『SyngUp!』のプロデューサーは足を引っ張ると殺される 作:プロデューサー科のもの
受け取ってくれーッッ!!!
冬の『H.J.I.F』と『H.I.F』が終わって間もないころ。
1日をオフの日としていたのだが、花岡さんからのお出かけのお誘いを受けた。
いつぞやの貸しを払ってもらいます、とのことだったので、彼女にとってのご褒美としてなのだろう。
花岡さんとはあまり二人きりで話す機会もなく、いい機会なので喜んで承諾した。
その時の彼女の表情が、少し不安げなものから華の咲くような笑顔になっていたのが印象深い。
普段は強気なのに、こういうところが本当に可愛い。
口に出すと顔を真っ赤にして叩かれてしまうので、言わないが。
そういうわけで、私は彼女との待ち合わせのために天川駅にいた。
月村さんの時のように、普段のスーツ姿ではなくカジュアルな格好だ。
殆ど着なくなったこれに袖を通すのは久しい。
月村さんとのお出かけの時以来だ。
気が付かれるか少し不安だったが、予定の時間より30分早く到着した彼女は、迷うことなく私を見つけた。
「随分早いですね。
待たせてしまいましたか?」
「いえ、今来たところですよ」
「ふふ、わかってるじゃない」
満面の笑みを浮かべた彼女も、いつもとは違う服装だ。
普段の彼女は少女らしい恰好を好んでいる。
ステージ上ではカッコいいを売りにしている彼女だが、年相応の少女が好むような服を着こなしていることが多い。
だが、今日の彼女は中はそのままで、黒いトップスを着込んでおり、普段片方だけ結んでいる髪を下ろして黒い帽子をかぶっている。
彼女なりの身バレ対策だろう。
これなら、ぱっと見で彼女だとわかる人は少ない。
「花岡さんもきちんとわかった服装をしていますね」
「当然です。
プロデューサーも、スーツで来るのではないかと心配しましたが、杞憂でなによりです」
「違和感が凄いですけどね」
「
スーツはプロデューサーにとっての正装だ。
プロデューサー科でスーツを着てこない生徒はいないし、私は休みの日も予定を入れていることが多い。
なんなら、花岡さんがスーツ姿以外の私を見るのは初めてかもしれない。
「では、行きましょうか。
あ、それと外ではプロデューサーとは口に出さないようにしてください」
「わかりました。
では、あなたも
花岡さん、だとフルネームがバレてしまいかねないでしょう?」
………確かに一理あるな。
「わかりました。
今のお出かけの間だけ、ですよ」
「構いません。
いつかはミヤビと呼ばせますが」
「プロデューサーとアイドルの関係としては失格でしょう。
下手な邪推をされるのはスキャンダルに繋がりかねないので、そうなることはないですよ」
「半年後を楽しみにしてなさい」
不敵に微笑む花岡さんは獲物を狙っている肉食動物の目をしている。
そんな彼女をあしらいつつ、私は彼女と並んで歩き始めた。
まったく、油断も隙も無い。
担当アイドルとプロデューサーの信頼関係は大事だが、一歩間違えて誤解を招かれるようなことはNGだ。
いかに私が彼女たちに惚れているからと言って、そうなってはいけないのだ。
…大事なことを言い忘れてた。
歩くのを止めて、隣に並んでいる彼女を見る。
「? どうかしました?」
「はな…ミヤビさん、その服も似合ってますよ。
普段の花岡さんらしいカッコよさと、可愛さが両立していて、とてもいいです」
「…………ありがとうございます」
途中まで目を見ていたのに、途中から顔をそむけた彼女は、消え入るような声でそう呟いた。
耳まで真っ赤になっているのが、後ろ姿からわかる。
そんな彼女に置いて行かれないように、私は彼女の後ろをついていくのだった。
連れていかれた先は……服屋だ。
月村さんの時は食べ物だったが、彼女からは服を買うから荷物持ちをしてほしいと事前に言われていた。
確かに服というものは、買うとなったらかさばるので、人手があった方が良いとは思う。
だが、普段行かないような女性物の衣服を扱っている店に入るのは、どことなく居心地が悪いものだ。
いかに女性と一緒に入店していると言っても、こう、異物感が凄い。
キラキラした目をしながら、服を物色し始めた彼女を眺めながら、私は極力空気になることに徹した。
暫くして、花岡さんは服をいくつか見繕ったようで、私に持たせた物と合わせて試着することにした。
「試着するから、どれが良いか答えてください」
「……え?」
私が答える前に、彼女は試着室に服をもって入ってしまった。
