『SyngUp!』のプロデューサーは足を引っ張ると殺される 作:プロデューサー科のもの
桜並木を越えた先にある、学び舎。
そこに鎮座するのは、我らが母校、初星学園だ。
舞い散る桜の中で、その高等部の入学式が行われているのは、非常に風情がある。
今頃は、入学首席の花海咲季さんが挨拶をしているころだろう。
私の担当アイドルたちも参加している。
編入組と、進学組の両者が初顔合わせとなり、これまでアイドルコースは1クラスしかなかったが、高等部のアイドル科は実質2クラスあるため、人数も倍になる。
3組はクラスとして存在しているものの、扱いが特殊で、クラスとしてカウントするには人数が足りないため、この場では置いておく。
なにせ、入学式にすら3組の生徒は参加していないぐらいだ。
本当に籍があるだけで、登校してくることはまずない。
それはさておき、この入学式は新1年生となるアイドルのみならず、プロデューサー科の生徒にとっても重要なものだ。
何故かというと、新入生のアイドルたちに目をつけているプロデューサーにとっては、初めて直接見ることができる貴重な機会だからだ。
裕を含めたプロデューサー科の生徒も、あまり目につかないところで見守っているころだろう。
では、なぜ私が入学式をやっている講堂の外にいるかというと、
だが、その人物はどこにも見当たらない。
あまり人目につかないように、周囲を索敵しているのだが、全然人の気配がしない。
入学式をしている最中なので、当然と言えば当然ではあるのだが…。
……
私がそう考えた時だった。
茶色とピンクの物体が、私の目の前を飛び込むようにして通過した。
かと思いきや、急ブレーキをかけて、私の目の前で止まる。
まるで、バイクが通り過ぎたのかと思うほどの風圧が、私の髪を揺らした。
「す、すいませ~~~~~~~~~んっ!
入学式って、もう始まっちゃってますかっ!?」
……しまった。
まさか、私が捕まるとは…。
「もうそろそろ終わりますよ」
「うひゃ~、入学当日から大遅刻!!」
しょぼくれる彼女は、しょんぼりする声すらも大きい、元気溌剌だ。
朝から元気で大変よろしい。
「失敗したぁ~!
どうやって合流しよう~!」
「皆さんが出てきたときに、しれっと合流すればいいと思いますよ。
入学初日なんですから、誰も顔なんて覚えてないでしょう」
「それです! ナイスアイデア!!」
その手があったかとばかりに喜びの声を上げた彼女は、ハッとして姿勢を正した。
彼女の名前は…。
「ああっ、申し遅れましたっ!
あたし、アイドル科の新入生で花海佑芽っていいます!
はじめまして!」
「こちらこそ、はじめまして。
私は…プロデューサー科の生徒で、初星学園の『
言いながら、私は彼女に名刺を差し出す。
それを受け取った、彼女の名前は『花海佑芽』。
『学マス』の主人公である『花海咲季』の妹で、ライバルだ。
4月1日生まれと、同学年の中では一番遅い誕生日にも拘らず、その身体能力は並の人間を超えている、『学マス』屈指のフィジカルモンスターである。
オレンジ色に近い明るい茶色の髪を、肩にかからないぐらいの長さに整え、左側の一部だけ伸ばした髪を後ろから右にもってきて、右側頭部でお団子を作っている。
アホ毛がぴょんと出ていて、言動だけではなく、格好からも元気の良さが伝わってくる気がする。
制服はアイドル科特有の自己流で、ピンクのセーターを着ていて可愛らしい。
身長は秦谷さんより少し低いぐらいで、服越しにもスタイルの良さが伺えるのが特徴だろう。
そして何より………ソロアイドルとして唯一、夏の『H.I.F』にて『十王星南』以外で『
そんな可愛らしくも恐ろしい彼女に、私は初星学園内でとっくに響き渡っている恐ろしき異名を敢えて語った。
知る人が聞けば裸足で逃げ出すかもしれない。
それほど、悪名だけは響いてしまった呼び名だが、幸いなことに新入生だったからか彼女の反応は違っていた。
「……ふぃくさー?
