『SyngUp!』のプロデューサーは足を引っ張ると殺される 作:プロデューサー科のもの
お昼休みのある日。
事務所には、珍しく花岡さん一人だけ来ていた。
高等部が始まってから、実は事務所で担当アイドルたちが揃って昼食を食べているわけではない。
理由としては、私が事務所に入り浸るよりもクラスメイトとの交流を深めてほしいと伝えているからだ。
たまには別にいいのだが、あまりやりすぎるとクラスの輪から浮いてかもしれない。
全員かなり癖が強いので、多少なりとも協調性は持ってほしいという想いもあってだ。
アイドルとして生きていくにも、社会人として生きていくにも、好きなことだけをやって生きていける人間なんて限られている。
大和みたいに、家がかなり太くて何もしなくても一生困らないような人間もいるが、社会人として働くことになったら、そうは言ってられない。
そのためにも、協調性というものを私は重要視していた。
だから、別に毎回事務所に人を寄こさなくても良いと言ったのだが、あなたが寂しそうなので一人は行ってもらいます、と言われてしまった。
それに否定の言葉を返せなかった私も悪いのだが…。
というか、誰もいなくても裕もいるから別に一人ぼっちにはならないはず……だよな?
既に私の担当アイドルたちと面識がある彼も、しばしば事務所に来る。
最近、ようやくプロデュースの目途を立てたようで、忙しそうにしている。
こういう時に、私じゃなくて他のプロデューサーに意見を求めているあたり、私がどう思われているのかがよくわかる。
ムカつくから今度嫌がらせでもしようか…まあ、それはいい。
そんなこんなで、お昼時の事務所はそれなりににぎやかだ。
担当アイドル以外の、レッスンを見ているアイドルたちも来ていることもあるのだが…1人だけでくるのは珍しい。
これは何かあるのかもしれないと思いながら、二人で食事を摂り、食べ終わった時。
予想通り、花岡さんから切り出された。
「プロデューサー、相談があります」
「聞きましょう」
「お友達のことなのですが……」
その言葉は、私が待っていた言葉でもあり、できれば来ない方が良いかもしれない言葉でもあった。
「お友達…紫雲さんと、葛城さんのことでしょうか?」
「そうです。
…来たか。
ようやく、とも、早かった、とも言えない感覚だ。
そういえば花岡さんの高校デビューは、実はクラス会で早くもボロが出たらしい。
というのも、咲季さんが『師匠、飲み物を持ってきたわ!』と言ったせいで、そこから紫雲さんにツッコまれて、咲季さんから芋づる式にバレたそうだ。
ついでに、月村さんと藤田さんと同じプロデューサーがついているということもバラされ、若干引かれてしまったらしい。
その上、つい最近は葛城さんにゲームでボコボコにされた。
泣きながら事務所にやってきたところを高等部の他の生徒たちにも見られており、『葛城さんは花岡さんをボコボコにできる実力者』だという誤解まで広まった。
最強レジェンドマンモスさん伝説の開幕である。
暫く慰めていたら、レッスンでストレス発散してきます!と言って、雨夜さんの元へ飛び出していった。
その後、心配になって様子を見に行ったら咲季さんを含めた3人で高笑いしていたので、レッスンは捗っていたらしい。
いつぞやの初日に顔合わせした後、花岡さんから雨夜さんを紹介してもらった咲季さんは、彼女のことを大師匠と呼んで慕っている。
花岡さんと同じように諦めの悪い彼女の姿勢は、雨夜さんから見ても好ましいもののようで、彼女の指導にも熱が入っていた。
それはともかく、クラス会で取り繕いきれなかったせいか、彼女の友人は、結局中等部の時に仲が良かった生徒を除けば、月村さん、藤田さん、咲季さん、紫雲さん、葛城さんぐらいになってしまったらしい。
他のメンバーであれば、わざわざ一人で相談しに来るようなこともないと思っていたので、予想を立てていたが正解だったようだ。
そして、その内容は………『紫雲清夏』のことを知っている私からすれば、予想通りのものではあった。
「ふむ…サボりですか。
