『SyngUp!』のプロデューサーは足を引っ張ると殺される   作:プロデューサー科のもの

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118話目

 私は次のターゲット…倉本さんに視線を移した。

 

「では、次は倉本さんの話をさせてもらいましょう。

 よろしいですか?」

「ええ、存分にお話しくださいませ!」

 

 何故かエッヘンと胸を張っている彼女は、幼稚園児が背伸びをしているような可愛らしさがある。

 いや、確かに胸を張るような来歴ではあるか。

 

「まず、話し方から既に察しがついているかもしれませんが、倉本さんは大変素晴らしいおうちの出身になります。

 具体的には、倉本グループの一人娘にして御令嬢。

 その気になればできないことはないと言っても過言ではない、大財閥の御令嬢。

 その人こそが、倉本千奈さんです」

「倉本グループって…あの倉本グループ!?」

「千奈、本物のお嬢様だった」

 

 名前で予想がついていたのだろう。

 賀陽さんと秦谷さんの反応はそこまで大きくなかったが、藤田さんと篠澤さんの驚きの反応は当然だ。

 

 …佑芽さんだけが何のことかわからないような表情を浮かべている。

 

「…そんなに有名なの?」

「はあ、佑芽、アイドルになるならそれぐらい覚えておきなさい。

 もしかしたら、何かの繋がりでスポンサーになってくれることもあるかもしれないわよ」

「うぐぐ…はーい、勉強しまーす…。

 苦手なんだよなぁ…」

 

 でしょうねと、賀陽さんが呟いた。

 まあ、見ればわかる。

 

「そして、入学成績最下位。

 勉強、運動、両方とも得意ではないと試験結果を見ればわかります」

「はうっ!」

「歌唱力も高いわけではありません。

 ここだけ見ると、アイドルに向いているとは言い難い、というのが正直な感想です」

「う、ううっ…わかっていましたが、いざ言われると、こ、心が苦しいですわ…!」

 

 数値で見ると、今の倉本さんの実力は中々厳しいものがある。

 だが、彼女には私の担当アイドルたちが持っていない強さを持っているのも事実。

 

 だからこそ、

 

「ですが、何もコネで入学してきたわけではありません」

「……はえ?

 そうなんですの?」

「なんであなたが自信なさげなのよ」

「だって…歌もダンスもできない、筆記試験も不得意だったわたくしが入学できたのは、お爺様のおかげだと思っていましたもの。

 …わたくしに、アイドルが向いていなかったことぐらい、もうわかっておりますわ」

 

 賀陽さんの言葉で、自虐的になる倉本さんの表情は悲壮感が漂う。

 最下位で入学してきたということは、彼女にとって不安を煽るに十分すぎるもので、彼女が自分の生まれを考えるのも…無理はない。

 

「ですので、プロデューサー様。

 わたくしを忖度する必要はございませんのよ?」

「いえ、忖度などではありません。

 倉本さんは、歌もダンスも筆記も体力もなくても、アイドルに必要なものを持っています」

「まあ!

 わたくしが…ですの?」

 

 信じられないとばかりに私を見つめている彼女に、私は()()()()()()ものだけを伝えた。

 

「はい。

 倉本さんは、外見容姿も整っていますが、その所作が非常に丁寧です。

 お辞儀の仕方や、言葉遣い、礼節。

 これまでに受けてきた教育の賜物でしょう。

 見ていて気持ちのいい所作は、自然と人の目を惹きつけるものです」

「…なるほどね。

 確かに、それはこの子の強みになるわね」

 

 賀陽さんも同意するように頷いた。

 

「第一、学園長は完全に公正公平というわけではありませんが、入学試験においては真摯に対応しています。

 それこそ、旧友である倉本様の祖父様も、直前まで結果を知らなかったほどに」

「そ、そうだったんですのね…」

「ですので、完全に才能がないわけではない。

 むしろ、この学園に入学して才能を開花させてほしいからこそ、あなたは入学できたのです」

「まあ! もう、お上手ですわね!」

 

