『SyngUp!』のプロデューサーは足を引っ張ると殺される 作:プロデューサー科のもの
話は、私が姫崎さんから連絡を受ける前まで遡る。
時刻は放課後、今日は佑芽さんをはじめとした3人と、私の担当アイドルたちの顔合わせを含めたレッスンを開始する日だ。
高等部の授業が終わる時間になった後、少し事務所で準備をしてから向かおうとしていた。
そんな時だった。
ふとスマホが振動したので、確認する。
そこには、藤田さんからの助けを求めるメッセージが来ていた。
いつぞやのデジャビュを感じるが、こういう時は大概面倒ごとが起こっている時だ。
電話が来ないということは、電話するような余裕がないのだろう。
月村さんが、篠澤さんたちにマウントを取りまくったり喧嘩を売りまくっているのだろうか?
まあ、それぐらいならいいのだが、言葉がライン越えしすぎていて藤田さんの手に負えなくなってきているのかもしれない。
……いや、待てよ?
秦谷さんはそこでお昼寝をしているが、後の全員はそっちにいるはず。
ということは、賀陽さんもいるはずなのだが……。
いや、賀陽さんは賀陽さんで面倒ごとには首を突っ込まないスタイルか。
よっぽどがなければ、関わらないスタイルだ。
藤田さんは結構、おせっかい焼きなところがあるので放っておけない質だ。
このままだと、藤田さんの胃が心労で爆発してしまうかもしれない。
足早にパソコンを閉じ、秦谷さんがいるので念のため鍵を閉めてからレッスン室に向かった。
高等部に向かう最中、時々すれ違う人から目を避けられることがあるのは、今に始まったことではない。
だが、新入生がいるからか、不思議そうに見ているだけの生徒もいたのは喜ぶべきことなのだろうか。
レッスン室が近づいてきた。
防音のはずなのだが、レッスン室の外にいても声が薄っすら聞こえてくるぐらい、レッスン室から怒鳴り声が聞こえてくる。
「こんな補欠合格の落ちこぼれが、レッスンについてこれるわけないでしょ!」
「なあああああああああんですってぇええええええええ!!!!
妹への悪口は許さないわ!!」
………マジか。
扉越しに聞こえる声から、私は事態の凡そを察した。
想定外のパターン……
佑芽さんを引き込んだ時から、こうなる懸念は考えていた。
外れてほしいと願いながらも、私はレッスン室の扉を開けた。
中心には、私の予想通りの人物2人が言い争っている。
そこから一歩引いて、オロオロしてたり、手をこまねいていたり、今日も空が青いわねと言わんばかりに外を見ている賀陽さんがいたり。
そんな中、2人を仲裁しようと間に挟まれていたであろう藤田さんが、私を見つけて飛び込んできた。
「あ、プロデューサー!
やっと来てくれたんですね!」
「ええ、可能な限り急いできましたが……彼女は…」
そこにいたのは、少し落ち着いた赤い髪をツーサイドアップにした少女。
身長は倉本さんより少し大きいぐらい小柄だが、身に宿した闘志は凄まじい。
身長差がそれなりにある、月村さんと睨み合って一歩も引かないぐらいだ。
そんな彼女は私を見つけると、私の方に走ってきて、びしっと指を指した。
「やっと来たわね!
『初星学園の
「プロデューサー!
こいつがいるなんて聞いてないんですけど!」
月村さんも同じように私に駆け寄ってきた。
安心してほしい、私も知らない。
「こいつって何よ!
第一、わたしは佑芽の付き添いで来ただけだって言ってるじゃない!」
「ふん!
補欠合格の劣等生風情が、中等部トップだった私たちに着いてこれるわけないでしょ?」
「あああああああああ!!
また佑芽の悪口を言ったわね!!
もう許さないわ!」
ヒートアップした二人を止められるものは誰もいない。
唯一花海さんを止められそうな、佑芽さんもオロオロしているし、賀陽さんなんて花岡さんと二人で頑張って視線を逸らして関わらないようにしている。
藤田さんも徐々に化けの皮が剥がれそうなぐらいには疲弊している。
「お二人とも落ち着いてください。
特に…手毬さん」
「な、なんで私なんですか!」
「アイドルの先輩なんですから、もう少し見本になるようになってください。
中等部No.1アイドルのあなたが、そんな調子では他の編入組まで悪く言われてしまいかねません」
「そ…それは、そうですけど…」
「
ミヤビさんのように」
藤田さんの昨日の愚痴を聞く限り、クラスでひと悶着あったこともあって、月村さんもヒートアップしているのだろう。
気持ちはわからないでもないが、少し冷静になってほしい。
なので、言いながら私が花岡さんに視線を向けた。
彼女はギョッとして言い放つ。
「ちょっと、
「ミヤビさんは見本にするには相応しい立ち振る舞いができてますから」
「……ふん」
嬉しそうな顔をしているが、他の目があるからか、花岡さんは冷静さを保ったままだった。
だが、私や賀陽さん、藤田さんにはお見通しだ。
そんな訳知り顔な顔をしていたからか、花海さんが驚いた顔をしている。
「…あなたも、2人と同じプロデューサーだったのね。
クラスにいるときとは別人みたい」
「先ほどプロデューサーが言ったように、上に立つ者としてそれに相応しい言動をしているまでです」
「ただ単に猫を被っているだけだけどナ~」
「そこ、余計なことを言わない」
藤田さんの口を、花岡さんは物理的に止めた。
口を手で横から挟んで、口がタコのようになっている。
「ひゃめろ~~~!」
「もちもちで柔らかいです」
「ひゃめろって~~~~!」
十王さんがいたら憤死しそうだ。
そんな二人のやり取りに毒気を抜かれたのか、2人の怒りは徐々に収まっていったように見える。
…頃合いかな。
「さて、では改めて自己紹介をさせてもらいましょう。
プロデューサー科2年、『篠崎 士野』です。
恥ずかしながら、『初星学園の
あなたのお名前は既に知っていますが、聞かせてもらっても?」
そう言いながら、花海さんに私は視線を向ける。
彼女は胸を張って、再び私にびしっと指を向けた。
「いい心がけね! いいわ、名乗ってあげる!
