『SyngUp!』のプロデューサーは足を引っ張ると殺される 作:プロデューサー科のもの
2回目の
『H.J.I.F』は
『H.I.F』の方も全員突破している。
姫崎さんと有村さんはぎりぎりだったが、辛うじて突破していた。
だが、『H.I.F』は
前回までのことを考えれば、今でも上々な成果と言えるだろうが、どうせなら本戦に進んでほしいところではある。
今はその間の小休止と言っていいだろう。
『H.J.I.F』の
高等部組は、十王さんと雨夜さんはアイドルとしての仕事で営業のため外出、有村さんと姫崎さんは自主練に励んでいる。
明日は、有村さんと姫崎さんを含めてのレッスンを予定している形だ。
そんな私は、天川駅に出向いていた。
そこで待ち合わせの相手を待っている。
普段のスーツ姿ではなく、Tシャツにジャケットを羽織り、黒を基調にしたラフな格好だ。
肩掛けポーチに軽い荷物が入っている。
帽子を深めに被って、ぱっと見では誰かわからないようにしている。
今日の目的のためには、堅いスーツでは返って居づらい場所だということと、残念ながら大見得を切ったのがテレビ放送されたこともあり、身バレ防止のためだ。
これから来る相手ようにも、念のため持ち合わせている。
そうして待っていると…来たな。
誰に仕込まれたのか、髪型も普段とは変えてポニーテールにして、帽子の後ろから出た髪が可愛らしい。
灰色のパーカーを羽織って…よく見ると、『
彼女のお気に入りの服の一つなのだろう。
私に気づいた彼女は、ぱあっと花が咲くような笑顔を浮かべて駆け寄ってきた。
「プロデューサー。
随分早いですね」
「今来たばかりですよ」
「!
本当に美鈴が言った通りのセリフだ…!」
小声でぼそぼそ喋っているが…言葉を間違えたか。
「
その恰好は正解ですが…大きな声で『プロデューサー』と呼ぶのはやめておきましょう」
「…はぁ、いつも通りですねプロデューサー」
「いつも通りリラックスしていきましょう。
今日は私のことを『先輩』と呼んでください。
私は『後輩』と呼びます」
「……十王会長を思い出すから嫌です」
なんて我儘な…。
「では、身バレしない程度に好きなように呼んでください。
私も極力名前を呼ばないで済むように心がけます」
「…わかりました。
なんて呼ぼうかな…」
そうしてウンウン唸り始めた彼女を見ながら、私は今日の本題のために彼女を先導して歩みを進めることにした。
「さて、早速行きましょう。
今日は…例のイベントのお礼もかねて、お好きなものを好きなだけ食べていいです。
再来週が『本戦』なので、その前の慰労だと思ってください」
唸っていた彼女は、私の言葉でハッと顔を上げた。
「そ、そうだった!
早く行こう!
とんかつが逃げちゃう!」
「とんかつは逃げませんよ」
そう、今日こそは月村さんに『H.G.F』のご褒美と日頃のお礼を兼ねて、好きなものを御馳走する日だった。
このために昨日からずっとそわそわしていて、
失敗したことに一番最初に気づいたのは賀陽さんで、月村さんのフォローにかかりっきりになっていた。
歩き始める彼女に合わせて踏み出そうとして、大事なことを言い忘れていたことを思い出した。
「それと…行く前に一つだけ」
「なんですか?
早くいこうよ」
「その服、似合っていますよ。
月村さんのイメージにぴったりです」
「………ふ、ふーん。
わ、わかってたけど………あ、ありがとう。
プロデューサーも…スーツじゃないの初めて見たけど、似合ってます」
「ありがとうございます」
「ていうか、名前、言わないようにするんじゃなかったんですか?」
「そうでした。
次からは気を付けます」
「はあ、しっかりしてください。
プロデューサーのせいで炎上なんて、勘弁してよね」
どの口が…とまで言おうとして、口を噤んだ。
今日は楽しんでもらう日なので、余計なことは言わないのだ。
並びながら歩き、少しの雑談を挟みながら歩く。
帽子で少し顔が隠れているのに、その眼はキラキラしているのが言葉の端から伝わってくる。
どれだけ楽しみだったんだ…秦谷さんの料理は月村さんに合わせた味付けで月村さんも大好きなはずだが、マンネリなのだろうか?
