『SyngUp!』のプロデューサーは足を引っ張ると殺される   作:プロデューサー科のもの

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39話目

 

 月村さんが控室から出て行き、残された私たちはユニット部門のライブを見ながら、賀陽さんと秦谷さんをクールダウンさせていた。

 過剰にならない程度の水分補給と、携帯食料での軽い補給。

 髪型や衣装の軽い直しは、既に月村さんたちのライブ中にスタイリストさんにお願いしてやってもらっていたようだ。

 ユニット部門のライブが終わってから、30分程度の休憩があるものの、その間もステージの演出の打ち合わせなどがあるので、あまり時間を取ることはできない。

 

 そのため、休めるうちに休んでもらう方が良いのだ。

 ステージでバタバタしている裏側で、のんびりした時間を過ごしている。

 

 そんな中で賀陽さんが秦谷さんに話しかけた。

 

「ところで、美鈴」

 

「はい。

 なんでしょうか?」

 

「…私に勝ったら、聞きたいことがあるんじゃなかったかしら?」

 

 それは、賀陽さんに…いや、『SyngUp!』にとっての大きな問題。

 賀陽さんが、ここまで実力を落としたことに対しての話だろう。

 

 いきなり言うかと思ったが、秦谷さんは首を横に振った。

 

「もっとゆっくりできる状態になったら聞きます。

 まりちゃんも含めて。

 …プロデューサーへのお願いもありますし」

 

「そういえば、私もプロデューサーを殴らなくちゃいけないんだったわ。

 いい加減、ツケを返してもらわないとね」

 

 なぜか矛先がこっちに向いた。

 心当たりがいくつかあるが…少し背筋が寒くなる。

 藤田さんも私を訝しげに見ていた。

 

「プロデューサー…何をやったんです?」

 

「私が悪いのが確定なんですね。

 否定はしませんが」

 

「やっぱりプロデューサーが悪いんじゃないですか」

 

 気づいたら藤田さんだけではなく、賀陽さんと秦谷さんもジト目で私を見ている。

 大変可愛らしいが、そのままではいられないので、観念して話すことにした。

 

「1つは勝手に担当を増やしたこと。

 せめて相談の一つでもするべきだと」

 

「それは…あたしのせいでもあるんじゃないですか…?」

 

 どう考えても藤田さんに非はないのだが、私が否定する前に賀陽さんが藤田さんを抱き寄せた。

 

「ことねは悪くないわ。

 別に相談の1つでもあれば多少は許せたのに、しなかったのはこいつよ。

 ま、こんなかわいい子を連れてきた点だけは褒めてあげるわ。

 ちゅっ♡」

 

 そう言って賀陽さんは抱き寄せた藤田さんの頬にキスを落とす。

 藤田さんは瞬く間に顔を真っ赤に染め上げた。

 

「ちょ!

 キスはやめてってば!!」

 

「…!

 許しませんよ、ことねさん…!」

 

「何で美鈴ちゃんが怒ってんの!?」

 

「わたしだってりんちゃんにキスされたことないのに…」

 

 なぜ怒っているのかと思ったらやきもちだったようだ。

 嫉妬で頬を膨らませた秦谷さんは非常に愛らしい。

 藤田さんも睨まれていたのに、いつの間にか頬をつついて、秦谷さんが更に不機嫌になった。

 

「何?

 美鈴もやってほしいならそう言いなさいよ」

 

「べ、別にそういうわけじゃ「うるさいわね、ちゅっ♡」り、りんちゃん!」

 

 そんな中で色欲に塗れた賀陽さんが、秦谷さんも抱き寄せる。

 必死に否定していた秦谷さんだったが、同じように頬にキスを落とされてまんざらでもない表情だ。

 

 …眼福ではあるのだが、流石に止めないといけない。

 

「賀陽さん、今は控えてください。

 ファンデーションが落ちてしまいますし、あまり頬にキスをすると雑菌がついて肌荒れの原因にもなります」

 

「人のこと雑菌呼ばわりとはいい度胸じゃない」

 

 賀陽さんを雑菌呼ばわりしたつもりはないのだが、事実、口は雑菌が多い。

 豆しば*1もそう言っている。

 

「そういうわけではありません。

 以前も頬杖をしていた時に矯正してもらいましたが、顔は人が思っているよりも肌荒れしやすく、ニキビができると完全に治るのに4週間ほどかかると言われています。

 撮影など、致し方ない場合は許容しますが、あまりアイドルが顔をべたべた触ったりしてはいけません。

 ましてや、口は雑菌の温床。

 百合百合しい分には見てて微笑ましいのでいいですが、あまり頻繁にしてはいけません」

 

「はぁ、わかったわよ」

 

 だが、賀陽さんはまだ納得していない様子だ。

 もうちょっと締めないとだめだろう。

 

「そんなんだから、『SyngUp!』の性欲担当とか言われるんですよ」

 

「初めて聞いたんだけど!?」

 

「あー…そう言われると納得かも」

 

 声を荒げる賀陽さんとは対照的に、藤田さんは頷く。

 

「ことねさん?

