『SyngUp!』のプロデューサーは足を引っ張ると殺される 作:プロデューサー科のもの
秦谷さんからのチャットを確認した日から、数日経った。
あの日、チャットの返信をしたのに帰ってこなかったので、私は彼女たちを陰ながら見守っていた。
滅多なことは起こらないと思っていたが、悪い評判がある以上、念を入れるに越したことはない。
その後、秦谷さんは彼女たちの授業の終わり際には目を覚まし、紫雲さんを引き連れて戻っていった。
そうして、秦谷さんと紫雲さんの奇妙な関係は始まった。
秦谷さんは紫雲さんと一緒にお出かけをしたり、ゲーセンや買い物にも行ったりしているらしい。
授業をサボらずに出ていた日も、放課後のレッスンに顔を出すことが稀になっていたぐらいだ。
順風満帆にいっていたように見えたのだが、それが月村さんと賀陽さんにバレてしまった。
バレたきっかけが、紫雲さんとのプリクラを見てしまったから、というのもまずかった。
ユニットメンバーを差し置いて、ということもあったのかもしれない。
嫉妬心からか、秦谷さんは月村さんと賀陽さんに捕まってしまったのだ。
そして、賀陽さんから、盛大にくすぐられて息も絶え絶えになり、あられもない姿になってしまった秦谷さんの画像が送られてきた。
その後、ビデオ通話まで繋がれ…
「プロデューサー、見えてるかしら?」
「プ、プロデューサー!? 見ないでくだひゃ……あははははははははは!」
「よそ見はだめよ♡
ふふ、美鈴って、すっごいくすぐったがりじゃない。
かーわいい♡ ふー」
「ひっ!
み、耳はやめて下さ……ひゃうん!
〜〜〜〜っ゛!! 舐めるのもだめ、です……」
「脇も弱いよね。
こちょこちょこちょこちょ」
「ま、まりちゃん!
やめ……あっはははははははははは!」
「そんな声出したら……もっといじめたくなっちゃうじゃない♡」
「私たちともプリクラなんて、しばらく行ってないのに……紫雲と撮ってたなんて…ズルい…「ご、ごめんなさ…」……だから、気が済むまで好きにさせてもらうから」
「ま、まってくださ……あははははははははは!」
「うわぁ…美鈴ちゃんのあんな大きな声、初めて聞いたかも」
「プロデューサー、これ大丈夫なんです?」
『止めてあげてください』
「巻き込まれたくないので嫌です」
花岡さんの無慈悲な一言で、通話は切られた。
うるさいからと言う理由で口にガムテープまで貼られて、気が済むまでくすぐり倒された秦谷さんは、見るも無残な姿になってしまった。
送られてきた写真が非常に犯罪チックになっていたので、すぐに削除するように賀陽さんに伝えた。
次の日、やりすぎだと賀陽さんと月村さんにはお説教したのだが…秦谷さんの怒りはそれで収まらなかった。
その結果、食卓には暫くの間、精進料理のような料理しかでなくなった。
月村さんが秦谷さんに許しを請っていたが、かなり怒っている秦谷さんには相手にされず、辱めた分の代償を払うことになったのだ。
止めなかった、止められなかった私たちも連帯責任で同じものを食べていた。
味自体は良いのだが、年頃の少女たちには物足りないだろう。
アイドルは何かとカロリー消費も激しいので、最低限のカロリーは摂取しないと健康な身体作りに悪影響だが…。
お弁当も質素なものになり、藤田さんと花岡さんのお弁当を見た、紫雲さんが何かあったのか心配したぐらいだ。
咲季さんだけが、私たちの食事を見て感心すると同時に、少し物足りないわね、と呟いていた。
そんなこんながあり、秦谷さんは暫くご機嫌斜めだったのだが、ようやく落ち着いてきた。
休みの今日、1日膝枕をして、やっとのことで機嫌が直ってくれたのだ。
元々彼女があんな目にあったのは、私が説明責任を果たさなかったからで、私のお願いを聞いてくれた彼女がああなってしまったのは、私も予想していなかった。
いかに寮で発生した事案とはいえ、事前に止められなかったのは私の責任が大きいため、秦谷さんのご機嫌伺いをしていたのだ。
それと、先に他の担当アイドルたちには、紫雲さんと秦谷さんが仲を深めているのは、私がお願いしたことだときちんと説明した。
サボりがちになっている紫雲さんを心配している声があったが、対応できそうなのが同じ時間に行動できる……同じようにサボっている秦谷さんぐらいだったので、お願いしていたと。
先に言ってください、と月村さんと藤田さんから怒られてしまった。
だが、顔を赤くしてそっぽを向いていた花岡さんが、できれば隠してほしかったのは明らかだ。
案の定、それを察した賀陽さんが、花岡さんを揶揄っていたので……まあ、一長一短だったのだろう。
しかし、哀れにも犠牲になってしまった秦谷さんからすれば、踏んだり蹴ったりで、たまったものではなかった。
そんな功労者の彼女にお礼とお詫びとして……前に喜んでくれたことをしたのだ。
