『SyngUp!』のプロデューサーは足を引っ張ると殺される 作:プロデューサー科のもの
暫く天を仰いでいたが、レッスン室の惨状に再び目を向ける。
現実逃避は私を慰めてくれるかもしれないが、それを許されている立場ではないからだ。
欲求不満が溜まったのかキス魔になった賀陽さん。
顔を真っ赤にして怒っている秦谷さん。
ターゲットが秦谷さんに移って安心している藤田さん。
顔を真っ赤にしてフリーズしたままの篠澤さん。
そんな彼女と藤田さんを心配そうに見ている倉本さん。
少しして、秦谷さんが可愛らしい悲鳴を上げて賀陽さんと百合百合していた。
賀陽さんにはよくあることだと思って視線を外し、その先でもう片方の集団に視線を移す。
勝利を確信している花岡さん。
悔しがっている咲季さん。
咲季さんに勝った花岡さんを尊敬のまなざしで見ている佑芽さん。
当然とばかりに花岡さんを見つつも、天狗になっている彼女に引いている月村さん。
これを収めるためには……まず賀陽さんを正気に戻すところから始めよう。
「燐羽さん」
「なに?
今美鈴の相手で忙しいから後にして」
「プ、プロデューサー…助け…」
「だぁめ♡
こーんなに可愛い美鈴、久しぶりだから逃がさないわ」
「ひゃっ! り、りんちゃん! そ、そこはダメです…!」
秦谷さんの首筋に顔を埋める賀陽さん。
顔を真っ赤にしていやいや、と首を振っている秦谷さんは弱々しくて、嗜虐心が煽られるのも無理はないだろう。
舌なめずりをして、賀陽さんは秦谷さんの反応を楽しんでいた。
それを見て、倉本さんと藤田さんは顔を赤らめている。
賀陽さん、だいぶ正気じゃないなこれ。
進学2日目にしてストレスをかけすぎたか?
「燐羽さん、今はレッスンの時間です。
寮に戻ったら好きなだけ秦谷さんを可愛がっていいので、今はレッスンをしていただけませんか?
篠澤さんは見ての通りの体力のなさなので、貴重なレッスンの時間は有効に使ってほしいです」
賀陽さんの目を見て、私は懇願するように頼み込んだ。
少しそのまま目を合わせていたが、諦めるように溜息を吐いて、彼女は秦谷さんを解放した。
「はぁ…プロデューサーに頼まれたら、仕方ないわね。
ほら、広。いつまで呆けてるの?」
「……あ、そ、そうだ、ね」
「………プロデューサー、今のうちに謝っておくわ。
我慢できなかったら、ごめんなさい」
「我慢してください」
顔がまだ赤い篠澤さんを見ての、賀陽さんの言葉を一蹴する。
1-2の未来は、賀陽さんに掛かっているのだ。
「はぁはぁ……プロデューサー…ありがとうございます……」
何故か少し制服がはだけて、顔を赤らめながら肩で息をしている秦谷さんは色っぽい。
可愛いが…彼女には残酷なことを伝えておかないといけない。
「お疲れ様です、美鈴さん。
燐羽さんには後で好きにしていいって言っておいたので、気を付けてくださいね」
「なんでそんなこと言ったんですか!」
「そうでもしないと、レッスンに戻ってくれなさそうだったんです。
大丈夫ですよ、寮なら他の方もいるので、燐羽さんも止まるでしょう」
「……止まらなかったら恨みます」
「骨は拾います」
「もう!」
ようやく復帰した秦谷さんが顔を真っ赤にしてぽかぽかと叩いてきた。
だが、やる気を出して賀陽さんが篠澤さんを鍛えるためには必要だったので諦めてほしい。
なお、藤田さん倉本さんペアは、元々比較的まともにレッスンをしていたので、賀陽さんが正気に戻ったらレッスンに戻っていた。
これでこっち側はとりあえず大丈夫そうだ。
反対側は……。
「聞くまでもないですが、どちらが勝者かその口で言ってもらいましょうか。
さあ、花海咲季!」
「ぐ、ぐうううううううううううううううううう!!!
わたしの負けよ!」
「―――――――(ゾクゾクゾクッ!!」
うわぁ…花岡さんが、他所にお見せできないぐらい恍惚の表情をしている。
なんか前よりもレベルが上がってないか?
悪い意味で。
勝利の余韻を味わうとばかりに、暫くそのままウットリした表情を浮かべ、息を吐いた。
「はぁ…勝利ってなんて素晴らしいんでしょう。
何度味わっても、この高揚感に勝るものはないです」
「く~~~~や~~~~~し~~~~~い~~~~~~~!!!」
「あーっはっはっはっはっは!!
雑魚がぁァアアアアアアアアア!!!」
「く、くぅぅううううううううううう!!!」
ここまで悔しがる人も珍しいからだろうか、花岡さんが天狗になってる。
鼻を高々と伸ばして、煽って勝ち誇っている彼女はイキイキしていた。
反対に咲季さんは半泣きになってる。
流石にそろそろ止めようかと思ったが、先に月村さんが間に入った。
「うわぁ…ミヤビ、流石に言いすぎ。
入学したばかりの新入生に勝ったぐらいで、調子に乗りすぎじゃない?」
「別にいいでしょう?
