『SyngUp!』のプロデューサーは足を引っ張ると殺される 作:プロデューサー科のもの
雨夜さんと十王さんがレッスンに参加することになったある日のこと。
朝の走り込みにも参加することになった彼女たちだったが、既に言葉を交わすことが多かったからか、有村さんと姫崎さんが馴染むよりも早く馴染んでいるように思える。
特に、特筆すべきは…。
「ミヤビ! ペースが落ちているぞ!
そんなことで私に勝てると思っているのか!」
「まだまだこれからです! 師匠!
今日こそは勝たせてもらいます!」
「こ、と、ねええええええええええええ!
どうして逃げるのかしら!?」
「うっぎゃあああああああああああああ!?
つ、捕まったら何されるかわからないからです~~~~~~~!」
あの二組だろう。
方や、師匠と弟子。
方や、変質者と被害者。
前者はまだいいが、後者のやべー方が初星学園の『
良いことがあるとすれば、藤田さんが限界を超えつつあることだろう。
母集団から外れた後者の2人は、短距離走も書くやと言った速度で走り抜けている。
生存本能からくるものなのか、藤田さんのペースはこれまでのよりも格段に早かった。
…だが、こんなハイペースがいつまでも持つはずがない。
一周して校門まで走ってくる頃には、満身創痍の藤田さんは、辛うじて足を動かしているだけの屍一歩手前だった。
それでも、十王さんに追いつかせていないのだから、凄まじい限界突破だろう。
崩れ落ちる寸前の彼女を引き留め、抱きかかえる形になったまま座らせる。
「ぜぇー…ひゅー…ゲホッガホッ」
「藤田さん! ストップです!
ほら、ゆっくりこれを飲んでください」
「あ…ありがと…ゲホッ!」
「しゃべらないでください!
ゆっくり、ゆっくりですよ」
少しずつ口に含ませて、ゆっくりとスポドリを飲ませる。
流石に無茶をしすぎた自覚はあるのか、彼女は私の指示通りゆっくりと飲み始めた。
「なかなかやるわね! ことね!」
いつの間にか追いついた十王さんが、仁王立ちで藤田さんの評価をつけている。
だが、それに答えられる余裕は、今の藤田さんにはなかった。
「やりすぎです。十王さん。
早朝ランニングでここまでの負荷をかける人がいますか?」
私が彼女を睨みつけると、彼女は少し申し訳なさそうにしながらも、心外だとばかりに声を荒げた。
「だって、ことねが逃げるのよ!
一緒に走りたかっただけなのに!」
「あれだけ鬼気迫る追いかけ方をしていれば、嫌でも逃げたくなるでしょう。
この件は、姫崎さんに相談させてもらいます」
私の言葉に、彼女は顔を青くした。
「ちょ、ちょっとまってちょうだい!
莉波は関係ないでしょう!?」
「姫崎さんに本気で怒られないと、あなたは止まらないでしょう?
毎朝、こんなことになったら流石の藤田さんも、いつか救急車に乗る日が来るかもしれません。
最悪は藤田さんへの接近禁止令ですが」
「それだけは許してちょうだい!」
半泣きになって私に縋りついて懇願する十王さんの姿を見て、どうしたものかと考える。
このまま藤田さんに好き放題されては、先ほどの言葉が冗談抜きで現実になる可能性が高い。
ここまで疲弊しきった藤田さんは、ライブ後でも中々見れない。
未だに私の目の前で呼吸を荒くしている藤田さんを見るに、相当無茶をしたのは確かだ。
それを毎日繰り返してたら、いつか本当にやばいことになる。
暫くしてから、ようやく藤田さんは息を整え終えた。
「…ふぅー、少し、落ち着いてきました。
ありがとうございます、プロデューサー」
「こ、ことね。
ごめんなさい。
私、そこまで追い込むつもりじゃなかったの」
しょんぼりとした十王さんの弁明に、復活した藤田さんが首をぶんぶん横に振って否定した。
「い、いやいや。
あたしが勝手にビビッて逃げ出しただけですし、星南会長は悪くないですって!」
「いえ、どう見ても十王さんが悪いです。
一緒に走りましょうって先に言えばよかったのでは?」
「……それはそうですケド」
「だ、だって………は、恥ずかしかったのよ。
その…ことねに、もし断られたらって思ったら」
頬を赤らめて、恥ずかしそうに告白する彼女は、ライブのカッコいい彼女とは思えないほど可愛らしい。
藤田さんも、そんな彼女に視線を奪われている。
「断るわけないでしょう?
