『SyngUp!』のプロデューサーは足を引っ張ると殺される 作:プロデューサー科のもの
……遂にこの時が来た。
レッスンの方で
姫崎さんから珍しく電話で連絡が来た。
普段チャットツールで事足りていたため、電話で連絡が来るのは初めてだったかもしれない。
因みに、月村さんと藤田さんは結構な頻度で電話をしてくる。
内容を聞いて、少し申し訳ない気持ちもあったが、すぐに会うことにして事務所で待っていた。
今日は昨日入学した、私の担当アイドルたちを含めた1年生以外の学年。
つまり、2年生以上の新学期初日だ。
生徒会の方で忙しいと言っていたので、今日は3年生組は来れないという話だった。
有村さんも、寮長になって日が浅いので、寮の見回りや教師との打ち合わせなどで忙しいようだ。
そんな中、姫崎さんのスカウトは考えられうる限り最速だったのだろう。
で、あれば『彼』は入学前から事前に入念な準備をしてきたことが容易に想像できる。
流石は、本物のプロデューサーだ。
そろそろかと思っていたら、事務所の扉がノックされた。
どうぞ、と返すと、失礼します、の声と同時に扉が開く。
そこにいたのは、やはり入学式の時に見つけていた、『彼』と姫崎さんだった。
彼は、身長は180センチを超えているぐらい背が高く、顔立ちはとても整っていて、彼をアイドルとしてプロデュースしても行けるのではないかと思うほどだ。
髪型は刈り上げてないぐらいの長さで綺麗に整えており、眼鏡をかけている。
ある種、テンプレのようなイメージの『学P』そのものと言ってもいいだろう。
「ようこそお越しくださいました。
プロデューサー科2年、
お名前を窺っても?」
「プロデューサー科1年、
よろしくお願いします」
「では、まずそちらにおかけください。
今お茶を淹れますので」
「失礼します」
「あ、プロデューサーさん。
私が淹れますよ」
「いえいえ、お二人はお客様なので、座ってお待ちください。
遠くから新しい友人が訪ねてくる…
素敵だ…本当に心が踊ります」
…気分が上がっているからか、口数が多くなっている気がする。
もうお茶を淹れるのも手慣れたもので、スムーズに淹れられるようになったものだ。
「どうぞ…何か珍しいものでもありましたか?」
「……その、聞いてもよろしいでしょうか?」
「ええ、何でもお聞きください」
「……あの、彼女は何をしているんですか?」
そう言って彼は、事務所の隅にある一角を指さした。
そこには、布団一式が揃っていて、アイマスクをした少女が安らかに眠っている。
私と姫崎さんにとっては、もう見慣れた光景だったが確かに初見だと驚くだろう。
「私の担当アイドルの、秦谷美鈴さんです。
お昼寝が好きなので、今はお休みされてます」
「………そうですか」
「あ、あはは。
美鈴ちゃん、結構な頻度でお昼寝してますから」
姫崎さんのフォローが却って痛々しい。
まあ、言わんとすることはわかるが…。
「私のプロデュース方針にも関係しているので、お気になさらないでください」
「………わかりました」
言いたいことを10ぐらい嚙み潰したような表情をして、彼は頷いた。
その様子を見ながら、目の前で淹れたお茶を啜る。
「お茶、飲んで大丈夫ですよ。
同じものを飲んでいるので、毒物などは入っていません」
「………そういわれると、飲みづらくなるのですが」
「失敬、それもそうですね」
余計なことを言ってしまったか。
アイスブレイクになると思ったのだが、逆効果だったようだ。
姫崎さんは気にしないで、お茶を飲んでいる。
ついでに出しておいたお茶菓子も、美味しそうに食べていた。
間が持たないので、誤魔化すようにもう一度お茶を飲んだ。
普段、秦谷さんが淹れてくれるものだからか、幾分か心が落ち着く。
