『SyngUp!』のプロデューサーは足を引っ張ると殺される 作:プロデューサー科のもの
秦谷さんの雰囲気がおかしいことは、その後のレッスンでも明らかだった。
鬱憤を晴らすかのように、全力で歌唱しているその姿は普段の彼女の様子からすれば珍しい。
普段であれば全力で歌唱している秦谷さんを歓迎するであろう月村さんでさえ、今の秦谷さんに怯えている。
ボーカルトレーナーさんも、最初は珍しく全力の秦谷さんに喜んでいたが、自身すら圧倒する歌唱している秦谷さんに慄いている。
賀陽さんでさえ、今の秦谷さんは手に余るのか極力見ないようにしている。
花岡さんと藤田さんも怯えきっていた。
………私の招いた責任だ。
このままレッスンをしても、あまり良くないだろう。
「秦谷さん」
「……なんでしょうか、浮気者のプロデューサー」
「私への言葉は全て受け止めますが、それ以上は良いレッスンになりません。
私が悪いのはわかっていますが……少し、事務所でゆっくりしませんか?
今日のレッスンは終わりにしましょう」
「……仕方ありませんね。
それでは、トレーナーこれで失礼しますね。
皆さんも、レッスンが終わったらお待ちしています」
「え、ええ。
秦谷さん、今度はきちんと来てくださいね」
「ええ、もちろんです」
そう言いながら秦谷さんは荷物をまとめ始めた。
月村さんたちも、心配そうに見ているが私はいつも通りレッスンを続けてくださいと伝える。
もし、難しいようなら今日は休養日にしてくださいとも。
だが、月村さんたちは暫くレッスンを続けることにしたようだ。
無理だけはしないように告げて、私は秦谷さんと事務所に戻った。
普段であれば、話しながら歩くことが多いのだが、事務所に戻るまでお互いに無言だった。
秦谷さんは……と言うよりは、人なら誰しもそうだが、嘘や裏切りは嫌なものだ。
私は彼女の信頼を裏切ってしまったと言ってもいいだろう。
最初にそうはしないと言っていたのに、結局それを反故しようとしたのだから、機嫌が悪くなるのも当然だ。
そこまで長いこと歩いてないはずなのに、ようやく事務所に辿りついた気がする。
事務所の椅子に座り、秦谷さんも隣に座った。
私はそのままどう切り出そうかと考えていると、秦谷さんが先に切り出した。
「………プロデューサーは…きちんと、レッスンに出る子の方が、好きなのでしょうか?」
「………はい?」
秦谷さんの言っていることがわからなくて、思わず聞き返してしまった。
「わたしたちだけでは満足されないようなので……少しアプローチを変えた方が良いのかと思いまして」
「真面目にレッスンを受けてくれる人の方が、担当するとしたら楽なのは間違いないでしょう。
ですが、それは結果を出せるならと言う前提の元です。
秦谷さんはそのままのペースが一番素敵ですよ」
秦谷さんは無理にペースを上げるよりも普段通りしてもらった方が良い。
だから、そんな風に考えてもらわなくていいのだが…。
「ふふ、わかりました。
正直なことを言うと、わたしは花岡さんを担当することに関して、そこまで怒っていません。
確かにプロデューサーはわたしと約束しました。
ですが、わたしも、まりちゃんも、りんちゃんも、藤田さんも花岡さんのことを好きになってしまってます」
そうして、秦谷さんはまた少し目からハイライトを消した。
「それに、花岡さんにあそこまで言ったプロデューサーが責任を取らないのは不誠実だと思いましたから」
「……いつの間に聞いたんですか?
花岡さんとの話のことを」
「プロデューサーと花岡さんが話をした後、すぐにです。
藤田さんが花岡さんに宣戦布告をされて、そこからどうしてそこに至ったのかを問い詰めました」
見てないところでそんな一幕があったのか。
……まさか、花岡さんもすぐに詰められるとは思わなかったろうに。
「……では、なぜさっきのようなレッスンを?
