『SyngUp!』のプロデューサーは足を引っ張ると殺される 作:プロデューサー科のもの
冬の『H.J.I.F』も『H.I.F』も終わり、彼女たちの進学と卒業が近づいてきたころ。
高等部に向けての準備をしている最中、今日は賀陽さんの希望を叶える日として一日空けていた。
つい最近、ようやく花岡さんの買い物に付き合い、残すは藤田さんと賀陽さんだけになっていた。
藤田さんはお父さんのこともあってバタバタしているので、賀陽さんの順番になったというわけだ。
どこかにお出かけでもしますか、と聞いたが、事務所でいいわと言われたので事務所でパソコンを叩いている。
先程、みんなで朝食を食べていたが、着替えてくると言って一度部屋に戻った彼女を待っていた。
月村さんと花岡さん、藤田さんもお出かけを希望しているが、秦谷さんはともかく、賀陽さんまで事務所でいいのは意外だった。
お出かけの方がご褒美感があっていいと思うのだが、年頃の子はわからないな。
……だが、秦谷さんの時もそうだったようにお出かけしない方が、色々要求されそうで怖いと思うのは気のせいじゃないだろう。
覚悟はしておかないといけないが、何だかんだ賀陽さんは優しいのでそこまで酷い要求はされない…はずだ。
そうだ。
賀陽さんが来る前におもてなしの準備をしておこう。
大和のところに行った時に貰った、ちょっとお高めのクッキー。
後、学園長からいつぞやの悪ふざけのお詫びと言われて押し付けられた、高そうなお茶だ。
どの件のことかわからなかったが、多分『H.G.F』のことだろう。
危うく失態を晒しかねなかったのは事実なので、遠慮なく受け取った。
残念ながら、こういう高いお茶には淹れ方とかあるのだろうが、貧乏人の私にはそんなことはわからない。
普通のお茶を淹れるのと同じやり方でお茶を淹れて、賀陽さんを待つ。
クッキーは何となくいい匂いがする気がしたが、お茶は普段飲んでいる物と大差ないように感じてしまうあたり、鈍いのかもしれない。
そんなことを考えているうちに、事務所のドアが開け放たれた。
そこには私服姿の賀陽さんが、髪型や化粧を整えなおした姿で立っていた。
「入るわよ、プロデューサー」
「お待ちしておりました。
ちょうどお茶が入ったところですよ」
「気が利くわね」
本来、こうやってお茶を飲むときは対面で飲むのがお茶会なのだろう。
だが、彼女たちは私の隣に陣取ることが多いため、並んでお茶を飲む。
「あら、これ普段のとは違うわね」
「わかりますか?
折角の機会なので、ちょっとお高いやつを使いました。
私は違いがあまりわかりませんが、わかる人にはわかるんですね」
「私も詳しくはわからないわよ。
ただ、飲みなれたのじゃないなって思っただけ。
美鈴ならすぐにわかりそうね」
「確かに」
言いながら、お茶を啜る。
自分で淹れたからか、高いだけが良いお茶じゃないのか、秦谷さんが淹れてくれる方が美味しく感じる。
そのままのんびりと時間を過ごしてもいいのだが、私はふと先程考えていた疑問を彼女に投げかけた。
「賀陽さん」
「なに?」
「今日は賀陽さんへの日ごろの感謝の気持ちを込めた、お礼をする日です。
月村さんと花岡さんのように、お出かけじゃなくていいのですか?」
「ここで十分よ。
変装して外に出るのも面倒だし、もしファンとか記者とかに見つかったら、さらに面倒なことになりそうだしね。
あなたも、それを心配してるでしょう?」
「……賀陽さんには敵いませんね」
彼女の言葉を聞いて、私は自分の短慮を恥じた。
賀陽さんは、出かけることで生じる私の負担を想って、出かけることを止めたのだ。
プロデューサー思いの担当アイドルで鼻が高いと同時に、申し訳なさが生まれる。
「それに、外に出たら話せないこともあるじゃない?
私、今からあなたに尋問する気で来たもの」
言いながら、私を見上げて指先を私の口に押し当てた彼女は、とても嗜虐的で蠱惑的な笑みを浮かべていた。
前言撤回。
私はこれからどうなってしまうのか。
「い、命だけは…」
「取らないわよ」
彼女は、えいっと、口に押し当てた指をそのまま私の額に向けてデコピンをした。
少しヒリヒリするが、ぜんぜん痛くない。
可愛い。
「冗談はさておき、尋問ですか?
