『SyngUp!』のプロデューサーは足を引っ張ると殺される 作:プロデューサー科のもの
途中で寮に戻って着替えてきた秦谷さんを引き連れてレッスン室に向かい、中に入ると、当然ながらレッスン中だった。
変わったことと言ったら、篠澤さんが力尽きて倒れ伏しているぐらい。
私たちに気づいた雨夜さんが物珍しそうな顔をした。
「む、秦谷か。珍しいな、この時間に秦谷がくるとは」
「あ、美鈴ちゃん!
美鈴ちゃんもレッスンに来たの!?」
「はい。少しだけですが…やる気が出たので」
「じゃあ、一緒にレッスンしよう!
美鈴ちゃん、すごいアイドルって聞いてたのに、ぜんっぜんレッスンにこないから…」
「無理なレッスンは、わたしの好みではありませんから。
それに、噂は嘘かもしれませんよ?」
「それはないよ!
あたしの勘が、美鈴ちゃんはすごいアイドルだって言ってるもん!!」
「勘…ですか?」
「うん、勘! よく当たるんだよ!」
秦谷さんは怪訝そうな顔をしているが、無理もない。
佑芽さんの感覚には論理性はない…が、それをそのまま受け止めることも、一蹴することも、まだ仲の深まり切ってない彼女は判断しきれないのだろう。
「…ふふ、佑芽さんは面白いですね」
「ええ~~~~!?
そんなに変なこと言ったかなぁ…」
「二人とも随分と余裕があるじゃないか。
…秦谷、久しぶりに勝負でもするか?」
いつぞやの借りを返したい雨夜さんが挑発的に秦谷さんを誘うと、彼女は嬉しそうに承諾した。
「ええ、いいですよ。勝つのはわたしなので」
「抜かせ」
「え、美鈴ちゃんと副会長が勝負!?
わぁ~~~~~~!!!」
勝負と聞いて目をキラキラと輝かせている佑芽さん。
花海姉妹は勝負好きなので、こういう反応が自然なのだろうか。
話を聞きつけて、篠澤さんに肩を貸したまま、賀陽さんも輪に加わった。
「美鈴、ずいぶんやる気じゃない? 何かあったの?」
「ちょっとした運動ですよ。
寝起きのウォーミングアップ、というものです」
「ほう…」
雨夜さんのこめかみがぴくぴく引き攣った。
キレる3秒前と言ったところか。
騒ぎを聞きつけて、倉本さんと十王さんもいつの間にかレッスンを中断していた。
雨夜さんの表情を見て、十王さんも顔が引き攣っている。
「み、美鈴? 燕が凄い顔をしてるわよ?」
「ふぅ…ふぅ…美鈴の勝負、見たい。
燐羽、少し休憩にしよう」
「…そうね。いい機会だから、見ておきなさい。
滅多に見れない、美鈴の本気が見れるわよ」
「そうね…千奈!
私たちも休憩がてら、見学しましょう」
「はぁ……はぁ……はい!
星南お姉さま!」
「燕と美鈴の勝負か…。
ボクも見させてもらうよ」
有村さんも加わり、いつの間にか雨夜さんと秦谷さんの勝負の立会人が増えてしまった。
…レッスンも大事だが、確かに新入生たちにとっては今の彼女たちの世代のトップを見ておくいい機会。
3年生にとっても、『H.I.F』で迫ってくる後輩と、確実に上位に来る
私はスマホをスピーカーに接続し、いつでも始められるように準備を整え始めた。
「曲はどうする?」
「『ENDLESS DANCE』にしましょう」
秦谷さんの言葉は、雨夜さんどころか、その場の空気を凍り付かせるのに十分だった。
何故かを理解していない、補修組だけが空気の変化を察し、狼狽えている。
私も口を挟もうとしたが、それよりも早く雨夜さんが動いた。
雨夜さんの視線が人一人殺せるぐらいに鋭く、秦谷さんを射抜いている。
「…舐めているのか?
