『SyngUp!』のプロデューサーは足を引っ張ると殺される 作:プロデューサー科のもの
プロデューサーと別れた直後、
紫雲さんは、今日は出かけるんだーと言っていましたが、わたしの予想が正しければ………いました。
………やはり、ボーカルレッスン、ですね。
プロデューサーからも話は聞いていましたし、ミヤちゃんからも聞いていましたから驚くようなことはありません。
レッスン室の外で様子を窺っていましたが……見ていられませんね。
わたしはそのままレッスン室に入ると、紫雲さんはすぐに気づいたようで、驚いた顔を浮かべました。
「み、美鈴っち!?
な、なんでここに…!?」
「紫雲さんこそ、今日はお出かけの予定ではなかったのですか?」
「……それが、一緒に出掛けようと思ってた子が予定で来ちゃってさー。
仕方ないから、やることもないしレッスンしてたんだよねー」
すぐに嘘だとわかりました。
彼女は嘘をつきなれたと思っているかもしれませんが、わたしからすればまだまだです。
プロデューサーが本当に隠し事をしている時の方が、よっぽど面倒……いえ、それは置いておきましょう。
嫌々仕方なく、といった表情を浮かべていますが…それが本心ではないことは、わたしからしたら明らかです。
「それでレッスンですか」
「そうそう、たまにはいいかなーって」
「アイドル、やめるんじゃなかったんですか?」
「………」
わたしからこの話題を出したことは、今までありませんでした。
面を食らった彼女は、取り繕うことも忘れて固まったまま。
…では、始めましょう。
「紫雲さん…少し、話しませんか?」
「えー…何を?」
「それは、あなたが一番よくわかっているのでは?」
彼女の仮面に罅を入れていく。
ぬるま湯につけていたところから、引きずり出されて、叩きつけられた彼女は一瞬だけですが、顔をしかめました。
「………放っておいてよ。
今までも、そうしてくれたじゃん」
「今までのように、当たり障りのないただの友達なら、そうしておこうと思いました」
「なら「ですが、もう無理です」
彼女の言葉に割り込んで、わたしは…心からの言葉を、想いを込めて口にしました。
「もう…
「!
美鈴っちが初めて、あたしのこと、名前で呼んだ!?」
「嫌でしたか?」
私が伺うと、彼女は嬉しそう顔をしながらも、少し困ったような、そんな表情を浮かべていました。
「…今じゃなかったら嬉しかったかな」
「これからは名前でお呼びしますね。
清夏さん、なぜ、あなたはアイドルをやめると言っているのに、レッスンを続けているのですか?」
「……答えたくないって言ったら?」
「逃げられると思うのであれば、どうぞ。
出口はここにしかありませんが」
レッスン室の出入り口を陣取っているわたしを抜けて、彼女がここから出ることはできません。
そうなるように、最初からこの場で話しているのですから。
「美鈴っち性格悪~…そんなんじゃ、友達出来ないよ~?」
「まりちゃんたちに、清夏さんもいますから。
仲のいいお友達がいれば、十分ですよ」
「良く恥ずかしげもなく言えるよね…」
清夏さんは呆れながらも、罅の入った仮面をかぶり続けて…まだ、膝を抱えてうずくまっているような、そんな印象を受けました。
「…友達なら、黙って見過ごしてくれてもいいんじゃない?
ほら、あたしも言いたくないことだしさ。
これまで通り、仲良くやっていくってことで」
「……清夏さん、そろそろ話していただけませんか?」
「い、いきなり何の話?」
「清夏さんが、何かに怯えて、自分に向き合えていないこと……アイドルをやめると言っても、諦めきれないことも、わかっていますよ」
「…あたしがまだ諦めきれてないって?」
「では、なぜレッスンをしているんですか?
それも、人目を避けるように1人で、コソコソと」
「そ、それは…」
図星を指されて、清夏さんは言葉を詰まらせました。
…もう少しでしょうか?
「知っているんですよ。
清夏さんが、これまでもわたしのように全部の授業をサボったりしていないこと。
出られそうな授業は出席し、レッスンもしていること」
「そ、それはサボりすぎたらよくないじゃん?
目つけられるし」
「わたしは気にしませんよ」
「いや、美鈴っちは例外でしょ。
前にトレーナーが困ってるの見たよ~?」
「わたしは清夏さんと違って、授業をサボるのが好きなんです。
いやいやサボっている清夏さんとは違って、根っからの不良、なんですよ」
「自慢するようなことじゃないって……」
…気づいていないようですが、いやいやサボっていることを否定していませんね。
これなら…。
「それに、基礎レッスンも続けていますよね?