何せ、内部進学組だからって偉そうにしないでほしいって言っていたのですから、同じ扱いをしてあげないと可哀想です。
たとえ、どれだけ実力差があったとしても、ね」
「あなた、ほんっとうに性格悪いわね!」
「んー! 負け犬の遠吠えが気持ちいいです!」
「うぐぐぐぐぐぐぐ!!」
「ミヤビまで美鈴みたいなこと言ってる」
月村さんが真っ当なことを言っている。
…この様子なら下手に割って入らない方が良いかもしれない。
もう少し様子を窺っていると、佑芽さんも花岡さんに飛びついた。
「すごいよミヤビちゃん!
お姉ちゃんに勝っちゃうなんて!」
「当然の結果です。
素人の中で1位だっただけの人に後れを取るわけがありません」
「ぐっ…でも、想定内よっ!」
咲季さんの口ぶりに、花岡さんは冷ややかな目を向けた。
「へぇ?
また言い訳ですか?」
「言い訳じゃないわ。
わたしよりもず~っと早くから、本気でアイドル活動に取り組んできた人たちが、たくさんいるんだもの!
いまのわたしが、いきなり全員に勝てるなんて、一番になれるなんて、思ってなかった……!」
「それにしては悔しそうじゃん。
私に負けた時も半泣きだったし」
「悔しいに決まってるでしょ!
わたしは負けるのが世界で一番嫌いなの!」
妹の前だからか、涙を流すまいと必死にこらえているが、涙目になっているのは誰が見ても明らかだった。
「くやしい、くやしい……悔しい悔しい悔しい悔しい~~~~~~~~~~~ッ!」
呟きは徐々に叫ぶようになり、鬱憤を晴らすように叫んだ。
その姿に、思わずレッスン室にいる全員の視線が集まる。
地団太を踏みかねない勢いで悔しがっている彼女に手を差し伸べたのは、意外にも花岡さんだった。
「…あなた、気が合いそうです」
「ぐすっ…なによ?
まだ言い足りないの?」
「違います。
…
そのための努力は惜しみません…花海咲季!」
花岡さんは、咲季さんがさっきしていたように、びしっと彼女に向かって指を突き出した。
「あなたのこれまでの努力は、あなたのダンスに表れていました。
アイドルは初めてだと言ってましたが、積み重ねた努力は裏切りません。
アイドル以外でやってきた、その努力はアイドルでも利用できます。
あなたが、これから誰にも負けたくないというのであれば……
「…どういう風の吹きまわし?
さっきまで、散々人のことコケおろしてくれた癖に」
「それはあなたの態度が目に余ったからです。
あなたがこれまで努力をしてきた様に、
あなたが軽々しく吐いた言葉は、
「ち、ちが…そんなつもりじゃ…」
思わず首を振る咲季さんに、花岡さんは頷いた。
「勝負をした今なら、その意図がなかったのだとわかります。
あなたは……良くも悪くも、実直すぎる。
クラスでも浮いて当然です」
「うぐっ…!
で、でも、手毬も同じじゃない!」
「あれはそういう生き物です」
「は? どういう意味?」
「一匹狼は一人でいろってことです。
クールなあなたにはぴったりでしょう?」
「……一匹狼…!」
言葉の響きに目をキラキラさせて喜んでいる月村さんを他所に、他の3人が内緒話をしている。
「この子、単純すぎない?」
「まあ、これで可愛いところもあるんです」
「あ、あはは…手毬ちゃんのこと、別のクラスなのにだいぶわかってきたかも」
一人で満足げにしている月村さんを傍目に、3人の団結力が深まっている。
意外な3人だ。
何せ、私が知っている時の『GOLD RUSH』では、少なくともこの3人の絡みはない。
いや、それを言ったら花岡さんが咲季さんを気に入り始めたあたりから、もう何もかも知らない『世界』だ。
「こほんっ。
話を戻しますが、このままだと、あなたは
「……考えたくもないわ。
でも、それが今のわたしの実力ってことは、わかった」
「あれ、ミヤビちゃんも、すごい人って聞いてたけど…?」
「当然!
が、他の子たちも
編入したばかりのあなたたちで勝てるような相手だとは思わないように」
実際、花岡さんが言っていることは正しい。
内部進学組は、これまでの過酷な中等部のレッスンを乗り越えて進学してきた生徒たちだ。
編入試験で首席だったとはいえ、実力の差ははっきりしている。
「でも、花海咲季。
あなたも、負けたくないのでしょう?」
「当たり前でしょ!
わたしは勝つのが好き。
強いやつに勝つのが、わたしに勝ちうるやつに勝つのが好き!