あれほど全力の秦谷さんは初めて見ました。
ライブの本気とは違う、月村さんにも似た全力。
まさか、秦谷さんがするとは」
「少しむしゃくしゃしていたのは事実です。
八つ当たりだとはわかっていますが、ボーカルトレーナーに虫の居所が悪い時にお叱りを受けたので……やってしまいました」
「やってしまったで済むほど可愛いものではありませんでしたよ。
皆さん怯えていたでしょう」
「後できちんと謝りますね」
秦谷さんは先程までの重苦しい圧を消して、微笑んだ。
そして、次の瞬間にはまた深刻な表情で私を見ている。
「……プロデューサー」
「はい」
「
……………マジか。
「いつからです?」
「巧妙に隠していると気づいたのは、今日です。
プロデューサーはこれまでメンズメイクはしていなかったでしょう?
先程、お顔をよく見て気づきました。
プロデューサーは観られていることにも気づいていなかった様子ですが」
きちんと家を出る際には隠しきれていたはずだし、講義が終わってレッスン室に入る前にもお手洗いできちんと確認した。
現に、トレーナーさんにも他の皆さんにも気づかれてなかった。
レッスン室にいたときはそこまで顔を見られていなかったと思うが…まさか…
「秦谷さん、実は話に入ってくる前からレッスン室にいましたね?」
「ふふ、プロデューサーの様子が気になったので。
まさかコンシーラーでクマを隠しているとは思いませんでした。
メンズメイクなんて、誰に教わったのですか?」
「中等部のビジュアルトレーナーさんです。
様々な人に会う機会も増えたので、外見だけでも整えておこうと思い、軽く隠せる方法を教えてもらいました」
「……なるほど。
話は分かりました。
ビジュアルトレーナーさんに教えてもらった件に関しては、この際不問とします。
わたしは…
そう言って秦谷さんはこぶしを握りこむ。
もしかして、秦谷さんが怒っていたのは……。
「それに、ここ最近レッスンにもあまり来ていなかったようですし、忙しいご様子でわたしとも以前ほど付きっきりではなくなって、寂しいのですよ」
「それは……申し訳ありません。
私の想定が甘かったんです。
『H.G.F』の規模もここまで大きくするものではありませんでしたし、こんなにプロデュースに影響が出るとも思っていませんでした。
元々は、『学内で行う交流会』程度の規模を予定していましたが、既に私だけの手に収まるものではなくなってしまったのです」
「それはよいのです。
プロデューサーが、わたしたちのことを想ってくれていることは、もう十分すぎるほどわかっています。
わたしが怒っているのは、先の件と
私が秦谷さんたちを頼ってない?
彼女たちを信頼しているからこそ、こんな無茶ぶりとも言えるスケジュールを組んでいるのに?
「そんなことはありません。
既に秦谷さんには食事面で大いに助けてもらっていますし、皆さんに期待しているからこそ、『H.G.F』の規模を大きくすることを止めませんでしたし、推進してきましたから」
「それで……それで、プロデューサーが壊れていくのは見ていられません。
本当なら、『H.G.F』を中止にした方が良いと思うのです」
「それはできません。
既にチケットは販売しましたし、私だけの都合で動かせるものでもありません」
「わかっています!
わかっていますが……プロデューサー、今日はお休みしましょう。
こちらで横になってください」
珍しく声を荒げた秦谷さんは、すぐに冷静になったが縋るように私にそう言って、秦谷さんは事務所に置いている彼女の寝床の隣に座った。
確かに睡眠が足りてない気はしているし、藤田さんにもああ言った手前、少し休んだ方が良いのかもしれない。
秦谷さん、担当アイドルにこうまで言われてしまったら、休むべきだろう。
「秦谷さん、気持ちは嬉しいのですが、流石に秦谷さんが寝ていた布団で眠るわけにはいきません。
今日は帰って寝ようかと思います」
荷物をまとめようとして、事務所に置きっぱなしにしていたパソコンをしまい始めたら、秦谷さんに袖を掴まれた。
「家に帰っても仕事をしているから休めていないのではないですか?