それってどういう意味ですか?」
訂正。
言葉の意味を理解していなかった。
「簡単に言うと黒幕って意味ですよ。
大変遺憾ですが、何もかも私のせいになったりしたせいで、皆さんから恐れられていたりするんです」
「ええーーー!!!
こんなに親切にしてくれたのにっ!?」
「ええ、嘆かわしい限りです」
しくしくと、目元に手をやって悲しんでいることをアピールする。
当然、自業自得であることを納得した上でだ。
もう、今更この肩書を捨て去ることはできないだろう。
そして、彼女はハッとして先の私の言葉を思い出した。
「って、プロデューサー科の方だったんですか?」
「ええ、そうです。
名刺にも書いてあるでしょう?」
「それなら!
あたしをプロデュースしてくれませんか!?」
………ほう。
「唐突ですね」
「はい!
あたし、アイドル初心者なので!
プロデューサーさんが一緒にいてくれたら、心強いなって!」
それで悪名が轟いていると自ら言っている相手に、プロデュースを頼む…か。
「なぜ初対面の、しかも怪しい肩書を持っている私に頼むのですか?
他の方の方が良いかと思いますよ?」
「あなたがいいんです!
直感なんですけど―――この人なら、あたしの力になってくれそうだなって」
………なるほど、なるほど。
「………直感、直感と、きましたか」
「へへー、当たるんですよっ!
あたしの勘!」
……適当にはぐらかそうかとも思ったが、少し真剣に話を聞く気になった。
確かに、『彼女の親愛度コミュ』はそんな感じだった気もするが、いかんせん1年以上前の記憶だから不確かだ。
だから、次に一番大事なことを聞くことにした。
「一つだけ聞かせてください。
なぜ、あなたはアイドルになろうと思ったのですか?
嘘偽りない、あなたの本心を」
「あ、はい。それは。ですね。
……それは――――――」
そう言って胸に手を当てながら、溜めて、彼女は想いの丈を吐き出した。
「勝ちたい人が、いるんです」
そして、目を合わせた彼女の言葉には、彼女がこれまでの人生で積み上げてきたすべてが詰まっていた。
「生まれた時から、ずっとそばにいて……。
色んな競技で、何度も何度も競い合って……。
一度だって、勝てたことがなくて。
本当にすごい人で……尊敬してて」
彼女は、瞳を閉じて更に想いを込めた。
「だけど……だから……。
今度こそは、絶対に、勝ちたいんです」
……やっぱり、彼女たちは良い。
もう知っているはずなのに、その言葉の重みは私の感情を激しく揺さぶろうとしてくる。
「その人もこの学園にいるんですね?」
「はい。だから、あたしはここにいます。
あたしは初心者で……アイドルのこと、よくわかってなくて、自信があるのは運動くらいで……。
才能だって、そんなにないのかもしれません」
そう語る彼女の視線は不安に揺らいだ。
だが、次に口を開くときには、もうその不安の色は消えていた。
「―――――――――でも、勝ちたい気持ちだけは負けません。
きっと、誰にもです。
必ず勝ちます。
そして、学園で一番のアイドルになります」
最近、あまり聞かなくなったその言葉が、私には眩しかった。
十王さんたちと、私の担当アイドルたちが台頭してきた今、初星学園の空気は実は少し良くない。
どうせ、あの人たちが勝つしな…と言った、諦めの空気が蔓延しつつあった。
前は、私に噛みついてくるような人もいなかったわけではないが、『H.G.F』あたりからめっきり減って、冬の『H.J.I.F』『H.I.F』が終わるころには完全になくなった。
白草さんが一時期新しい風を吹かせてくれたが、それも長続きはしなかった。
イベントやライブで、結果を出し続けてきた結果、上級生たちでさえ、私や担当アイドルたちが近づくと道を空けるぐらいだ。
「自分で言うのもなんですけど、いい物件ですよっ!
いかがでしょ~~かっ!?」
他の人が見たら真っ青な光景かもしれないが、今の私にはとても好ましい。
正直、担当アイドルがいなかったら即答していたかもしれない。
だが、大事なことは伝えておこう。
「まず、最初に重要なことから言います。
残念ですが、私があなたを担当アイドルにすることはできません。
既に担当アイドルがいるので」
「ええぇ~っ!?
そうなんですかっ!?
