『SyngUp!』のプロデューサーは足を引っ張ると殺される 作:プロデューサー科のもの
『H.I.F』の3回目の
残念ながら、有村さんと姫崎さんは突破できなかった。
彼女たちが流した悔し涙を私は、私たちは忘れない。
有村さんと姫崎さんからは謝られてしまったが、彼女たちを勝たせられなかったのは、私の責任と言ってもいいだろう。
姫崎さんも、『お姉ちゃん』のことは話さなかったが自らの強みを見つけつつあったので、十分勝算はあった。
それなのに彼女たちが突破できなかったのは、私の力が及ばなかったからだ。
…いや、思い上がるな。
これは、先輩方の努力の賜物だ。
二人の力を発揮しきれなかったことは私の責任だが、それを加味しても先輩方の追い上げ方が凄かった。
恐らく私がしたのと似たような手法だろう。
後輩たちに負けて堪るかと、星野さんをはじめとして合同レッスンも行っていると聞く。
その結果、雨夜さんと十王さん以外の『H.I.F』の本戦の枠は、全員3年生が掴みとった。
最後の『H.I.F』ということもあり、意地を見せたのだ。
この3年生の本戦出場率は、これまでの『H.I.F』でも中々ない程だったらしい。
『H.G.F』では調整のために本戦のオーディションを受けなかった『owl』さんも本戦に進んでいる。
流石、『本物のプロデューサー』だ。
私なんかとは違う、実力だけで十王社長に見初められた、正真正銘の本物。
その力を甘く見ていた。
………切り替えよう。
『H.I.F』も『H.J.I.F』も本戦がそろそろ始まる。
それに対しての準備は、もうできる限りしてきた。
花岡さんと藤田さんにも本戦に向けてのものは託したし、『SyngUp!』の面々は良くも悪くも普段通りにできている。
月村さんが少し不安だったが、この前のとんかつを食べに行ったあの日から、驚くほどの成長を続けている。
十王さんも『小さな野望』の完成に向けて努力を続けており、初のお披露目になるであろう『H.I.F』の本戦でそれをぶつけられる算段になっている。
…さて、今日は『H.I.F』本戦前の個人打ち合わせ、その最後になる。
相手は…事務所の扉がノックされ、その相手が来たことを察した。
「どうぞ」
「失礼する」
入る前に礼儀正しく一礼してから、入室してきたのは雨夜さんだ。
他の全員とは既に話を終えており、再度に予定を合わせることができたのが彼女だった。
『H.G.F』では振るわなかった彼女だが、その実力は高く、アイドル業、生徒会業務も相まって中々予定を合わせられなかったのだ。
十王さんの後始末をしていることも原因の一つかもしれない。
私の対面の席に彼女を案内する。
「ようこそ雨夜さん。
おかけになってください」
「ああ。
…で、面談と聞いたが何を話すんだ?」
「『H.I.F』の本戦に向けて、少し聞いておこうと思いまして」
私の担当アイドルたちには何時ものことだが、雨夜さんとこういった面談をするのは初めてだ。
二人で話すような機会もあまりないので、この機会に憂いはなくしておきたい。
「……
最初、貴様から呼び出されて聞かされた時には、驚かされたしアイドルの曲ではないとも思ったがな」
「そうです?
ロックでかっこいいと思いますが」
私は本心からそう思っているのだが、彼女は冗談じゃないとばかりに声を荒げた。
「ロックすぎるだろう!
ロックアーティストが歌うと言われた方が納得できる!」
「でも、雨夜さんに合っているでしょう?
前に他の方にも言いましたが、自分の方向性を見つけるのは大事なことです。
雨夜さんは、自分の方向性をどう思っていますか?」
「方向性……かわいい、よりもカッコいいの方が向いているのはわかっている。
アイドルとしてはどうなのかとも思うが、カッコいいアイドルも実際にいっぱいいる。
白草月花もそうだろう」
「私もそう思います。
ですので、この曲が雨夜さんにぴったりだと思っています」
「まあ、否定はせん。
さっきはああ言ったが、この曲自体は気に入っている」
「その上での確認です。
あなたは、十王さんに勝てますか?」
今日の本題はこれだ。
『H.I.F』の本戦に挑むにあたって、気持ちで負けていては勝てるはずもない。
私は、彼女が即答してくれることを期待していたが、返ってきたのは暫くの沈黙だった。
「………どうだろうな。
星南は強敵だ。
私はライバルだと思っているが、『H.G.F』でもまた一つ殻を破った星南は、夏の『H.I.F』の時より力を増している。
第一、星南にも曲をくれているのだろう?」
「聞いていたんですか?」
「星南といつから付き合ってると思ってる?
