『SyngUp!』のプロデューサーは足を引っ張ると殺される 作:プロデューサー科のもの
目を合わせた最後の一人は、ようやく自分の番が来たとばかりに嬉しそうだ。
彼女はにっこりと笑みを浮かべている。
「さて、最後は篠澤さんですね」
「うん。
好きに話していい、よ」
…好きに、か。
恐らく、彼女は
それを踏まえてそう言ったのであれば、私も好きに話させてもらおう。
「では早速。
篠澤広さん。彼女は入学試験下から2番目とは言いますが、その内訳は非常に濃いものとなっています。
具体的には、
これを叩き出せる人物は、未来永劫いないと言ってもいいかもしれません」
「……うええええええええええ!?
広ちゃん、筆記試験満点だったの!?」
「うん。
わたしが筆記試験1位。いえい」
「なんてまた極端な…」
賀陽さんが頭を抱えている。
だが、彼女はこれからクラスメイトのトンデモぶりに、振り回されることが確定しているので強くあってほしい。
「それに、ここにいる篠澤さんは私たちの誰よりも学位は上です」
「え? 学位?
どういうことですか?」
藤田さんの疑問に、私は彼女にとっての最大級の爆弾を投下した。
「彼女は、成績が優秀すぎて飛び級で大学に入学し、既に卒業しています」
その言葉をすんなりと理解したのは、篠澤さんだけだった。
後の面々は、暫く固まり、ようやく言葉を漏らし始めた。
「………は?」
「まあ…」
「はい?」
「まあ!」
「えええええええええええええええええ!?
広ちゃん、大学卒業してたの!?」
頷いてから、顎に手を当てた篠澤さんは、なんてこともないように言い放つ。
「そう、プロデューサーよりも、学歴は上」
「学歴だけではなく、頭の良さも上でしょう。
日本有数の頭脳を持つ神童。
『Hiro Shinosawa』と言えば、わかる筋の人なら既に名前が広まっているぐらいです」
「そうなんだ」
興味がなさそうな彼女と追加の衝撃を受け止めきれなくて、茫然としている他の面々が対照的だった。
まさか、ただの新入生最下層だと思っていた少女が、ここにいる誰よりも素晴らしい学歴を持っていたのは驚きだろう。
「私もあなたの論文に一通り目を通しましたが、非常に難解で1割も理解できなかったです」
私の言葉に、今度は彼女が目を見開いて驚いた表情を見せた。
「……読んだの?」
「ええ、あなたを知っておくために、必要な情報源だと思ったので」
別に好き好んで論文を読み漁っていたわけではない。
ただ、『原始星』と私が認めた彼女たちのものは、追える限りは可能な限り追うことにした。
その一つとして、彼女の場合は論文があったというだけだ。
彼女は感心するように、その無機質にも似た瞳を向けた。
「よく読めたね。
論文は全部英語だし、専門用語が多い」
「スマホがなければ読まなかったでしょうね。
調べながら読んでいたので、かなり時間はかかりました。
正しく訳せた自信もありません。
教員の方に聞いて回りもしましたが、何故か逃げられてしまいましたので」
必要な勉強をしているつもりではあったが、流石に専門分野の英文となると意訳があっているかはわからない。
雰囲気で読んでいただけだ。
プロデューサー科の教員の方々は、捕まえようと思ったら逃げられた。
根緒先生は英語はともかく、内容が専門的すぎてわからないと謝られてしまったし、後は頼れる宛てがいなかった。
プロデューサー科でトップレベルの成績を残しているはずなのに、我ながら初星学園内の人望がなさすぎる。
「それでわかったことは?」
「正直なことを言うと、あなたを椅子に縛り付けて研究職をさせた方が人類のためではないかと思ったぐらいです」
「大学からも言われた。
研究した方がいい、しないのはもったいないって」
あの論文を読んで理解したからではなく、あの論文の評価を見てそう感じた。
私からすればチンプンカンプンだったが、様々な有名学者が高い評価をしている以上、無視できないレベルの論文だったのは間違いない。
「ですが、あなたはいまここにいる」
「うん」
「それは紛れもなく真実で、あなたがやりたい何かがここにある」
「そう」
端的だが、そこにある意思を曲げることはないのだと、彼女の口ぶりで理解する。
「であれば、プロデューサーとしては他の理由などいりません。
人には、自分の人生を歩む権利があります。
その権利は、誰かに侵害されていいものではない。
仮に、人類のために一生を全うせよと言われても、私はそんなもの踏みにじっていいと思っています。
好きに生き、理不尽に死ぬ。それが人間というものでしょう」
「それは極論過ぎると思う」
…そうなのだろうか?