聞きたいことがあるなら、お聞きしてくれたらお答えしますよ?」
「そうは言っても、あなた、まだまだ私たちに隠していることあるでしょう?」
「今度話すと言ったこと以外でですか?
ある程度は話していると思いますが…」
なんかあったか?、と頭を捻っていたが、次に彼女の口から出た言葉は私を驚かせるのに十分だった。
「あなた、十王社長と961プロの社長と随分仲良いみたいじゃない。
学園長とも仲良さそうよね?」
「……気づいていたんですね」
「あたりまえじゃない」
何をいまさらと言ったように溜息をついて、ジト目で私を見つめている。
隠していたわけではないが、わざわざ言った覚えもない。
…いや、十王さんや白草さんとも関りが増えていたから、推測は十分できるか。
「いつから気づいていたのですか?」
「『H.G.F』の準備段階から、関係を作ってたんでしょ?
まあ、気づいたのは美鈴が最初だったけど」
「ああ…」
思ったよりも前からバレていたんだなと思うと同時に、秦谷さんなら仕方ないかと思う気持ちもある。
ある種諦めにも似た気持ちを抱いていると、グイッと私は彼女に無理やり視線を合わせられた。
「そういう、私たちに話してないこと、まだまだあるんじゃないかしら?
キリキリ吐いてもらうわよ」
賀陽さんは不満げな様子を隠すこともなく、私の顎を自分に寄せて目を離させない。
その瞳に映るのは……どこか、必死さすら感じさせる。
「賀陽さん、可能な限りお話しすること自体は構いません。
が、なぜわざわざ貴重な機会を使ってまで、聞き出そうとしているのでしょうか?」
「あなた、こうでもしないと、都合が悪いことをはぐらかすでしょ?
付き合い長いんだから、いい加減わかってるわよ」
「……否定はしません」
「そして、こうやって機会を作った時に、変な誤魔化しもしないことも、ね」
「……参りました。
よくわかってますね」
「当然よ。
あなたの担当アイドルだもの」
両手を上げて降参の意を示すと、彼女は不敵に微笑んだ。
理解されていて嬉しいと思うと同時に、いつの間にか逃げ場を完全に断たれたことを察してしまう。
「わかりました。
どうしても無理なことを除いて、話させてもらいましょう。
隠し事………」
色々ある気はする。
どれを求めているのかはわからないし、どれを言っても怒られるような気もするが………。
そういえば、あのことは彼女たちに言ってなかった気がする。
「賀陽さん。
そこの机の引き出し、下から2番目の場所を開いてもらえますか」
「? 別にいいけど」
賀陽さんは私の指示通りに机の引き出しを開けた。
「奥に箱がありますよね?」
「これね。
一体何が入っ………て………」
賀陽さんが手にした箱を開けた瞬間、彼女の言葉が途絶えた。
それどころか、手にしたそれを持ったまま固まってしまっている。
大したものでもないはずだが、なぜそんな反応をしているのかがわからず、私は声をかけることができなかった。
少しして、正気に戻った彼女は表情が一切抜け落ちた、漆黒の目を携えて私を睨んだ。
「これ、何?」
「書いてある通り『遺書』です」
その言葉を認識した瞬間、彼女が右手に持っていた遺書を握りつぶし、彼女の左手から遺書が入っていた箱が零れ落ちた。
コンッと虚しく落ちたそれに対して、一切彼女が興味を向けることはなく、そのままツカツカと私に向かい、掴みかかった。
そのまま釣られて立ち上がると、身長差で彼女はつま先立ちになっているのに、その力はとても強く、彼女の怒りがにじみ出ている。
「なんっでこんなものがあるのよ!!」
「人生というのは、何が起こるかわからないものです。
交通事故にあって急に死ぬこともあるでしょう。
ですので、常日頃から遺書は認めておりました」
なんてことはない。
ずっと前から、それこそ4月段階でもう用意していた。
当然、週1で追記修正を繰り返しているので、今ではだいぶ量が増えてはいる。
冷静に答えたのが、更に彼女の癇に障ったのだろう。
彼女はそんなこと関係ないとばかりに、聞いたこともないぐらいの怒声を響かせた。
「ふざけないで!