もう、必要ないはずなのに」
「…美鈴っちって、もしかしてストーカーなの~?」
からかうように声が上ずっている彼女に対して、わたしは声のトーンを落として真剣さを作りました。
「はぐらかさないでください」
「ご、ごめん…」
仮面は少しずつ剥がれていますが、まだ完全には剥がれていません。
清夏さんのそれは、ここ数週間でできたはずのものなのに、かなり強固に固めあげられていました。
「で、でも、それは美鈴っちの勘違いだよ。
あたしは本当に、もうアイドルに未練はないの」
…まだダメですか。
なら、しかたありませんね。
「だとしたら、ダンスレッスンだけ、頑なに参加しない理由は何かあるのでしょうか?
適当に流すだけなら、むしろどのレッスンにも参加した方が良いでしょう?」
「―――――ほんとに、やめてよ!
これ以上、あたしの心に踏み込んでこないで……!」
叫ぶ手前のその声は、彼女の仮面が欠ける音でもありました。
少しずつ剥がれてきていますが…まだ足りませんね。
…それに、なにか勘違いしているみたいです。
「清夏さん、わたしは今日、大切なお友達と喧嘩をしに来たんです。
ですから、もっと踏み込ませてもらいます」
「ねぇ、ホントに怒るよ!
それ以上言ったら、絶交するから!」
「喧嘩が終わった後でなら、悲しいですが、受け入れます。
それでも、清夏さんに……後悔してほしくないんです。
清夏さん、あなたの抱えているものを、吐き出してください」
そこまで言って、ようやく清夏さんの仮面が剥がれました。
仮面が剥がれ、
「……あんたに、あたしの何がわかるの!?
あたしが、どんな想いで……今日まで過ごしてきたと思って……!」
その言葉に込められた想いを感じながらも、わたしは―――――
「―――――何もわかりません。
わたしは、清夏さんのことを、まだ全然知りません。
上辺だけの、お友達に対しての、清夏さんしか知りません。
清夏さんが、そんなに声を荒げたのも、初めて聞きました」
「…あ、ご、ごめん」
「…だから、喧嘩をしに来たんです。
そう、わたしたちも、彼女と同じだった。
関係を壊したくなくて、2人を護りたかった、わたし。
わたしたちに劣等感を抱いていた、まりちゃん。
アイドルをやめるつもりだった、りんちゃん。
プロデューサーのおかげで、お互いに本心を打ち明け、わかりあうことができました。
だからこそ、
「どれだけ仲が良い友達だと思っていても、言葉にしなければ想いは伝わりません。
教えてください。
清夏さんが、何を隠してきたのか」
「………知って、どうするの?」
「手伝えることを、最大限お手伝いしたいと思っています」
「……なんで、あたしなんかに、そこまでしてくれるの?」
「色々な思惑があることは否定しませんが、それ以上に…お友達を助けるのに、理由なんて必要ありません」
プロデューサーからのお願いもありますが……それ以上に、わたしは折角仲良くなったお友達を見捨てたくなかった。
清夏さんは…わたしの噂を聞いた後も、一切気にすることなく接してくれました。
何かと恐れられやすい、わたしたちにとって、それは新鮮で……ミヤちゃんが仲良くなったのも、よくわかります。
おかげで、ここ数日はとても楽しかったのです。
打算から始まったのかもしれませんが…それでも、わたしは彼女との間に、確かに友情を感じていました。
「……今のまま過ごしてたら、そのうち諦められそうだったのに……。
無理して頑張る必要もない。
その方が、絶対に楽だったのに……」
「無理をする必要はありませんよ?
