『SyngUp!』のプロデューサーは足を引っ張ると殺される 作:プロデューサー科のもの
私の担当アイドルたちが高等部に進学してから、1週間ほどが経った。
あの後、秦谷さんたちの勝負の件で、それを見ていなかった1年1組のメンツからのブーイングはあったものの、彼女たちがクラス会を終えたころには秦谷さんは既に帰った後。
かなり濃い勝負をして満足した彼女は、30分もしないうちに忽然とレッスン室から消えていた。
あまりにも自然に消えていたので、
なお、事務所に戻ったら可愛らしく眠っていた。
1年1組のクラス会は色々あったらしいが、とりあえず問題なく?終わったらしい。
いや、彼女たちにとってはあったかもしれないが…まあいい。
他にあった特筆するべきことは、1年1組であった初回レッスンの時の話だろう。
トレーナーが見本を立候補で募った時に、月村さん、花岡さんと咲季さんが挙手をし……ついでに、藤田さんも引きずり出してもらった。
おかけで藤田さんは隠したかったようだが、彼女の実力の高さをアピールすることもできた。
事前にトレーナーに伝えていてよかった。
藤田さんはあまり自分の力をひけらかすようなことはしたがらないのだが…今後のことを考えると、少し困ることになる。
なので、彼女には悪いが表舞台に出てもらうことにしたのだ。
花岡さんに煽られた彼女は、彼女に負けないレベルのダンスを披露し、ダンストレーナーが思わず感嘆するほどのものだったそうだ。
やった後に本人は頭を抱えていたそうだが、遅かれ早かれバレることだから諦めてもらおう。
おかげで、次の日に十王さんが彼女たちのクラスに突撃した時も、大きく悪印象を持たれていない………はずだ。
なお、藤田さんに何故か全てバレて、十王さんと二人で正座してお説教を受ける羽目になった。
そんなこんなで日常を送っていたある日、
そのため、今日はレッスン前に、私の担当アイドルたちを事務所に呼びつけている。
放課後になって間もなく、彼女たちは各々の制服のまま事務所にやってきた。
流れるように秦谷さんがお茶の用意をはじめ、他は各々椅子に座った。
秦谷さんがお茶の用意をしている間にも、レッスンの時間が無くなるとばかりに不満げな月村さんが、早速口火を切った。
「プロデューサー、来てあげたよ。
早く済ませてよね」
「ええ…確認ですが、他のみなさんは?」
「先にレッスンをしてもらってるわ。
広は体力づくりメニューよ」
「それは結構」
「プロデューサー、お茶ですよ」
「ありがとうございます」
秦谷さんが淹れてくれたお茶に口をつける。
以前、私が淹れたのと同じ茶葉を使っているはずなのに、こっちの方が美味しいのは、やはりコツがあるのだろう。
私の隣の席には、今資料が山積みになっているので、秦谷さんは月村さんの隣に腰を下ろした。
早くしろと言わんばかりの視線を浴びながらも、少し心を落ち着かせてから…本題を切り出すことにした。
「では、手早く始めましょう。
今後の方針に関しての話です」
「…今後の方針?」
藤田さんが思わずと聞き返したので、私は頷く。
「ええ。
端的に言うと例のプランの詳細、と言ってもいいかもしれません」
私の言葉で、場の空気が変わった。
事前にプランを説明する……こういう時は大抵無理難題を押し付けられると、彼女たちも察してきたのかもしれない。
「…なるほどね。
だから、私たちだけを呼んだわけね」
「そうです。
あのプランは、既に学内では知っている人も多いですが、新入生を含めた知らない人が多いのも事実。
彼女たちに下手な不安や過度な期待を背負わせすぎないためにも、不要な情報は遮断した方が良いでしょう」
「そういうことしてるから、黒幕呼ばわりされるんです。
最初から全部吐いてしまえばいいのでは?」
花岡さんの言葉に全員が頷いた。
まあ、そう言われても仕方ないかもしれない…が。
「みなさんにもしていなかったのに、他の方に洗いざらい吐いていいのでしょうか?」
「今の言葉は忘れてください」
彼女の手のひらはくるくるの回転式らしい。
まあ、人はだれしも時と場合によってはそうなるので無理はないだろう。
それに、あくまで最優先は担当アイドル。
他も可能ならば欲張りたいが、私の中の優先順位は決まっている。
「続けます。
前に少し話しましたが、まず、みなさんは『
「『N.I.A』は『次に来るアイドル』のオーディション…私たちは既に
「その通りです。『H.G.F』で大々的に宣伝しすぎてしまいました。