私の名前は花海咲季!
未来のトップアイドルよ!」
トップアイドル。
その言葉を聞いて、私の担当アイドルたちの目の色が変わった。
入学した編入組のアイドルが、軽々しく吐いている言葉に聞こえたのかもしれない。
それを制しながら、私は問いかけた。
「ええ、よろしくお願いします。
で、今日はどのようなご用件でしょうか?」
「佑芽がレッスンをプロデューサーに見てもらうって言ったから…どんなプロデューサーなのか、見極めに来たわ!」
「お、お姉ちゃん!
心配性だなぁ……もう……」
……まあ、そうだろうな。
佑芽さんも困っているように見えて、嬉しそうな顔をしているのだから、手に負えない。
「そしたら……そこのそいつが、わたしの可愛い妹の悪口を言ったから!」
「事実でしょ。
補欠合格の劣等生が、トップに限りなく近い私たちに付き添ったところで、着いてこれるわけもない。
補欠合格だって知ってたら…先に断っておけばよかった。
私も教えるのが無駄になるから、時間を取らせないで」
月村さんの言葉は間違えていない。
私が無理を言って、彼女たちを参加させた側だ。
だが、一つだけ訂正しないといけない。
「手毬さん、佑芽さんは凄まじい才能を秘めた原石ですよ。
それこそ……ことねさんと同じぐらいの」
「………」
月村さんと暫く私は目線を交わす。
彼女の疑うような視線はもっともだが、私は確信めいたものがあるから、彼女から視線を外さなかった。
しばらくそのままでいると、彼女はため息を一つ吐きだした。
「……はあ。
プロデューサーが言うなら、そうなんだろうね。
本当に、仕方ないな」
「ありがとうございます」
「ちょ、ちょっと!
それでいいわけ!?」
「当たり前でしょ。
……プロデューサーのことは、信頼してるから」
顔を少し赤らめて、そっぽを向いた彼女は普段のとげとげしさがすっかり抜けていた。
そのギャップに驚いたのか、花海さんも気が抜けたようだ。
「納得いかない……けど、
……佑芽を任せてもいいかしら?」
さっきまでの怒っていた顔とは打って変わって、真剣に私を見つめる彼女に対して、私は首を振った。
「承諾はしかねます」
「はあっ!?」
「うえええええええええ!?」
花海さんだけではなく、佑芽さんまで同じように叫び声をあげた。
「佑芽さんには既に話していますが、既に担当アイドルを5人抱えている身です。
これ以上担当を増やすことは難しいので、レッスンを見るだけにしています。
なので、任せきられるのは、少々困りますね」
「そうなの!?」
「あ、そういえばそうだった…」
思い出したかのように佑芽さんが呟く。
「ですが、レッスンを見る以上、必要最低限の実力はつけてもらうつもりです。
後は彼女自身……佑芽さんなら、問題ないと思っています」
「わかってるじゃない!」
チョロい。
わかっていたことだが、いくら何でも妹に甘すぎないか……?
「それでも心配、というのであれば……今日一日、レッスンに参加してみませんか?
実際に参加していただいたら、わかることもあるでしょう」
「………そうね。
あなたたちが良いっていうなら、今日だけ参加させてもらおうかしら」
「大丈夫でしょう。
燐羽さん」
私が声をかけると、遠くを見ていた賀陽さんがぶっきらぼうに返事をした。
「………何?」
「今日のレッスン、私も見守らせてもらいますが、何かあって抜けることになった時はお願いします」
「………はあ、仕方ないわね」
全てを諦めたように溜息を吐いた彼女は、運命を受け入れるかのように頷いた。
…本当に申し訳ないとは思っている。
だが、この一番重要なことを任せられるのは、賀陽さんしかいないのだ。
「では……篠澤さん、倉本さん。
お待たせしました」
「大丈夫。
見てて面白かった」
「お、お気になさらず!」
篠澤さんは興味深そうに、倉本さんは怯えているように見える。
まあ、無理もない。
急に友達の姉が押しかけてきて、こんなやり取りをしていたら、そんな反応にもなるだろう。
全員が問題なさそうな様子を確認して、手を二回叩き、宣言した。
「では、早速レッスンに励みましょう」
「「「「「「「「はい!」」」」」」」」
そうしてレッスンが始まった。
賀陽さんには全体を見てもらいながら、見本をしてもらったり、篠澤さんと倉本さんの面倒を見てもらったり。
まあ、そう簡単にいくわけもなく…。
「月村手毬! 上から目線の嫌なやつ!