私の得意曲だぞ?」
「舐めてなどいませんよ。
わたしたちは『SyngUp!』、ソロではなくユニットです。
ユニットで歌唱する曲のレパートリーは増やしておきたいですから。
この機会に参考にできる先輩と勝負した方が、身になる、というものでしょう?」
…秦谷さんは本当に『SyngUp!』のことが好きだな。
『ENDLESS DANCE』はソロでの歌唱も多いが、ユニットでの歌唱も多い。
『学マス』では、ユニットで歌唱する方が多いぐらいだ。
……私は、未だに『SyngUp!』のユニット曲を作成していない。
いや、
それは、私が曲を思い出すことでしか作れないからだ。
いずれは彼女たちにオリジナル曲を用意したいと考えているが………いつになることやら。
それもあって、彼女たちのユニット曲のレパートリーは実は多くない。
恐らく彼女の言葉は、それを考慮してのものだろう。
……だが、それを知っているのは私と賀陽さんぐらいだ。
先程まで射殺すような視線を向けていた雨夜さんが、一転して心配そうな目を彼女に向けている。
「………大丈夫か、秦谷?
熱はないようだが」
「まあ…雨夜先輩がわたしのことをどう思っているのか、よくわかりました」
「日頃の行いを顧みろ。
…まあ、そういうことならいいだろう。
準備はできているか、プロデューサー!」
「つつがなく」
「先は譲ってやろう。
私が先だと、差を見せつけてしまうからな」
「では、遠慮なく」
「―――始めます」
用意していた『ENDLESS DANCE』の音源を流し始める。
曲に合わせて秦谷さんが、完璧な振りで歌い始めた。
その完成度の高さは、十王さんと雨夜さん、有村さんはもちろん。
新入生の、篠澤さんたちもわかるぐらいのものだったのだろう。
目を輝かせて秦谷さんの『ENDLESS DANCE』を見ていた。
「―――ふぅ。
いかがでしたでしょうか?」
「なかなかやるな。
流石と言ったところか」
「美鈴ちゃん凄~~い!!
すっごい綺麗で、カッコよかった~~~~!!!」
「中等部のトップって言われるのも納得。
燐羽も同じぐらい?」
篠澤さんがとんでもない爆弾を投げた。
私が止める間もなく、賀陽さんが反応した。
「あら、私の方が上に決まってるじゃない」
「まあ、りんちゃん、
「いつの話をしてるのかしら?
今もまだ勝てると思ってるのなら、随分おめでたい頭ね」
「まあ…」
秦谷さんの顔に影が落ちる。
倉本さんはその顔が見えてしまったのか、怯えている。
そんな二人に十王さんが割って入った。
「ちょ、ちょっと燐羽! 美鈴!
まだ燕との勝負中でしょう?」
「…そうでした。
先にこちらから、でしたね」
「相変わらずふざけたやつらだ。
…引導を渡してやる」
雨夜さんの準備ができたのを確認して、私は再び音源を流し始めた。
…素晴らしいな。
『H.G.F』の時よりも、さらにレベルが上がっている。
冬の『H.I.F』の時のことを考えれば当然ではあるが、それに…十王さんの視線も、徐々に鋭いものに変わっている。
自分にすぐに追いつき…追い越しかねない相手が、全力のパフォーマンスをしているのだ。
その気にならない方がおかしいだろう。
秦谷さんは少し悔しそうに、賀陽さんも感嘆の息を漏らした。
補修組の3人も、先ほどの秦谷さんのライブを見ていた時のように目を輝かせている。
秦谷さんのように綺麗さではなく、カッコいいスタイリッシュさ。
『ENDLESS DANCE』には、こっちの方があっているかもしれない。
…思わず私がそう思ってしまうほどのパフォーマンスだった。
「―――ふぅ。こんなものか。
どうだ秦谷?」
彼女自身の自信の表れが、その言葉に出ていた。
秦谷さんは少し考えて、観念したように口を開く。
「……悔しいですが、今回は勝利をお譲りします。
ご指導、ありがとうございました」
「はーっはっはっはっは!
そうだろう!
