『SyngUp!』のプロデューサーは足を引っ張ると殺される 作:プロデューサー科のもの
立派な外観の建物を見上げた。
前にも来たことがあるそこに、私はたった一人で赴いていた。
久しぶりにここに来た気がするが、何度か足を運んだおかげか、受付に向かったら顔パスで通された。
セキュリティ的に本当に大丈夫か?
まあ、いい。
私が来たここは、『100プロダクション』。
それは、トップアイドルを多数輩出している有名プロダクションだ。
創業者が初星学園の学園長になっているだけあって、初星学園とは非常に縁が深い。
現在は創業者の息子、十王龍正が社長を務めており、よくわからないがなぜか懇意になってしまった。
その十王社長から呼び出しを受けていた。
理由は明白で、恐らく彼の娘のレッスンを見ることになったからだろう。
娘さんとの仲が良好になったからか、はたまたどこかで情報を仕入れたのか。
どっちかはわからないが、何故か呼び出された。
まあ、隠すようなことでもなかったので、それ自体はいい。
……呼び出しのタイミングを考えてほしかった。
今日の授業に、十王社長が特別講師として現れた時のことを思い出す。
―――
十王社長は普段よりは比較的柔らかい態度を出そうと努力している姿を見せながら、特別講師として教壇に上がっていた。
だが、普段の威圧感が強すぎるせいか、プロデューサー科の生徒はすっかり委縮してしまっている。
私からすれば、今日は機嫌がよさそうだなと思っていたのだが、わからない人からすれば恐怖でしかないかもしれない。
そんな中、彼の攻撃が生徒を襲っていた。
「君たちはトップアイドルというものを、どう捉えている?
そこの君、答えてくれないか」
指名されてしまった彼は運が悪い自分を呪いながらも、プロデューサー科にいるだけあって前の優秀さから、さほど時間を置かずに求められた答えを出した。
「……多くの、あるいは大きな結果を出し、多くの人々に『トップアイドル』として認められている、一握りのアイドルのことだと思います」
「ふむ、世間一般の評価としては間違っていない。
では、『
おいバカ止めろ。
ここであなたがそう言うと、私の噂がどんどん補強されるだろうが。
教室中が騒めくかと思ったが、十王社長の圧が強かったからか、幸いなことに私の懸念は懸念だけで済んだ。
彼が来た段階で諦めていたことだが、面倒ごとに巻き込まれた予感をひしひしと感じる。
ため息を吐くのを我慢しながら、私は彼の求めるであろう答えを出した。
「……トップアイドル、というもの自体を指すのであれば、十王社長の期待する答えには不足していると思います」
「ほう、具体的には?」
「
頂点に立つ者は常に一人。
一人しかいない方が、唯一性もあり、話題性も高い。
あなたが求めた答えはこれではありませんか?」
下手に面倒ごとに巻き込むなと、睨まないぐらいに彼を見ると、十王社長は満足げに頷いた。
「ふむ、よくわかったな」
「言葉と意味が矛盾していますからね。
あまり口を大きくして言えませんが、
いや理解はしている。
トップアイドルが本当に1人になったら、その価値は非常に高いものになるが、尋常じゃない重みを伴うことになる。
実際問題、現状の方が『トップアイドル』という称号はちょうどいいだろう。
それに、誰がトップアイドルかと思うのは、人それぞれの感性にもよるだろう。
完全に統一したものではない故に、ただ一人のトップアイドルを決めるのは難しいのが現実だ。
十王社長は満足げに再び頷いたかと思いきや、またその矛先を私に向けた。
「では、君に再度聞こう。
なんて意地の悪い質問だ。
質問者の性格の悪さを体現しているようだ。
睨みつけたくなる気持ちを抑えつつ、そのまま言い放つ。
「決まっているでしょう。
頂点に立つ者が一人しかいないと言えど、他のアイドルたちと隔絶された差があれば、私の担当アイドルたちがトップになる。
いえ、トップアイドルと
私の言葉を聞いた他の生徒たちが凄い形相で私を見ている。
言いぶりがあまりにもなものだったからだろう。
まあ、言いすぎたことは否定しないが。
十王社長も、訝しむように私を見て、渋い顔をしている。
「ほう。その心意気は買うが、今の君の担当アイドルでは到底できない所業だ。
以前も言ったが、身の丈に合わない大言壮語は好きではない」
「慌てないでください。
3年以内には、現実味のあるものにしてみせます。
「……なるほど。
期待して待っていよう」
その言葉の意味を理解したのは、十王社長を除けば、訳知り顔の裕ぐらいだろう。
…高等部の生徒が挑めるもので、一番実績を作れそうなのを見繕っておかないとな。
手っ取り早くは
やることは変わらないのだから、それっぽく言っておこう。
その後は普通の授業が進行し、時々他の生徒が攻撃にあっていたが比較的穏便に終わった…ように思っていた私の姿は、さぞかし滑稽だっただろう。
