『SyngUp!』のプロデューサーは足を引っ張ると殺される   作:プロデューサー科のもの

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135話目

 

 紫雲さんたちがレッスンに参加するようになって、しばらく経った。

 

 多少の衝突はあったが、そこまで大きなものではなく、些事だと言える範囲だ。

 ただ、紫雲さんのトラウマはかなり深刻で、踊っているとみるみる顔色が悪くなっていき、暫くすると立ちすくんでしまうぐらいだ。

 

 なので、暫く私も付きっきりで彼女の限界が来る前に止めるようにした。

 葛城さんや花岡さん、秦谷さんも観ていたので、彼女たちに止めるタイミングがどの程度でするべきかわかってもらうために。

 

 彼女自身が、どの程度なら大丈夫かの限界を探りながらだ。

 

 彼女自身はもう少し続けられると言っていても、明らかに顔色が悪そうだったり、足取りが重いような様子が見られたときは止めている。

 彼女が隠したそうにしていても、無理に隠すようなタイミングではないと思った時も止めている。

 

 …彼女の実情は、レッスンに参加している人全員に打ち明けてしまった。

 他ならぬ紫雲さん自身が、一緒にレッスンをしてもらう以上、打ち明けておきたいと言ったからだ。

 

 咲季さんは薄々察しがついていたようで、あまり驚きはしなかったが、心配していた。

 月村さんは、そう、とだけ言いつつも、チラチラと心配そうに彼女の様子を頻繁に見ているのがわかる。

 

 …藤田さんは、気づけなかったことを少し悔しそうにしていた。

 紫雲さんと仲良かった彼女のことなので、無理もない。

 だが、葛城さんにも隠していたぐらいなので、彼女が気付くのはなかなか難しかっただろう。

 

 雨夜さんも以前サボりを咎めていたことがあったみたいだが、事情を知ってからの対応は劇的だった。

 とりわけ、花岡さんの友達、というのもあるみたいだ。

 特に目をかけている後輩の友達、ということもあって、彼女なりに気にかけていた。

 

 

 ……問題は葛城さんだ。

 

 我儘暴走超特急娘は、初日から酷かった。

 何故か月村さんから怯えられていた彼女は、あ(・)の(・)月村さんが怯えていることからか、十王さんにまで目を付けられていたらしい。こんなの私のデータにないぞ

 

 …『ストーリー』であった、『足を引っ張らないでくださいね』事件はあったようだ。

 それに加えて、彼女たちの関係の変化からか、花岡さんが涙目で学園内を走り回った事件があったからか、彼女の風評被害は本人の知らないところで雪だるまのように転がっていたらしい。

 

 実は、裏の番長は葛城さん本人だったというオチだ。

 

 その上、放課後のレッスンは殆ど自主レッスンだったからか、変な癖がついているみたいだ。

 完璧じゃない振りを、そのまま覚えてしまっている。

 

 そのせいで、花岡さんの怒号がレッスン室に響き渡っていた。

 

「ちっがーうッ!!

 なんでそこで右手も一緒に上がるんですか!?

 阿波踊りじゃないんです!!

 次の動きに移るのが遅れるでしょう!!」

「ご、ごめんなさい~~~!」

 

「…ミヤビも厳しい。

 良いかも…!」

「あなたはこっちよ。

 よそ見する余裕があるなら、もうちょっと厳しくいくわね」

「ふふ、燐羽が嫉妬してる」

「は、はぁ!?」

 

 その後、照れ隠しからか篠澤さんは賀陽さんに普段の倍扱かれて死に体になった。

 有村さんと床の冷たさを堪能し、その二人の姿に他の全員が引いていた。

 

 葛城さんはこれだけに飽き足らず、レッスン終了の時間になっても、後1時間だけといって続けようとする。

 十王さんや雨夜さん、有村さんの上級生が止めても、聞き入れようとしない我儘っぷりだ。

 当然、他のクラスメイトが止めようとしても、なんとかレッスン室に残ろうと画策する。

 