私の、私たちの前からいなくなる前提のものを勝手に作るな!」
「落ち着いてください」
口調すら変わるほどの怒声が、事務所に響き渡る。
それを聞いて、私は軽率に遺書を見せたことを後悔した。
私はなだめたが、彼女の怒りは収まらない。
そして理解する。
私からすれば、最悪を想定した非常用の備えだったのだが、彼女たちからすれば、私が死ぬ前提で生きていると思われてもおかしくない。
「私は、まだ何もあなたに返してない!
アイドルに戻してくれたお礼も!
あの子たちを救ってくれたことのお礼も!
ファンの子たちに応えられるようになったお礼も!
『
だから……今すぐにこんなもの、捨てなさい!」
ヒートアップする彼女を、私は止められなかった。
いや、止める権利なんてない。
目の前にいる普段は大人びている彼女が、年相応の少女らしく目から大粒の雫を零し始めたからだ。
今までも、嬉し泣きをしているところは数回見たことがあるが、ここまでポロポロと涙をこぼす彼女は初めてで、私は狼狽えることしかできなかった。
嗚咽交じりの声が、事務所に響き渡る。
「私は……もう、嫌なの……。
約束を……破られるのも……
掴みかかった手から、徐々に力が失われていく。
俯いて、涙をボロボロ零す彼女の表情を、私は見ることができなかった。
数分前の私をぶん殴りたい。
本当に、軽率なことをした。
私は何の気もなしに彼女のトラウマを引きずり出したのだ。
賀陽さんにとってのトラウマ……
彼女にとって、初めての喪失だったそれを想起させるには、『遺書』は十分すぎるものだった。
己のことを顧みないプロデュースをしていたことも、尚のこと私の自殺願望を助長しているように感じたのだろう。
彼女がさっきまでどうして必死だったのかも、ようやくわかった。
私が手を広げすぎて、死に急いでいるように見えていたのだ。
十王さんがトップアイドルに挑戦状を叩きつけた件も、レッスンを見るとだけ言っていたアイドルたちの単独ライブの手伝いもしたのは事実だ。
あまり自覚はなかったが、疲れは確かに溜まっていたのかもしれない。
それに、聡い彼女は気づいていたのだろう。
自らを異物だと思っていた私は、自分がいなくなった時のことを想定していた。
そのために、用意したものが『遺書』だった。
いずれ自分が消えなくてはいけない存在だとも、どこかで薄っすらと思っていたことも大きい。
泣きじゃくる彼女をあやしながら、私は唇を強く嚙んだ。
私が彼女の中でどれほど大きな存在になっていたのかを、あらためて思い知る。
他人に弱いところを見せたくないタイプの賀陽さんに、こんな無防備で弱いところを曝け出させるぐらいには、私の存在は大きくなっていたらしい。
掴みかかっていた手から力が抜け、私にもたれかかるように脱力した彼女を、私はそのまま受け止め続けた。
スーツの下に着ていたワイシャツが、彼女の雫で濡れていく。
私は、そんな彼女の頭を撫でることしかできなかった、
「賀陽さん…申し訳ありません。
まさか、ここまで慕ってくれているとは思わず……軽率な気持ちで見せたことを、とても後悔しています」
「…………」
まだ泣き止まない彼女は、鼻をすする音と涙を止めるのに精いっぱいだ。
そのまま、私は努めて優しく続ける。
「自殺の予定は本当にないんです。
万が一のことを考えて、私がいなくなったとしても、あなた方がアイドルを続けられるようにと思っていたんです」
『SyngUp!』は『ストーリー』では解散していた。
それをさせたくなくて、最悪私がいなくとも、続けられるようにといった意図で当初は用意したのだ。
その願いは今も変わっていない。
賀陽さんは、ようやく言葉を話せるぐらいに落ち着いたようで、ゆっくりと話し始める。
「……………嫌よ。
あなたじゃない人に、プロデュースされるの」
「嬉しいことを言ってくれますね」
プロデューサー冥利に尽きるというものだろう。
だが、プロデューサーとしては私がいなくなっても、彼女たちに大成してほしい。
そのために用意していたものだ。
他の有力なプロデューサーだって見繕ったし、彼女たちの力になれそうな楽曲も大和に用意してもらっているし、衣装も手配しているし、そのために十王社長に顔を売ったようなものだ。
彼なら、私に何かあったとしても、彼女たちを無下にしないで有能なプロデューサーをつけてくれることだろう。
……………………賀陽さんに、みなさんに、他のプロデューサーがつく?