「では、これで授業を終わる。
それと、『
「………はい?」
「多くは言えないが、君が最近行ったことについて、聞きたいことができた。
必ず来るように」
「…はい」
クソが。
最後の最後に爆弾を落としていきやがった。
最近行ったこと……はあ、そうだよな。
そりゃあ、初星学園に来ることもあるし、知ってるよな。
彼が立ち去った後、周囲がすごいざわめきに包まれた。
そこかしこで私と十王社長について話しているのが聞こえている。
見かねたのか、私は裕から十王社長との関係について聞かれ、正直に全て白状したら全員からドン引きされた。
裕にも既に軽く伝えていたつもりだったが、そこまで深く関わっていたことは知らなかったらしい。
わざわざ言うようなことでもないと思っていたが、
まあ、いいでしょう。
それからの授業が全て憂鬱の状態で過ごすことになったが、自分の蒔いた種なので諦めた。
―――
今日の惨劇を思い返しながら、社長室に向かっていたのだが、いつの間にかついていたらしい。
憂鬱な気持ちを押し隠しながらノックをすると、中から返事があったためそのまま入室した。
「お待たせいたしました。十王社長」
「急に呼び出してすまない。
が、私も君も時間は有限だ。
早速本題に入らせてもらおう」
「構いません。
予想はできていますが、確認のために改めてどうぞ」
「君が十王星南くんをプロデュースすると聞いた。
何を考えている?」
…どこでそうなった?
いや、他の人から見たらそう思われても仕方ないのか。
授業の時とは打って変わって、珍しく険しい顔つきで私を睨んでいる彼の表情はあまり読めない。
噂に完全に乗せられているわけでもない、何か別の思惑を感じる。
「まず、誤解を解きましょう。
先日、雨夜さんと十王さんがプロデューサー科に乗り込んできました。
そこで、雨夜さんが、『H.I.F』に向けて実力を高めたいから、実力者が集まる私のレッスンに参加させてほしいと」
「十王星南くんも、というわけか」
「ライバルが弱いと張り合いがないですからね。
ですので、先日からレッスンに参加してもらってはいますが、何もプロデュースするわけではありません。
『SyngUp!』と藤田さん、花岡さんで今は手がいっぱいですから」
「レッスンに参加するだけと言うが、他にもサポートをするつもりではないのか?」
「必要に応じて求められればするでしょう。
同じ学園の先輩、後輩として。
ただ、プロデュース契約を結ばない以上、線引きは行います」
「……ふむ、なるほど理解した。
君がそう言うのであれば、そうなのだろう」
少し剣吞な雰囲気が和らいだ気がした。
…やっぱり『親』というものは、自分の子供が大事なのだろう。
それに、片手間でプロデュースするのに、十王さんは勿体なさすぎる。
……これで納得するのか。
「…信頼してくれるのは嬉しいですが、何をもってそこまで信頼してくれているのですか?」
「君のこれまでの仕事ぶりを見て、だ。
すぐにわかるような意味のない嘘はつかないだろう。
…ああ、なんか違和感があると思ったら、最初は一応仕事用だったのか。
いや、今もまだ雰囲気は堅めだが、さっきほどではない。
「本当に公私をきっぱり分けますね。
自分の娘でさえ仕事の時にフルネームとくんづけで呼ぶのは、冷たい印象を相手に抱かせますよ?」
「社長という立場は、社員を、アイドルを護らなければならない立場だ。
その線引きは最低限必要だろう。
君も、100プロに来るのであれば覚えておきたまえ」
「善処しましょう。
最低限、余所行きの顔を取り繕う必要性は重々理解しています」
「それならいい」
そして、彼は押し黙った。
沈黙が場を支配しつつある中、私はこんなことのためだけに呼び出されたのかと、ふと疑問に思った。
彼は社長というだけあって、その時間は非常に価値がある。
そんな彼が、わざわざ常人であれば業務時間であるこの時間に、私を呼び出した理由が私用だけなわけがないと直感的に感じた。
案の定、彼が次に私を見た時、その視線の鋭さはさらに増していた。
「なぜ、君は星南に近づいた?」
……ほう。
「ふむ。試しに惚けてみましょうか、何のことでしょう?」
「違和感を覚えたのは雨夜くんが、君の元に向かったというところだ。
これまで、彼女は他人に頼ることが少なかった。
星南ばかりに目が向かい、自らの才能を引き出し切れていなかった。
才能だけなら、星南を十分に超えているにもかかわらずだ」
「ああ、やはりあなたもその目を持っているんですね。
十王さんが『アイドルパワー』と称していた、才能を図る目を」
学園長も似たようなものを持っているのだから、彼の息子であり、十王さんの父親である彼が持っていないわけがないとは思っていた。
少し嫌そうな顔をしながらも、彼は頷いた。
「その呼称に異論はあるが、内容としては相違ない。
