってのことだ。
なので、今の私にとっての癒しは、大好きな…担当アイドルたちのライブ鑑賞だ。
仕事ではないので、スーツを脱いで…賀陽さんのフルグラTシャツを着て鉢巻を身に着け、法被も上に着る。
部屋の壁はそこまで厚くないので、ヘッドセットをつけて周囲に迷惑をかけないようにペンライトだけ持った。
そうして、わずかな時間ではあるが、私は至福の時間を堪能しメンタル回復に努めるのだった。
篠崎 士野
大事なことを学べなかった。
月村 手毬
大事なことは美鈴と学んだ。
秦谷 美鈴
大事なことはまりちゃんから学んだ。
賀陽 燐羽
大事なことはお姉ちゃんから学んだ。
藤田 ことね
大事なことは家族から学んだ。
花岡 ミヤビ
大事なことは勝利だと学んだ。
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このままのペースだと、冗談抜きで高等部に進むまでに後1年以上かかりそうなので、少し話を早回しにしています。
その間、次期系列的に飛ばすイベントは、後日幕間として適宜投稿する予定になります。
ご了承ください。