ふと彼に視線を向けると、彼が私の上側に視線を向けていることに気づいた。
「これ、気になりますか?」
「…そうですね。
十王会長をはじめとした、様々なアイドルのサイン…だけではなく、学園長、十王社長…極月学園の黒井理事長のサイン…極月学園の白草月花さんのサインも」
「入学してまだ日が浅いのに、良く調べてますね。
その通り、色々と交流を深めている方のサインを飾っています。
まあ、だからどうということはありませんが」
折角だからもらおう精神のものの方が多いので、正直大した意味はない。
もらうまでが結構大変で、仲良くなれないと貰えないので、あまり数は増えてない。
十王社長からもらった時も、すごい嫌そうな顔をされたが、試作品の星南さんちびぬいを渡したら快諾してくれた。
目標は765プロのプロデューサーと社長と事務員のあの人たちからもらうことだ。
藤田さんのライブの時に許可を貰いに、アポを取って伺ったことがあるのだが、それ以降はあまり接点を作れずにいたのと、黒井理事長と仲良くなってしまったので後ろめたい気持ちがあるので、現状貰えていない。
気のいい人たちではあったので、気にしていないのかもしれないが、黒井理事長が絶対に文句を言うのは目に浮かぶ。
詳しい因縁は探ってないが、なんかよく思ってないのはわかる。
そんなことはさておき、何故か彼の視線が鋭くなっているような気がする。
何故…いや、もういいだろう。
「さて、それでは本題に入りましょうか」
面倒になったので、切り替えた。
それまで、お客様向けにしていた柔らかい声から、温度をはぎ取り、冷静なプロデューサーの皮を被る。
空気が変わったのを察したのか、お菓子を頬張っていた姫崎さんも、口元を抑えて真面目な表情を作ろうとしている。
目の前の彼は、さっきから張りつめたような表情をしているのに、今にも臨戦態勢になりそうだ。
「弟月さん…いえ、親しみを込めて、学
学Pさんは、姫崎さんのプロデュースをしたいと」
「はい」
即答だ。
この空気にも一歩も引かないあたり、覚悟はある程度できているようだ。
「私がこれまでレッスンの面倒を見ていた、姫崎さんのプロデュースをしたい、と」
「…そうです。
姫崎さんは、トップアイドルになれるだけの素質があります。
その才能を、俺が開花させたい。
先輩には申し訳ないと思いますが……俺に、プロデュースをさせてください」
……良い。
その覚悟を決めている表情。
恐らく、既に
姫崎さんも言葉を発していないが、彼の想いは伝わっているのだろう。
縋るような目を私に向けている。
…大事な確認を忘れていた。
「姫崎さんは、彼のプロデュースを受ける、ということで問題ありませんか?」
「……うん。
少し迷ったし、プロデューサーさんには申し訳ないですけど…受けようと思います。
弟くんが、頑張ってここまで来て、すぐに私のプロデュースを申し出てくれました。
その期待に、応えたいんです」
「ふむ…」
本人の意思も問題ないと。
それに『弟くん』と言ったということは……『確定』だ。
頭を下げ続ける彼と、私を見つめる姫崎さん。
その二人の様子を見て、思わず微笑みが零れてしまった。
「……ふふ、そう険しい顔をしないでください。
何も取って喰おうってわけではありません」
張りつめた空気を吹き飛ばすように、声を柔らかいものに変える。
その落差からか、顔を上げた彼の顔は、驚きの表情を浮かべていた。
「まず、私は姫崎さんに既に伝えているように、スカウトが来たら積極的に受けた方が良いと思っています。
私が担当を増やせない以上、他の本当に熱意があるプロデューサーにプロデュースされた方が、良い結果を出せると思いますから」
「……さっきの言葉と矛盾していませんか?」
「私は何もプロデュースしてはいけないなんて言ってませんよ?