藤田さんは十王さんの大ファンなんですから」
「ちょ!?
プロデューサー!?」
「別に今更隠すことでもないでしょう?」
「そ、それはそうですケド……」
恥ずかしそうに頬を赤らめて視線を逸らし、もじもじし始めた二人。
私、要らないのでは?
「ことね、その…今度から、一緒に走りましょう?
ことねと…もっといっぱい話したいの」
お、十王さんが今回は勇気を出した。
後は藤田さんが受け入れるだけ…。
十王さんが期待した視線を藤田さんに向ける。
私はそんな二人を見守っていた。
が、地獄の追いかけっこの疲れもあってか、藤田さんのキャパシティーを大きく超えたらしい。
「………お、恐れ多いです~~~~~~!!!」
藤田さんはそう叫びながら、中等部の寮へ逃げ出した。
まだ羞恥心が勝ってしまったようだ。
「そ、そんな…ことね……」
白目を剥いたまま固まってしまった十王さんを放置して、私は他のメンツの様子を窺うことにした。
有村さんと姫崎さん、月村さんと賀陽さんは集団で走り続けている。
ノルマとしては、これで最後の周回だ。
そして、ラストスパートにすごい勢いで走ってきた2人。
前方の母集団とは、ほとんど1周に近い差をつけているぐらいのハイペースで、やってきた彼女たち。
花岡さんと雨夜さんだ。
お互いに言葉を交わさないほど、必死に走り続けている。
今日まで既に4回ほど同じ光景を見てきたが、これまでずっと雨夜さんが上級生の意地を見せて勝利を収めてきた。
今日は…………
「はあ…はあ…
「はあ…はあ…よくやった…ふうー…ミヤビ」
遂に5回目にして、花岡さんが初勝利を収めた。
全身の力を使い果たした彼女は、そのまま校門に寄り掛かったまま座り込んでいる。
雨夜さんは、座り込むまではいってないものの、同じように校門に寄り掛かって身動きが取れない状態だ。
「お二人ともお疲れ様です。
飲み物とタオルをお持ちしました」
「ありがとうございます。
プロデューサー」
「礼を言う、プロデューサー」
渡したタオルとドリンクを受け取って、汗をぬぐい、ドリンクを飲み始めた二人。
少しずつ回復させようとしているが、まだ身動きは取れないようだ。
「今日の花岡さんは普段よりもハイペースでしたね。
これまで手を抜いていたわけではないと思いますが…」
「そうだな。
だが、無理をしすぎだ。朝一で出していいペースではない。
藤田が星南に追いかけられ始めてから、急にペースを上げたようにも見えたが」
「……黙秘権を行使します」
花岡さんが顔を赤くして目を伏せた。
その赤さは、運動終わりだからというだけではないだろう。
悪戯心が沸いてしまった私は、敢えて口に出してしまった。
「ああ、なるほど。
ライバルの藤田さんが十王さんから逃げきっているのに、自分が負けて堪るかと奮起したわけですね」
「濁していたのに、わざわざ言葉にしないでください!」
耳まで顔を赤くした彼女を見て、雨夜さんも納得したように頷いた。
「なるほどな。
確かに、ライバルというのは己を高めてくれるいい存在だ。
恥ずかしがることはないだろう」
「うっ…ぐっ…はい。
実際に勝てた以上、否定はしません」
悔しい気持ちと恥ずかしい気持ちで、顔を赤くしている花岡さんは雨夜さんの言葉を甘んじて受け入れた。
そして、立ち上がり、姿勢を正して雨夜さんに体を向ける。
「これで、1勝4敗。
これからも、ご指導、ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします!」
「ああ、まだ教えることはたくさんあるからな。
これからも気合を入れろよ」
「はい!」
良い師弟関係だ。
理想的かもしれない。
未だに放心したまま微動だにしない、どこぞの
「…そういえば、お二人は何時頃から交流があったのですか?
雨夜さんがレッスンに参加するようになってから、花岡さんが師匠と呼んでいるのは知っていますが、もっと前から交流はありましたよね?
記憶が正しければ、花岡さんの単独ライブ前ぐらいからかとは思っていますが」
「その理解で正しい。
…懐かしいな。
確かあの時は、ミヤビが単身で生徒会室に殴り込みに来たのだ」
「え?」
意外だ。
彼女は
花岡さんは顔を赤くして首を横に振った。
「ち、違います!