いまOKしてくれそうな流れだったのに!?」
実際、したくなったことは否定しない。
だから…
「ですが、最初にこうして縁があったのも事実…あなたが『直感』を信じるなら、私もあなたと巡り合った『引力』を信じたい」
これもまた、『引力』であり『運命』なのだろう。
でなければ、わざわざ気配を極力消して、索敵していた私を彼女が見つけることはできなかったはずだ。
それを見つけ出して、直感だと言うのであれば、これもまた必要なことだったのだろう。
彼女は、ポカーンとして私の言葉を繰り返した。
「『引力』…ですか?」
「ええ、人と人とが出会うのは、『引力』によってお互いが
こうして、私とあなたが出会ったのも、その一端。
担当アイドルにすることはできませんが、花海さんのレッスンのお手伝いぐらいならできます。
私の担当アイドルたちと、一緒にレッスンをしてみませんか?」
プロデュースはできないと聞いてがっかりしていた彼女だったが、私の言葉で目をキラキラ輝かせた。
「あなたの担当アイドル…アイドルの先輩…!」
「そうです。
何を隠そう、私の担当アイドルたちは中等部でトップを獲り続けてきた、大変優秀なアイドルです。
そのアイドルたちと一緒にレッスンをすれば、あなたの実力もめきめきと伸びていくこと間違いないでしょう」
ついてこられればな。
並のアイドル…いや、高等部のアイドル科に編入したアイドルには中々酷なことだ。
だが、彼女ならできるはずだ。
その並々ならぬ、身体能力を持った彼女なら……基礎訓練は問題ないだろう。
ダンスレッスンやボーカルレッスン、ビジュアルレッスンではしばきまわされそうだが。
そんなことは欠片も知らない彼女は、再び目を輝かせている。
「おおっ!
あたしの新しいライバルってことですね!?」
「そうです。
いかがでしょうか?」
これが、今私ができる最大の譲歩だ。
私の矜持と、彼女の信じるものが重なったから、初対面でここまでしてしまった。
だが、彼女はそれがよかったのか、勢いよくお辞儀をした。
「はい!
是非、お願いしますっ!」
「
では、また放課後にお会いしましょう。
花海さんと同じクラスにも、私の担当アイドルがいるので、仲良くしてあげてください」
「わかりました!
あ、その子の名前を聞いてもいいですか?」
「ええ、秦谷さんと
仲良くしてあげてください」
「わ、2人もいるんですね!
わかりました!
あ、あと、あたしのことは佑芽って呼んでくださいね!」
「承知しました、佑芽さん」
大きく手を振りながら、講堂に向かって行った彼女を見送り、私は手を振り続けた。
……少しプランに誤差が出たが、まだ想定の範囲内だ。
『
話しながらも、周囲の気配は常に探っていたが人の気配は欠片もしない。
人の気配どころか、生き物の気配すら希薄だ。
虫が所々で騒めいている、極僅かなさざめきが聞こえる程度だ。
何回、周囲を見渡しても、人っ子一人いない寂しい空間になってしまった。
本気で索敵している私の包囲網を抜けて、近づくような手練れの可能性も十分あるし、もしそうだったら私が妨害してしまった形になるのは非常に心苦しいが、過ぎたことは仕方ない。
本来、この入学式中の邂逅は、『Re;IRIS』か『花海佑芽』のプロデューサーであれば、そっちが拾うイベントだ。
そうでなかったということは、いくつか選択肢が消えたと言ってもいい。
『Re;IRIS』は『SyngUp!』が解散していないため、月村さんがフリーでないことを考えれば、自然消滅してしまっている。
藤田さんも頭角を現しているし、少し調べれば担当がついていることもわかるだろう。
……だが、入学式で
見落としが100ないとは言い切れないので、絶対ではない。
しかし、見つからなかった以上はこっちの可能性も高いと踏んでの張り込みだった。
それが外れたとなると…まあ、後はなるようにしかならないか。
………秦谷さんたちになんて言おうか。
敢えて
何せ、また放課後に会いましょうと言ったが、どうやってまた会うのかは何も話していない。
なのに、絶対に合えると信じて講堂に向かってしまったあたり、騙されやすいのは目に見えて明らかだ。
放課後に処刑される覚悟を決めて、私は次のターゲットを探ることにした。