『SyngUp!』のプロデューサーは足を引っ張ると殺される   作:プロデューサー科のもの

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36話目

 

 青いスポットライトがいくつも重なり、秦谷さんをステージ上で照らしている。

 会場内は恐ろしいぐらいの静寂が満たしており、誰も物音ひとつ立てない。

 青のインナーカラーと、青と黒の衣装も相まって、とても幻想的な風景だ。

 

 彼女の衣装は、『ツキノカメ』の衣装を可能な限り再現したもので、アシンメトリーのスカート、和服のような袖付きのジャケットに、胸元部分(デコルテ)が鎖帷子のようにも見える網になっているインナー。

 まるで、くノ一が月夜に佇ずんでいるような光景は、彼女の神聖さを十全に引き出していた。

 

 そして、秦谷さんが舞うように踊り始めると同時に、オルゴールが少しだけ鳴るような音が響くとともに、曲が始まる。

 

 ステージの上の秦谷さんは、賀陽さんのようにスタンドマイクではなく、ヘッドセットマイクを装着している。

 これは、『ツキノカメ』の振りがかなり大きく、ステージ上を歩き回るからだ。

 ゆったりとしたテンポで最初は進行するが、その時でも手の振りは実は結構大きい。

 それに、歌詞自体が少なく、歌うよりも踊る方の比重が多い。

 

 それに何より、『ツキノカメ』は彼女の表現力を最大限に出すために、()()()()()()()()()()()

 秦谷さんは表情を作ることも上手いが、手の動きが良い。

 『神は細部に宿る』というが、彼女は動きの所作が一つ一つ丁寧で、手の先、足の先まで意識を一つ一つおいている。

 

 それが、表情と相まって楽曲にストーリー性を持たせている。

 

 『壊れた夢みたい』という歌詞では悲しそうな顔を。

 『夜の底から零れていく涙がほら』では、切なそうな顔を。

 『ねぇ、いつかあの月のように』では、手を振りながら()()を迎えるように嬉しそうな顔を。

 

 そういった表情の作りこみと、振りが歌詞にマッチしている。

 

 これは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()から、彼女にも教える時にその辺を意識して伝えたこともあるだろう。

 だが、それで()()()()()()()()()M()V()と遜色ない程になっているとは予想もしなかった。

 

 私の贔屓目も大いにあるとは思うが、既に彼女は()()()()()()()()()()()()()()()観客の心をわしづかみにして離さない。

 先程まで、太陽に焼かれていた観客たちを、自分の()で塗りつぶすかのように、会場全体を支配していた。

 

 ゆっくりしたペースでペンライトを振っているが、()()()()()()()()()()

 曲が少しずつ、だが確実にテンポアップしていく。

 それに合わせ、会場全体のライトが切り替わるテンポも少しずつ上がっていく。

 そして、一番会場が沸くと確信している、転調の鍵となる歌詞が紡がれる。

 

『さよなら』

 

 その瞬間、会場全体の白と青のライトが、赤と青に切り替わる。

 先程までの清らかなイメージから一転、激しい曲調に変わる。

 ステージの中心にいる彼女は、激しいながらも優美な舞を見せていた。

 会場全体が揺れるかと思うほどの歓声が沸く。

 私も藤田さんも思わずペンライトを激しく振っていた。

 

 ほとんど歌詞がない個所のため、秦谷さんのダンス力が試されるパートだ。

 彼女のダンスは、素早くも正確で無駄のないきれいな所作をしている。

 先程までのゆったりしたテンポの時も、今のアップテンポの時も、彼女のダンスが衰えることはない。

 むしろ、だんだん温まってきたかのように、集中力がさらに上がっているのが見てわかる。

 

『わたしのままで』

 

 そして、曲の激しさが収束し、一気にテンポが落ちて清楚な曲に戻ったかに見える。

 ライトも色調を戻し、青と白の世界が戻ってきた。

 彼女のダンスも少しテンポを落ち着かせて会場全体にいきわたるかのように、会場の端から端まで歩きつつ、ファン全体に意識を向けている。

 落差で風邪をひきそうな勢いだが、会場の熱気はさらに上がっていた。

 

『それでもいいの』

『それでもいい、と』

 

 そして、再度テンポアップが始まった。

 ここからが、一番テンションが上がる部分だ。

 

『わたしはわたしでいたいから』

 

 デン!デン!という激しい音と主に、再度会場全体の白と青のライトが、赤と青に切り替わる。

 再び、激しい曲調に代わり、ステージの中心にいる彼女に誰もが惹きつけられる。

 会場全体が爆発したかと錯覚するほどの歓声が沸き、私も藤田さんも泣きながらペンライトを振っていた。

 彼女のダンスは激しさのピークを迎えている。

 

『あなたのままでいい』

 

