『SyngUp!』のプロデューサーは足を引っ張ると殺される 作:プロデューサー科のもの
月村さんは先の私の言葉の真意を拾い上げた。
「目的?
私たちが来年の『H.I.F』に向けて、リハーサル以外の目的もあるの?」
「端的に言うと、『初星学園』のブランド力を上げる、ということです」
「ああ、前も言ってましたね」
月村さんは納得したように頷く。
「ええ、以前にも話しましたが、『初星学園』を見に来る人を増やせば、自ずとあなた方のファンも増えていきます。
ファンの方々をどっぷり『初星学園』沼に落として、あなた方で染め上げてください」
「プロデューサー、それだけではありませんよね?」
……ちょうどよく締めようとしたのだが、秦谷さんに阻まれてしまう。
「……秦谷さん、何のことでしょうか?」
「なぜ、そうしなければいけないのかの説明が抜けていますよ」
「………」
秦谷さんに予想外のことを言われて思わず黙ってしまう。
そこまで話すつもりはなかったし、花岡さんがいる前で話すことじゃないと思っているのだが…しびれを切らした賀陽さんから詰められた。
「さっさと吐きなさい、プロデューサー。
美鈴がこう言うってことは、言いたくない理由でもあるのかしら?」
「…以前にも話しましたが、私は『H.J.I.F』で『SyngUp!』の皆さんにソロ部門の優勝ライブを、ソロではなくユニットでやってもらいました。
あれは、『初星学園』の名に傷をつける行為でした。
あなた方は素晴らしいライブをしましたが、あまりにも無法を働きすぎてしまったため外部からの受けはよくありませんでした。
現にあなた方の評価を下げる一端を担っています。
これに関しては私が犯した失敗の中でもかなり大きいものだ。
先んじて根回ししておけばよかったのだが、生憎間に合わない部分が多く、学内でも反感を買う結果になってしまった。
月村さんが声を上げようとしたが、それより先に私が続けた。
「あの選択に後悔はありませんし、同じ状況であれば今でも同じことをします。
ですが、
もしかすると、学内で
あなた方が結果を出さなければなりませんが…その点に関しては、私はあなた方を信じています。
私一人で責任を取れないことが心苦しいですが…」
絶対に隠し通さなければならない事でもないが、少なくとも担当アイドルではない花岡さんに聞かせるような話ではなかった。
それに……恥ずかしいという指摘はその通りかもしれない。
現に、全員が私を見て嬉しいような、優しいような、意外な目をしている。
「なるほどね。
美鈴にだけ話していたのも、反対させないように立ち回らせてたってところかしら?」
「……バレてしまっては仕方ありませんね。
秦谷さん、何故裏切ったのですか?」
そこまで言わなければならなくなるとは思わなかったので、不満を押し出しながら秦谷さんに視線を向ける。
秦谷さんは悪びれる様子はなく、当然のように反論した。
「プロデューサーは言葉足らずが過ぎます。
正直に言えば、だれも反対しませんよ。
それなのに担当アイドルに隠し事をしようとするので…‥前にも言いましたが、もっとわたしたちを頼ってください」
「それは……そうですね。
ですが、このスタンスを辞めるつもりはありません」
「それは、なぜでしょうか?」
秦谷さんからそう言われるが、答えは決まっている。
「皆さんが喧嘩っ早いからです」
「……へ?
そんな理由!?」
藤田さんが驚きの声を上げるが、当然の事実だろう。
「大事なことですよ。
秦谷さんはそこまでではありませんが、皆さん売り言葉に買い言葉で言わなくていいことも言いそうですので。
今回の件に関しては、『初星学園』のイベントになる以上、下手な情報漏洩は十王会長のみならず、学園長にまで迷惑をかけかねない案件でした。
だから、大事を取って秦谷さんだけに話をしていたのです」
私のプランは周知されては困るものが多いため、拡声器にも近い月村さんたちに情報を流せないことが多い。
良くも悪くも、中等部の話題の中心になっている彼女たちが言いふらしてしまえば、中等部どころか学内にうわさが広がってしまう可能性が高いからだ。
「わ、私たちだって秘密は守れますから!」
「……毎日毎日要らないことを言って、喧嘩を売りまくっているのは誰でしょうか?」
「燐羽、言われてるよ」
「あなたのことよ」
「プロデューサー!
あたしはきちんと秘密を守れますよ~!」
「藤田さんもヒートアップすると言わなくてもいいことを言うでしょう?」
「うぐっ!