レッスンの面倒を見ていた、姫崎さんのプロデュースをしたいか、確認しただけです」
「…紛らわしい」
彼はそうぼやく。
ようやく、彼の素が少しずつ見えてきたようだ。
「ですが、先ほどの確認は大切なものですよ。
私の噂、既にご存じでしょう?」
「…『初星学園の
事実と思わしきものと、確実に嘘だろうと思わしきものも」
「鵜呑みにしていないのは嬉しいですよ。
ただ、姫崎さんは、その
自分で言うのも恥ずかしいのですが、多少色眼鏡で見られてしまうこともあるでしょう。
学Pさんが、それで揺らぐような方ではないと思いますが、知っているのと知らないのでは話が違いますからね」
「お気遣いありがとうございます。
ですが、心配はいりません。
そんなもので左右されるほど、半端な気持ちで申し出ていません」
………
これだよこれ。
私が見たかった、プロデューサーとアイドルの信頼関係というものは。
幼馴染という関係があったとしても、既にプロデューサーとアイドルとしての関係がもうでき始めているじゃあないか。
プロデューサーは、アイドルの可能性を信じている!
アイドルは、プロデューサーの行動を信頼している!
…美しい。
これ以上の芸術作品は存在し得ないでしょう。
…………ダメだ。
冷静さを忘れてはいけない。
プランが軌道修正してくれた嬉しさも相まって、だいぶ興奮している。
彼の覚悟の眼差しを一身に受けつつ、お茶を一口飲む。
いつものお茶の優しい味は、私に冷静さを取り戻させるには十分だった。
「では、私が止めるようなことはありません。
むしろ、アイドルとプロデューサーがようやく契約を結ぼうというところに、口を出す方が野暮というものです。
ただ…これは渡しておきましょう」
そう言って、私は用意していた資料の束やライブ映像のディスクが入った、書類ケースをケースごと彼に渡す。
「これは……」
「姫崎さんのこれまでのレッスン内容や、ライブ映像を含めた資料です。
これからプロデュースを本格化させるなら、時間を無駄にする暇はありません。
学Pさんが入学前のデータを探すのは手間になると思いましたので、用意しておきました」
私が彼に資料を渡すと、彼は驚きに満ちた顔で私を見ていた。
「…姫崎さんから連絡があった、あの僅かな時間でこれを?」
「先ほども言いましたが、プロデューサーがつくのであれば、それに越したことはないと思います。
その人物が信用ならない人物なら別ですが。
なので、引継ぎができるように準備はしていましたよ」
何でもない風を装い、お茶に再び口をつける。
年齢的にまだ飲めないが、酒が飲めるなら最高の美酒が飲めそうだった。
「………なるほど。
あなたが『
「そう大それたことではありませんよ。
できることを、できる限り、精いっぱいやっているだけです」
「それがおかしいってことだと思いますよ。
星南会長も時々引いてますし」
「心外です」
姫崎さんだけではなく、担当契約をしていないアイドルたちの資料はある程度まとめている。
こういったことがあった時に、スムーズに事を進められるようにだ。
まあ、主に目の前の彼のためだが。
ようやく彼も少し打ち解けてくれたのか、お茶に口をつけてくれた。
姫崎さんも再びお茶菓子に手を伸ばし、気が付けばもう空になる一歩手前まで進んでいる。
もう帰してもいいが…
「では、話は以上……と言いたいところですが、最後に一つだけ」
再び声色に真剣さを宿して、彼の顔を見た。
彼も同じように、少し気の抜けた表情から真剣な表情に戻している。
つられて、姫崎さんも押し黙ってお茶菓子に伸ばしていた手を止めていた。
「この、入学して間もない日にプロデュース契約を持ちかけた、学Pさんであれば心配不要だとは思っていますが、あなたのプロデュースの方針を一つだけでいいので、聞かせてください。
より良いプロデューサーに、とは考えていましたが、これまで面倒を見ていたこともあって、心配している気持ちはありますから」
「………プロデューサーさん」
彼と視線が交わる。
恐らく、言おうか言わないか悩んでいるだろう。
少しして、彼が口を開いた。
「姫崎さんには、まず、俺のお姉さんになってもらおうと思います」
「グッド!」
「………ええっ!?」
よかった。
これなら大丈夫だ。
「概ねわかりました。
それでは、話は以上になります。
これからは、同じプロデューサー科の同志として、よろしくお願いします」
私は右手を彼に差し出す。
彼は私のその手を握り返した。
「はい。
これから、ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします、先輩」
「ちょ、ちょっと待って!?