 再び曲が収束し、彼女の歌が会場に響く。

 激しい曲から一転し、ゆっくりしたペースで歌を届けているその様は、なんとも秦谷さんらしい。

 そして、そのゆっくりしたペースで確実に届けてくる想いが、私に伝わってきた。

 

 ()()()()()()()()()()()

 

 彼女が歌に込める想い、その想いが伝わったのは私だけではない。

 会場(世界)彼女(宇宙)に吸い込まれ、彼女(空色)に染め上げられているかのような錯覚に陥る。

 今、間違いなく会場にいる全員が、彼女に心を染め上げられただろう。

 

『ミチハツヅキ アスヲシルノ…』

 

 そして、最後の歌詞が紡がれ、柔らかな微笑みと主にポーズを決め、彼女のライブが終わった。

 私も藤田さんも涙が止まらない。

 元々、『秦谷美鈴』のファンだった私が、秦谷さんのライブを見て泣かない自信はなかったので仕方ない。

 賀陽さんの時とはまた別の感動だ。

 藤田さんも、彼女によくお世話をしてもらっていることや、隣で号泣している私がいたから涙が出てしまったのだろう。

 

 だが、アイドルがいつまでも泣いていては、肌が荒れてしまう。

 再び彼女の目元を、ハンカチで優しく拭き取る。

 私もポケットティッシュで再び拭き取った。

 

 周りも放心している人がかなり多く見え、彼女に心を奪われていったことが良くわかる。

 今日、この会場にいる人の情緒はもうボロボロだろう。

 彼らには、最低でも『SyngUp!』のファンになってもらう。

 もっと言うなら、『()()()()』のファンになってもらう。

 

 そして、いずれは『藤田ことね』のファンにもなってもらおう。

 ()()()()()()()()()()()()()()

 わざわざ『初星学園』にまできて、中等部の生徒のライブを見てくれるような観客を、逃すわけにはいかないのだ。

 

 次は花岡さんの出番だ。

 アナウンスの間に、法被を折りたたんで鞄にしまう。

 そして、月村さんの法被をスーツの下に着こんだ。

 藤田さんも、同じように法被を預かって鞄にしまい、羽織っている上着の下に法被を着こんでもらう。

 

 さて、花岡さんのライブは選抜試験(セレクション)以来だが、彼女も中等部の上澄みの一人。

 彼女たちなら問題ないと思うが、今後も何かと争う機会はあるだろう。

 それに、藤田さんよりも()()()()()上だ。

 

 お手並み拝見としましょう*1

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 一方そのころ。

 

 『SyngUp!』のライブ控室、その扉が開かれる。

 出てきたのは月村手毬。

 賀陽燐羽と秦谷美鈴のライブを見た後、そのまま一緒にいると感情を抑えきれなくなってしまうと思い、控室を出ていた。

 賀陽燐羽は秦谷美鈴のライブを舞台袖からずっと見ており、控室にまだ戻ってきていなかったため、控室は空になっている。

 

 

 あのまま控室にいたら、燐羽と美鈴が帰ってきちゃうし…お話したかったけど、自分のライブに影響出ちゃうから、後にしないと…。

 ()()()()はソロアイドルとして、ライブをするんだから、いつまでもあの二人に頼っていられない。

 

 そう思って控室を出たはいいけど…どうしよう。

 特に行くような場所もないのに、出てきちゃった。

 

 そうして、関係者用通路を歩いていると、正面から花岡が歩いてきた。

 次の順番は、彼女の出番なので、ステージに向かっているのかな。

 映像で見慣れた衣装を身にまとった彼女は私に気づくと、スカートの裾を摘まんで挨拶した。

 

「あら、月村さん。

 ご機嫌よう」

 

「…どうも」

 

 『SyngUp!(私たち)』の少し下って聞いていたし、ライブ映像を見た限りも同じだと思ってたけど、こうやって見てみると彼女も立派な強敵だと感じる。

 ()()()()()()()のは見てすぐわかったけど、ことねも一緒だし気にすることでもないかな。

 

 そうやって観察していると、彼女は少しむくれた顔になった。

 

「まぁ、つれませんわね。

 これから、わたし(ミヤビ)と勝負になりますのに」

 

「勝負になるからだよ。

 全力で叩きのめす相手に、仲良くするのも変だし」

 

 私がそう言うと、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。

 

「……何?