いや、確かに『H.J.I.F』のシーズンは揚げ物を控えるようにしていたな。
可能な限り好みのものにしているはずだが、それでも月村さんにとってはきつかったのかもしれない。
いや、『H.G.F』の後に頻繁に外食をしてしまったので、調整に必死だったんだ。
にこにこと上機嫌の月村さんと並んでしばらく歩き、目当ての食事処に着いた。
事前に予約をしていたこともあり、すんなり案内されて席に通される。
店の中に入った際に帽子を取ってしまったので、下手なことを言わないように気を付けよう。
店員さんから、注文が決まったら呼んでほしいことを伝えられ、月村さんはキラキラした目でメニューに目を通し始めた。
「どれもおいしそう…!」
「ええ、私も来るのは初めてですがおいしいと評判のとんかつ屋です」
「え、初めてなんですか?
プロ…あなたのことだから、てっきり事前調査しているのかと思ってました」
「先に一人で食べに来てもよかったと?」
月村さんがギロッと私を睨みつける。
その視線で私は自分の判断が正しかったことを理解した。
「はあ?
いいわけないでしょ?」
「そういうことです。
それに、折角食べるなら一緒に食べたいじゃないですか」
「……しょ、しょうがないな。
付き合ってあげる私に感謝してください」
口では偉そうなことを言っているが、頬がにやけている。
あまりの可愛さに私は思わず写真を撮った。
音量は大きくなかったはずだが、それに気づいた月村さんは、慌てて顔を隠した。
「ちょ、いきなり撮らないでください!」
「『かわいいまりちゃんの写真を撮ってくるように』と、秦谷さんからお願いされたんです」
「み、美鈴~~~~!」
憤っている彼女を見つつ、私はそのまま流れるように秦谷さんに写真を送った。
秦谷さんから、何故か怒りマークのスタンプが来ている。
嫉妬だろうか?
理不尽すぎる。
「可愛い写真を撮られたくなかったら、メニューを決めてしまいましょう」
「そうなんだけど………どれもおいしそうで迷う~~~~!」
再びメニューに目を落とした彼女は、また唸り始めた。
店員さんの視線が少し痛くなってきた気がするが、ずっと楽しみにしていた彼女の楽しみを奪うのも忍びない。
彼女が迷っているさまを見ながら、暫く待っていた。
そして、彼女の視線の先が二つほどに絞られたのを確認して、声をかけることにした。
「決まりましたか?」
「……ロースかつとヒレカツのセットにしようかな。
でも、チキンカツも捨てがたい…!」
「でしたら、私がロースかつとチキンカツのセットにするので、シェアしましょうか?」
凄い勢いで顔を上げた彼女の瞳は、さらに一際輝いた。
「いいの!?」
「ええ。
あなたの笑顔が見られるなら安いものです」
「~~~~~~~~!