恐らく出ても、大きな文句は言われないと思いたいですが………折角の新人アイドルたちの成長の芽を潰してしまうのも勿体ない。
であれば…どちらかと言うなら、みなさんが気にかけている
「…なるほど。
それで、
「そういうことです。
教える、ということは、教えられる側だけではなく教える側にもメリットが大きい。
ミヤビさんが言ったことは、私も強く思っています」
他の人たちもそれは感じているようで、ただ教えるだけではなく各々の成長にも結び付いていた。
「…たしかに、佑芽に歌を教えている時、燐羽から教えてもらった時のことを思い出したんだよね。
今まで感覚でやっていたけど、言葉にすると上手く飲み込めたような気がする…」
「あたしも、千奈ちゃんに教えてるときに、みんなから教えてもらったこと思い出してるナー」
「……広はちょっと特殊だけど、教え甲斐はあるわね。
倒れるけど、弱音は吐かないし、根性はあるわ」
それぞれ、自分が教え込んでいるアイドルたちを思い出している。
まだ1週間ぐらいしか経っていないが、仲良くやれているようで何よりだ。
「…」
教え込んでいる者がいない、1人を除いて。
「美鈴はマンツーマンで教えるってタイプじゃないよね」
「本人がいないんだもの。
しょうがないでしょ」
「……プロデューサー」
身も蓋もないことを、他でもないユニットメンバーに言われてしまった彼女は、少し涙目になって私に縋りついた。
だが、当然彼女は彼女で、
「美鈴さんには、後で別件のお願いをする可能性が高いので、今はそれで満足してください」
「むぅ…仕方ありませんね」
「…また美鈴だけ?」
「動いてもらう時は隠さないようにしますよ」
何をするかは…時期が来てからだな。
不満そうにしている月村さんを後目に、私は続けた、
「話を戻しますが、『N.I.A』と…『定期公演 初』も、ですね。
この二つは、初星学園の新入生たちに出番を譲りましょう」
「…じゃあ、私たちはどうしろって言うんですか?
大体の初星の新入生は、その二つのオーディションを最初に受けるでしょ」
「それ以外の外部イベント、オーディション、ライブに参加してもらいます。
資料がこちらに」
そう言って、私は彼女たちに私の隣の席に用意していた資料の山の一部を渡す。
5人分用意しているが、それぞれ完全に同じ資料ではない。
大きなクリップで止められた資料の束を前にして、藤田さんは目を白黒させた。
「………なんです、この束?」
「今の私たちが参加できるライブイベントの一覧、それに参加見込みのあるアイドルのリスト、別件で今来てる仕事のオファーのリスト、現状のスケジュールを加味して誰が何に参加できるか、参加できる見込みのイベントの詳細情報……「もう全部準備が終わってるじゃないですか!」
藤田さんの絶叫に、私以外のみなが頷く。
どこかで十王さんや、学園長がしていた時と同じような反応だ。
「担当アイドルに見せられるような資料にするためには、これぐらいの準備は必要でしょう」
「いや、これ読むだけで時間かなりかかるわよ」
「今すぐ目を通さなければいけないものではないです。
ただ、持ち帰られて無くされるのだけは怖い…なので、それぞれの名前を付けたキャビネットに場所を用意しています。
持ち帰るのが不安な方は、そちらに保管してください」
「本当だ。
いつの間にか名前付いてる…」
月村さんがドン引きしてキャビネットを見ている。
キャビネットの開きの中に、それぞれの名前が入った書類ケースが入っていた。
開き自体には鍵がかかるので、防犯面も万全だ。
賀陽さんは話を完全に理解したと言わんばかりに頷き、私の真意を口にした。
「話は分かったわ。
私たちは『後輩』を育てながら、『先輩』に喧嘩を売ってくればいいってわけね」
「そうです。
外部のイベントは世間一般で言うトップアイドルレベルの方々も参加することがあるもの。
当然、全戦全勝できるほど、軽いものではないでしょう」
今の彼女たちは、トップアイドルと世間から言われるレベルには、まだ足りていない。
そんな中、そのレベルのアイドルたちの中に飛び込むのは、そう簡単ではない。
だからこそ、新入生の初星の生徒は外部イベントよりも、先に内部イベントで頭角を現す方が多いのは自明の理だ。
年齢制限のあるイベントもあるが、若くてもトップアイドルと呼ばれている人もいる以上、完全に排されたイベントは多くはないし、あまり低いレベルの大会に参加しても意味がない。
