『SyngUp!』のプロデューサーは足を引っ張ると殺される 作:プロデューサー科のもの
また、作中の描写は筆者の想像が主なので、実際の施設、人物などとは無関係です。
以上を承知の方のみ、閲覧していただきますようお願い申し上げます。
『
生まれて間も無く『施設』の前に捨てられていた彼は、善良な施設の職員の手によって施設で育てられることになった。
それが普通ではないことに気づいたのは、彼が3歳の頃。
俗にいう物心がついてきた時期に、自分と同じような子が施設にやってきた。
『パパー、ママー!
どこに行ったのー!
寂しいよ、会いたいよー!』
そう言って泣く子を見て、『パパ』と『ママ』が何なのかを職員に聞いたのだ。
その時の可哀そうなものを見る目で彼を見た施設職員の顔を、彼は生涯忘れなかった。
人間は誰しも『親』がいる。
『親』がいなければ、『子』は生まれない。
これは、ほとんどの生物に共通していることで、それが欠落することはないだろう。
では、『彼』は?
『親』という存在を知らなかった、『彼』はどうだろうか?
この日本社会において、『親』がいないということは非常に不便だ。
子供だけでは賃貸契約はもちろん、携帯の契約すらできない。
契約全般には保護者記入欄があるし、保証人も必要になる。
つまり、本当に一人ボッチの人間は、家も、仕事も非常にハードルが高くなってしまうのだ。
彼がそれを知ったのは、5歳の時。
施設で他の子どもたちと読み書きを学んでいた時に、人は一人では生きていけないと言われた。
だが、『親』がいない彼も、行く行くは施設を出て行くことになる。
大きくなった『子』が施設にいられないことは、子供ながらに理解していたのだ。
そうして、職員にどうやって生きていけばいいのか聞いて告げられたのは、残酷な真実だけだった。
その職員は
職員は誇張しすぎない程度に、親も保証人もいない子供が一人で生きていくことの難しさを残酷なまでに冷徹に話した。
まだ大人に頼らなければ生きていけない子供にとって、それはどんな恐怖と絶望なのだろう……。
…彼は泣いても無駄なので、ただひたすらふるえて話を聞いているだけだった。
彼は目立つことを嫌った。
自分よりも年上の子が他の子をいじめている様子を見た。
施設の職員も善良なものばかりではなく、先ほどの悪意を持った職員のように気に入らない子供を嬲っている者がいることも目撃してしまった。
それらを踏まえて、日陰者として大人しくしておこうと決めたのだ。
彼は、自分がこの世のカスだと信じるようになり、彼もまたこの日本社会にありふれた、ただ夢も希望もなく、無気力に生きていくだけの人間の1人に育っていくことは、誰が見ても時間の問題だった。
どれだけ弱い者いじめをしている子供でも、悪意を持って子供をいじめる職員でも親がいる。
施設に送られてくる『子』も、元々は『親』がいて、何かしらの事情で『親』と離れ離れになったケースがほとんどだ。
死に別れた『子』が送られてくることもあるが、『親』どころか『親族』、『家庭』を知らないという者はほとんどいない。
では『彼』は?
生まれながらにして親から捨てられた彼は、誰一人心を開ける者はいない。
自分を拾ってくれた善良な職員も、社会の闇に呑まれていじめに加担していることは既に知っていた。
家庭から弾かれ、親や信頼できる大人がいない自分の居場所はどこにもないと考えている。
ましてや、生まれてすぐに捨てられた自分のことをこの世のカスだと信じている。
そんな彼の心は常に空っぽだった。
本来であれば、家庭や大人が行うべき情緒教育を十分に受けられなかった結果だ。
それは、施設の職員の怠慢だけではなく、彼自身が
善良な職員もいたが、それを上回る悪意にさらされ続けた彼の前では無力なものだった。
目立たないようにしていたとはいえ、あまりにも無機質に動く彼が標的になるのは時間の問題だった。
いじめっ子によって見えないところで殴られ、悪意のある職員によって食事を意図的に減らされ、見えないところに傷を入れられる。
それでも殴られたなとか、食事が減ってるなとかぐらいしか思わない。
当然、他の職員に助けを求めようと思うこともなく、自分が嬲られて当然のカスだと信じていた彼の心は空っぽでありながらも、摩耗していた。
「いつも何をされても表情一つ変えないなんて、なんて気持ち悪い子供でしょう!」
これは逆だった……。
彼の心を固く閉ざしたのは、彼女のような悪意ある職員の陰湿な虐待行為が原因だった。
小学校に通うことになったが、子供なのに無感情に動く不気味な子供に寄り添ってくれるものは誰もいなかった。
他のクラスメイトからは距離を明けられ、先生からも扱いづらいもののように扱われ、輪に入ることはない。
友達なんて夢のまた夢で、その上進級したころにはどこからか『親』がいないことが知れ渡り、いじめの標的にされてしまった。
そんな状態でも、彼が助けを求めることはなかった。
親に捨てられるような自分は、どんなこともされて当然の屑だと、もはや刷り込みに近い強迫観念を自分の意識に植え付けていたからだ。
給食がなくても、教科書を破かれても、上靴を切り刻まれても、彼は誰にも助けを求めることはなかった。
しかし、あることがきっかけで、彼は救われることになる。
いつものように彼が食事の時間に施設の食堂に向かうと、テレビの前にはいじめっ子も悪意ある職員も、善良な職員も他の子たちも全員が揃って画面を見ている。
吸い込まれるように彼も画面に視線を向けた。
そして、その中心で歌うのは……何よりも輝く『歌姫』。
誰もが視線を背けることを許されないソレは、彼の目も焼きつけさせた。
初星学園のライブ映像だった。