膝の上の彼女を撫でながら、謝罪を繰り返し、満足してくれた彼女はご機嫌だ。
「プロデューサーからきちんと説明してくれて、誤解も解けましたから…これで許してあげます」
「ありがとうございます。
元はと言えば私に責任がありますし……最近、手毬さんが食事のたびに悲しそうな顔をしていて、いたたまれなくなってきましたから」
「まりちゃんも反省しているようですし、後で仲直りしてきます」
「燐羽さんともですよ」
「むぅ……プロデューサーがそういうなら、仕方ありませんね。
でも、りんちゃんは最近調子に乗っているので、もう少しお灸を据えた方が良いかと思います。
前も……は、破廉恥なことをされました」
「美鈴さんがサボるから、燐羽さんに心労が溜まっているんです。
貴重な1年2組のお手本になれるんですから、少しだけ品行方正になってみても良いと思いますよ?」
まあ、だからといってセクハラまがいの行為が許されるわけでもないが、とは言わないでおく。
燐羽さんも、「最初は別にいいでしょ、あれぐらい」と言っていたが、最後はやりすぎたことを反省していたからだ。
「………そうですね。
もう少し、授業に出る頻度を増やしてみようと思います」
「そうしてあげてください」
これで賀陽さんの負担も多少は減るだろう。
もっとも、もう少ししたら仕事で授業に参加できない日も増えるので、そうも言ってられなくなるから…秦谷さんにも、今のうちに学園生活を満喫してほしい。
そう思っていると、秦谷さんがようやく頭を起こし、真面目な表情で私の隣に腰を下ろした。
「プロデューサー、紫雲さんの件で、良いでしょうか?」
「もちろん。
…美鈴さんから見て、どう思いますか?」
「
諦めているようで、諦めきれない何かがあります。
素質はあるのに、自信がない……まるで、昔のまりちゃんと、ことちゃんを見ているみたいです」
「臆病で傲慢…ですか?」
「本音を言うことができない臆病さがあるのに、無意識にそれを察して助けてほしいと思っている。
自分だけが、苦しい思いをして日々を生きていると思って、他の人はどうせわからないと達観している。
これを傲慢と言わずして何と言えばいいのでしょうか」
なるほど。
確かにそう捉えることもできるかもしれないが…。
「手厳しいですね」
「そうでしょうか。
隠れて基礎レッスンを続けているのに、アイドルなんてもうやめにするって言っているような人です。
諦めたくても、諦めきれない何かがあるのでしょう。
……予想もできますし、あなたは知っているのかもしれませんが、答えは聞きません」
「賢明です。
これは、答えを知っている
「ええ…彼女の口から、引きずり出します」
秦谷さんの瞳には、必ず本心を口にさせるという強い決意を感じた。
…まだ、紫雲さんと仲良くなってから、2週間も経っていないはずだが…。
「随分入れ込んでいますね」
言ってから、しまったと思った。
これは言うべき言葉ではなかったが、秦谷さんはその真意までは気づいていなかったのか、彼女はジト目で私を見ていた。
「プロデューサーが仕向けたことですよ。
………プロデューサーが、わたしを彼女に会わせた理由がよくわかりました。
紫雲さんは…………昔の
似ている……か。
「その心は?」
「
……あなたが向き合わせてくれた」
「買い被りすぎですよ。
そうしたのは、手毬さんが私に相談してくれたからです」
「だとしても、あなたがいなければ………わたしから、向き合うのは怖かったから」
…無理もないことだ。
ユニットが解散するかもしれない、それぞれの地雷を進んで踏み抜いていくような怖いことは、そうおいそれとできない。
ましてや、親友2人とのユニットともなれば、なおさらだ。
そして、その恐怖を誰よりも感じていたのは………『SyngUp!』の中では、秦谷さんが一番大きかった。
だからこそ、彼女は、彼女たちは仲良くなれたのかもしれない。
「ですので、わたしも…紫雲さんを助けたいんです。
昔のわたしを思い出すこともありますし………何より、お友達、ですから」
「ここ最近、送ってくれる写真がどれも楽しそうでしたね。
良いお友達ができたようで、私も安心しました」
「まりちゃんたちに次いで、大切なお友達です。
…プロデューサー」
「はい」
秦谷さんの目が、優しくも覚悟を決めた、そんな色になった。
「もし困ったら、また相談します」
「ええ、本当に困ったら………ここに連れてくるか、あるいは私を呼んでください。
必ず助けます」
それが、私が彼女に託してしまったことの責任だ。
彼女に託してしまっているが……当然、そのままにするつもりもない。
「ふふ、頼もしいですね。
期待していますよ」
「お任せください。
先にこれを渡しておきます」
私は机の上に置いておいたあるものを、ファイルごと彼女に渡した。
「?