だからこその話だったが、誰よりも負けず嫌いの花岡さんが呟いた言葉が、私の担当アイドルたち全員の心を一つにさせた。
「……負けたくはありません」
「負けるつもりで挑ませるつもりはありません。
だからこその資料です。
できることを最大限行い……勝利を収めるために、必要な準備はしてきました」
それだけで勝てるほど、簡単なものではないのは百も承知だ。
だが、できることをしないで、負けたと喚くほど情けないことはない。
私にプロデューサーとしての才能はない。
彼女たちのプロデュースだって、『
だが、嘆いているだけなら、時間の無駄だ。
人は誰しも才能があるわけではない。
才能があったとしても、万物に適応した才能を持っている人間はいない。
だから…配られたカードで勝負するしかない。
他にできることと言ったら、その配られたカードをどう効率良く使っていくか、努力するぐらいだろう。
努力が絶対に実を結ぶなんて、そんな簡単なわけがないこともよくわかっている。
ただ、歩むのを止められないだけだ。
「外部のイベントで実力を見せつけることができれば、『初星学園』全体のブランドも上がる。
その間に『定期公演 初』と『N.I.A』では、『
夏の『H.I.F』に向けて、できることを最大限やりたいと考えています」
これが直近の目標だろう。
既に十王さんや雨夜さんは積極的にライブイベントに参加しているし、私の担当アイドルたちも本人たちに許可を取った後で、様々なライブイベントに申し込んでいる。
必然的に初星学園を不在にすることも多くなるから……トレーナーにも話を通している。
藤田さんは驚いていたが、これでも動き出しが遅れた方だ。
進学、進級によって起こった環境の変化に対して時間を使いすぎた……いや、こうやって『引力』によって『
それに合わせるために、対応していた結果だと考えれば仕方ないか。
「…あれ?
佑芽たちが、
「そうです。
『H.I.F』に向けて、役者は順調に揃いつつあります」
「うわぁ…悪い顔してる…」
にっこりと笑顔を向けたつもりだが、藤田さんがドン引きしている。
なぜだ…。
花岡さんも引き気味で思わず呟いた。
「……相変わらず、厳しいことを平然と言いますわね」
「できるでしょう?」
確信をもって問うと、彼女はニヤッと笑った。
「当然!
誰に物を言っているのか、わかっています?」
それは彼女たちの総意だった。
弱音を吐きながらも、全員同じように自信に満ちた目で私をみつめている。
「誰よりも信頼している、私の担当アイドルたちです。
今年、『H.I.F』を獲るにあたって……『道』を創ります。
みなさんは、その『道』をそれぞれのペースで歩んでください。
みなさんが歩んでいくための覇道を、私が整えて見せます」
「なら、あなたの期待に応えなくちゃね。
誰が見てもわかるぐらいに………私たちのことを、世間に知らしめましょう。
誰が『
「うん。プロデューサーの期待もそうだけど……佑芽たちに情けないところ、見せられないよね。
ううん、むしろ、佑芽たちにライブを見てもらって…もっと頑張ってもらわないと」
「ふふ、楽しみですね。
わたしたちで初星学園の名を、世間に轟かせましょう」
「うう~~~~…。
ぜんっぜん勝てる自信はないけど……千奈ちゃんにカッコいいところ見せたいし、星南会長に追いつくためにも……やってやります!」
「師匠に成長した姿を見せてやるいい機会です。
咲季にも、師匠の威厳を見せつけてやります!
それが当然といった人もいれば、自信はないけど後輩に良いところを見せたいといった人もいる。
反応は様々で、思惑が完全に同じではない。
それでいい…いや、
方向性が一緒であれば、完全に同じ想いじゃなくても、人は手を取り合うことができる。
お互いを大切な友達で、ライバルだと思い合っている彼女たちだから、これでいいのだ。
「頼りにしています。
では、さらに詰めていきましょう。
今後、参加していくイベントに関して」
そして、私たちは直近で参加するイベントを見繕った。
『SyngUp!』の3人は、ユニットで参加できるライブオーディション。
花岡さんと藤田さんは、それぞれソロで参加するので、別のライブオーディションだ。
今の私たちがどこまでできるのか………それはまだ、誰にも分らない。
篠崎士野
『引力』によって『
その涙ぐましい努力も、平然と嘲笑われるのが現実である。
プランを立てることは重要だが、往々にして上手くいかないのが、現実だからだ。