いつまでも負けたままではいられんからな!」
秦谷さんの敗北宣言は、雨夜さんの溜飲を下げるには十分だった。
いつぞやの花岡さんのように、嬉しそうに高笑いする彼女の姿は、十王さんと有村さんが引き気味になるぐらいには、テンションが高い。
そのせいで、余計なことまで言っていることに、彼女はまだ気づいていなかった。
「副会長すご~~い!
さっきの美鈴ちゃんに勝っちゃった!!」
「それよりも…負けたままではいられないって、燕、美鈴に負けたことあるの?」
篠澤さんに冷や水をかけられた雨夜さんは、上がっていた口角を下げて、苦しそうに吐き出した。
私たちは知っていることだが、『H.G.F』のライブを見ていなかった彼女たちからすれば、知らなくても無理はない。
「……癪だがな。
以前行われた『H.G.F』というイベントで…勝敗を明確にはしていなかったが、事実上の敗北を喫したのだ」
「ええええええええええぇぇぇぇぇぇぇ!!
そ、その時の美鈴ちゃんって、中等部の時だよね!?」
「中等部の生徒が、高等部の雨夜先輩に勝っちゃったんですの!?
す、凄すぎますわ~~~!!」
「ああ、あの時の私は慢心もあったが…それ以上に、秦谷の方が上手だった。
今の勝負もそうだ。
私の得意曲だったから、こうして勝利したと実感しているが…お互いの持ち曲同士の勝負であれば、審査員を用意する必要があっただろう。
それぐらい、私から見た秦谷は強敵だ」
「ふふ、嬉しいことを言ってくれますね。
次は負けませんよ」
「望むところだ。次も私が勝つ」
雨夜さんと秦谷さんが握手をする。
勝負をしてもなお、お互いにその闘志は衰えていなかった。
佑芽さんが嬉しそうに雨夜さんに飛びつき、雨夜さんが落ち着かせようと引き剥がす。
有村さんと十王さんが、フィードバック…感想を彼女に伝えていた。
…そんな中、私の隣に戻ってきた彼女を見て、私は思わず声をかけた。
「美鈴さん、大丈夫ですか」
「……悔しい気持ちが収まりません。
完勝できる、とまでは思っていませんでしたが、負けるつもりは欠片もなかったのに」
「驕りすぎです。
確かに、去年の雨夜さんになら勝っていたかもしれませんが、目を覚まして本気で駆け上がっている彼女に、彼女の得意分野で挑むのは、慢心しすぎですよ。
美鈴さんには美鈴さんの強みがあるのですから…持ち味を生かさないといけません。
それに…先ほど、美鈴さんも言った通りユニットなのですから、一人で勝つ必要もないでしょう」
先程の事務所での昂ぶりをそのままぶつけて生まれた勝負。
それは、秦谷さんにとって苦いものになってしまったが…今のうちに経験をしてもらってよかったかもしれない。
勝って学ぶこともあれば、負けて学ぶこともある。
前者よりも後者の方が覚えが良いことは、これまでの人生経験からもよくわかっていた。
「…そうですね。
気づかぬうちに、驕っていたようです」
「いつもでしょ。
その悔しそうな顔が見れて清々したわ」
「まあ…りんちゃん、久しぶりに、喧嘩をしませんか?」
「いいの?