美鈴さんをサボらせ続けている私には、あまり力になれなさそうですが…」
「美鈴と一緒にしないでください。
彼女と違って、清夏さんはギャルっぽく振舞ってるだけのいい子ちゃんです。
好きでサボっているように見せていますが……罪悪感を感じているのは間違いありません」
「直接聞いたんですか?」
「
美鈴みたいに堂々とサボっているのではなく、人目につかないように、こそこそサボってるんです。
そのくせ、次の授業には平然と出ていたり、1日中サボっている日はないです」
「美鈴さんにも見習ってもらいたいですね」
「全くです」
お互いに特大の問題児を頭に浮かべて溜息を吐く。
早くも、賀陽さんは1-2の保護者になっていて、レッスンでは見本になりながら、トレーナーと一緒に指導を。
授業をサボりそうな秦谷さんを捕まえて授業に引っ張り出したり、倉本さんと篠澤さんのケツを叩いて走らせ続けたり、佑芽さんとの勝負を受けて裏で悲鳴を上げながらも勝ったり。
既に中等部で培った『
むしろ、お疲れ様と温かい言葉をもらうことがあったらしく、思わず涙が出てしまったと愚痴られたので、何とか改善策を模索している最中だ。
だが、今はそれよりも。
「…理由は何か思い当たりますか?」
「まったく…と言いたいところですが、一つだけ確かなことはあります。
彼女、ボーカルレッスンもビジュアルレッスンも多少は出ていますが…ダンスレッスンだけは、絶対に出ていません。
ここ1週間、ずっとです」
「なるほど」
…本当によく見ているな。
どこまで言うべきか……
少し言い淀んでいると、彼女は私にきっちりと視線を合わせて、切り込んだ。
「プロデューサー」
「なんでしょう?」
「単刀直入に聞きます。
その言葉に、私はすぐに返せなかった。
彼女の瞳には確信めいたものを感じる…つまり、これはもうバレてしまっているな。
「誤魔化す必要もないので言ってしまいましょう。
その通りです」
「……まあ、あなたが言わなかったということは、何か理由があるのでしょう。
それはいいのですが」
…え?
「いいんですか?」
「前にことねのお父さんのことを知っていた時も、あなたは私たちのことを想って黙っていたでしょう?
今回も同じだと、理解はしています。
それに、あなたが言わなかった理由はいくつか察しがつきますから」
彼女は、普段の勝気な表情とは違い、すべて理解していますと言った訳知り顔をしている。
そこまで信頼してくれるのはとても嬉しいが……すべて最初から仕組んでいたと思われても困るので、一部訂正しておこう。
「一つ言っておきますが、私自身、ミヤビさんの口からその名前が出た時、とても驚きました。
ここまで集まるのか、と」
「あなたが言う『引力』なのでは?
リーリヤと清夏。
咲季に、篠澤広、倉本千奈、花海佑芽で6人…前に言った通りなら、これで全員でしょう?」
「それはそうかもしれませんが……」
だからと言って、初日段階でああなるとは思っていなかったのだ。
今はもう割り切っているが、あの衝撃はなかなかのものだった。
「はあ…まあいいです。
で、あなたのことです。
清夏さんのことも、もう考えているんでしょう?」
「ええ。
恐らく、紫雲さんは次の授業のレッスンもサボっているのでしょう?」
私の問いに、花岡さんは私が誰に頼んだのか、思いついてしまったようでハッとした。
「……まさか」
「そのまさかです」
「大丈夫なんです?」
「彼女は、私の期待にだけは絶対に応えてくれますから」
不安そうな彼女に対して、私は自分に言い聞かせるようにそう言った。
久しぶりに、プロデューサーから依頼をされてしまいました。
わたしが一番信頼できるからと、とても嬉しいことを言われてしまっては、断るのも憚られたのです。
少し面倒に感じましたし……プロデューサーが言っていた、『総取り』がそのような意味だと分かっていたら、止めたのに…。
はぁ、言っていても仕方ありません。
ミヤちゃんの話だと、授業の様子は見ているのではないかと仰っていたので、この辺だと思うのですが……………いました。
「何をされているんですか?」
「ん?