周囲からの視線に頭を抱えつつ、諦めて待っていると、暫くして彼女が出てきた。
「どうですか?」
「…こういうのはあまり得意ではないので、月並みな言葉しか言えないのですが、良く似合っていますよ」
「では次はこれにします」
彼女は次に私が持っていた服を受け取り、再度試着室に戻った。
少しして、再度着替えた彼女が試着室のカーテンを開けた。
「こっちはどうですか?」
「良く似合っていますよ」
「……まじめにやらないと、下着か水着の試着もしますが?」
「勘弁してください」
思わず頭を下げる。
周囲からの視線が気になるが、そう言ってられる余裕もない。
そんなことをされたら、通報されても文句を言えなくなってしまう。
花岡さんは月村さんほどではないが、私の担当アイドルの中ではスタイルが良い。
その少女が、下着や水着を見せびらかすようなことをしていたら、目だって仕方ないだろう。
私は慎重に言葉を選んだ。
「……さっきの服の方が、私の好みではありますね。
こっちは、どちらかというとライブ用のミヤビさんの良さが出ていますが、普段使いするには派手すぎるかと」
「そういう意見でいいんです。
では、次はこれで」
また私が持っていた服を受け取ると、彼女は試着室に消えていった。
暫く彼女のファッションショーに付き合い、彼女が気に入ったものをいくつか購入することにした。
折角のお出かけ兼、ご褒美なので、私が払おうとしたのだが、自分のものぐらい自分で買いますと言って断られてしまった。
「さて、この後はどうしましょうか?
他のお店も見てみますか?」
「いえ、服はもういいです。
満足しましたので」
「そしたら、お昼ご飯にしましょう。
ちょうどいい時間ですから」
「いいですね」
荷物を駅のロッカーに入れ、目的の食事処に向かって歩く。
ついた店は、普段みんなで来るようなラーメン屋や焼き肉屋ではなく、花岡さんが好きそうな綺麗なイタリアンの店だ。
以前、飲食店を探していた時に見つけた、個室がある店の一つで会話を聞かれるリスクが低いところだった。
「へえ…こんなお店があったんですのね」
「ええ。
私も入るの初めてです」
「そうなんです?」
「一人で入るには、少し敷居が高いので」
興味深そうに店内をきょろきょろ見渡している彼女に、私は先にどうぞとメニューを渡す。
彼女にメニューを見せている間、ちょうどいいのでずっと聞きたかったことを考えていた。
メニューを受け取り、店員さんを呼んで注文を済ませた後で、私は彼女に切り出した。
「そういえば、聞いてもいいですか?」
「? どうぞ」
「いくつか候補があった曲の中から、なぜ『
「いきなりですわね」
「ずっと聞きたかったのですが、『H.J.I.F』前に下手なことを言いたくなかったので、タイミングを窺ってたんです」
彼女の相手は藤田さんだった。
藤田さんと花岡さんの実力は非常に拮抗していて、メンタルの良しあしで勝敗がどちらに転んでもおかしくないほどだ。
彼女は私の言葉に納得してくれたようで、少し考えて語りだした。
「……理由はいくつかあります。
まず、
師匠のように、かっこいいアイドルを目指している
「ええ、ですが候補の曲は全て同じように考えていたので、ダンスが映える曲ばかりでした。
なので、それだけでは決め手にならないでしょう」
花岡さんの強みはダンス力の高さだ。
初めて彼女のライブを見た時は全体的に高い水準止まりだったが、殻を破ってダンスを伸ばした彼女は、高等部の生徒とダンスバトルをしても勝利を収められるぐらいには仕上がっている。
自らの強みを理解し、それを伸ばしていったからこそ、一度抜かれた藤田さんに追いつき、追い抜いたのだ。
だから、当然最初のソロ曲はダンスをメインにした候補曲ばかりだった。
それ以外は候補から弾いたからだ。
さらに追及すると彼女は視線を外して、そのまま呟いた。
「その中でも……
言おうかどうか迷っていたような表情だったが、視線をまっすぐ合わせてから、彼女は言い切った。
「
私がそれを受け止めるには、少しの時間が必要だった。
「………え?」
「だから言いたくなかったんです」
ようやく零れた言葉は、戸惑いが溢れていたと思う。
それを聞いた彼女は、顔を真っ赤にしてむくれた。
「え、私、そんな表情してました?」
「してました。
候補、と言っておきながら、その目が物語っていました」
「………それは、プロデューサー失格ですね」
何という失態だ。
確かに、歌ってくれないかなぐらいには思っていた。
