『SyngUp!』のプロデューサーは足を引っ張ると殺される   作:プロデューサー科のもの

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126話目

 

 順調に授業を受けた放課後。

 レッスンの最初だけ立ち合い、仕事があるので事務所に戻っていた。

 

 今日のレッスンの参加者は少なく、1-1のメンバーはクラス会をやるとのことで、終わった後に参加するらしい。

 咲季さんは昨日の勝負で負けたことで、藤田さんに1日時間をもらうことになっていたから、拒否できなかったのだろう。

 月村さんも藤田さんに頼まれた口だ。

 

 そのため、1-2のメンバー(秦谷さんを除く)と、3年生組だけになっている。

 賀陽さんが篠澤さんを、十王さんが倉本さんを、雨夜さんが佑芽さんのサポートに入りながら、有村さんは全体のサポートをしつつ、自主練がメインという形だ。

 

 篠澤さんは苦しくも楽しそうに、倉本さんは恐れ多いとばかりに動きが固く、佑芽さんは怒鳴り散らされても元気いっぱいだった。

 

 だが、サポートをしている彼女たちも自分たちのレッスンをしたいに違いない。

 これからの彼女たちのサポートのプランが整ったら、早いうちに戻ろう。

 

 それに…間に合わせるためには衣装の発注も必要だ。

 ある程度のデザインは思(・)い(・)出(・)し(・)て(・)固めてあるので、早いところ準備をしてしまおう。

 サイズ合わせも必要だから、それとなく秦谷さんあたりに聞いてもらおう。

 

 そう考えていると、事務所のドアが不意にノックされた。

 誰とも約束はしていなかったはずだが、居留守を使う理由も見当たらなかった。

 

「どうぞ」

「失礼します」

 

 入ってきたのは、学Pさんだった。

 手には菓子折りを持っている。

 

「おや、学Pさん。

 いかがなさいましたか?」

「正式に姫崎さんのプロデュース契約を結ぶことができたので、それのお礼をと」

「律儀ですね。

 気にしなくても…とは思いますが、断るのも野暮なので受け取っておきましょう」

 

 彼が持ってきてくれた菓子折りを受け取り、そのまま机の上に乗せる。

 彼はまだ話があるようで、私の正面の席に腰を下ろした。

 

「他にもご用件が?」

「ええ……俺も事務所を構えることになったので、ご挨拶にと」

「それはおめでとうございます。

 ……挨拶、ですか?」

「ええ、隣なんです」

「………それは何ともまあ」

 

 なるほど、彼も教職員から嫌われてしまったのか…いや、私が悪いなこれ。

 

「申し訳ありません、恐らく私のせいです」

 

 私は彼に頭を下げた。

 彼は困惑した表情を一瞬浮かべる。

 

「…話が見えませんが、どういうことですか?」

「まず、一つ。この教室が非(・)常(・)に(・)不(・)便(・)だ(・)と(・)い(・)う(・)こ(・)と(・)。

 プロデューサー科の奥底に追いやられたこの教室は、どう移動するにも勝手が悪い。

 拠点がここにある以上、頻回に戻る必要がありますし、ここに来る人はわざわざ私に用があるような人ぐらいしか来ないので、人気も基本ありません」

「…確かに、立地は良くなさそうです」

「第二に、隣の教室は今まで誰も入ってなかったということ。

 私がここに追いやられたからか、隣の教室を希望する者がいなかったのか、ずっと空室のままでした。

 そこにあなたが追いやられてしまったのは…恐らく、入学した間もない時期に私と話したことが原因でしょう」

「……確かに、既にプロデューサー科で噂になっていますね。

 新入生が、いきなり『黒幕(フィクサー)』に殴り込みをかけたと」

「訂正しないので?」

「しても意味ないでしょう。

 ああいう噂は、否定すればするほど尾ひれがつきます」

「違いない」

 

 彼の疲れ切ってげんなりした顔に、思わず笑みが零れてしまう。

 くつくつ笑っていると、彼は苛立ちを交えて吐き捨てた。

 

「笑い事ではないのですが」

 

 その彼の声で、私も襟元を正した。

 

「そうでした。

 …良くも悪くも、私たちは……『引力』に引(惹)かれ合うように、出会ってしまった。

 それによってあなたに不都合を被らせてしまったことは申し訳なく思っています」

「……いえ、俺が自分から望んだことです。

 こちらこそ、申し訳ありませんでした」

「謝罪はいりませんよ…話を戻しますが、どうやら去年の今頃の私同様、あなたも教員の方々から良く思われてないようです。

 全員が全員というわけではありませんし、ただの厄介払いで隣の教室を押し付けられただけの可能性もありますが、気に留めておいた方がよいかと」

「…ご忠告ありがとうございます。

 先輩はそうだったんですか?」

 

 そう言われて、私は1年前の今頃……『私』がこっちに来てすぐのことを思い出した。

 

「学Pさんの教室に備え付けられている物を教えてもらってもいいですか?」

「? ゴミ箱、冷蔵庫、モニター、書類棚、ホワイトボードに黒板、デスク、モニター、机と椅子…ぐらいですね」

「私が来た時のここは、机と椅子、備え付けの黒板、掃除用具ぐらいしか物がなかったんですよ。

 部屋の掃除と、備品の発注が最初の仕事でした」

「……何をやったんですか?」

「実質、最初の1週間を無意味に、無駄に過ごしました。

 ある意味有望視されていたのだとしたら、反感を買っても仕方ないでしょう」

「それだけの理由で?」

「さあ?