負けるのは、大! 大! 大っ嫌いよ!」
「
ですから、
……意外、でもないか。
花岡さんは実はこう見えて面倒見がいい。
師匠である雨夜さんに似たのかもしれない。
「……気持ちは嬉しけど、理由を聞いてもいいかしら?」
「同じ負けず嫌いなもの同士、協力……いや、
アイドル未経験、という割には、入学2日目にして
師匠が言っていました、指導は自らを客観視し、律することに繋がる、と」
「……なるほど。
わたしがあなたから手ほどきを受けて、あなたはわたしの動きを見て学ぶ。
…でも、理由ってそれだけ?」
咲季さんの疑問に、花岡さんは少し顔を背けたまま続ける。
「………
同じクラスメイトとして、手伝ってあげたいと思っただけです」
「そう。
あなた、見た目より優しいのね」
「見た目より、は余計です。
「いや、おしとやかは嘘だろ」
「そこ!
うるさいです!」
藤田さんのツッコミに素早く反応したが、藤田さんはスルーして倉本さんの指導に戻った。
相変わらず仲が良いな。
「それで、受けるのか受けないのか、はっきりしてくれます?
「よろしくお願いします! 先輩!」
「即答で……先輩?」
「アイドルとしての、尊敬する先輩という意味よ!」
「
呼ぶなら、師匠と呼びなさい」
「わかったわ、師匠!」
「…………なるほど、弟子というのもいいものです」
花岡さんは感慨深そうに呟いて、そのまま咲季さんのダンス指導に移った。
一時はどうなるかと思ったが、やっぱり任せて正解だったか。
こういう着地の仕方をするとは思わなかったし、まずそうなら止める気ではいた。
が、負けず嫌いの勝利中毒者で似た者同士……
それに、お互いに超が着くほどの努力家。
きっかけ一つで打ち解けるのではないかと思ったが、見立て通りだった。
ふと隣に視線を向けると、月村さんの隣にいる佑芽さんが衝撃を受けたような顔をしたまま固まっている。
「お、お姉ちゃんに師匠ができちゃった…」
「ふーん……花海…紛らわしいな。
佑芽、私が歌を教えてあげるよ」
「え! いいの? 手毬ちゃん」
「燐羽たちも同じようにしてるし、私がしちゃダメな理由もないでしょ。
中等部No.1の歌、教えてあげる」
「やった~~~~~~~!!!
よろしくね、手毬ちゃん!」
意外な組み合わせ…でもないか。
一応、『初星コミュ』では歌を教えるシーンがあった気がする。
だが、あれは明確な目的があってのものだ。
今の月村さんは、周りが弟子を作ってるからそれに乗ってるように見える。
ある意味一番の有力候補の育成になっているのだが……方向性を間違えないようにだけ注視しておこう。
レッスン室内を見渡すと…結構意外な組み合わせで落ち着いた形になった。
篠澤さん、賀陽さん秦谷さん組。
倉本さん、藤田さんペア。
咲季さん、花岡さんペア。
佑芽さん、月村さんペア。
秦谷さんは何だかんだ、ヘロヘロで死にかけている篠澤さんを見ていられなかったようで、そっちの補助に入っている。
今は、正気に戻った後もシバかれ続けた篠澤さんが、幸せそうな顔をして倒れ、秦谷さんが介抱していた。
賀陽さんも、少し無理させすぎたかしら、と言って見守っている。
倉本さんと藤田さんは、意外なことに藤田さんがきちんと教えられている。
教える側になることはこれまであまりなかったはずなのに、倉本さんにわかりやすいように……いや、倉本さんの立場に立って教えていた。
多分、これまで『SyngUp!』に教えてもらったことを思い出して、教えていたのだと思う。
咲季さんと花岡さんは、花岡さんが率先して見本を見せ、咲季さんがその動きを真似ていた。
先の勝負である程度分かっていたのだろうが、恐らくどこまでできるのかを確かめるためだろう。
勝負の時は『初』だったが、今は『冠菊』の振り付けだ。
飲み込みが早い咲季さんは、すごいスピードで花岡さんのダンスを吸収していった。
佑芽さんと月村さんは、月村さんが教えるのに苦労している。
「声の出し方が違う!
もっとおなかに力を入れて!」
「はいっ!」
飲み込みが早い咲季さんとは対照的に、中々覚えられないのが佑芽さんだ。
教えるのは相当大変だと思うが……逆に言えば、彼女にもわかるように教えられれば、月村さんは自らの歌唱のコツを言語化できるようになるだろう。
……よかった、プランは何とか持ち直したようだ。
全体的にいい方向に向かっている。
咲季さんが来たときは、『彼』のプロデュースするアイドルがいなくならないか、内心かなり不安があったが何とか解決してくれて本当に良かった。
それに、担当アイドルたちに先んじて『プラン』を打ち明けていたからか、
……みなさんには頭が上がらないな。
この分なら…
花海咲季
殴り込みに行ったら、返り討ちにあってぼこぼこにされてしまった。
が、仲良くなれそうな友達(師匠)ができて、なし崩し的にレッスンに参加することに……?