『SyngUp!』のプロデューサーは足を引っ張ると殺される 作:プロデューサー科のもの
あれから私の業務は多忙を極めた。
3つの単独ライブ、『H.G.F』の準備、外部への宣伝、担当アイドルとの交流、作曲家への依頼と交流etc。
彼女たちのレッスンの立ち合いはその多忙な日々の中でオアシスと言ってもよかっただろう。
睡眠時間を削らないために、今まで使わなかった講義の免除制度にまで手を出そうかと考え始めるぐらいだ。
やむを得ない事情があれば座学をいくつか免除できるもので、担当アイドルがいる場合で成績優秀者のみが使用できるものだ。
だが……プロデューサーとしての実力が分不相応な私が、プロデューサー科の講義をサボるわけにはいかない。
彼女たちに『試練』を強いるのだから、私もそれ相応に努力しなければならない。
なので、スケジュールを見直して焦らず着実に効率的に進めることにした。
経験上、仕事で切羽詰まってしまうとミスを誘発しやすい。
どんなときも慌てず、騒がず、冷静に進めることが必要だ。
…そう思っていたのに、今日は仕事が手につかない。
幸いなことに、既に
来週末にはもう『SyngUp!』の単独ライブだ。
その前に今一度彼女たちと話をしよう。
私からすれば、夢にまで見た『SyngUp!』の単独ライブだ。
『H.G.F』の前座のようになってしまったが、彼女たちの今の集大成を見せることのできるチャンス。
それに……私の中ではっきりさせなければいけないことができてしまった。
『
昨日、『夢』に見て今日はまともに仕事が手につかなかった。
朝、目が覚めたときに顔が濡れていたのは気のせいではない。
情報量の暴力による混乱、情緒をかき回された感覚だ。
……私がもしこっちに来ていなかったら……アレを思う存分楽しめた………
何回でもアレを聞ける私がこっちに来る前の世界にいるであろう、彼ら彼女らが。
アレを見届けることのできなかった自分への悔しさと相まって、今日は朝から私の心はズタボロだった。
わかっている。
『月村手毬』『秦谷美鈴』『賀陽燐羽』と、彼女たちは違うということは。
でも、だからって、アレはないだろう。
『一体いつから』『STEP3』『Superlative』『賀陽燐羽3Dモデル実装』。
『賀陽燐羽3Dモデル実装』は、まぁいいでしょう。
3Dモデルなんかじゃなくて、賀陽さんを見ることができている私の方が……いや、3Dモデルには3Dモデルの良さがある。
やっぱりズルい…。
『Superlative』も、まぁいいでしょう。
1stでの初披露だったこの曲は、私は配信期間中にも何回も聞いた………いや、ゲームのライブ映像も素晴らしい出来だ。
衣装も最高すぎる…。
コミュも最高だったし、やはり『学マス』のプロデューサーはすごい。
やっぱりズルい…。
『STEP3』も、まぁいいでしょう。
元々『紫雲清夏』から実装を始めていく話だったし、『藤田ことね』のそれは『夢』で見てきた。
いつか来るはずだとは思っていたし、話の内容も素晴らしかった。
でも1回見ただけじゃ全然足りない。
やっぱりズルい…。
『一体いつから』は無理だ、許せない。
なんだよあの衣装と髪型は…………卑怯だろ。
コミュも彼女の成長の方向性の一端を見せてくれた。
ライブ映像も最高すぎたし、何故か連続で見せつけられたMVを含めても、2回聞いただけでは全然物足りない。
フルでは1回しか聞けてないし、アレを毎日摂取できるなんて羨ましすぎる……!