 特に興味もないので、それ以上は調べていません」

 

 これは嘘だ。

 実際は、既に入念に調べ終わっているが…自業自得の面もあるし、あまり初星学園の汚い部分を見せる必要もないだろう。

 

 第一、当時は面倒だったが今はそうでもない。

 

「それに、住めば都と言いますし、今はこの教室も気に入っているんですよ」

 

 言いながら、壁に向けていたそれを、室内にめぐらす。

 そこにある品々はどれも使い込まれている。

 それら全てに思い出があり、私からすれば、これまで得ることができなかった、かけがえのないものになっていた。

 

 その上、この教室には他に無い利点もある。

 

「人目が付きにくい、というのも、逆に言えば人が来るタイミングを察知しやすい。

 邪魔が入りづらいので、担当アイドルたちとの思い出もいっぱい作れました」

「そこで寝ている秦谷さんのように?」

「ええ、可愛らしいでしょう?」

「……否定はしませんが、アイドルとしてはいかがなものかと」

「アイドルの個性は千差万別です。

 彼女のこれは、個性で……実際、頑張りすぎている美鈴さんは、弱体化するんですよね」

 

 思い出したのは…『初星コミュ』での『秦谷美鈴』。

 彼女も、当然魅力的な人物だったが、のんびり歩いている方が彼女らしい。

 

 走って追いかけてくる秦谷さんより、笑顔を携えながら余裕たっぷりにゆっくり歩み寄ってくる秦谷さんの方が怖いだろう。

 

 『ひかりのたま』で『闇の衣』を剝がされるようなものかもしれない。

 外見だけなら清楚系なのに闇属性が似合うとは、これは如何に……曲を考えたら納得できるが。

 

 学Pさんも、きょとんとした顔で繰り返す。

 

「弱体化」

「弱体化です。

 頑張りすぎデバフかもしれません。

 素行は最悪、傲慢さがカンストの根っからの不良児なので。

 美鈴さんは別に寝るのが好きではありますが、それ以上にサボる行為そのものが好きなんです。

 お休みの日は早起きしてお出かけしたりすることも、普通にありますから」

「…冗談ですか?」

「まさか。

 担当アイドルのことで、下手な嘘はつきませんよ」

「へぇ…プロデューサーは、わたしのことをそんな風に思っていたんですね」

「まあ、闇の『VEIL』を纏っていると言っても過言ではないので、何も間違ってないと思うんですよね。

 可愛らしさは十分にありますが、そこはかとない邪悪さもありますし」

「まあ……」

 

 ………ん?

 

「………学Pさん、今のって…」

「俺は何も言ってません」

 

 少し顔を青くしている彼を見て、私は己の失態を自覚する。

 ゆっくりを後ろを振り返ると、そこには、目のハイライトを消した秦谷さんがいた。

 いつの間にか、布団から出ていたらしい。

 

「おはようございます、美鈴さん」

「おはようございます、プロデューサー。

 弁明は?」

「ありません。

 優しく殺してください」

「ふふ、客人の前でそんな野蛮なことはしませんよ。

 後で覚えておいてくださいね」

 

 じっとりとした視線が私の体に突き刺さる。

 言いたいことはわかりますね、と言わんばかりの圧に屈した。

 

「……何でもしますので、どうか矛を収めてください」

「言質は取りました。

 楽しみにしていますね」

 

 私の言葉は彼女の求めていたもので合っていたらしい。

 満足そうに頷いた彼女は、私から視線を外し、私の隣に腰を下ろした。

 

「自己紹介が遅れてしまいました。

 高等部アイドル科、1年2組の秦谷美鈴と申します」

「プロデューサー科1年、弟月学です。

 どこから聞いていたのかわかりませんが、お隣に事務所を構えることになったので、ご挨拶に参りました」

「これはご丁寧にありがとうございます。

 今お茶を御用意しますね」

「いえ、これ以上長居するつもりはありませんので、お気になさらず」

「あら、そうだったのですか?」

「ええ、では先輩。

 お手を取らせてしまい、申し訳ありませんでした」

「こちらこそ、今後ともよろしくお願いいたします」

 

 彼が立ち去ろうとしたときに、意外にも秦谷さんが声をかけた。

 

「弟月Pさん」

「? いかがなさいましたか?」

「あまりこういうことを口にするものでもないとは思うのですが…姫崎さんはわたしが尊敬する大切な先輩です。

 大切にプロデュースしてくださいね」

「必ず、トップアイドルにして見せます」

「それは叶いませんよ。

 トップアイドルになるのは、わたしたちですから」

 

 にっこり笑顔で言い放った彼女とは対照的に、顔が引き攣ったのは学Pさんだった。

 すぐにいつもの調子に戻したが、同情するようなまなざしを私に向けている。

 

「…………先輩が言っている意味、よくわかりました」

「可愛いでしょう?」

「恐ろしいです」

「プロデューサー?