二人とも!?
私が……お姉さんって…!?」
混乱している姫崎さんだけが取り残されている。
無理もないかもしれないが、後は彼に任せよう。
「詳細は彼から聞いてください、姫崎さん。
それと、お二人がよければ合同レッスンを行うこと自体は歓迎しますので、これからもよろしくお願いしますね」
「あ、はいっ!
今まで、ありがとうございました!」
「それでは、俺たちはこれで失礼します」
「ええ、困ったことがあれば相談には乗りますので、お気軽に」
二人は一礼してから、そのまま事務所を後にした。
後は彼に任せよう。
よかった。
姫崎さんの魅力を開花させるには、思い出が必要だと思っていた。
それがなくても、ある程度のところまでは成長できると踏んでいたが、彼女の真の魅力を引き出すには、彼女のオリジンを知っているプロデューサーが必要不可欠。
そういう意味では、彼女のプロデューサーになってくれて本当に良かった。
これなら、彼女も『H.I.F』で立ちふさがってくれることだろう。
机の上に残ったお茶などを片付けようかと思った時、鈴の音のなるような声が私の鼓膜を打った。
「終わりましたか?」
そこにいたのは秦谷さんだった。
彼女はアイマスクをして布団に入っていたが、恐らく早い段階で目を覚ましていただろう。
彼女も、姫崎さんとは仲が良かったから……。
「美鈴さん、ありがとうございます。
黙って見守っていてくれて」
「まあ、バレてしまいましたか」
「勘でしたが…姫崎さんとよく料理をしたりしていた秦谷さんのことなので、心配していたのではないかと思っていました」
「ふふ、ええ。
それと、気になることがありましたので……
…なるほど。
確かに、昨日の話の流れだと気になるのも無理はない。
「ええ、『彼』が、私の一番の壁になりそうな相手です。
つまり、姫崎さんは今後、皆さんに立ちふさがる強敵になると言っていいでしょう」
「……少し、おかしなことを言っていたように思いますが…」
「今にわかりますよ。
恐らく、夏にある『N.I.A』までには」
彼女も『N.I.A』に出るだろう。
目ぼしい実績が、『H.I.F』の
「『N.I.A』ですか……わたしたちは、
「ええ、遺憾ですが」
そう、私の担当アイドルたちは『N.I.A』に出場
というのも、あれは新人アイドルの大会だ。
既に『H.J.I.F』、『H.G.F』、そのほかのライブイベントにも参加して、結果を出し始めている私の担当アイドルたちが参加するのは、風評的にまずい可能性がある。
『十王星南』が参加するのを渋ったのと同じ理由だ。
今年入学したばかりのアイドルや、ただ進学した様なだけのアイドルたちの中で参加してしまうと……虐殺ショーになってしまう可能性が高い。
黒井理事長にも、参加しない方針になりそうだと伝えている。
反対されたが、恐らく担当していないが面倒を見ているアイドルを送り込むことになるので、よろしくお願いしますとは伝えている。
有村さんだけのつもりだったが……このままだと、補修組たち………いや、
「美鈴さん」
「いかがなさいましたか?」
湯呑を片付けようとしていた彼女は、湯呑を流し台においてから、私の方を向いた。
「『総取り』ってどう思いますか?」
「……おっしゃる意味がわかりかねますが、心が惹かれる言葉ですね。
やはり、彼女ならそう言うだろうとは思った。
…つまり。
「全ては順調だ…いよいよ!
『総取り』の時が来た…」
そう、時は満ちた。
……いや、
秦谷さんが頭に?を浮かべているが、その答えはこれからわかるだろう。
後片付けを二人で終えた後、私は彼女を連れてレッスン中の彼女たちの様子を見に行くことにしたのだった。
レッスン室での惨状を思い出しながら。
姫崎莉波
この後、年下のお姉さんにされる。
プロデューサーが正式についたこと、弟くんが彼女のプロデューサーとして頑張るたびに、彼女はその期待を超えるだろう。
この後も、元プロデューサーである