 表情をぱあっと輝かせた彼女は、先ほどまでの自虐的な悲壮感はなかった。

 これで安心されても困るが、最低限の自信も必要だろう。

 

 やれやれと思っていたら、秦谷さんから鋭い質問が私に飛んできた。

 

「プロデューサー、なぜ、倉本さんのお爺様が直前まで入学試験の結果を知らなかったことを知っているのですか?」

「あ、そういえばそうですわね」

 

 …まあ、仕方ないか。

 隠すつもりもなかったし、さっさと言ってしまおう。

 

「…実を言うと、以前倉本さんの祖父様に一度謁見させていただいたことがあります」

「へ…?」

 

 倉本さんの気の抜けた返事と沈黙が場を支配した。

 それを突き破る、倉本さんの絶叫。

 

「えええええええええ!?

 お爺様と!?」

「ええ、そこで倉本さんのプロデュースをお願いされました。

 当時の『SyngUp!』を含めた私の担当アイドルの実績を加味してのことだったと思います」

 

 …倉本家との繋がりができてから、暫くした後。

 具体的には、入学試験の結果が確定した後に、私は呼び出されたのだ。

 

 悪名高き倉本爺(学マスプレイヤー目線)の元へ。

 

 あの時は大変だった…。

 一歩間違えたら十王家と倉本家の事件になりかねないかもしれないし、私が初星学園内に居場所をなくすかもしれない。

 別に私自身がどうなっても担当アイドルのためになればいいと思っていたが、賀陽さんや秦谷さんから、もっと自分を大事にしなさいと言われている。

 

 だから、安全策を取らざるを得なかった。

 

 全員が驚愕の顔を浮かべる中、藤田さんは思わず声を上げた。

 

「え!?

 それ、受けたんですか!?」

「いえ、断りました」

「断ったんですの!?」

 

 倉本さんの言葉で、全員の視線が私に向けられた。

 担当アイドルたちでさえ、受けたら受けたで怒るだろうに、正気を疑うような視線を向けている。

 

「はっきり言いました。

 『担当アイドルが他にいることもそうですが、直接会ってもいない相手をプロデュースするのは責任感がない』と。

 『プロデュースをするのであれば、命を捧げるほどの情熱を注ぐべき。金の力だけで首を縦には振れない』と」

 

 それと、()が彼女の担当になる可能性もある以上、その場で受けるのは絶対にしてはいけないことだった。

 私の矜持としても、プランとしても、全てが嚙み合わない。

 

 まあ、そのせいで揉めに揉めたのだが。

 

「あ、あのお爺様に…!?

 こ、怖いもの知らず過ぎますわ~~~~!!」

「あ、あなた何やってるの!?」

「ほ、本当に言ったんですか!?」

「プロデューサー?

 危険なことをしてはいけないと言いましたよね?」

 

 担当アイドルたちが心配してくれるのは嬉しいが、これは必要なことだった。

 それに、

 

「最初は怒らせてしまいましたが、熱心に説得したら折れてくれました。

 氷渡さんも賛同してくれたのが大きかったと思います」

「か、香名江を御存じですの?」

「ええ、その場に居合わせたぐらいですが。

 千奈お嬢様がいないところで話を勝手に進めるのはおやめください、と」

「か、香名江…!」

 

 正確には、どこの馬の骨とも知れない人物に大切なお嬢様を預けるのはおやめください、と言っていたのは黙っていよう。

 初星学園の『黒幕(フィクサー)』と呼ばれているような人物に任せるのは、不安しかない。

 

 逆の立場なら、誰だってそうする。私もそうする。

 

 主従の絆を噛みしめている倉本さんに、私は次の爆弾を投げ込んだ。

 

「ただ…条件として、倉本さんが望むのであれば気にかけてやってほしいとも言っていました」

「……へ?」

 

 まあ、それぐらいならいいだろうと思っていた。

 本人が選ぶのであれば、私の管轄外だろうと。

 

 諸々を込みで考えるとかなり気が重いが…もう仕方ない。

 

 まさか、初日に3人揃って来るとは思わなかった。

 