私がそう言われたら、絶対にごめんだが。
むしろ、私のために傅いて死ねぐらいに思ってしまう。
正しくは、担当アイドルのために、だが。
それはそれとして。
「ただ、それとアイドルを続けられるかは別問題です」
「それもそう。
わたしにアイドルは向いてない」
「否定はしません。
少し歩くだけで悲鳴を上げる身体。
1曲歌って踊るだけで、床に這いつくばる体力のなさ。
ただでさえ細身な、美鈴さんとことねさんを上回る体の細さ。
見ているだけで心配になります」
「ふふ、何も言い返せない」
他のアイドルに言ったら侮辱と取られてもおかしくない言葉を、嬉しそうに受け取る彼女。
私の担当アイドルたちが理解に苦しむような目を向けているが、それを欠片も意に介さなかった。
「それでも続けるのですか?」
「もちろん。
わたしも、這い上がってみたい。
いちばん下から、それができるのが楽しみ」
本当に嬉しそうな笑顔を浮かべる彼女を理解しているのは、佑芽さんぐらいだ。
倉本さんも含めて、他のアイドルたちは少し引き気味だ。
「その道は辛く困難で、とても簡単にはできないでしょう。
アイドルは、常に進化を求められます。
一度安定したとしても、それがいつまでも続くわけがない。
折れる人も少なくありません」
「辛く困難な道…!
のぞむところ」
「一人でできると?」
「それは無理。
わたしがアイドルになるためには、人の助けが必要。
アイドルにちっとも向いてないけど、本気で、全力で、がんばるよ。
だから、手伝ってほしい」
なんてことないように言ったその言葉は、ある意味私の想像通りだった。
頭の中でプランが崩れる音を感じるが、正直佑芽さんがここに二人を連れてきた段階でわかりきっていたことだ。
第一、倉本さんに言わなくてもよかったことを言った段階で、既に諦めている。
なので、割り切るほうに舵を切ることにした。
「……まあ、そうなるとは思ってました」
「佑芽と千奈と、一緒に這い上がりたい。
それがきっと、楽しいから」
…『
何せ、彼女自身、何かと特徴が多い。
特に、自らが向いていないことを進んでやる姿勢は、常人では理解できないものだろう。
あまり同一視してはいけないと思っているが、彼女がそのままであるならば…
「…一つだけ、確認させていただきたいことがあります」
「なに?」
私が真剣なまなざしを彼女に向けたが、彼女は私から視線を外さなかった。
「アイドルとは、人の心を容易く左右するものです。
心を奪い、染め上げ、輝く者。
その人が周囲に齎す影響力は、計り知れないものがあります」
「
そう、彼女も『アイドル』に魅入られた者の一人。
だからこそ、理解してもらわないといけない。
「私の予想では、あなたは困難な道を歩みたいのでしょう?
これまで、何をしても思い通りになる人生だったから、それを踏み外したくなった。
違いませんか?」
「すごい、そこまでわかるんだ」
「事前知識と調査による分析、そして今のかまかけで、確信に変わりました」
「だまされた」
言葉とは裏腹に、嬉しそうに私を見つめる少女。
その瞳には、自らの想いが詰まっている。
「そう。
話すのが下手で、伝えるのが下手で、身体が弱くて、すぐ倒れる。
そんな私に、一番向いてないと思ったから。
どんなに成功しても、安定も、安泰もない仕事だから」
「ですが、それはアイドル以外にもあるでしょう。
わざわざアイドルを選んだ理由があるのでしょう?」
「……」
私の言葉で、彼女は黙り込んでしまった。
まだあって数分しか経っていない相手に、話すのは恥ずかしいのだろうか。
逃げ腰の彼女を追い詰めるように、私は敢えて言葉にした。
「あなたが、数ある選択肢の中から、なぜアイドルになりたいのか」
言いながら目を合わせる。
その彼女の瞳からは、少しの不安の色が見えた。
だが、その不安は次の言葉で消え去った。
「正直、それはどうでもいいです」
「え……どうでもいい?」
キョトンとした彼女は、ようやく年相応の反応を見せてくれた。
「ええ。
佑芽さんと倉本さんは話してくれましたが、言いたくないのであれば言う必要はありません。
話したくなった時に聞くので、今は良いです」
「いいんだ」
驚いた表情をした彼女は、追及されなくて少しほっとしたような印象を受ける。
だが、ここからが重要なことだ。
「篠澤さん、あなたは人の人生を左右する覚悟はありますか?