 それはどういう意味ですか?」

 

「だってー、食欲の手毬、睡眠欲の美鈴ちゃん、性欲の燐羽で完璧じゃん」

 

「……そう言われるとしっくりきてしまいますね。

 そういえば、以前にプロデューサーから睡眠欲担当と言われたような…」

 

「美鈴は否定しなさいよ!」

 

 突然の裏切りに賀陽さんが再び声を荒げる。

 

「別によろしいではないですか。

 性欲担当さん」

 

「その言い方はやめなさい」

 

 早くも順応し始めた秦谷さんに対して、賀陽さんの憤りは止まることを知らない。

 …ライブ前にヒートアップさせすぎてもいけないので、この辺が潮時だろう。

 正直、やりすぎてしまったので反省しなければならない。

 

「そうですよ。

 間違ってファンにでもバレてしまってはイメージダウンになってしまうかもしれないので、せめて身内だけにとどめておきましょう」

 

「誰のせいだと思って…!」

 

「ただいまー…ってあれ?

 どうかしたの、燐羽?」

 

 思いのほか早く控室に戻ってきた月村さんは、晴れ晴れした顔をしていたが、賀陽さんの様子がおかしいことに気づいたようだ。

 藤田さんが月村さんに駆け寄る。

 

「手毬、おっかえりー。

 なんともなかった?」

 

「別に何もないよ。

 ただ…()()()()()()()()()()()()だけ。

 だから、美鈴。

 今回は優勝は貰っていくから、精々負ける悔しさを噛み締めるといいよ」

 

 そう話す月村さんは、先程よりも一皮剥けたようだった。

 精神的に成長したという言葉が似合うだろう。

 何があったのか、私が知る由はないが花岡さんとの交流は、彼女に良い影響を与えたことは確かだ。

 

 それを秦谷さんも感じ取ったのか、秦谷さんの()()()()()()()()

 先程までの楽しく話していた時とは違い、ライブ直前の緊張感のある雰囲気に。

 

「ふむ…元々本気でやるつもりでしたが、わたしも()()を出さないといけないみたいですね。

 まりちゃんがせっかくわたし()()を見てくれているのですから…少しだけ、()()()()()()()()()()

 プロデューサー」

 

「はい」

 

「ライブの5分前に起こしてもらえますか?」

 

 その言葉に対して、月村さんと私の反応は対照的だった。

 

「は?」

「ええ、わかりました。

 三位決定戦と決勝の間には少し時間がありますし、決勝は秦谷さんからなので問題はないでしょう」

 

「プロデューサー!

 本気で言ってるんですか!?」

 

 承諾した私に対して、月村さんが掴みかからんばかりに迫ってくる。

 だが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「本気ですよ。

 月村さんも覚悟した方が良いです。

 ()()()()()()()()()()()()…恐らく、私たちが知っている以上に強いですよ」

 

 秦谷さんは、()()()()()()()()()()()()()()一番実力を発揮できる。

 普段は、微睡みの中を歩いている少女が、()()()()()()()()()と言ったのだ。

 

「…!

 そう。本気でやるための準備ってこと。

 そういうことならいいよ。

 ゆっくり寝てなよ」

 

 私の忠告で月村さんも、秦谷さんが本気でやることを察してくれたらしい。

 万全の状態で迎え撃つ覚悟を決めたようで、秦谷さんを止めることはしない。

 

「それでは少し失礼して…隣の控室にいますので、プロデューサー。

 後はお願いしますね」

 

「ええ、お任せください」

 

 秦谷さんはそう言って控室を出て、隣の部屋に入った。

 『SyngUp!』で集まってはいるが、一応控室自体は3人分抑えていた。

 他の二人には必要ないと思って言っていなかったが、秦谷さんには昼寝したくなったら秦谷さん名義の控室を使っていいと伝えている。

 念のために鍵もかけられるようにしており、鍵は控室の中と私が持っているようにし、他の人は気軽に入れないようにしているため、安全性もあるので大丈夫だろう。

 

 藤田さんがマジか…と言いながら秦谷さんを見送っているのを尻目に、私は月村さんと向き合った。

 

「月村さん」

 

「なんですか、プロデューサー」

 

「『背景』を手に入れたんですね*2

 

「…何ですか、『背景』って」

 

「負けられない理由、負けたくない理由、勝ちたい理由、勝たなければならない理由、そういったものを『自分』ではなく、『他人』に見つけることができたということです。

 『理由なき力』は危険ですが、あなたはその『力』を奮う『背景』を手に入れた」

 

 私の言葉に疑問を持った月村さんにそう解説する。

 

 恐らく彼女は手に入れたのだろう。

 『負けられない理由が増えた』と言っていた。

 それは、()()()()()()()()()()()()ということだろう。

 