生徒会室に窺って、雨夜先輩にダンスを教えてくださいって言っただけです!」
「星南も、3年生の先輩もいる前でだぞ?
あの時の生徒会室の雰囲気は中々きついものがあった」
……なるほど。
学年最強の『
それも、生徒会室に人が集まっている時に。
放課後のタイミングでしか捕まえられないと思ったのだろうが、せめて別の場所で話すべきだったのかもしれない。
しかも、その相手が『H.G.F』でぶつかる予定だった相手なのだから、猶更だろう。
中等部高等部交流会などと銘打っていたが、事実上の中等部が高等部に売った喧嘩だった。
しかも、生徒会役員の皆様は、『H.G.F』の開催の手伝いをしてもらった部分もある。
経緯を知っている、十王さんと雨夜さんは特にだ。
にもかかわらず、承諾した雨夜さんはかなり希少な、受け入れてくれる相手だった。
花岡さんも、それを込みで彼女にお願いしたのだろうが、相当危ない橋を渡ったのは間違いない。
当時、私が担当していないことが、却って良かったのかもしれない。
「うっ…その節は、申し訳ございませんでした」
「構わん。
それだけ必死だったことは、見ていればよくわかった。
その理由も、『H.G.F』を通して理解した。
周りにいる連中があいつらだったら、焦る気持ちもよくわかる」
その言葉に、言葉通りの意味じゃないものが含まれているのは、私だけではなくて花岡さんも感じただろう。
十王さんに常に前を歩かれている彼女も、同じ気持ちだったのかもしれない。
だからこそ、『H.G.F』で秦谷さんにしてやられたのに、それとこれとは別だと割り切って、花岡さんの師匠を買って出てくれているのだ。
「なるほど。
花岡さん、良い師匠を持ちましたね」
「ええ、自慢の師匠です。
「そ、そこまで言われると流石に照れるぞ」
「ただの事実です」
誇らしげに胸を張る花岡さんとは対照的に、顔を赤らめている雨夜さん。
普段はクールな彼女の可愛い一面は、ファンが見たら卒倒ものだろう。
そんな中、花岡さんがそんな雨夜さんに冷や水をかけた。
「…時々子供っぽいところが玉に瑕ですが」
「おい、まて、初めて聞いたぞ?」
雨夜さんは初めて聞いた花岡さんからの指摘に眉をひそめているが、私にも心当たりがあった。
「気づいていないかもしれませんが、有村先輩との会話が………小学生の男子を思い出しました」
「な…なんだと……」
「それと、高校生にもなって、傘を振り回して遊ぶのはやめてください」
「み、見てたのか!?」
何をしているんだこいつらは。
「見たくて見たわけではありません。
たまたま視界に入ってしまったんです」
「うっ……ぐっ……」
「有村先輩も、この菊一文字の錆にしてあげよう、とか言ってたのはドン引きでしたけど」
「ああ…」
言いそうだと思ってしまった。
意外とみられてないと思っていても、人目を気にしなければ見られてしまうことは往々にしてある。
それが、幸か不幸か、身内だったというだけだ。
「師匠の趣味を否定したくはありませんが、せめて外では止めた方が良いかと思います」
「あ、あれは有村が持ち掛けてきたのだ。
断じて、私からではない!」
「どっちでもいいです。
結果として、師匠が童心に帰ってはっちゃけていたのを見る羽目になった、
憧れの先輩が実は子供っぽいところがあるというのは、人によってはギャップ萌えかもしれない。
だが、それが真面目に尊敬している先輩の場合はショックの方が勝るのかもしれない。
特に、根っこが真面目な花岡さんが受けたショックはそれなりに大きかったのだろう。
言葉の端端から飛び出る棘に、雨夜さんもショックを受けたようで思わず頭を下げた。
「す、すまなかった」
「…いえ、
その…人目がないところでなら、好きにしていいと思います」
「だから私が好きでやってわけでは……いや、善処しよう」
…理想的だと思っていた師弟も、完全なものはないようだ。
白目を剥いたまま放心している生徒会長。
目を逸らしたまま謝罪をしている副会長。
ある種の似た者同士なのだろう。
その後、私が十王さんに藤田さんとのかかわり方のアドバイスを。
雨夜さんと有村さんには、遊ぶなら遊べる場所で遊んでくださいと伝えた。
十王星南
ことねに逃げられたショックで、暫くフリーズしたまま動かなかった。
この事件の後、プロデューサーからのアドバイスでことねとの距離の測り方を学んだが…。
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今週末に年を一つ重ねる記念です