朝起きて感慨に更けながらまず最初にやったことは、歌詞の書き出しと曲のイメージの書き出しだ。
完全に同じものを再現することは、
………はぁ、いい加減割り切ろう。
第一、『月村手毬』『秦谷美鈴』『賀陽燐羽』たちが素晴らしいのは当然だが、私が担当している『
誰が何と言おうと、私はそれを信じている。
仮にそうじゃなかったとしても……
そのための『覚悟』はとっくに決めている。
だが、参考にしている以上、無視できない要素が多く出てしまった。
今一度それを確認しよう。
昼休みは何とか誤魔化せていたと思うが、正直今日の記憶がほとんどない。
恐らく、秦谷さん辺りには勘づかれてしまっていると思う。
今はもう放課後。
講義のレジュメをまとめているノートを見て、今日やった内容を振り返りながらパソコンを叩いている。
無意識に講義を受けながらまとめることはできていたが、内容が頭に入っていないため振り返っていた。
レッスン後に『SyngUp!』のメンバーだけ、単独ライブの件と称して呼び出している。
私は彼女たちが来るまでひたすら事務所で仕事を進めていった。
そうこうしているうちに、早めにレッスンを切り上げてくれた彼女たちが、事務所の扉を開いた。
「プロデューサー、いる?」
「お待ちしておりましたよ、レッスンお疲れ様です」
月村さんは普段とは違い、不安そうに事務所に入ってくる。
何かやらかしたのだろうかと思いながら、普段通りに返事をする。
いつも通りに取り繕えているだろうかと考えていると、月村さんはホッとしたように息をついた。
「……よかった、今日、プロデューサー元気なかったから……」
その言葉で、私は秦谷さんだけでなく、もしかすると担当アイドル全員に気づかれていたのではないかと思った。
「ふふ、まりちゃんってば、今日一日、ずっとプロデューサーのことを心配していたんですよ」
「本当に、ず~~~~~~っと、プロデューサー大丈夫かな?
何かあったのかな?って、何度も何度も…」
どうやら相当心配をかけてしまったようだ。
月村さんに申し訳ないことをしたと思った矢先に、月村さんが背後から二人を言葉で刺した。
「な、美鈴も燐羽も同じでしょ!」
「そ、そんなことありません!」
「は、はあ!?」
「美鈴は、プロデューサーから今日の朝の連絡がありません、何かあったのでしょうか…って言って珍しく授業を全部出てレッスンだってまじめにやってたし!
燐羽だって、お昼の元気ないプロデューサー見てから、話しかけても二つ返事だったじゃん!」
「て、手毬!」
「ま、まりちゃん!」
……やはり、私は担当に恵まれている。
授業とレッスンをまじめにやっていることが様子がおかしい判定なのは、この際置いておこう。
大事な時期に無駄に心配させてしまったことを深く後悔し、三人に向けて頭を下げる。
「心配かけてしまったようで、大変申し訳ありませんでした。
単独ライブも来週末だというのに、余計な心配をかけてしまって…」
「何かあったんですか?」
…やっぱり気づかれてしまうか。
「……大したことでは」
「プロデューサー、隠し事はダメですよ?」
誤魔化す方にもっていこうとしたが、秦谷さんに詰められてしまう。
……こうなってはもう無理だ、諦めて話そう。
「……『夢』の話です。
ですが…いい加減、月村さんにも話した方が良いですね」
「『夢』?」
「何、まだ手毬に話してなかったの?」
「ええ、あまり言いふらすようなことでもないのと、荒唐無稽すぎるので、信頼関係ができてないうちは受け入れがたいと思っていましたから。
むしろ、最初に話すことになったほうが計算外です」
最初に全部話した方が誠実だったのだろう。
だが、私が担当になった時の月村さんは、まだまだ劣等感があって信頼関係も築けていなかった。
本当は話すつもりもなかったが、賀陽さんと秦谷さんには問い詰められてしまったので諦めて話したのだ。
「え、なんですか?
……燐羽と美鈴だけ知ってる秘密があるんですか!?