………………私以外の?
…………
「賀陽さん、それ貰ってもいいですか?」
私は彼女が握りつぶしたそれを軽く引っ張って、彼女から受け取ろうとする。
目を合わせないまま、無言で渡されたそれを、
「え?」
紙が破ける音で私が何をしたのか察した彼女は、思わず顔を上げた。
涙で折角整えてきてくれた化粧が崩れているし、鼻が赤く目元も泣きはらしているが、彼女の可愛さは陰らない。
そんな彼女が、床にびりびりに破かれたそれを見て、茫然としていた。
「捨てなさいと言ったので、文字どおり処分することにしました」
「………いいの?」
「賀陽さんにそんな顔をさせてまで、残すようなものでもないです。
家に帰ったら、予備の方も全部まとめて処分します」
顔を上げた彼女の頭を撫でながら、言い聞かせるように囁いた。
安堵したように私に頭を預ける彼女は、そのまま黙って受け入れている。
……隠し事はなし、か。
「それと、恥ずかしながら……私以外があなたをプロデュースする姿を想像したら……こう、心にくるものがありました」
「……なにそれ、バカじゃないの?」
ようやく顔を上げた彼女の顔に笑顔が戻った。
呆れたように言っているが、表情が先ほどと違って明るい。
「さっき言いながら、イメージしたんですよ。
賀陽さんが他のプロデューサーにプロデュースされるのを」
「それで嫉妬したってわけ?」
「そうです」
「……………………………おバカ」
頬を赤くして目線を逸らすが、頭を撫でる手を止めようとすると催促する様に私の顔を覗き込む。
その様が可愛くて、また撫で続けた。
我ながら、情けないとは思う。
いざそれをイメージしてみたら……だめだ、考えたくもない。
折角準備したものだし、用意もしてきたが、もう
「死なないように頑張るので、賀陽さんも気を付けてください。
賀陽さんが不慮の事故で亡くなろうものなら、後を追わない自信がないです。
他の誰でも同じです」
「おっも……いや、私も同じね。
そうしたら、私からも言わせてもらうわ。
あなたがいなくなったら、
わかったわね?」
「それは…責任重大ですね」
「そうよ、『
………約束だから」
「ええ、約束です」
賀陽さんの目元をハンカチで拭いながら、私たちはお互いに
お互いを離さない、その誓いを胸に私はこれからも彼女たちのプロデュースをするのだろう。
いずれ『天国』に行かなければいけないと思っていたが、それは当分先になりそうだ。
少なくとも、こんな状態にしてしまった彼女を置いて、勝手に去ることは許されないだろう。
そんな人間が『天国』に行けるとも思えない。
……ふと、ハンドラーのエンブレムを思い出した。
真下に向けて伸ばした手は無数の手綱を握り締めているが、その手綱は手首にまで絡まっている。
彼のエンブレムの手綱は、猟犬の手綱を握ると同時に、彼自身が猟犬に縛られていることを表していたと思う。
だが、彼の握っていた手綱に、もう猟犬は1匹しかいない。
手綱の先がなくても、彼は縛られていたのだ。
同じハンドラーを自称した私の救いは、私が握っている手綱には猟犬が全員いることだろう。
例え、その猟犬たちがいくら暴れたとしても、手首…いや、首にまで手綱が絡みついていたとしても、引っ張られることを喜んで進んでいこう。
目の前の、幸せそうな表情をして撫でられ続ける少女を見ながら、そう誓った。
賀陽燐羽
プロデューサーがあまりにもスケジュールを詰めすぎるので、息抜き代わりに隠し事を吐かせて気持ちを楽にしてあげようと思ったら、とんでもないものが出てきて思わずキレた。
自殺を仄めかすそれを見て、感情が制御できず、お姉ちゃんがいなくなってしまった時のようにプロデューサーがいなくなってしまうことを考えてしまった。
この後、一日中プロデューサーに撫でまわしてもらい、最後に今日のことは忘れなさいと顔を真っ赤にして釘を刺した。
もう焼き付けたので忘れられませんと言われたので、思いっきりファンサービスをかました。
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学園アイドルマスター LIVE TOUR -標- 岩手公演、記念です!