 何か変なこと言った?」

 

「いえ、てっきり、『SyngUp!(あなた方)』は他の人には見向きもしていないと思っていましたので」

 

 …確かに、それはそうだと思う。

 私も、美鈴も、燐羽も全員が()()()()と思っている。

 そのためには、一番の強敵がお互いだと思っているけど…。

 

()()()()()()()()()()()()()、間違いじゃないよ。

 そんな実力不足な人たち、相手にしても仕方ないし、時間の無駄。

 でも、()()()()()()()()()()()()()()だから、楽しみにしてる」

 

 他の生徒は相手にならなかったけど、彼女は()()()()()()()()()が目をつけているぐらいだから、強敵なのは間違いない。

 その彼女を倒せば、またトップアイドルに一歩近づける。

 

 でも、彼女は何か気に障ったのか顔を歪めていた。

 

「…ふん、あなたたちのその態度も今日までですわ。

 ソロ部門に『SyngUp!(あなた方)』が参加したことは驚きましたが、ユニットとソロでは勝手が違います。

 今までソロでやってきた私が、いきなりソロで勝負を仕掛けてきたあなた方に負けるはずがありません。

 ()()()()ソロ曲を用意してきたとしても、それも踏まえて勝利を掴んで見せます」

 

 燐羽と美鈴のライブもきちんと見ていたみたい。

 決勝にどちらかが上がることを考えたら当たり前だけど、それで私もソロ曲があるって思っているのは当然かな。

 それに、確かに私はソロでのライブなんて選抜試験(セレクション)での2回しか経験していないし、今回で3回目だ。

 彼女と比べたら、確かに経験の差が劣るかもしれない。

 

 けど、それでも。

 

「これまでの選抜試験(セレクション)を見ても、そう言えるならそう思っていればいいよ。

 それに、どっちの経歴が長いかなんて関係ない。

 その上で、()()()()から」

 

「その言葉、ライブが終わった後でもう一度言えるか見ものですわ。

 それでは、ご機嫌よう」

 

 そう言って彼女はステージに向かって歩いていく。

 …私も、彼女の次が出番だ。

 ライブをきちんと見て、私の出番に備えないと。

 

 ……確か、あっちに行ってたよね。

 燐羽たちは今頃控室に戻っているだろうし、私は花岡のライブを舞台袖で見ていよう。

 その方が、そのまますぐに準備できるし、ちょうどいいかも。

 うん、そうしよう。

 

 そうして、彼女が行った方向に歩いていくと、ステージ裏に着いた。

 既に彼女はステージに上がっており、『初』のイントロが始まっている。

 

 そして、花岡のライブが始まった。

 彼女の『初』は選抜試験(セレクション)の時よりもさらに洗練されていた。

 Vocal()も、dance(踊り)も、visual(ビジュアル)も、確かに()()()私よりも上手かも。

 

 会場全体のボルテージが、今までのライブで温まっていたことで、会場と彼女が一体となって盛り上がっている。

 私も気分が昂ってきた。

 

 思わずコールしたくなるけど、ここで大きな声を出すと周りの人の迷惑になっちゃうから抑えなくちゃ。

 ここからじゃなくて、観客席(あっち)で見たかったな。

 後でプロデューサーから、ライブ映像を見せてもらおう。

 

 私が見てもミスらしいミスもなく、最後まで最大限やり切った彼女が、ステージ上でポーズを決めてライトが落ちる。

 魅入っている間にいつの間にか時間があっという間に過ぎちゃった。

 やっぱり、こっちで待っていることにして正解だったかも。

 

 そう思ってたら、花岡が舞台袖にはけてきた。

 

「ふう…あら、見てたのですか」

 

「凄いライブだったよ。できれば、あっちで見たかったぐらい」

 

 そう言ったら、またポカーンとした顔をしている。

 そんな変なことを言ってないはずなんだけど。

 

「……そんなににこやかに言われると、気が削がれますわ」

 

「は、はぁ!?

 私、そんな顔してないけど!?」

 

「はぁ…賀陽さんと秦谷さんがあんな風になっている理由が分かった気がします」

 

「?

 どういうこと?」

 

「自分で気づいた方がいいですわ。

 さあ、今度はあなたの番ですわよ。

 わたし(ミヤビ)が勝つことはわかっていますが、精々頑張りなさいな」

 

「うん。

 見てなよ、未来のトップアイドルが手始めに中等部の頂点に立つところを」

 

 そう言って私はステージに上がった。

 既にステージにはスタンドマイクをセットしてもらっている。

 それはプロデューサーと打ち合わせをして決めた演出で、後は私が歌って踊るだけになるよう、整えてもらっていた。

 

 今思えば、私はみんなからもらってばかりだ。

 美鈴からは、ごはんと身の回りのことを。

 プロデューサーからは、曲と衣装を。

 燐羽からは、歌い方とレッスンを。

 ことねからは、ダンスを。

 

 それを今、この歌で全部返そう。

 プロデューサーが言ってくれた、『月』のように、優しく照らしてみせる。

 

 スタンドマイクの前に立って、準備が整ったら、曲のイントロが始まった。

 スポットライトが曲のリズムに合わせて断続的に私を照らす。

 そして、私は歌の始まりの言葉を歌って、()()()()()()()んだ。

 

『あのね。』

 

*1
AC6のスネイル閣下風

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