ありがとう! プロデューサー、大好き!」
「……まあ、いいでしょう。
では、店員さんを呼びますね」
心臓に悪いので、軽々しくそういうことを言わないでほしい。
そんな気持ちを表に出さないように、努めて平静に店員さんを押しボタンで呼び、注文を頼む。
注文を受けた店員さんが去った後も、月村さんは嬉しそうに体を左右に揺らしている。
上機嫌なのは誰が見ても伝わるだろう。
とても愛らしいので思わず写真を撮ったが、ノリノリでピースをするぐらいになっている。
再び秦谷さんに送る。
恐らくすぐに反応があると思うが、敢えてスルーすることにした。
そうしているうちに、定食が運ばれてきた。
月村さんがあまりにもいい笑顔をしているので、店員さんも心なしかさっきよりも笑顔が清々しい気がする。
目の前に運ばれたそれを見て、彼女はもう待ちきれないとばかりに箸を取った。
「「いただきます」」
とんかつの味は評判通り非常においしかった。
月村さんのお口にも合ったようで、ロースかつ、ヒレカツ、分けたチキンカツの全てを平らげ、ご飯もおかわりして合計3杯食べた。
少し自由にさせすぎたかとも思ったが、彼女の笑顔を見ているとそんな気も失せてしまう。
お店を出て、帽子を被りなおして適当に歩き始める。
この後の予定は…いくつか候補は考えているものの、どうするかは決めてない。
月村さんはどうしたいだろうかと思いながら顔を窺うと、まだ上機嫌でスキップしそうな彼女は、おなかをさすって満足そうにつぶやいた。
「あー美味しかった…。
今度はみんなで来ようね!」
「そうしましょう。
ここなら駅からもそこまで遠くないですし、奥に小上りの席もあったので6人ぐらいなら入れるでしょう。
さて…これからどうしましょうか?」
「食べ歩き……って思ったけど、流石におなかいっぱいだし…プロ、あなたは考えてないんですか?」
「いくつか候補はあります。
ここから近い、遊園地、動物園、水族館に案内できますし、映画もありますよ」
ピタッと彼女の動きが止まる。
そのままゆっくり私に顔を向けた彼女は、心なしか顔が赤いように見えた。
「……考えてるんじゃないですか」
「考えてはいますが、月村さんと相談して決めようと思いました。
勝手に決めるのも申し訳ないと思ったので」
「あなたが考えてくれるなら…どこでも嬉しいです」
…嬉しいことを言ってくれるな。
だが、帽子で顔を隠しているのが減点だ。
絶対に今の月村さんは可愛い顔をしているのに、帽子のせいで見えないじゃないか。
何とか見えないかと、彼女に視線を移して顔を覗こうとすると、彼女は顔を隠したまま思い出したように声を上げた。
「行きたいところ、思いつきました」
「どこでしょう?
教えていただければ案内します」
「ううん、私が連れてってあげる。
ついてきて」
そのまま彼女は、私の前を軽快に歩き始めた。
耳が赤いのを必死に隠しているようにも見えるが、指摘するのは野暮だろう。
月村さんに先導されて、歩くこと5分。
付いた場所は…カラオケだった。
「ここ」
「カラオケですか。
カロリー消費にもストレス発散にもちょうどいいですね」
「ふふん、休息日だけど、少し歌うぐらいならいいよね?」
「ええ、やりすぎになりそうなら止めるので、好きなだけ歌ってください」
「安心していいよ。
心配するようなことにはならないから」
なんでこうもフラグ建築が上手いんだ。
これで明日、声がかすれてたりしてレッスンに支障が出るようなことになったら、私が賀陽さんに縛り上げられてお仕置きされてしまうだろう。
手慣れた手つきで受付で手続きを行い、月村さんに先導されて部屋に着いた。
運よく、奥の部屋に通されたのであまり人目につかないのもいい。
帽子を脱いで、ドリンクバーで飲み物を用意し、月村さんが機械を操作してマイクを持った。
「はい」
「え?」
思わず声を上げてしまう。
てっきり、彼女が歌うと思っていたのに
私が驚いて目を白黒させているのと対称に、彼女は真剣な表情をしていたのが、さらに私の困惑を深めていた。
「え? 何故…?」
「…プロデューサー、お願いがあるんです」
お願い…?