また私だけ仲間はずれにしてたってことですか!?」
「そういうつもりではなかったのですが、結果的にそうなってしまってます」
月村さんの言葉に返す言葉もない。
「プロデューサーの裏切り者!」
「本当に申し訳ありません、月村さん。
全て話すので、許していただけませんか?」
「それだけじゃ許せません!」
許しを請うが月村さんは絶対に許さないとばかりに、首を横に振って顔を背ける。
「今日のご飯は好きなものを食べていいですよ。
それと、単独ライブが成功した暁には、みんなで焼肉に行きましょう」
今の月村さんなら多少多く食べても、大丈夫なぐらいに絞れている。
それに、元々ライブ後は打ち上げで食べに行くつもりだったので問題ないだろう。
食べ物に釣られそうな月村さんは、目がキラキラしているが、騙されないぞとばかりにかぶりを振る。
「………もう一声」
「『H.G.F』の打ち上げも、月村さんが行きたいところに連れて行きましょう」
「……今回だけ、特別に話を聞いてあげます」
墜ちたな。
「ありがとうございます。
それでは……私が、『
もう今日の晩御飯に何を食べようか迷い始めている月村さん相手に、真面目な顔を作る。
月村さんもそれを察してくれたようで、ほわほわしていた雰囲気がなくなった。
そうして私は話した。
賀陽さんと秦谷さんに説明したのと同じように説明した。
担当アイドルを持つ前に『夢』を見たこと、『夢』の中では『ソロアイドル月村手毬』や『ソロアイドル秦谷美鈴』がライブをしていたこと。
『SyngUp!』が解散して高等部に進学した彼女たちの話。
月村さんと秦谷さんに贈った曲は、彼女たちが歌っていた曲を再現させたものであるということ。
『夢』は人生を濃縮したようなもので、賀陽さんのソロ曲はそこから引っ張ってきたものだということ。
そして、『ソロアイドル月村手毬』『ソロアイドル秦谷美鈴』をプロデュースしていたこともあったこと、『賀陽燐羽』が『極月学園』に編入したことまで。
「…こんなところですね」
話し終えた私を月村さんが訝しげに見ている。
だが、その瞳には胡散臭いものを見る目だけではなかった。
「嘘をつかないでください…って言いたいですが、プロデューサーがこんな嘘をつくはずないし、美鈴も燐羽も信じてるんだよね?」
「まあそうね」
「ええ、プロデューサーを信じてますよ」
「なら、私も信じるよ。
それに……『SyngUp!』が解散したっていうのも……理解、できなくはないから」
「まりちゃん…」
月村さんが目を瞑って考えながら、理解を示す。
秦谷さんはどこか寂しそうに、私たちの間で目線を右往左往していた。
「……美鈴も燐羽も、もうわかってるでしょ?
私が二人に比べて劣ってて、
「そう思ったことはありませんよ」
秦谷さんはすかさずそう言うが、月村さんは頭を振る。
「でも、
いつも全力じゃない、美鈴と燐羽にずっと申し訳なく思ってた。
私に合わせて本気を出せない二人に、私に合わせてくれていることが、ずっと悔しかった」
「手毬…」
「『H.J.I.F』で二人に勝負を申し込んだのは、そういう気持ちをプロデューサーが汲んでくれたから。
二人に子ども扱いされたくなくて、私も一人前だってみてほしくて、二人と隣に並べてない自分が悔しくて……だったらぶつかればいいって言ってくれた。
全力でぶつかって、勝てば見てくれるって」
「……プロデューサーは、わたしたちにもきちんとぶつかった方が良いと言ってましたね。
もう、目を背けるのはやめにしましょう。
あまり詳しく聞いていませんでしたが、今一度はっきりさせた方が良いですね。
プロデューサー、『夢』で『SyngUp!』が解散した理由を窺ってもよろしいでしょうか?」
確かに、詳しい話をしていなかった。
もう同じことが起こるとは思えないが、
だが、彼女たちが気になっている以上、話さないわけにはいかないだろう。
「……前提として、私がいる以上、同じことをさせません」
「もちろん、わかっていますよ」
「……『月村手毬』が、二人の足を引っ張っている自分に嫌気がさして、解散を切り出して、大喧嘩に…いえ、『月村手毬』が一方的に怒鳴っていたそうです」
「……わかる気がします」
私の説明に月村さんも、同意するように頷く。
「『秦谷美鈴』は止めていたそうですが、『賀陽燐羽』は解散に乗り気でした。
理由はわかりますか?」
「……燐羽が、アイドルをやめようとしてたからですよね。
本当に…やめるつもりだったんだ」
以前、『H.J.I.F』が終わった後の話し合いで賀陽さんがアイドルをやめようとしていた話はしている。