次に負けたら、泣いちゃったりして」
「思い知らせてあげます。
わたしが上で、あなたが下です」
気が付いたら始まった、第2戦。
その上、お互いに本気で序列を付けようとしている。
秦谷さんと賀陽さんが目で合図を送ってきたので、私は曲を流し始めた。
『ツキノカメ』を歌う秦谷さんと、『太陽』を歌う賀陽さん。
いつの間にか、彼女たちの勝負に全員手を止めて、魅入っている。
その勝敗は……お互いに自分が勝ったと譲らない。
私からしても、一歩も譲っていなかった。
「プロデューサー、わたしの勝ち、ですよね?」
「プロデューサー、私の勝ちよね?」
「……引き分け、としましょう。
甲乙つけがたい、良い勝負でした」
「むぅ…」
「はぁ?」
予想はしていたけど、納得してくれないな…。
「みなさんはどう思いますか?」
「こっちに振らないで頂戴!」
私のキラーパスに思わず悲鳴を上げる十王さん。
だが、既に賀陽さんと秦谷さんの2人は、ターゲットを移している。
「会長は、どっちだと思いますか?」
「どっちか、答えてくれるかしら?」
「………そうね。
私の見立てでは、燐羽の方が、ほんの少しだけ上だったわ」
「ほら見なさい」
賀陽さんはふんぞり返るように胸を張るが、秦谷さんは意にも介さないで次のターゲットに視線を移す。
「では、雨夜先輩はどう思いますか?」
「……秦谷だ。
ツキノカメ…初めて生で見たが、あの転調を良くそこまで使いこなせるな」
ふっと、秦谷さんは賀陽さんに勝ち誇る。
賀陽さんはあなたがその気ならと言わんばかりに、次に移った。
「有村先輩は?」
「……ボクも美鈴かな。
太陽のおおらかさも良いと思ったけど、美鈴のダンスの動きはとても参考になる」
3年生たちからの結果は…
「ふふ、2対1で、私の勝ちですね」
秦谷さんに軍配が上がった。
だが、ここには、まだ観客がいる。
「あら、まだ3人いるじゃない。
広はどうかしら?」
「……美鈴もすごいけど、燐羽の歌声が透き通ってて綺麗だった、よ」
「佑芽さんは?」
「う~~~~~ん……。
あたしは、美鈴ちゃんかな…?」
「千奈は?」
「わたくしは……賀陽さんですわ!
太陽…初めて聞きましたが、情景が目の前に浮かんでくるような、素晴らしい歌声でしたもの!」
結果は出揃った。
だが、それが答えを出すに十分だったかと言えば、そうではない。
「……3対3、ね」
「引き分け…ですか」
二人とも溜息を吐いて、再び私に戻った。
「プロデューサー、本当に引き分けですか?」
「引き分けです。
…細かく言うなら、ダンスは秦谷さんの方が仕上がっています。
歌は賀陽さん。ビジュアルは互角、と言ったところでしょう。
後は観た人の好みで分かれるぐらいではないでしょうか?」
私なりの分析を交えて伝えると、2人ともようやく納得したようだ。
ようやく落ち着いた二人は、不満そうな表情を隠しきれていないが、手打ちにすることにしてくれたようだ。
「……致し方ありませんね。
今日はこの辺で勘弁して差し上げましょう」
「こっちのセリフ。
それとも、勝負がつくまでやってもいいけど?」
「それも魅力的ですが…これ以上、みなさんの手を止めてしまうのは心苦しいので、レッスンに戻りましょう。
りんちゃんと二人だけだと、勝敗もつかなそうです」
「……そうね。
広、そろそろレッスンに戻るわよ」
「うん」
突発的に訪れた勝負は、これでようやく落ち着いたらしい。
レッスンに戻った彼女たちを横目に、私も指示を出してからパソコンを開いた。
倉本さんと佑芽さんには、一旦十王さんと雨夜さんの手を離れて、基礎の動きを教えて反復練習してもらうことにした。
様子を見ながら、時折手を止めて二人の動きを矯正したり、口出ししたり。
それと並行しながら、私は今後のことを考えていた。
『総取り』…近いうちに行う予定だが、まだ時期が早い。
花岡さんが、『葛城リーリヤ』、『紫雲清夏』と仲を深めているらしい。
で、あれば……恐らくそう遠くないうちに、異変が訪れるだろう。
それを解決させるために動くことができる人物。
……また、秦谷さんに頼むしかない、か。
サボりにはサボり
雨夜燕
ようやく秦谷に借りを返すことができた満足感と、その後の勝負を見ての焦燥感の両方を味わっている。
勝ちはしたが、相手の全力の本気ではないことを知っている以上、彼女が足を止めることはない。
彼女の一番の獲物は、天高く輝いているのだから。
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