これは…チケット、ですか?」
「はい。
『SyngUp!』の皆さんに参加してもらう、ライブイベントの関係者用チケットです」
「どうしてこれを?」
「必要であれば使えるかと」
最初は疑問を抱いていた彼女だったが、ようやく合点がいった彼女は、納得するように頷いた。
「…なるほど。
確かに、その手もありましたね。
ありがとうございます、プロデューサー」
「いえいえ。
先んじて、できることをしていただけです」
にっこりと、誰かが見たら邪悪に見えるかもしれない、私と秦谷さんの笑顔は他の誰にも見せられない。
周りに見られたら、間違いなく悪だくみがバレてしまうだろう。
「では、行ってきます」
「ええ、行ってらっしゃい」
この後、秦谷さんは1日オフの予定だが、恐らく今日中に決めるのだろう。
彼女ならやり遂げてくれるはずだと確信し、私は笑顔で彼女を送り出した。
…『紫雲清夏』をプロデュース契約を結ばずに、早急に彼女の問題を解決させる方法は、私にはこれしか思いつかなかった。
彼女が抱えている問題は、彼女にとって非常に重たく、それは解決させてくれた人に対して確実な重たい感情を抱かせるだろう。
私が最初から関りを持ってしまっては、他の担当アイドルがいる以上彼女だけに向き合い続けることは難しく、良くない依存関係が生まれてしまう懸念がある。
かといって、
それに、咲季さんも他の編入組に比べるとレベルは高いものになってるが、今の彼女はまだ挑戦者側。
人に教えるよりも、教わることの方が、優先順位が高いだろう。
だから、秦谷さんが適任だった。
授業中という、サボり同士で時間を併せられることも含めて。
これまでのことで多少は学習している。
十王さんたちには踏み込みすぎてしまったこともあるが、今は適切な距離を………保てている………はず………だ。
流石に、|賀陽さん、花岡さん+プレイアブルの姫崎さん抜き《14人全員と》プロデュース契約するのは色々な意味で死んでしまう。
今も近いことをしているのかもしれないが、まだ全員の親御さんに挨拶回りをしていないし、流石に全員を 『ストーリー』レベルでプロデュースするのは無理がある。
担当アイドルたち5人でも結構いっぱいいっぱいだ。
だが、彼女たち全員の可能性を見たい。
その我儘の結晶が、担当アイドルたちにお願いしたことだ。
前にもっと頼ってほしいと言ってくれた。
だから、試しにもっと頼ってみた。
その期待は、日々応えてもらっている。
篠澤さんは、徐々に歌って踊れるようになりつつある………まだ、1曲も通しでできていないが。
倉本さんは、少しずつ体力をつけて、歌って踊れるようになってきた………まだ、『初』しかできていないが。
佑芽さんは、歌を中心にダンスも少しずつできるようになってきた。月村さんが、少し慄くぐらいには。
咲季さんは、持ち前の吸収力の高さで花岡さんと雨夜さんの指導を、熱心に、まっすぐに受け止めている。
3年生も彼女たちに教えてくれているし……最近、有村さんにもようやく
少し遅れてしまったが、倉本さんと藤田さんの2人からの意見も取り入れ、髪型も彼女なりに考え、一緒に出掛けてちょっとしたトラブルはあったが、彼女の自分らしさを聞くことができた。
『定期公演 初』に参加するまでに、逆算して……来月当たりに、他にも行けそうな人には、託してみよう。
紫雲さんにも、できればその一人になってほしい。
彼女のことは、花岡さんからよく聞いている。
「ダンスの才能が、
「ことねも同じ意見で、今後も良いライバルになれそうです」
「清夏さんとリーリヤさんの部屋に呼ばれたので、少し遅れます」
「
いい度胸です! ……楽しみですね」
「………清夏さんが、レッスンをサボっているんです」
…あの時、私は自分のことを先に考えてしまったが、花岡さんの悲しそうな表情は今でも覚えている。
私が、紫雲さんを気にかけているのは、彼女が才能を持っているからというのもあるが……大切な担当アイドルの友達だから、というのもあるのだ。
最善ではないかもしれないが…既に賽は投げられたのだった。
賀陽燐羽
最近美鈴のサボり頻度が多すぎて、遂にビジュアルトレーナーにまで泣きつかれた。
その元凶である美鈴が、私たちを差し置いて、新しく友達と仲良くサボっていたことを知り、ストレスとムカつきがMaxになったため手毬とお仕置きした。
やりすぎた自覚はあるので、反省はしているが、後悔はしていない。