君は
そして、白草月花くんが君たちのレッスンに参加した時、君の担当アイドルたちの習熟の速さを見せつけることで、雨夜君を焦らせ、星南を巻き込ませた、というのが私の推測だ」
「
いつぞやの時のように、マジシャンのようにお辞儀をしつつ同意する。
相変わらず凄まじい分析力だ。
その場にいないのに、どうしてここまでわかるのか。
白草さんのことだって、私が言ったわけではないのだから、彼の情報網に引っかかったのだろう。
わかりきっていたことだが、初星学園内に彼を慕うものは思ったより多いみたいだな。
「なのに、
私の考えでは、彼女たちの才能を磨き上げるために近づかせ、プロデュース契約を結ぶ算段だと考えていたが…。
君は何を考えている?」
何を、か。
……まあ、言っても構わないか。
「私のプロデュースプランはご存じですか?」
「ああ、聞いている。
初星学園のアイドルたちの成長を加速させ、ただのアイドル養成校に留まらせず、文字通り
言っている途中で自分で答えを導いていることに気づいた彼は、疑問はあれど理解は示している。
「ええ、成長の加速を行うためには、道標となる人物が必要です。
それは、『
『
素晴らしいとは思いませんか?」
「そのために、いずれ立ちはだかる敵を自ら育て上げるわけか」
「先も言いましたが、過度な干渉をするつもりはありません。
方向を違えないように見守りつつ、刺激的な環境に置いておくだけです」
「正気とは思えないな」
「そうですか?」
私の疑問に彼は肯定を示した。
「ああ、星南は自らの力を過小評価しているようだが…『H.G.F』で彼女はまた一つ殻を破った。
『H.I.F』でも、雨夜くんや『クーホリン』に打ち勝ち、さらなる成長を遂げるだろう。
そして、成長の絶頂期を迎える彼女を、高等部1年になる君の担当アイドルたちが挑む。
無謀と言わざるを得ないな」
「忘れていることがありますよ」
「君の担当アイドルたちの成長速度が素晴らしいのは把握している。
それこそ、中等部にして高等部の生徒を含めた評価でも最上位に食い込むだろう」
だが、と彼は続ける。
「
近いうちに、トップアイドルと呼ばれるレベルに成長する星南と比べると、相手が悪い」
「そんな簡単な話ではありませんよ」
彼の言葉には納得できる。
実際、トップアイドルレベルになった彼女を止められるアイドルは、そう簡単には生まれない。
「『
そこに集うアイドルたちが、お互いに切磋琢磨し合うこと。
これが、『天国』への道になるのです」
珍しく彼が凍り付いた。
傍目にはわかりづらいが、理解しがたいといった感じで固まっていた。
「何を言いたいのか、わからないな」
「いずれわかりますよ。
具体的には、来年の夏までには」
そう、全ては来年だ。
そこから進むことが、『天国』への道を私の担当アイドルたちに歩ませてくれる。
トップアイドルの『
「…いいだろう。
来年の夏、楽しみにさせてもらおう」
「ええ、お楽しみにしていてください。
要件は以上でしょうか?」
彼も忙しいだろうと思っての確認だった。
もう終わりだろうと思っていたが、彼はデスクの引き出しから1枚のカード状のものを取り出した。
「最後だ。これを君に渡そう」
「これは…」
彼から受け取ったものは名刺だった。
……探偵事務所、とは名ばかりの何でも屋か。
「すまないが、158プロの社長から話を聞いてしまった。
口封じをした覚えはなかったが、余り軽々しく喋るような人でもない。
聞きだされたのか、進展がないと愚痴ってしまったからか。
どちらにせよ、藤田さんの件もあるのでちょうどいいと言えばちょうどいい。
「…なるほど。
ありがたくいただきます」
「要件は以上だ。
退出して構わない」
「ありがとうございました。
失礼します」
礼をして、退出する。
少しの予想外はあったものの、概ね予想通りの内容だった。
むしろ、棚ぼたでもらったこの名刺は、上手く扱えば私の作業を大きく簡略化してくれるだろう。
片手間で調べるには難儀していたのも事実。
…少し嫌な予感がするが、どっちにしろ一人で使える時間には限りがある以上、仕方ない。
初星学園に帰る道を歩きながら、私はこれからのプランを詰め始めた。
………にしても、社長室に十王さんのグッズがちらほらあったな。
最初に来たときは、ほとんど表に出してなかったことを考えると、なんか愉快な方向に進んでいる気がする。
十王龍正
『ストーリー』とは違い、既に娘と和解している。
が、元々表情の変化に乏しいからか、性格が合わないのか、時折意見が合わずに「あなたのこと嫌いよ」と言われてガチへこみしている。
『
そのせいで、調査をしてしまったことで、彼の身の上事情を知ってしまっている。
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