「また何か難しいことを言ってますね。

 要するに何が言いたいんですか?」

 

 まどろっこしい言い方になっている自覚はある。

 なので、単刀直入に言ってしまおう。

 

「他の人の想いを背負い、前に進もうとする。

 そういう人は、『強い』。

 喜んでください。

 あなたは、この『H.J.I.F』で間違いなく成長しています」

 

「はぁ…そう言いたいなら最初からそう言ってください。

 …当たり前です。

 燐羽にも、美鈴にも負けたくないから…私は前に進み続けます。

 誰よりも、速く、強く、前に。

 そして、高く飛んで…トップアイドルになってみせます」

 

「期待しています。

 あなたにはその素質がある。

 そして、あなたが始めたこの『物語(H.J.I.F)』は、王手に手がかかりました。

 後は…あの傲慢娘をボコボコにしてください」

 

 そうして発破をかけたつもりだったが、月村さんは少し複雑な表情になった。

 

「それはもちろんだけど…プロデューサーって美鈴のこと嫌いなの?」

 

「いいえ、むしろ大好きですよ。

 ただ、あなたが勝つところも、秦谷さんが勝つところも…()()()()()()()ので、両方を最大限に応援すると決めています。

 安心してください。

 後で秦谷さんにも似たようなことを言いますので」

 

「…まあ、下手に隠されるよりいいけど、担当アイドルを陰で罵倒して気持ちいいですか?

 この変態」

 

「焚きつけていいライブになるなら、幾らでも焚きつけますよ。

 そして、あなた方は焚きつけられた方が燃えるでしょう?」

 

「ほんっとうに性格悪いですね!」

 

「お褒めにあずかり光栄です」

 

「褒めてないんだけど!!」

 

 ライブ前だから叫ぶような体力を使う行為は控えてほしいのだが…いや、これぐらい元気な方がちょうどいいだろう。

 

「またライブやるってのに、手毬は元気だナー。

 燐羽は混ざらなくていいの?」

 

「どうせ、そのうちこっちにも矛先が向くから今は放置でいいわ」

 

 私たちを見ながら、遠巻きに話している藤田さんと賀陽さんは我関せずと言った様子だったが、月村さんが賀陽さんに駆け寄った。

 

「燐羽もそう思うよね!?」

 

「ほらきた…」

 

「本当にすぐ来た!」

 

 わーわーぎゃーぎゃーと仲良くしている彼女たちは大変微笑ましい。

 

 ……だが、そろそろスケジュール通りなら、ユニット部門のライブが終わる時間だ。

 現にモニターでも最後のユニットのライブが終盤に向かいつつある。

 

 この後は、30分程度の休憩があるが、その間に私はステージ演出の人と最終チェックを行わないといけない。

 準決勝の結果次第で演出の順番が変わるため、それの調整だ。

 

 なので、最後に賀陽さんにエールを送ってから仕事に戻ろう。

 

「じゃれあうのはこの辺にしておきましょう。

 賀陽さん、花岡さんのライブは見ていましたか?」

 

「ええ、もちろん。

 『初』の完成度はとても高かったし、中等部のアイドルとしてはトップクラスっていう評価は納得ね」

 

「ですが、あなたが勝ちます。

 そうですよね?」

 

 試すように賀陽さんに言うと、賀陽さんは当然のように自信満々に頷いた。

 

「当たり前でしょ。

 負けるつもりで挑むつもりはないし…何より、これ以上、この子たちに無様な姿は見せられないわ」

 

 元々そこまで心配はしていないし、仮に負けたとしてもいい経験になるとさえ思ってはいる。

 だが、当然勝ってほしいと願っているので、その言葉は私の期待を十分に満たしてくれるものだった。

 

「よろしい。

 『太陽(あなた)』の輝きは、今も月村さんと秦谷さん(彼女たち)を照らしていますが…その輝きを、全校生徒に見せつけてください。

 あなたなら、それができる」

 

「…そうね。

 一度、()()()()()()()()()

 私が憧れにならなくちゃ…『太陽』がいつまでも陰ってたら示しがつかないわ」

 

 ……素晴らしい。

 自分からそう言ってくれるまでになったのなら、今回の『H.J.I.F』は大収穫だと言っていいだろう。

 最初に、二人だけで話したあの日を思い出し、涙を堪えて部屋を出るために背を向ける。

 

「期待していますよ」

 

「任せなさい。

 期待以上のものを、見せてあげるわ」

 

 そうして私は部屋を出た。

 

 彼女たちの成長は凄まじいと思っていたが、私の想像を超えているかもしれない。

 いや、私程度の想像なんて、飛び越えてほしい。

 

 そう願ってしまうのは私のわがままだろうが、彼女たちならやり遂げる。

 予感ではなく、確信めいたものが私の中で息づいた。

 

 

*1
第3話「ピーナッしばの巻」参照。

*2
AC6のラスティから

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