そ、それはぁ~…」
「プロデューサー、私はこの子たちとは違うわよ」
賀陽さんは確かに秘密は守るだろう。
義理堅い彼女は、約束事を必ず守る。
それはわかっているが、同時に彼女には致命的な欠点がある。
「賀陽さんは確かに秘密を守れそうですが…隠し事をしていることを月村さんに悟られて、ゴネられた時に絶対に話せないと言えますか?」
「………それは…」
今言い淀んでいることが事実だ。
即答されなかったことで、私の判断基準に間違いがなかったことを察する。
知ってたことだが、賀陽さんは月村さんに滅法弱い。
『SyngUp!』は中等部No.1ユニットと言われているが、他に名づけるなら『月村さん好き好きユニット』と言ってもいいぐらいだ。
秦谷さんもだが、賀陽さんも月村さんを結果的に甘やかし続けている上に、泣きつかれると断れない性だ。
秦谷さんはのらりくらりと躱せそうだが、賀陽さんは良くも悪くも実直なため躱せない可能性がある。
「いえ、賀陽さんが悪いわけではありませんよ。
月村さんが可愛すぎるのが悪いんです」
実際、私も月村さんが本気で泣きついてきたらプランの全てを話してしまうだろう。
仮にだが、プロデューサー科でびえええええんと、泣かれてしまってはプランも何もあったものではない。
でかい幼女には誰も勝てないのだ。
「…………はえ!?」
そんな私の気も知らないで、月村さんが顔を真っ赤に染め上げる。
とても可愛らしい。
「プロデューサーが今度はまりちゃんまで…」
「月村さんは可愛いでしょう?
秦谷さん」
秦谷さんが失礼なことを言っているが、彼女がこれを否定できるはずもない。
「ええ、まりちゃんはとっても…世界で一番かわいいです」
「み、美鈴まで…!」
「その称号はあたしのものなんだけどナ~…」
「あなたたち、いつもこんなトンチキなやり取りしてるんですか?」
「いつもはこんなことしてないわよ!」
花岡さんが思わず零した疑問に、賀陽さんがそう返す。
「ごほん、話が逸れてしまいました。
ですが、これでお判りいただけましたでしょう?」
「うぐぐ……」
「理解はしたけど、納得はしてないわ」
「まあ、そうでしょう。
でしたら、頑張って私の計画を暴いてください。
先んじてプランを見破られてしまえば、私も話さざるを得ません。
若しくは…簡単に口喧嘩に乗らないようにしてください。
安心して話せるようになれば、話す機会も増えるでしょう」
賀陽さんはそう言うが、私にも譲れない点はある。
秦谷さん風に言えば、私だけに迷惑がかかるなら百歩譲って許せるが、
だから落としどころとしては、このあたりだろう。
賀陽さんとしばらく目を合わせていたが、賀陽さんも私が折れないところを見て諦めたようだ。
「……はぁ、そういうことなら仕方ないわね」
「プロデューサー!
私は納得してません!」
「私が中等部に呼び出されなくなったら考えましょう。
……昨日、レッスン中に抜けた理由の一つは、月村さんが授業でのレッスン中に他の生徒に口出しした件でしたね。
『ついてこれないなら邪魔だから消えて』、と言ったと聞いてますよ」
「あ、あれは…無理についてきて体調が悪そうだったから……休んでた方がいいよって意味で…」
「言われた側はそう受け取れなかったようですよ。
ですので、私が呼び出されることになりました」
もっとも、言われた側は折れるどころか奮起して喰らいついたと聞いたことは秘密にしておこう。
今回はよかったが、もしそれで怪我でもしていたらもっと大事になっていた。
「それは…」
ばつが悪そうに口ごもる月村さんに、声を意図的に柔らかくする。
「月村さんが口下手なのは今に始まったことではありません。
治そうと思ってすぐに治るなら、こうなってはいないでしょう。
大丈夫です、月村さんが本当は優しいことは、私たちがよく知ってます。
もう少し、素直になれるようになったら、もっとお友達も増えますよ」
頭を撫でたくなるような衝動に駆られるが、察したのか秦谷さんの圧が後ろから凄いため我慢する。
『ストーリー』では『倉本千奈』や『篠澤広』と仲良くなれていた『月村手毬』も、口が悪かったことは変わらない。
それでも仲良くなれたのは、他二人の性格もあるだろうが月村さんの根が優しいことも理由にあるだろう。
言葉選びは悪いが、相手を思って言っている行為そのものは悪いことではない。
「……うん、ごめんなさい」
「後で言ってしまった方にも謝りましょうね。
私が行ければよかったのですが……秦谷さん、賀陽さん、よろしくお願いします」
「ええ、お任せください」
「はぁ…しょうがないわね」
月村さんが一人で謝れるようになるまでは、他二人にもついてもらった方が良いだろう。
より警戒される可能性もあるが、月村さん一人だと拗れてしまうかもしれない。
花岡さんぐらい、ぶつかり合える気概あれば別かもしれないが、『H.J.I.F』で優勝した月村さんに口を出せる人はそう多くはないだろう。
「……きれいに流されてますね。
詐欺師か何かの方が向いてるんじゃないです?」
「否定できないんだよナー…。
毎回丸め込まれてるし…」
花岡さんと藤田さんがこそこそ話しているが、聞かなかったことにしよう。
幸い、『
さて、大分長いこと話しすぎてしまった。
昼休みにもレッスンをすることが多い彼女たちだが、これ以上は昼ご飯を食べて戻らないと間に合うか微妙になってしまう。
「皆さん、まだ話したりないかもしれませんが、そろそろお昼ご飯を食べないと午後の授業に間に合わなくなりますよ」
「うぇ!?