あいつの様子を見ていればわかる」
流石は幼馴染と言ったところか。
一応、『H.I.F』でぶつかるもの同士だから隠していたが、無駄だったな。
「その通りです。
彼女にも、彼女のさらなる成長を願った曲を用意させていただきました。
それに雨夜さんも気づいていると思いますが、最近の彼女はこれまでよりもレッスンに熱を入れています」
「……ああ」
「雨夜さんの努力が劣るとは言いませんし、思いません。
あなたのアイドルに対しての真摯な向き合い方は、私もよくわかっていますしレッスンに手を抜くようなことがないことも知っています」
「当然だ。
星南に勝つと決めている以上、努力を怠ったことはない」
「それを踏まえて今一度聞きます。
あなたは、十王さんに勝てますか?」
改めて同じ問いを投げかける。
だが、その問いに込められた意味が同じではないことに、彼女は気づいて黙り込んだ。
暫く沈黙が流れ、彼女が口を開く。
「………正直なことを言おう。
勝ちたい、と思っている。
ずっとずっと、星南に勝つことを目標にしてきた。
それに嘘偽りはない」
凛々しい瞳の中に、不安の色が揺れている。
「だが、それ以上に勝てないかもしれないと思ってきてしまっている。
このままで勝てるのかと不安になっている気持ちが出てきてしまっている。
私が積み上げてきたものが、星南に届くのか、私にもわからない」
首を振って俯いた彼女。
『H.G.F』でプライドをへし折られた彼女は、その後もレッスンを重ねてきた。
だが、中等部の後輩たちのハイレベルなレッスンと、同年代の白草さんのレベルの高さを見ていたせいで、自信が不足しているのかもしれない。
なら、解決策は一つしかない
「では、届かせましょう」
「…は?」
呆気に取られて呆けたまま口を開けている彼女は、普段の凛々しさと相反していて可愛らしい。
「力が及ばないかもしれない、というのであれば届かせるしかないでしょう。
十王さんに置いて行かれていいなら話は別ですが、勝ちたいのでしょう?」
「当然だ。
さっきの言葉に嘘偽りはない。
だが、どうやって届かせるつもりだ?
付け焼刃では星南には通用せんだろう」
「それはそうですが、付け焼刃なんて必要ないですよ。
あなたは既に十分なものを積み重ねている。
それは、日々のレッスンを見ている私がよく知っています」
「なら、どうすればいい?」
「まずは思い出してください。
『H.G.F』の時のことを」
彼女の視線が一層鋭くなる。
彼女にとっては思い出したくない記憶かもしれない…が、十王さんに勝つのであれば避けては通れない。
「…喧嘩を売っているのか?」
「いいえ、必要なことです。
秦谷さんに蹂躙されたあの日、『学園No.2』という歪んだプライドを粉々になったと思います」
「歪んだプライドだと?」
そこまでは気づいていなかったか。
なら、しっかり話しておかなければならない。
「ええ。
十王さんに勝つということは『
『学園No.2』なんて肩書は、『
これは『ストーリーのプロデューサー』が言っていたことだが、正鵠を射ている。
『学園No.2』なんていうのは、強者じゃない者たちがこぞって作り上げたまやかしだ。
頂点に立つ者は常にひとり。
それは、『
「! そ、それは…そうだが」
「気づいていなかったんですか?
無意識に彼女の後ろを歩くことを良しとしていた自分自身に」
「………そう、か。
私は、無意識に負けを認めていたのか。
だから、秦谷に負けた事実を中々受け入れられなかった。
『学園No.2』でなくなってしまうことが、怖かったんだ」
彼女は目を瞑って、言葉をこぼし、だんだん声を荒げていった。
「……星南の背中を追うばかりで、星南にある輝きが私にないと気づいて、追う振りをして、諦めていた!
下ばかりを見て、安心していたのだ!
己の弱さに甘えていたのだ!
あまつさえ、その事実から目を背けた!」
ヒートアップした彼女は止まらない。
いや、止めるつもりも私にはない。
「何をしているんだ、私は!?
何をしていたんだ、雨夜燕!