 それの全てを一蹴した花岡さんがそんな彼女を引きずって、部屋に送っていくのが日課になっていた。

 

 友達相手に遠慮が無くなった花岡さんは、それ相応の対応をすることに決めたらしい。

 要するに『SyngUp!』や藤田さんといった、より親しい相手にする対応だ。

 何だかんだ最後は甘い、紫雲さんには難しいことかもしれない。

 

 …とりあえず、直近レポートはこんなものでいいか。

 

 私がパソコンをカタカタと打っている中、私は同(・)じ(・)部(・)屋(・)に(・)い(・)る(・)彼(・)に声をかけられた。

 

「先輩」

「いかがなさいましたか、学P?」

「いや…いかがなさいましたか、じゃなくて、なんで俺の事務所で仕事してるんですか?」

 

 そう、私は珍しく自分の事務所ではなく、彼の事務所にお邪魔していた。

 理由はいくつかあるが…まあ、適当に誤魔化すか。

 

「実は、秦谷さんが珍しくレッスンに精を出していましたね。

 事務所で仕事をする必要がないので、お邪魔しにきました」

「お邪魔しにきました、じゃないのですが…。

 俺にも都合があります」

「今日は姫崎さんは私の担当アイドルをはじめとした皆さんとレッスンをしているじゃないですか。

 外出の予定もないから、大した予定もないでしょうに」

「………何で知ってるんですか?」

「逆に聞きますが、なぜ知られてないと?」

 

 彼の表情が険しくなるが、黒井理事長や十王社長に比べたらそよ風みたいなものだ。

 

 第一、マークしている相手の行動範囲、行動の予測は常に行うべきだろう。

 相手が遠方にいたりするなら話は別だが、自分の行動範囲内にいる相手の行動はある程度把握するべきだ。

 

「…先輩の噂を、あれからも調べたりしているんですが、実は全部本当なんじゃないかと最近思ってます」

「流石に殺人とかはしていませんよ?」

「いや、そんな噂は聞いたことないですが」

 

 よかった。

 そこまで悪質なものはなかったらしい。

 

「まあ、1人で仕事をするよりも話し相手がいた方が捗るでしょう?

 それに、情報交換をするいい機会です」

「そっちが本音でしょう。

 先にそう言ってください」

 

 呆れたような顔をしているが、私が入ってきても追い出さなかったあたり、彼も色々切羽詰まっているのだろう。

 私も無意味に邪魔をしに来たわけではない。

 

「…先輩の担当アイドルは、『定期公演 初』には参加しない…が、他のアイドルを差し向けている、というのは本当ですか?」

「本当です。

 率直に言えば、私の担当アイドルは既にそのレベルにはいません。

 十王さんや雨夜さんが参加しないのと、同じ理由です」

「…新入生、ですよね?」

「既に去年の段階で高等部のほとんどより上だった、という前置詞がつきます。

 『H.G.F』はそれを証明するためのものでしたから」

「………なるほど」

 

 彼の沈黙の長さは、彼がそれだけ思考を回していた証だろう。

 それだけで開催したわけではないが、その意図も盛り込んでいたので嘘ではない。

 

「ですが、ただスルーするには勿体ないライブです。

 ので、他のみなさんに参加してもらうことにしました」

「プランのために、ですか」

「話が早くて助かります」

 

 頭の回転が速い相手というのは、脅威であると同時に話がすぐに進む。

 …さて。

 

「では次に私が聞きましょう。

 姫崎さんはどうですか?