このお布団は昨日お洗濯して、今日取り換えたばかりなので、大丈夫ですよ」
どうやっても逃がさない構えだ。
袖を掴んでいる彼女の手は、がっちり握りこまれてとても振りほどけそうにない。
既に私は彼女に迷惑をかけていることもあり、抵抗する気も起きてこなかった。
「わかりました。
少し横になりますので、秦谷さんは戸締りをしてレッスンに戻ってください」
「いえ、プロデューサーが心配なので傍にいます。
以前、藤田さんの時も逃げないように見張ってくださいとおっしゃりましたよね?」
……どこまでも自分の過去の行いが首を絞めている。
適度に体調管理をしなければいけないと思っていたのに、この様だ。
「……わかりました。
せめてカーテンを閉め切って外から見えないようにと、念のためドアのカギも締めておいてください。
…秦谷さん」
「はい」
「いつも申し訳ありません。
あなたに迷惑ばかりかけてしまい」
「いいえ、そんなことはありませんよ。
むしろ……プロデューサーのお世話をしてあげられる機会はあまりないので、役得です。
わたしにしていただいたように手を握ってあげますね」
秦谷さんはそのまますぐに私の手を握りこんだ。
柔らかい手は、前に握った時と同じようにそれだけで心臓が高鳴るが、前ほどではないように感じた。
それは、私が疲れているからなのかもしれない。
普段であれば、こんな状態なら目が覚めてしまうのに、布団にもぐった体は既に瞼がすとーんと落ちてきている。
「……おやすみなさい、プロデューサー。
夢の中で、会いましょう」
意識が夢と現を彷徨う中、そんな声が聞こえた気がした。
プロデューサーが眠りについたのを見て、わたしはホッと胸をなでおろす。
最近のプロデューサーは見ていられませんでした。
わたしたちの単独ライブ、『H.G.F』の開催準備。
それらが彼の負担になっていることはわかっているのに、
さっきはプロデューサーに少しだけ嘘をついてしまいました。
わたしがあそこまでレッスンに熱を入れた理由は、ボーカルトレーナーにわたしのレッスンが不要だと思わせるためです。
花岡さんのプロデュースの件に関しては、もう仕方ないと諦めていました。
プロデューサーがしたことは、それなりの責任を取る必要があるとわたしも思ったのと……逆の立場であれば、私も怒っていたでしょうから。
ですが…花岡さんのように真面目にレッスンに取り組む方の方が良いのかと聞いたのは、わたしが迷惑をかけてしまっているから。
プロデューサーに………もしかしたら、嫌われたのではないかと、本当に、本当に少しですが思ってしまったのです。
そうではないと、こうして確信を持てるまで、事務所に来て話すまで気が気ではありませんでした。
プロデューサーは今、わたしの目の前で無防備に眠っている。
嫌われていたら、ここまで無防備に眠ることはないでしょう。
……なんて愛らしい。
まりちゃんも可愛いですが、プロデューサーもこうしてみると可愛い顔をしています。
わたしが普段サボっているときに寝ている布団で眠りにつく彼は、とても愛らしい。
お布団をお洗濯したと言ったのは半分本当で半分嘘です。
シーツと布団カバーをお洗濯しただけなので……大丈夫だとは思いますが、においが残っていたら恥ずかしいですね。
手を片方握ったまま、頭を優しく撫でる。
一瞬、少し魘されているようにも見えましたが、安らかな顔で眠り続けているようで安心です。
プロデューサーはいささか無理をしすぎています。
『
中等部でもトップクラスであると自負しているわたしたちのプロデュースを、一人で背負っているのです。
それに加えて、各種ライブ、イベントの準備など、彼の仕事は多岐にわたります。
なのに、彼は自分の仕事に妥協を許さない。
プロデューサーは隠しているようですが、わたしに隠しきれると思わないでくださいね。
……そして、それから帰った後は疲れきっていることも、知っています。
トレーナーさんも、先生方も忘れているようですが、彼はまだ『プロデューサー科の1年生』です。
業界の経験で言えば、わたしたちの方が上。
なのに…わたしたちを正しく導こうと頑張っているのがわかってしまう。
頑張って頑張って……それでもまだ足りないと、ずっと頑張っているのはわかっています。
決してそんなことはないのに。
もう十分すぎるほど、あなたに助けられてきたのに。
あなたの頑張りは、他の誰よりも知っています。
あなたの担当アイドルですから。
なのに、あなたは……自分の弱みはあまり見せてくれない。
わたしたちの弱みは、あれだけ曝け出させるのに。
もっと、あなたのことを教えてほしいと思うのは、わたしのわがままなのでしょうか?
「プロデューサー、そろそろ……あなたのことを、もっと教えてほしいです。
好きなものは知っていますし、嫌いな食べ物も知っています。
ですが、プロデューサーが
全て暴くこともできるかもしれません……でも、
……『夢』を見た。
これは、『篠崎 士野』の夢だ。
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