私と勝負しなさい!」
「……は?
あなたごときが、私に勝負?」
「佑芽の悪口を言ったこと、許してないわよ!」
「はぁ…」
月村さんがめんどくさそうな顔をして私を見ている。
助け舟を求めているような顔だ。
少し乗ってあげたら気が済むだろうと思っていたのだが、予想外に口を出したのは藤田さんだった。
「…手毬、やっちゃっていいよ」
「ことねまで……珍しいね」
「こういう奴は、一度教え込んだ方が良いって。
あたしも、少しだけだけどムカついてるからさ」
「なんで?」
「友達が舐められてたら、ムカつきもするって。
咲季って言ったっけ?
あたしがやってもいいけど…今日は手毬に任せるわ。
あ、負けたら1日時間貰うから、よろ~」
「あなたこそ、ずいぶんなめたこと言ってくれるわね!
いいわ、負けたら時間でもなんでも作るわよ!」
「はぁ…じゃあ、始めようか」
……咲季さんと月村さんが勝負を始めた。
全員、動きを止めて彼女たちの勝負を見守る。
………その途中、私のスマホが震えた。
通知だと思ったが、珍しく電話だ。
その相手は………姫崎さんだった。
そうして、勝負の結果を見届けないまま、私はレッスン室を出たのだ。
秦谷さんを引き連れてレッスン室に戻ると、そこでは同じレッスン室の中でも2分されていた。
片方では、倉本さんと篠澤さんが、藤田さんと賀陽さんにマンツーマンでレッスンを受けている。
反対側では、月村さんが少し休憩しているようで、今度は咲季さんと花岡さんが勝負をしていた。
その様子を、佑芽さんが興奮気味に月村さんと話している。
「すごいよ手毬ちゃん!
お姉ちゃんに勝っちゃうなんて!」
「当然でしょ。
……入学したばかりにしては、いい線いってたよ。
あなたのお姉ちゃん」
「でしょでしょ!
あたしの一番のライバルだもん!」
「
…いや、歩き方もそうだけど、体の動かし方がなってないわ。
でも、思ったより根性あるじゃない。
このまま、一から全部叩き直してあげる」
「ぜぇー………はぁー………ふふ、だいぶ限界が近い…………」
「後1時間はやるわよ。
安心なさい、身体を無理に動かす方法は熟知しているわ」
「……鬼、悪魔………でも、わたし、燐羽のこと好きかも…………」
「あら、私もかわいい子は好きよ。
ちゅっ♡」
「ふぇ……………!」
「し、篠澤さんが顔を真っ赤にして……賀陽さんが、篠澤さんの頬に口づけを……!」
「また燐羽の悪い癖が出てる……」
「こ、ことねお姉さま!
な、なんで賀陽さんはあんなふしだらなことを…!?」
「……そういえばそうだね。
なんであたしも受け入れてるんだろ」
中々カオスなことになっている。
このまま秦谷さんを連れて思わずUターンしたくなってしまった。
まさか、月村さんが一番まともになっているとは思わなかった。
というか、賀陽さんが暴れている。
………賀陽さんがさっきまで大人しかったのは、思うところがあったからなのだろう。
咲季さんが来てから、彼女の反応が少し鈍かったのは思うところがあったからだと思う。
昨日、結局話しそびれてしまったが、花海姉妹の関係は彼女の心の奥底に眠らせていた、自らの姉を想起させてもおかしくない。
もしかしたら、賀陽さんは少しずつ咲季さんと佑芽さんの関係の本質にも気づき始めているのかもしれない。
完全に把握した時、彼女は『原作』通りになるのだろうか……?
「千奈にもしてあげようかしら?」
「だ~~~めっ!
千奈ちゃんは、あたしが守るからナ~!」
「じゃあ、ことねでいいわ。
ちゅっ♡」
「ひ、ひえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇええええ!
こ、ことねお姉さままで!?」
「ち、千奈ちゃんが守れるなら、あたしは…!」
いや、これが彼女の本性だったか…?
そんな気もする。
秦谷さんが顔を真っ赤にして、は、破廉恥です!と叫ぶなか、私はあまりにもあんまりな惨状に思わず天を仰いだ。
花海咲季
妹に悪い噂が盛りだくさんのプロデューサーがついたと聞いて、居ても立っても居られなくなり、レッスン室に乗り込んできた。
その時、
勝負を通して、嫌なやつだと思っていた彼女のことを理解し、安心して妹を任せられそうな環境だと思いつつある。