「ええ、構いません。
何でもおっしゃってください」
「あなたが『夢』で見た、『月村手毬』の曲を歌ってください。
プロデューサーのことだから、用意してますよね?」
………そうきたか。
「なぜでしょう?」
「燐羽は『
美鈴からも、この前プロデューサーに『
そうして、彼女は力強く宣言した。
「
私が、『
十王会長にも、雨夜会長にも、有村先輩、姫崎先輩、ミヤビ、ことね……美鈴にも、燐羽にも、
美鈴と燐羽は同じユニットメンバーですけど、『
彼女の瞳に宿る光は、夜空で一番輝いている月の光にも等しい力があった。
「そのために、私とは違っても『月村手毬』をもっと知っておく必要があると思ったんです。
大好きなライバルたちに勝つために。
詳しいことは聞きません。
その言葉を聞いて、私の中で断る選択肢は完全に消えた。
幸い用意はできているし、ここまで覚悟ができている、今ならいいだろう。
「わかりました。
どこまで再現できるかはわかりませんが、全力でさせてもらいましょう」
「! お願いします!」
私は肩掛けポーチの中から、スマホと映像に接続できる用の変換ケーブル(先がHDMIになっている形)を取り出して、大和との仕事専用のスマホを取り出す。
こっちには、表に出してない曲を詰めている。
あまり持ち歩かないようにしているが、担当アイドルたちといるときは常に持ち歩くようにしていた。
慣れない機械なので、少し手間取ったが無事に接続できた。
そして、私は…彼女にとって一番心を動かすための曲を歌い始めた。
「一体いつから」
前に高等部で歌った時とは違って、感情を込めながら全力で歌う。
私の心に焼き付いた曲を、私の心を焼いた曲を。
私は上手く歌えているだろうか?
それを判断できるのは、誰もいないだろう。
だが…効果があったかどうかはわかる。
月村さんの目から流れる涙が、私にそれを伝えてくれた。
歌いきった私は肩で息をするほどに疲弊していた。
座り込んで飲み物を飲み、少し落ち着いたところで月村さんも涙を拭い終えていた。
「はあー…ふぅー…いかがでしたか?
あまり上手ではなかったかもしれませんが、全力でさせていただきました」
「……うん。ありがとう、プロデューサー。
プロデューサーがこの曲にかける想いも、『月村手毬』の想いも…伝わりました」
胸に手を当てながら、彼女は嬉しそうに笑顔を浮かべた。
「『月村手毬』は、わたしは、『SyngUp!』が解散した後に、きちんと前を向いて自分を好きになれたんですね」
「ええ、そうだと思います。
この曲は、『ソロアイドル月村手毬』の集大成と言ってもいい曲です。
だから、この曲に込められたメッセージを、あなたも受け取ってその伝わる熱を、皆さんに届けてください。
恐らく…秦谷さんと賀陽さんの心も動かすことでしょう」
月村さんは力強く頷いて、私が机に置いたマイクを手に取った。
「この曲、歌っていいよね?」
「ええ、もちろん。
これから、
頑張ってものにしてください」
「はい!」
そうして、彼女は食事に向かう時間まで歌い続けた。
私が途中で止めようとしても、中々止めないでずっと。
失敗したと気づいた時にはもう遅く、私は全力で歌う彼女を止めることができなかった。
カラオケから出るころには、彼女の声はややかすれ気味になっており、私は彼女にのど飴を購入して舐めさせた。
その後、帰りにラーメン屋に入って再び暴飲暴食をする月村さんを見守り、明日からは地獄を見てもらうことを心に決める。
次の日、延々と走らさられる月村さん。
止められなかったお仕置きとして、椅子に縛られる私。
今日も平和だナーと、藤田さんは遠い目をしていた。
プロデューサー VS 月村手毬
本日の勝敗 月村手毬の完全勝利 しかし…?
プロデューサーとのデートでウキウキ。
言うことを何でも聞いてくれるし、きちんと準備もしてくれてずっとテンションが高かった。
ずっと気にしていたことを解決させて、『月村手毬』を超えるための決意を固めた。
尚…プロデューサーは欠片もデートだとは思っていないので、知らぬが仏である。
彼は、今日だけはフォアグラを作るつもりでやってきた。
そのため、特に食事面に関しては念入りに調査をしてきたが、結果的にあまり活用できなかったので、今度何かで連れて行こうと考えている。
食い倒れ歩き旅になると思っていたら、エンドレスカラオケ(聞き専)になり、敗北を喫した。
秦谷 美鈴
まりちゃんの可愛い顔を送られてご満悦。
それはそれとして、プロデューサーがそれを独り占めしていることにはご立腹。
どちらかと言えば勝利。
藤田ことね
今日も平和だナー(初星学園比)