だが、月村さんはどこか信じ切れてなかったのだろう。
それを実感して、月村さんは俯いた。
「今の『私』は違うわよ」
「知ってる。
知ってるけど……胸が苦しくなる」
「わたしもです。
りんちゃんのことを…止められなかったのは、わたしですから」
「はぁ…二人がなんて言っても、やめるつもりだったわよ。
だから、そんなに泣きそうな顔をしないでちょうだい。
プロデューサー」
賀陽さんが励ますようにそう言うが、月村さんも秦谷さんも悲しそうな顔をしたままだ。
その顔を見たくないのだろう。
賀陽さんに促されるままに続ける。
「『秦谷美鈴』が反対しても、メンバーの二人が解散に乗り気になってしまったので解散ライブをすることになりました。
ですが……解散を巡った口論を撮影されて、それがネットに流出したのです」
「え…?」
「それで『月村手毬』が原因で解散すると、SNSで拡散されました。
その結果……学園内で燃えるなんてかわいいぐらいに、派手にネットで燃え上がったのです」
今考えると恐ろしい。
『初星学園中等部の顔』とも言える立場であった彼女たちが、ネットで派手に燃え上がる……しかも、それを
多少は火消しに動いていたのかもしれないが、矢面にあげられたのは彼女たちだ。
……虫唾が走る。
原因が彼女たちにあったとはいえ、近くに頼れる大人がいない状況というものは、子供の心を大きく揺さぶるものだ。
どんな事情があったのか、もう私に知る由はないが、この件に関してはあまりにも酷だろう。
私の顔つきが険しいことを月村さんも察したのか、思いあたったように私の発言を掘り返した。
「……プロデューサーが私たちにSNSをあまり使うなって言うのは」
「こういうことに巻き込まれるからです。
ですので、『SyngUp!』公式アカウントも私が動かしています。
月村さんだけは、絶対にやらないでくださいね?」
「な、なんで私だけに言うんですか!?」
「一番派手に燃え上がりそうだからです」
「酷っ!」
念を押すと月村さんは心外だとばかりに叫ぶ。
隣で賀陽さんが当然でしょとばかりに頷き、秦谷さんですら目を逸らした。
そして…
「…そして、その炎上を鎮静化させるために『賀陽燐羽』が動きました」
「………は? 私?」
私が端的にそう言うと、当の賀陽さんが一瞬呆けて、自分のことだと遅れて理解する。
「『賀陽燐羽』が『SyngUp!』の解散を、『月村手毬』を非難する人々に向けて、動画で非常に過激な言動を繰り返しました」
「………え!?
そんなことしたら…!」
「……まさか」
「…りんちゃん」
「ちょっと、美鈴!
そんな目で私を見ないでくれる!?
私じゃないから!」
「でも、もし同じことがあったら、りんちゃんならまりちゃんを庇って同じことをしますよね?」
「ぐっ、ぐうううぅぅぅぅぅ!
否定……できないわ…」
「え? え?
どういうこと?」
私の説明で真意を理解できたのは、賀陽さんと秦谷さんだった。
月村さんは、何故までは理解できていないみたいなので、説明することにした。
「炎上を鎮静化させるためには、もっと激しい火種を投げ込んで他に火を移す方が良いということです。
結果、『賀陽燐羽』が炎上して『月村手毬』が解散の原因じゃなかったのかもしれない、という理由で『月村手毬』の炎上は収まりました」
私が詳細に説明すると、賀陽さんは顔から火が出そうなほど耳まで真っ赤になる。
秦谷さんはご機嫌でにこにこ顔になっているし、月村さんは煽るように賀陽さんを横目で見た。
「……ふーん、へー……燐羽って私のこと好きすぎだよね」
「か、勘違いしないでくれる!?
別にそんなんじゃないわよ!」
「その通りですよ。
アイドルをやめるつもりでも、月村さんと秦谷さんのことをずっと気にかけるぐらいですから」
顔を赤くしている賀陽さんが可愛すぎて、思わず追撃してしまった。
「プ、プロデューサー!
それ以上言ったら殺すわよ!」
「りんちゃん、もう隠しても無意味ですよ。
わたしも、まりちゃんもわかってますから」
「はぁ、素直になれないリーダーを持つと苦労しちゃうよね」
「うっ……ぐ……っ……。
……さいっあく」
そう言って、苦々しい顔をしながら顔を真っ赤にした賀陽さんは、やがて恥ずかしくなったのか机に突っ伏した。
いつぞやの秦谷さんと同じ動きをしているあたり、彼女たちの仲の良さが伺える。
そして、私はそれが結果的にどうなったのか話し始めた。
いつも誤字報告、評価や、感想、ここすきなど、誠にありがとうございます。
とても励みになりますので、今後ともお暇なときにお付き合いいただければと思います。