私は、星南に勝つと公言しておきながら、その実、負けを認めて『学園No.2』に甘んじていたなどと……恥を知れ!」
事務所から漏れて周囲に聞こえるんじゃないかと思うぐらいの叫びだった。
その叫びには、彼女の憤りがありありと浮かんでいる。
「その怒りの炎を忘れないでください。
自分の弱さに対する怒りを忘れなければ、さらに成長していけます。
十王さんのライバル、なのでしょう?」
「ああ、私は、十王星南のライバルになる!
―――今度こそ、本当の意味で」
…良い表情になった。
私好みの、人が輝いている時の表情だ。
さっきまで、十王さんに勝てないかもしれないと俯いていた少女と同じ人物とは思えない。
これだから面白いんだ、人間って奴は。
「私も全力でサポートします。
十王さんにも同じようにサポートするので、ぶつかり合ってください。
先輩たちがぶつかり合えば合うほど、後輩も、その下の世代たちにも伝わる熱い思いが伝わります」
「ああ、貴様たちに見せてやる。
私の生き様をな!」
立ち上がった彼女を見て、もう心配はいらないだろうと実感する。
今すぐにもレッスンに行きたそうな彼女をあまり引き留めるのも悪いか。
「では、これで面談は終わりです。
レッスンに合流してください」
「ああ、そうさせてもらう」
彼女が出入り口に向かって振り返り、歩き始めて…再び声をかける。
「最後に一つだけ」
「なんだ?
手短に頼む」
「ロックの背景にある反骨精神を、その身をもって体現することが、『理論武装して』には必要だと思います。
『理論武装して』がロックな曲になっているのは、頂点に立ち絶対的権力者とも言ってもいい『
彼女は顎に手を当てながら、一つ頷いた。
「なるほど。
そういう考え方もあるか。
………まて、それだと私が
「ちょうどいいじゃないですか。
雨夜さんのカッコよさともマッチしてますし、それで売り出してもいいかと思います」
制服も真っ黒にしているし、とは言わなかった。
スケバンとか似合いそう…口に出したら、竹刀で追いかけ回されそうだから言わないが。
「考えておいてやる」
「ええ、よく考えてください。
迷って、考えて、自分で選んだ道こそが、その人の歩むべき道になると信じてます。
『H.I.F』、期待していますよ」
「ああ、期待して見ていろ。
私が、星南を超えるところをな!」
今度こそ、彼女が扉を開けて出ていくのを私は止めなかった。
今年の冬の『H.I.F』は相当大荒れになるだろう。
先輩方はもちろん、雨夜さんと十王さんの実力の伸びはトップアイドルにも届くほどになるはずだ。
それに、『ストーリー』でも有りえなかったカードが実現してしまう。
『小さな野望』VS『理論武装して』
両方とも、プロデューサーが担当についたからこその曲だったはずだ。
『秦谷美鈴STEP4』でも、本戦の時のBGMは『小さな野望』ではなく『Choo Choo Choo』だった。
『小さな野望』はトップアイドルたちに。
『理論武装して』は『十王星南』に勝った曲だ。
両方とも大きな舞台ではなかったはずだが、それでも勝っていることには変わりない。
もうすでに『ストーリー』はあまり宛てにならない。
『運命』が収束していることに期待はしているが、完全にそうなるとは思えないし、既に差異がいくつも存在している。
そうしてきた、が正しいが。
どっちが勝つかわからない…いや、風間先輩たちが勝ってもおかしくないような状況。
『
だが、その答えはそう遠くない時期に結果という形で出ることになる。
やり残しがないように、私の担当アイドルたちも、雨夜さんと十王さんの最終チェックを行うとともに、有村さんと姫崎さんには本戦を見て学んでもらおう。
来年、頂上でぶつかりあってもらうために、こんなところで足を止めてもらうわけにはいかない。
……冬の『H.I.F』、『H.J.I.F』。
その本戦がもうすぐ始まる。
雨夜 燕
夏の『H.I.F』で星南が『
嵌められて、イベント開催の手伝いをさせられただけだと思いきや、『H.G.F』で彼の担当アイドルに自らが敗北を認めてしまうほどのライブをされ、プライドをべきべきにへし折られた。
夏の『H.I.F』で負けた事実を『学園No.2』の肩書が支えていた時に、それすら奪われた彼女の衝撃。
それを立ちなおさせたのも、彼の担当アイドルだったが、今回本気で向き合いなおし自らの想いを自覚した。
十王星南に勝つ。
言葉にすれば同じのはずだが、彼女のそれは高等部入学当初とは大きく異なっていた。
それとこれとは別に、『