「ですので、倉本さん。

 あなたが望むのであれば、レッスンに参加していただいても構いません。

 かなり激しく、辛いものになるのは確実ですが」

「……え、え、ど、どうしましょう…?」

 

 急に降って湧いたチャンスとも取れるが、地獄への片道切符を前に、倉本さんは困惑と混乱を隠せない。

 暫くオロオロしていると、賀陽さんが見かねたように助け舟を出した。

 

「悪いことは言わないわ。

 やめておきなさい」

「賀陽さん…」

「私たちはトップアイドルになるために、文字通り血を吐くほどのレッスンをしているわ。

 あなた、入学成績最下位なのでしょう?

 いきなり、トップレベルのレッスンに参加しても得られるものは少ないわ。

 それよりも、先に基礎を安定させた方が、結果として近道になるわよ」

「わたしもそう思います。

 無理をして、背伸びをしてついてきても、辛く、苦しいだけですよ」

「秦谷さんまで」

 

 彼女たちの言うことも正しい。

 無理してついてくることが時に必要だとしても、基礎の基礎ができてない人がそれをしたところで身になるとは思えない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 だが、彼女の憧れは、どの程度のものだろうか。

 

 何もしなくても、敷かれたレールを走る…いや、()()()()()()十分幸せになれたのが彼女だ。

 だが、彼女は自ら選択し、そのレールから外れることを選んた。

 

 その想いがただの思い付きによるものか、それとも…。

 

「……いえ、いいえ!

 わたくしは、決めたのです!

 この学園に来ると決めた時から、トップアイドルになるのだと!

 憧れの星南お姉さまのようなアイドルになるのだと!

 ここで、それを受けなければ、わたくしの入学をお許しいただいた学園長。

 わたくしを送り出していただいたお爺様。

 お父様、お母様。香名江にも、申し訳が立ちません!」

 

 先程までのおどおどしていた少女とは思えない、その気高い精神。

 自らの力がどれほどのものか理解していて、それを行使するための責任を理解している。

 だからこそ、自分の我儘で言い出したことに対しての責任を取らなければならないとわかっているのだ。

 

 それが…彼女の、倉本千奈の強さの一つだ。

 

「どんな辛いレッスンでも、頑張ってついていかせていただきます!

 ですから…お願いいたします!

 わたくしを、鍛えてくださいまし!

 わたくしは、星南お姉さまのようなトップアイドルになりたいのです!」

 

 それを間近で見れて感動を禁じ得ないが、私は彼女に最終確認を行う。

 

「………いいのですか?

 初日は途中でおいていかれますよ?」

「それでも、いつか絶対に追いついて見せますわ!」

「多分、死んだほうがましと思うぐらいにきつく、辛いものになりますよ?」

「覚悟の上ですわ!」

「アイドルのライブは下積みが非常に多いです。

 華やかなものばかりではありませんよ?」

「だとしても、この気持ちに嘘をつきたくないのです!」

「ふむ…」

 

 悪くない。

 この時期の()()()、本来まだ甘ったれのマンモーニ(世間知らずのお嬢様)

 温室から放たれたばかりで、右も左もわからないような状態。

 

 にもかかわらず、ここまでやる気があるのは…()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 十王さんがトップアイドルに勝利を収めてから、初星学園の株は大きく上がった。

 彼女が憧れだった人にとって、初星学園は憧れの園であり、夢を叶えられる希望の舞台。

 その最後の枠を勝ち取った彼女の覚悟は、私にとって好ましい。

 

 私は考え込むふりをして、彼女の覚悟を、担当アイドルたちに知らしめた。

 佑芽さんと篠澤さんも、そんな倉本さんを見守っている。

 

 これから、彼女には様々な試練が待ち受けている。

 言葉では覚悟を決めたと言っても、これまで味わったことのない地獄のレッスンについていくことは簡単なことではないからだ。

 

 それを踏まえてなお、彼女が想いを貫き続けるのであれば、その想いは本物になる。

 