何って、SNS?」
「今は授業中の時間ですが、参加しないのですか?」
「んー?
ダルいしサボりー」
「まあ…」
「誰かわかんないけど、邪魔すんならどっかいってくんない?」
「ふふ、邪魔なんてしませんよ。
わたしも、レッスンが面倒でサボっているんです」
「マ? すっげーー!
あたし以外でサボってる人、初めて見た!」
最初は素っ気ない態度だった彼女ですが、同じサボり相手だと知ると、その態度は軟化しました。
もしかしたら、これまでもサボりを指摘されたことがあるのかもしれません。
「わたしは秦谷美鈴と申します」
「あたしは紫雲清夏。
よっろしく~……あれ、美鈴って聞いたことあるような…ま、いっか」
彼女はまだ思いだしていないようですが、恐らくまりちゃんから聞いたのでしょう。
……ここは少し目立ってしまうかもしれませんね。
「では、紫雲さん。
ちょうどいいサボり場所があるんです。
一緒に行きませんか?」
「行く行く!
いや~…みんな鬱陶しいぐらいに暑苦しくってさ~…やってらんないって。
ようやく話が分かる人と会えたよ~!」
「頑張りすぎは体に良くありませんよ。
無理をして、背伸びをしても、辛くて苦しいだけですから。
ほどほどに、自分のペースが一番です」
「だよねだよね~!
美鈴っち良いこと言う~!」
「ふふ、では、参りましょう」
「おっけー!
レッツゴー!」
紫雲さんを引き連れて、わたしは校庭の木陰まで彼女を案内しました。
木の陰になっていて、気にしないと気が付くことができないような、絶妙な場所にあります。
わたしがそのまま腰を下ろすと、彼女もわたしの隣に腰掛けました。
「ここは風が気持ちよくて、日当たりもいい、お気に入りの場所なんです。
芝生も柔らかくて、寝心地もいいんですよ」
「おお~!
ここ、そんな場所だったんだ~!」
「中等部の時からのお気に入りなんですよ」
「え、美鈴っち、内部進学組だったんだ…」
「ええ、そうですよ」
「内部進学の子たちって、真面目な子ばっかりだったから意外………ん?」
紫雲さんは言いながら、何かを思い出したかのように止まり……そして、思い出したとばかりに叫び声を上げました。
「ああ~~~~!
そういえば、手毬っちが言ってた美鈴って、もしかして、美鈴っちのこと!?」
「ええ、まりちゃんが言っているのであれば、わたしのことです。
いつもまりちゃん、ことちゃんにミヤちゃんがお世話になってます」
「あ、あの3人と一緒の部屋なんだっけ?
確か、5人部屋って聞いたような…」
「そうです。
いつも賑やかで、とても楽しいんですよ」
「でも、大変でしょ」
「……大変じゃない、と言えば嘘になるかもしれません。
まりちゃんはわたしの布団に可愛く潜り込んできますが、りんちゃんは悪戯しようとしてきますし、ことちゃんは節約の鬼ですし、ミヤちゃんは負けず嫌いでよくわたしとも勝負をしたがるんです……」
「あ、あはは…。
ミヤビっち、凄い負けず嫌いだもんねー。
リーリヤにゲームで負けた時も、大変だったんだよ~」
「その節はご迷惑をおかけしました」
「いやいや!
こっちこそ、リーリヤがゴメンね~…あ、リーリヤっていうのは、あたしの幼馴染で…あそこで走ってる子!