 身体能力の面では大きな問題はないと思いますが」

「その面はおかげさまで問題はありません。

 『H.I.F』の2次オーディションを突破しているように、既に高い水準には達しています。

 ただ…お姉さんキャラ、というものに成り切れておらず、過去に妹キャラをしていた影響もあって、完全な切り替えには時間がかかりそうです」

「ふむ…確かに、自らの強みを少しずつ理解してはいましたが、どこかその部分が抜けきっていなかったのは事実です。

 私も悪戯にこうした方が良い、とは言いませんでしたから」

 

 自らの強み…彼女は、『包容力』だと大まかに受け取っていた。

 それ自体は間違いではないが、それだ(・)け(・)では足りない。

 

 『一番星(プリマステラ)』になるためには、それだけでは足りえない。

 

 そう考えていると、今度は彼から疑問を投げかけられた。

 

「…前から思っていたのですが、先輩はやろうと思えば姫崎さんもプロデュースをできたのではないですか?」

「というと?」

「俺が『お姉ちゃんになってもらう』と言った時に、詳しく聞かずに理解を示したからです。

 姫崎さんは驚いていましたが…あれが普通の反応でしょう。

 なのに、一つも疑問を示すことなく、納得した。

 まるで、最(・)初(・)か(・)ら(・)分(・)か(・)っ(・)て(・)い(・)た(・)か(・)の(・)よ(・)う(・)に(・)」

 

 …鋭い、いや、私がぼろを出しただけだな。

 彼の言っていることは正しいかもしれない。

 

 上辺だけを取り繕って、彼女をプロデュースすることはできた。

 それでも、彼女のポテンシャルがあって、他に担当しているアイドルがいなければ『定期公演 初』を勝たせるぐらいはできたかもしれない。

 

 だが、仮にできたとしても、それまでだ。

 虚を積み上げて、一回きりならできるかもしれない。

 

 だが、それは『本物』には勝てない。

 

「もしかしたら、多少はできたかもしれません。

 彼女の強み…あなたは『みんなのお姉さん』になってくださいと言って、それに合わせてプロデュースする。

 できなくはないでしょう」

「なら、なぜそれを去年しなかったのですか?」

「思い出のない人間は死人と同じだからです」

「……?」

 

 言葉が足りなかったか。

 …ストレートに全て話すのはまずいな。

 まだ彼に私のことをすべて話すわけにはいかない。

 

「姫崎さんに、以前聞いたことがあります。

 以前仲良くしていた…弟のような人がいたことを。

 恐らく、彼女の強みを引き出すには、そういう相手が必要だろうと、そう思っていました」

「………俺のことを、待っていたんですか?」

「そうなります。

 事実、あなたは姫崎さんを見つけ出し、全てを賭けてプロデュースしている」

 

 彼の目が大きく見開いた。

 その表情には、大きな驚愕と困惑が見て取れる。

 

「ただ、全てそれ通りになるとは思っていませんでした。

 彼女も今年で3年生…出会わなければ、出会わないなりにできる限りのことをしました。

 杞憂に済んで何よりですが」

「あなたは…どこまで、何が見えているんですか?」

 

 ……本当に痛いところを突いてくるな。

 これが年下…しかも、私のように見た目詐欺じゃないんだろ?

 同じ人間か疑わしくなってくる。

 

「何でもは知りませんよ。

 知っていることだけ」

「……」

 

 露骨にはぐらかしたのがバレているのか、顔つきはまだ険しいままだ。

 …まあ、ここからは自分で考えてもらおう。

 

「次は私が質問する番ですね。

 学Pさん、あなたは、生きることに意味があると思いますか?」

「……何が言いたいんですか?」

「言葉通りの意味ですよ。

 人が生きることに意味があるのか、を聞いています」

 

 さて、これに彼はなんて答えるだろうか。

 

「よく言うじゃないですか。

 私はこれをするために生きてきたんだとか、私の生きる意味はもうない、とか。

 どう思います?」

「……生きる意味がないことは悪いことだと?」

「いえ、あなたの考えを聞きたいだけですよ。

 良いか悪いかではありません」

 

 そう、善悪で判断できるような問題ではない。

 その人の感性がでる…だから、人の内面を知るには、ちょうどいい質問だ。

 

「………俺は生きることは意味があると思います。

 ただ、その意味は誰かに決められるものではなく、自分で決めるものだとも思います」

「…私好みのいい答えです」

 