 そして、それはいずれ『一番星(プリマステラ)』に届きかねない脅威となり、ゆくゆくは私の担当アイドルたちの前に立ちはだかるだろう。

 

 暫く、沈黙が場を満たす。

 

「………いいんじゃないですか、プロデューサー?」

「ことねさん」

 

 私と倉本さんの間に割って入ったのは、意外なことに藤田さんだった。

 

「千奈ちゃん、だよね?」

「は、はい!」

 

 藤田さんは、懐かしむように瞳を閉じて、倉本さんに語り掛ける。

 

「あたしも、昔は成績悪くって…普通の試験だと今もだけど。

 それに千奈ちゃんとは違って、うちは貧乏で、このままだと高等部に進学できるかも怪しかった。

 バイトとアイドルの両立も大変で、アイドルとしてもダメダメで、全然ステージに立てなかったんだよね」

「ふ、藤田さんにそんな過去が…」

「このままじゃお先真っ暗~ってところを、プロデューサーが助けてくれたわけ。

 だから、今、千奈ちゃんがすっごい勇気を出したんだなって思う。

 ドべから這い上がるって、簡単なことじゃないし、自分で周りに宣言するのはもっと難しいと思うから。

 …あたしも、1人じゃここまでこれなかったと思う」

 

 …そうか。

 家庭環境の違いはあれど、境遇は確かに似ているのかもしれない。

 成績不良で、憧れのアイドルに惹かれてアイドルを目指す彼女たちは、ある種の似た者同士だ。

 

 そして、藤田さんは流れるように倉本さんに近づいて、先ほどとは全く違う明るい声を出しながら彼女の両肩に手を置いた。

 

「そ・れ・に!

 星南ちゃんが好きな人に悪い人はいないよナ~!」

「まあ!

 藤田さんも星南お姉さまのファンですの!?」

「もっちろん!

 …最近、ちょ~っと考え直した方が良いかと思ったりもしてるケド…」

「?」

 

 倉本さんが頭に疑問符を浮かべている。

 どうせすぐバレるが、知らない方が幸せなこともある。

 

「でも、あたしのスターだってことには変わりないから!

 だから、一緒に頑張ろう!」

「はい!

 ことねお姉さま!」

 

 倉本さんの言葉で、藤田さんが固まった。

 震える口で藤田さんは呟く。

 

「……ことねお姉さま?」

「だ、ダメでしたでしょうか?」

「ううん、もっと言って」

「はい! ことねお姉さま!」

 

 …やはり、倉本さんの人たらしは天性のものだ。

 藤田さんがすっかり誑し込まれてしまった。

 お姉さまと呼んで慕ってくれる、可愛い後輩(同い年)にすっかりでれでれになった藤田さんが生まれた。

 

 こうなったら、もう流れは止まらないだろう。

 

「……ぐへへ」

「ことね、だらしない顔してるわよ」

「おっと。

 …あ、勝手に進めてごめん。燐羽、美鈴ちゃん」

「…いえ、正直ここに連れてきた段階でこうなる気はしていました。

 文句はあとでプロデューサーに全てぶつけるので、置いておきます」

「お手柔らかにお願いします」

「聞けない相談です」

 

 にっこりと笑顔を浮かべる彼女の顔が怖い。

 また秦谷さんに怒られてしまうのだろうが、身から出た錆だ。今日はもう諦めよう。

 

 にこにこしながらも目が欠片も笑っていない秦谷さんを見て、私は今日一日の覚悟を決めた。

 

 そして、そんな私たちを見ながら笑顔を浮かべている最後の一人に視線を移した。




秦谷美鈴

大変業腹ではあるが、言葉通り連れてきた段階でこうなる予感はひしひしとしていた。
それでも、プロデューサーがわたしたちを一番に考えてくれると判断して、この場に連れてきた。
彼女たちは自らが言うように、ただ成績が悪いだけではない。
それぞれの特化した強みがあり、それらがわたしたちの強みにも繋げられるかもしれないことをプロデューサーは言外に言っていると、正しく理解している。

それはそれとして、思うところがたくさんあるので、後で覚えておいてくださいね?
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