もうこんな時間!?」
「美鈴!
私のお弁当頂戴!」
「ええ、皆さんの分のお弁当ですよ。
昨日お話しした通り、花岡さんの分も用意しましたよ」
「ありがとうございます。
みなさん絶賛しているので、是非食べてみたかったんです」
「あなたも、わたし抜きではいられなくして差し上げますね」
「今日限りでいいです!」
いつの間にか机の上に広がっていたお弁当の数がやけに多かったのは、花岡さんの分もあったからだったかと勝手に納得した。
一歩間違えたら花岡さんも秦谷さんに呑み込まれてしまうかもしれないが、彼女の我の強さなら大丈夫だろう。
食べているときは無言だった。
別に今回が特別、というわけではなく、打ち上げとかの時以外は私たちは黙食していることが多い。
理由はいくつかあるが、主に月村さんが食事中は静かにしたいスタンスだからだ。
彼女曰く、食事の時は味に集中したいらしい。
作ってくれる秦谷さんも味わって食べてもらった方が嬉しいだろう。
義理堅い賀陽さんも作ってもらっている以上は口出しすることはないし、実家でご飯を作っている藤田さんも同様だ。
花岡さんは一緒に食事をするのは初めてだったが、雰囲気を察して同じように黙って食べている。
時々、あ、おいしいと漏らしているぐらいだ。
秦谷さんが一層嬉しそうにしているのが印象的だった。
「「「「「「ごちそうさまでした」」」」」」
「本当にびっくりするぐらい美味しかったです。
ごちそうさまでした、秦谷美鈴」
「お粗末様でした。
いかがですか、明日もお作り致しますよ?」
「……考えておきます」
「さ、みなさん、午後の授業に間に合わなくなりますよ。
食べてすぐですが、移動したほうがよいでしょう」
「は~い♡
プロデューサー、放課後にまた会いましょうね~♡」
「うわぁ…」
「プロデューサー…きちんと、謝ってきますから」
「ええ、頑張ってくださいね」
「うん!」
そう言って笑顔で事務所から出て行った月村さんに、珍しくサボる気配も見せないで秦谷さんが付いていった。
その一歩後ろを賀陽さんも付いていっている。
二人がいれば大丈夫だろう。
……さて、少しだけ感じていた罪悪感は吐き出せた。
隠してしまおうと思っていたことも、秦谷さんのせい…いや、
気分は少しだけ晴れやかだ。
やはり…この方針は効果的ではあるのだが担当アイドルへの誠実さに欠くという点では不便だ。
それに恥じないように動くことができれば、勝手に知名度が上がっていく点や重要人物とのコネクションができる点では有用なのだが、彼女たちだけには誠実でありたいとも思う。
……隠し事をして驚いた顔を見るのも面白いと、思っている自分がいることはおいておこう。
今回は規模を大きくしすぎてしまったため、どうやってもこの路線しか取れなかったとも思うが、もっともっとやりようはあったかもしれない。
反省点はまた後でまとめよう。
今日の午後はレッスンの立ち合いをしながら、今後のスケジュールのすり合わせだ。
現在はユニットのレッスンもしてもらっているが、残念ながらまたソロの練習を増やしてもらうことになる。
藤田さんと花岡さんにとっては、ソロのレッスン相手が増えていいかもしれない。
折角の機会だったが、来週からは朝の走り込みの参加は控えよう。
少なくとも、4時からの走り込みまでしていたら、『H.G.F』の開催準備が間に合わなさそうだ。
それに、『H.G.F』前にも
準備に手間取ってしまいかねないため、優先度を見直そう。
一番大事なことは、己を知ること。
出来ることと出来ない事の判別は重要だ。
無理をしすぎて体調を壊していいのは『子供』まで。
『社会人』は重要な局面では、熱が出てても会社に出てこなければならないこともある。
だからこそ、体調管理は重要だ。
自分の肩に担当アイドルの人生がかかっている自覚を持ち、外部も呼び込むイベントの成功がかかっていることも加味すると、無茶をできる状況ではない。
以前の『H.J.I.F』時期はそれを疎かにしてしまったが、幸いなことに、秦谷さんのおかげで食事の負担も減っているため、休息は取りやすくなっている。
ここ最近はオーバーワーク気味だったので、気を付けた方がいいだろう。
なので、できることを手早く進めていこう。
明日と明後日は……午後は出かけるのでレッスンの立ち合いはできないな。
学園長にも追加で一言話を通したおかげで、スムーズにアポを取り付けることができた。
試練は「供えもの」だ。
りっぱであるほど
これは担当アイドルに向ける言葉でもあるが…私自身に向けたものでもある。
乗り越えて見せよう。
彼女たちの、担当プロデューサーとして。
でなければ、私が私を許せない。