 彼が出した答えは、私が想像しているものとほとんど同じだった。

 誰かに言われたとおりに生きるのではなく、自分で進むべき道を決めるべきだと。

 …少し、羨ましいな。

 

「先輩はどうなんですか?」

「生きることの意味…そ(・)ん(・)な(・)も(・)の(・)、(・)あ(・)り(・)ま(・)せ(・)ん(・)よ(・)」

「は?」

 

 彼の呆けた顔は珍しいな。

 だが、そう驚くようなことでもないだろう。

 

「生きる、なんて生物としての事象の一つにすぎません。

 それに意味なんてない。

 生き物が交尾して増えるのに、種の保存以外に御大層な理由なんていらないでしょう?」

 

 みんな難しく考えすぎなんだと、私は暗に彼に言った。

 

「それでも意味があると言い張るのは、人間が傲慢だからです。

 自分の命を、人間の命を、特別視しているからこそ。

 世界規模で見た時には、人の一人二人、生きていても死んでいても大して変わらないですよ」

 

 …私にとって、私だけが特別だった。

 私のために、全員いなくなってほしかった。

 だが、それも今は昔だ。

 

「だから、アイドルは必要なんです。

 人の心に、生きる希望を灯し…何の意味もない、生きるということに、意味を吹き込む。

 これほどに美しいことはないでしょう」

「…」

「ま、ただの雑談ですよ」

 

 じゃないと、私が『あっち』で生きていたのが、こっちで『彼』が生きていたのが………やめだ。

 この思考は邪魔だ。

 

「そう気にしないでください。

 …さて、そろそろレッスンの様子でも見に行きましょうかね」

「俺も行きます。

 姫崎さんの様子を見ておきたいので」

 

 言いながら、お互いにパソコンをしまい、彼は事務所の戸締りを始めた。

 私も使った部分をウエットティッシュで軽く清掃する。

 

 …ふむ、比較的順調にプロデュースが進んでいるようで何よりだ。

 私がアイドルを送り出す、と言った時も目の闘志は欠片も揺らがなかった。

 

 それだけ、彼が姫崎さんを信じている、ということだ。

 

 …『弟』でありながら、『魔法使い』のようなプロデューサーを見せつけなければいけない、姫崎さんのプロデュースは相当難しいと思う。

 それをこなしながら、私みたいなのの相手をしないといけない……なんて厳しいプロデュースなんだ。

 

 私のせいでもあるが。

 

 …余計なことを言ったな。

 適当にはぐらかせばよかったか…いや、直前にもしていたし、できる限りは彼に誠実でありたい。

 

 いや、私も情に絆されたか?

 明らかに言わなくて言いことだった。

 

 …まあ、いいでしょう。

 担当アイドルたちが見ているアイドルたちも、葛城さんと紫雲さんには少し早いかもしれないが、『定期公演 初』の開催が迫っている以上…次のステップにいかなければいけない。

 

 既に日替わりで、彼女たちそれぞれと話す時間を設け、彼女たちの課題やフィードバックは伝えている。

 補修組…特に篠澤さんには少し時期が早いが、そうも言ってられなくなった。

 賀陽さんががほとんど付きっきりで教えていることもあり、段階で気には申し分ないぐらいにはなっている。

 

 事務所に入って見えてしまった以上は仕方ないだろう。

 

 姫崎さんの曲…あ(・)れ(・)、もうできていたのか。

 なら、こっちもそれに相応しい舞台を用意するだけだ。




弟月学

知れば知るほど、関われば関わるほど『噂』の信ぴょう性が増していき、実は全部事実だったのではないかと錯乱し始めている。
プロデュースは順調に進んでいるが、他の3年生組からは姫崎さんをお姉さんと呼ぶやべープロデューサーだと思われていることを、未だ彼は知らない。

先輩の歪みを、今回初めて察した。
だからと言って、どうするわけでもない。
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