否定はしない。
私が昔好きだったから、彼女が歌って踊って……ライブで披露したら、どれだけ素晴らしいかと思った。
だが、他の曲も同じように思っていたはずだが………無意識に肩入れしたのであれば……。
自己嫌悪に陥っていると、彼女は首を横に振った。
「違います。
あなたは、
あなたが歌ってほしいと思ったのも、
「…それはそうですが」
「他の候補曲も、そのうち歌わせてもらいます。
でも、最初の曲は、あなたが選んだものが良い…それが、
顔を赤くしながらも、彼女はそう言い切った。
…そうか。
信頼、してくれてるとは思っていた。
それがこれほど大きいものだとは思っていなかったのかもしれない。
彼女にとって、一番大事な勝負を決定付けるものだった、『初めてのソロ曲』を選んだ理由が、私への信頼だったのなら…。
「それは、とても光栄ですね」
「ええそうです。
あなたの自慢の担当アイドルですから!」
胸を張る彼女を見て、私も誇らしい気持ちになった。
私を信頼してくれて、その気持ちに応えてくれた彼女。
プロデューサーとしては、まだまだ未熟ながらも、成長している実感を感じる。
その後、店員さんがやってきて私にはパスタを、花岡さんにはドリアを持ってきた。
そのまま食事を摂っている間、普段から無言で食べるようにしていたからか、それともさっきまでの会話が恥ずかしくなったからか、一言も言葉を交わさないまま食べていた。
食べ終わり、お店を出てから少し歩く。
どことなく恥ずかしい気持ちもあって、お互いに無言で歩いていた。
あまり人気がない中、歩いている途中で私は先ほども少し感じていた疑問も、この機会に解決することにした。
「ミヤビさん」
「……なんです?」
「前から思っていたことなのですが、なぜ、私のプロデュースを受けてくれる気になったのでしょうか?」
「………は?」
ドスの利いた声だった。
そこで私は言い方を間違えてしまったことに気づく。
「すみません、言い方が悪かったですね。
ミヤビさんが私を信頼してくれて、というのはわかるのですが……ミヤビさんは面食いだというデータがあったので」
「なんでそんなことを知ってるんですか!?」
そう、実は花岡さんはイケメンが大好きだ。
雨夜さんを師匠と呼んで慕っているが、彼女のライブを見ている時の表情が時々恋する乙女のように目に♡を浮かべているのは、もう私たちの中では有名な話だ。
有村さんが王子様ムーブをしている時も、目を輝かせている時がある。
「なので、目の覚めるようなイケメンをプロデューサーにしなくていいのかと思ったことが……あります。
私はそこまで顔が良いわけではないので」
客観的な評価はわからないが、私は自分の顔が特別カッコいいとは思わない。
だから、彼女の好みではないと思っている。
「まあ、プロデューサーに求めるものが違うと言われればそれまでなのですが、私で本当に良いのかと思ったことが何回もありまして」
「はぁ…いまさらそんなことを考えていたんですか」
彼女はつかつかと私の目の前まで歩き、私と目を合わせた。
「確かに、あなたは目が覚めるほどのイケメンではありません。
顔は多少好みですが…じゃなくて、そんなこと、関係ないです」
そうして、彼女は私に囁いた。
「
ママにも誰にも言ったことがない、
それを打ち明けさせたのは、あなたが一番最初でした」
「…そうだったんですか」
「そうです。
だから、あなたについていきたいと思ったんです。
……それだけです」
そう言って、くるっと振り返った彼女は耳をまた赤くさせている。
私も、おそらく顔が赤くなっているだろう。
少し歩いて、振り返った彼女は顔を赤くしたまま続けた。
「だから、あなたも逃げられると思わないでください。
まだまだ、恩を返し切ってないのですから。
だから、最後までよろしくお願いしますね」
その表情が、あまりにも美しくて可憐な笑顔で。
私は暫く、その表情が頭から離れなかった。
花岡ミヤビ
プロデューサーに恥ずかしいことをいっぱい言ったような気もするが、言いたいことを言えたし、付き合ってくれて大満足。
この後、一日楽しんだが、寮に戻った後で悶絶した。
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一旦学マ水曜日を終了しようと思います。
少しペースを上げすぎたのと、繁忙期で多忙になってしまった為、落ち着くまで元の投稿ペースに戻します。
余裕ができたら復活させますので、何卒宜しくお願い致します。