先程も言ったように、アイドルは人の心を揺さぶる者で、その後の人生を左右することさえあります。
軽々しい気持ちだけでアイドルをするのであれば、私が手助けすることはできません」
篠澤さんは少し考えこむように、顎に手を当てた。
後ろにいる賀陽さんは、私の言葉で懐かしいように瞳を閉じた。
以前、まだ出会って数日の時に賀陽さんにも近いことを言った。
やる気がない人がアイドルをするべきではないと。
ただの道楽だけでやるなら、アイドルは上等すぎる。
他人を巻き込み、多くの人の時間と金を自らに投じさせるのだから。
暫く考えていた彼女は、困ったように言葉を紡いだ。
「……覚悟、と言われると少し困る。
わたしは、アイドルを目指すためにここにきた」
…やはり、『目指すために』か。
「目指すだけでいいのですか?」
それだけでいいのか、と。
彼女たちの想いを聞いて、それでいいのか、と。
そういう想いを込めた。
他の2人も見守る中、篠澤さんはしばらく考え込んで、ようやく口を開いた。
「……最初はそのつもりだった。
でも、佑芽と、千奈と這い上がるって約束した。
二人の想いを聞いて、その気持ちがもっともっと強くなった。
だから、できることを最大限やりたいって思った」
そして、彼女は呟く。
「友達できたの、はじめてだったから」
篠澤さんは二人に視線を送った。
「広ちゃん…」
「篠澤さん…」
その言葉にどれほどの重みがあるのか。
幼少期から才能を開花させた少女は、ある意味腫物のように扱われていたのかもしれない。
何人かは彼女に良くしてくれたかもしれないが、年齢差もあると『友達』という感覚が薄かったのだろう。
そんな彼女にできた、初めての『対等な友達』。
まだ出会って数時間だろうに、既にすっかり打ち解けた3人。
その彼女たちの想いを聞いて、目指すだけではいられないだろう。
それに、彼女はアイドルを目指すために来たというが……可愛くなりたかったという、年頃の少女らしい願いもきちんと持っている。
しかも、彼女に刺さったアイドルに憧れて、だ。
「友達と一緒に頑張りたい。
どんなことでも手伝うから、一緒にレッスンを受けさせてほしい」
そう言って私を正面から見据えて、視線を離さない彼女からは、真摯な思いが真正面から伝わってくる。
…やはり、『ストーリー』なんて宛てにならないな。
私がこうしている以上、最初から想定外はあるとは思ってたし、そうなるように立ち回ったつもりでもある。
しかし、実際に予想外のことが起こると動揺する気持ちもあり、その反面嬉しい気持ちもある。
暫く視線を交わして、私は賀陽さんにその視線を移した。
「……燐羽さん」
「なんで私なのよ」
「恐らく、一番負担をかけるのが燐羽さんになるからです。
見ての通り、彼女の貧弱さはその辺の赤ちゃんよりも下。
下手な高齢者の方が、彼女より健康体でしょう」
「………冗談、じゃないわよね」
恐る恐る彼女が篠澤さんに視線を向けると、彼女は頷いた。
「あってる。
おばあちゃんと追いかけっこしても、多分勝てない」
「冗談であってほしかったわ」
辟易としながらため息を吐くと、気が付いたら全員の視線が彼女に集まっている。
全てを諦めたように、彼女はもう一度大きなため息を吐いた。
「………ここで私が断ったら、悪役じゃない」
「燐羽にぴったり」
「はっ倒すわよ」
お願いしている側だが欠片も物怖じしないその態度に、賀陽さんは更に一つため息を重ねた。
「はあ…仕方ないわね。
同じクラスのよしみで、少しだけ面倒見てあげるわ」
「ありがとう、燐羽。
代わりに勉強は教えて上げられる、よ」
「結構よ。
筆記試験で困ったことはないわ」
「残念。
他にできるようなことはない」
「要らないわよ。
代わりに、こいつにしてもらうわ」
「お手柔らかにお願いします」
「聞けない相談ね」
私を処刑しようとする人が一人増えてしまった。
まあ、それだけのことはしているし、もう今更だ。
……結局、こうなったか。
君は『引力』を信じるか、とよく口にしているが、私自身が『引力』を信じていなかったのかもしれない。
佑芽さんを引き入れようとした段階で、こうなる可能性は十分あったのに。
『原作開始』で内心テンションが上がりすぎていたのも敗因か。
正直、張り込みをしていたのも、『原作開始』の一番印象的なシーンを見たかった気持ちも大きかったというのもある。
…言い訳だな。
不測の事態を予測しろ。
今でも忘れていないその教えを、守ることができなかった故のものだ。
いくつも予測をしていたはずなのに、いざパターンを外れて動揺していたのだ。
予測が不足していた。
だが、予測できないからこそ人は、アイドルは面白い。
「では、お三方には明日の放課後からレッスンに参加してもらいましょう。
今日は入学初日で、まだいろいろとバタついていると思うので、一旦解散です。
燐羽さん、美鈴さん、ことねさんはミーティングをするので残ってください」
「はーい!」
「わかりましたわ!」
「わかった」
彼女たちを見送って担当アイドルたちを残した。
藤田さんが名残惜しそうな視線を送っているが、すぐに私に視線を向けた。
その視線からは、絶対に逃がさないという意志と、詳しい事情を話せという圧を感じる。
さて、ここからは謝罪会見だな。
死なないことを祈ろう。
賀陽燐羽
とんでもトリオのことを知れば知るほどいろいろな意味でヤバい連中だということを理解して気が重くなっていた。
その上、これからレッスンの面倒を見ることになってしまったこと、プロデューサーからお願いされてしまい、自らの未来を察してしまう。
他のクラスメイトから最初は恐れの目で見られていたのに、憐みの目で見られるようになるまで、そこまで時間は掛からなかった。
だが、