 弟月Pさん?」

 

 にっこりと笑顔なのに怖いのは、私だけではなく彼もだったのだろう。

 再び彼が部屋を出ようとして……ドアの前で立ち止まって振り返った。

 

「先輩、最後に俺からも」

「? ええ、どうぞ」

「『初星学園の黒幕(フィクサー)』の噂をこれまでいくつも見聞きし、調べてきましたが…噂は噂でしかないということがよくわかりました。

 あなたは入学式の時、自分を参考にしてはいけないと言っていました。

 ですが…俺からすれば、参考にするべき先輩であることには変わりない」

「……そう、でしょうか」

 

 彼からすればそう見えるのかもしれない。

 だが、それは『彼』を見ていたからこそできてきたことで、私だけの力ではない。

 

 プロデューサーとしては、未だ未熟でまだまだ身につけなければいけないことが多いと、自覚はしている。

 

 しかし、彼は私の思いを知ってか知らずか、否定した。

 

「『H.G.F』を見た時から、そう思っていました。

 現にあなたの担当アイドルは、あなたに絶大な信頼を寄せている。

 恐らく、昨日の話の時も起きて俺たちの話を聞いていたのではないですか?」

 

 彼は、視線を秦谷さんに移した。

 秦谷さんは暫くその彼の瞳を覗いていたが、やがて目を一つ瞑って口だけを開く。

 

「……さあ、どうでしょう?」

「否定をしないだけで結構です。

 …先輩」

「はい」

「『H(・).(・)I(・).(・)F(・)』には間に合わせます。

 楽しみにしておいてください」

「……本当に、楽しみにしていますよ」

 

 …そうか。

 彼は、私の目的を看過したのだろう。

 ヒントは散りばめていたが、この短期間で良く把握しきったというべきか。

 

 思わず口角が上がってしまう。

 彼は私の目論見を理解した上で、それに乗っかってくれているのだ。

 

「では、これで失礼します」

「ええ、ありがとうございました」

 

 一礼して立ち去る彼を、私と秦谷さんは笑顔で見送った。

 と言っても、隣に帰るのだろうが。

 

 机の上の菓子折りを片付けながら、秦谷さんは呟くように零した。

 

「彼は強敵ですね」

「それは違いますよ、美鈴さん」

「なぜでしょう?」

「『敵』、ではありません。

 ライバルでしょう」

「…それもそうですね。

 姫崎先輩は、良き先輩で、ライバルです」

 

 秦谷さんと二人で笑い合う。

 彼女と私ではその意味が異なっているかもしれないが…結果は同じだ。

 

 そう、『(・)敵(・)』(・)は(・)既(・)に(・)排(・)除(・)し(・)た(・)。

 …されていた、と言った方が正しいか。

 今の私に『敵』はいない。

 文字通り、私は『無敵』になったからね。

 

 だから、これから彼女たちに立ちはだかるような相手がいたとしても、それは『敵』ではない。

 乗り越えるべき『試練』であり、『ライバル(とも)』なのだ。

 

 秦谷さんとお互いの認識を擦り合わせて、顔見合わせると彼女の瞳に熱が宿っていることに気づいた。

 

「プロデューサー」

「いかがなさいましたか?」

「少し、レッスンをしてもいいでしょうか?

 久しぶりに、わたしの中に火が灯ってしまったようです」

「無理に走る必要はないですが…そういうわけではありませんね」

「ええ。

 あなたの言うことが正しいのであれば、姫崎先輩はわたしたちの強力なライバルになるのでしょう?

 あなたが優秀だというプロデューサーが、『H.I.F』には間に合わせる、と言ったのですから」

 

 彼女の瞳に宿る炎は、単なるモチベーションが向上したからか、焦燥感からか。

 前者はともかく、後者なら……同行した方が良いな。

 

「では、レッスン室に行きましょうか。

 他の方々は既に始めていますから」

「承知しました。

 では、参りましょう」

 

 そのまま事務所の鍵を閉め、私たちはレッスン室に向かった。




弟月学

正式にプロデュース契約を結び、事務所を構えることができたが、なんとお隣さんが『黒幕の住処(魔王城)』だった。
場所を把握してから、さらに『黒幕(フィクサー)』の噂を精査しているうちに、彼が公言しているプランの存在を知る。

狙いに乗るのは癪だが、最後に勝てばいいと判断し、彼に宣戦布告を行った。
まず最初に目指すは、『定期公演 初』だ。
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