可愛いでしょ~!」
「…あの白い髪の方ですね。
ミヤちゃんから少し、話は聞いていましたが…頑張り屋さん、みたいですね」
「そうなんだ。
リーリヤは、あたしなんかと違って…ずっと努力を続けられる、凄い子なんだ」
自慢そうに話していますが、その声とは裏腹に視線は彼女から少し逸れているような……。
恐らく……何か後ろめたいこと、レッスンをサボっている罪悪感からでしょうか?
『あたしなんか』と言う言葉からも、彼女の自己肯定感はなかなかに低いようです。
初めてことちゃんとあった時のことを思い出しますね。
…であれば、わたしがプロデューサーから求められていることは、恐らくあの時と同じなのでしょう。
「では、こちらへ。
紫雲さん」
わたしは正座をして座り込み、膝をぽんぽんと手で撫でました。
紫雲さんはそれを見て、わたしの目と膝を何回か視線を往復させて、ようやく合点がいったようです。
「え?
…もしかして、膝枕しようとしてる!?」
「ええ、わたしの膝枕は、先輩方からも評判が良いんですよ。
お疲れのようなので、紫雲さんにもぜひ」
「いやいや、は、恥ずかしいって! って、先輩にも膝枕してるって何!?
だ、第一、サボってるから疲れてなんてないし!」
「そうですか?
体はそうでも、心が疲れているようでしたので…」
「そ、そんなことないよ!?
それに、一応初対面だし…」
「ふふ、そんなことはありませんよ。
何を隠そう、わたし、お世話をするのが大好きなんです。
特に、お友達のお世話をするのが」
「そ、そうなの?」
「ええ。
紫雲さんとも、お友達になりたいと思っているんです。
同じ、サボり仲間として」
これは打算ではなく、本心でした。
あの気難しいミヤちゃんと、すぐに打ち解けて、ここまで気にかけてもらっている彼女に、感謝の気持ちがあったからです。
わたしの心が伝わったのか、彼女も最初に声をかけた時とは打って変わって、朗らかな笑顔を向けてくれました。
「水臭いな~!
もうあたしたち、友達だって!」
「でしたら、遠慮しないでください。
休むときは、しっかり休んだ方が気持ちいいんですよ」
「う~ん……美鈴っちがどうしてもって言うなら……。
あ、でも美鈴っちはお昼寝しないの?」
「このままお昼寝しますから、安心してください」
「ならいいっか…じゃあ、失礼しまーす」
紫雲さんは観念して、恥ずかしそうに顔を赤くしながら、わたしの膝に頭を委ねました。
そのまま、わたしは彼女の頭を優しく撫で始めます。
不快にならないよう、ゆっくり、優しく、愛おしいものを撫でる気持ちで。
プロデューサーや、まりちゃん、りんちゃん、ことちゃん、ミヤちゃんにするように。
「おお~~…これは、本当にすぐ眠っちゃいそう…」
「ふふ、それは良かった。
では…夢の中で、会いましょう」
「うん、おやすみ~………すぅ…」
……眠りましたね。
暫く紫雲さんを撫で続けて、寝息が聞こえたのを見計らって、わたしは無音カメラで彼女の寝顔を1枚だけ撮りました。
そして、プロデューサーに写真を送ります。
『ミッションは順調ですよ』
これでいいでしょう。
ふぁ……わたしも、眠くなってきてしまいました。
そうして、紫雲さんの頭の重さを感じながら、わたしも彼女と同じように意識を手放したのです。
意識を手放す直前、スマホの振動を感じたような気がしますが、既に私の意識は闇の中に溶けていきました。
紫雲清夏
時期的には、『親愛度第1話』ぐらい。
とある事情でレッスンに参加しなくなった彼女が出会ったのは、彼女とは違い事情がなくてもレッスンをサボっている、本当のサボり魔。
『SyngUp!』の評判は他のクラスメイト達から聞いており、実際に同じクラスの手毬っちの言動がヤバすぎて恐らく事実だとは思っている。
なのに、事前の心構えをしていたにもかかわらず、丸め込まれて膝枕をされてしまっていることに気づいていない。