無理をしなくても勝てるようにしてあげます」
「……美鈴っちって、冗談みたいなことを、本気で言うよね」
「わたしも、清夏さんも、それができると思ってますから」
私が笑顔を浮かべると、ようやく彼女の仮面は剥がれ落ちて…諦めたように溜息を吐いた彼女は、どこか清々しい表情でした
「………わかったよ、白状する。
みんなには、内緒にしてね?」
「ええ、誰にも」
わたしが頷いたのを確認すると、彼女は語り始めました。
「美鈴っちには、前にバレエやってたって話、したよね?」
「もちろん、覚えていますよ。
その時に留学して、葛城さんと出会ったことも」
「……でもバレエ、今はやってないんだ。
右ひざをちょっと怪我しちゃってね」
「怪我…まさか…!」
「あはは、もう気づいちゃうなんて、流石だね~。
あ、今はもう完治してるんだよ?」
当たってほしくない方の予想が当たってしまいました。
彼女は明るく振舞っていますが…それが原因なのだとしたら…。
「……でも、怪我してからずっと、今もまだ、怖がってる。
走ったり、飛んだりした時、またあの痛みが来るんじゃないかって。
ダンスレッスンの時も、最初は気にならなかった…久しぶりに、本気で踊って、バレエとはまた違って楽しくて!」
嬉しそうに話す彼女からは、ダンスが好きな様子がありありと伝わってきます。
…そんな彼女が、ダンスレッスンだけをサボるようになったのは…。
「なのに…少しして、違和感が出てきたんだ。
それは、ダンスをするたびに大きくなって………限界が来ちゃった」
「トラウマ、になっているんですね」
「多分そうだと思う。
ずっと、隠してきたんだけどね。
話すのは、これが初めて…気づいてた?」
「…何か、怪我をしているのではないかと、思っていたことはあります。
本当に時々ですが、右側の足をかばうように歩いていましたから」
「マジか…美鈴っちに隠し事はできないね~」
それでも確信を持てなかったのは、清夏さんがひた隠しにしていたから…とは言いませんでした。
「……でも、やっぱり、今でも怖いよ。
多分、すぐには治らないと思うし…こんなあたしが、アイドルなんかになれるのかな…?」
清夏さんの顔は少し青くなって…思い出すだけで、トラウマが出そうなぐらいに、追い詰められて。
もっと、早くに気づけたら…いえ、それは言っても仕方ありません。
彼女のトラウマを克服させる…そのためのきっかけに
「清夏さん、これを受け取ってもらえますか?」
「これ…チケット?」
「はい。
来週末に行われる、ライブイベントの関係者用チケットです。
学外のライブイベントで、そこでは他校のアイドルや、既に活躍しているアイドルの方々もいるライブ……それに
「笑顔で怖いこと言ってる!?
殴り込みって何!?」
「文字通りですよ。
わたしたちが上で、あなたたちが下だと、全てのアイドルに教えてあげるんです」
「え…ええ~…」
清夏さんは引いていますが…でも、これは必要なことです。
「清夏さんも、
わたしが、それを思い出させてあげます」
「! 美鈴っち…」
「誰でもない、わたし…いえ、
わたしたちはアイドルですから」
まりちゃんが前にしてくれたように、わたしたちのやり方で…清夏さんに刻み付けて見せます。
わたしたちが、初星学園黄金世代の産声を高らかに上げて見せましょう。
「…強いね、美鈴っちは。
他にも凄い人たちが来るんでしょ?
本当に勝てるの?」
「存分に期待して、見ていてください。
期待に応えるのが、アイドルですから」
そして、あなたも…わたしで満たしましょう。
トラウマも気にならないぐらい、わたしで染めてみせます。
わたしの本気の想いが伝わったのか、清夏さんは恥ずかしそうに少し視線を逸らしました。
そして、気を逸らすためか渡したチケットを手に取って確認し…何かに気づいたようでした。
「美鈴っち、これ、チケット2枚あるけど…」
「2枚…ですか?」
「うん、ほら」
確かに、清夏さんの手には2枚のチケットがあります。
2枚……
「…ああ、そういうことですか」
「?」
「いえ、こちらの話です。
わたしたちのライブは…彼女にも参考になるかもしれませんから」
本当に、悪い人。
そんなことばかりしているから…いえ、文句は後で言いましょう。
「…うん、わかった。
絶対に行くから」
「ええ。
…では、わたしはいきますね」
「え、レッスンしに来たんじゃなかったの?」
「いえ、清夏さんとお話ししに来ただけです。
今日はオフなので」
「昨日もサボってなかったっけ…?」
「ふふ」
「笑っても誤魔化せないぞ~?」
このこの、とわたしのほっぺたをツンツン突いてくる。
普段と全く変わらないはずなのに、どこか距離感は前よりも近く感じました。
「それでは、週末。
お待ちしていますね」
「うん。頑張ってね」
そうして、わたしはレッスン室を後にしました。
プロデューサーの掌の上…というのはいささか癪ではありますが、今回ばかりは許しましょう。
…少しだけ、昂ってきてしまいました。
でも、今日はオフの日ですし………いえ、一つだけお願いしなければいけないことがありましたね。
わたしは、誰よりも大好きな二人のお友達に、連絡を取り付けました。
秦谷美鈴
最初は、ミヤちゃんが少し悲しそうな顔をしていたのがきっかけでした。
途中で、プロデューサーからお願いされて…気が付いたら、わたしも彼女の、どこかお友達に似ているところと、似ても似つかないところに惹かれて。
ためらって、踏み込めないところが、昔のわたしによく似ていて。
そんな新しくできた、大切なお友達。
本心からなら、諦めさせたのでしょうか?
………いいえ、それはないですね。
わたしも、彼女も