『H.I.F』と呼ばれるそれは、全国放送をしており、それを職員が自分が見たいこともあってか施設のみんなに見せていたことを知ったのは先のことだ。
『歌姫』の歌声は、これまで聞いたことのあるどの音よりも清らかで、力強くて、美しかった。
それが齎すものは、人の差なんてまるでなく、誰もが彼女に魅了される世界。
その歌声の前では、彼も他の人たち同様に魅了される一人にすぎなかった。
それまで無機質に生きていた彼に、一つの輝きが焼き付いた。
その輝きを受けて、彼は自分はこの世の屑だが、世界にはこんなにも美しいものがあると知った。
そして……できることなら、この『輝き』にもっと近づきたいと願った。
彼女が齎す誰もが魅了される歌の前では、
自分が生きていてもしょうがないと考えていた彼は、自殺を考えたことも一度や二度ではなかった。
だが、自分がこれまで生きていたのはこのためだったのだと彼は理解した。
彼が歩む暗闇の荒野の中に、輝きが灯った。
そこから、彼は無機質に振舞うことを辞めた。
今の自分では、『輝き』に近づくことなんて到底できないと思ったからだ。
『輝き』に近づくためには、自分を変えていく必要があると考えた。
だから、彼は誰よりも人に挨拶をし、誰よりも職員の手助けをし、誰よりも勉強をし、誰よりも人のために尽くした。
これまで彼をいじめていた人たちが、彼をいじめなくなることに長い時間はかからなかった。
どれだけ悪意を持て接しても、それを無償の善意で返してくる彼が怖くなったのだ。
自分の給食を配らなくてもいじめっ子の代わりに給食当番をやる。
教科書を破かれたら、もっと破っていいよとノートも全て渡される。
上靴をずたずたにしたら、靴下もやっていいよと言って靴下も渡される。
渡された方は、いざ渡されるとにこにこしながら渡してくる『彼』の気味悪さに気圧されていた。
恐怖はなかった。
こんな自分に構うしかできない、彼らが可愛そうだなと思っただけだった。
次第に不気味に思われたのか、彼らが彼に物理的ないじめをすることはなくなっていった。
2ヶ月くらいしたころ、次第に教室全体の雰囲気が変わり始めた。
評価を改めるように品行方正になった彼を、貶めていた彼らの評価が返って悪くなっていったのだ。
何故こんなにも頑張っている人の足を引っ張っていたのかと、彼らのせいで彼は今まで酷い目にあっていたのではないかと考える者が出始めた。
そうして、彼をいじめる者はいなくなり、彼は無事にクラスに馴染むようになっていった。
そこにあったものは、偏に『輝き』に対しての憧憬だった。
それから彼は、広く浅くの交流を心掛け、誰からも嫌われない程度に振舞うように尽くした。
これまでの件があって最初は溝があったが、それを取り払うように立ち振る舞ったことで彼はクラスメイトと仲良くなることができていた。
その輪はクラスを越えて、学年、学校全体で知り合いを作るようになっていった。
いじめのターゲットから外されて学校に馴染み始めた彼は、初星学園の存在を調べ上げた。
そして、以前観たライブのことも調べ上げ、そこにいるアイドルに『輝き』に出会うための一番効率の良い手段として、プロデューサー科を志すことにした。
プロデューサー科の現役合格は非常に狭き門だ。
プロデューサー科には、現役のプロデューサーも入学してくるぐらい、敷居が高い。
その現役のプロデューサーを押しのけて、未経験の現役合格を狙うとなると、生半可なことでは叶わないだろう。
それを理解した彼が、狂ったように勉強に取り組んだのは必然だった。
施設職員からの協力を得るために、可能な限り職員の手伝い……料理や洗濯に掃除、下の子の面倒まで、幅広く行った。
その後も、消灯時間ぎりぎりまで勉強に取り組み続け、施設職員からの支援を受けることを可能にした。
そうした結果、奨学金を受けてバイトをしながらではあるが高校に進学することが叶った。
優秀な成績で入学した彼は、その分割のいい奨学金を受け取ることができたため、そのまま成績を維持し続ければ『初星学園プロデューサー科』も夢ではなくなっていた。
彼は自分の運命を自らの手で切り開きつつあった。
彼は本来家庭や大人、両親から学ぶはずの、『正しく生きる』という当たり前のことを、テレビ越しの『アイドル』を通して学んだのだ。
高校に進学した彼は、施設を出ることになった。
施設を出た後も職員が保証人を買って出てくれたこと、奨学金とバイトで金銭的にも大きな不自由がない程度には生活することができた。
バイトと勉強漬けだが、誰にでも話しかけるように心がけていたため、クラスで浮くことはなかった。
特に仲のいい友達を作ることはなかったが、自然とグループに混ざれるようなポジションをキープすることに成功していた。
そうしたある日……彼の『親戚』を名乗るものが現れた。
親戚は保証人を施設の職員から自分にすげ替え、その時は数口会話をしたが、それっきりだった。
親戚自身、何故名乗り出たのか、他の親族に対しての質問には答えることはなかった。
もし、親がいなかったとして、急に出てきた親族に期待することがあるだろうか?
親族は何を考えていたのか、今となっては知る由もないが、少なくとも彼は親族を信用しなかった。
結果的に、施設の職員から親戚に保証人が変わったところで、彼の生活に大きな変わりはなかった。
彼はその後も初星学園を調べ続けた。
アイドルや『H.I.F』、プロデューサー科のことも調べ、彼はプロデューサー科への入学を本気で志した。
彼のきっかけになった『H.I.F』のライブ映像は何回も見返した。
見返すほどに、彼の『輝き』に対しての執着はより強くなっていく気がした。
バイトに勉強、クラスメイトとの交流。
それから『初星学園プロデューサー科』への対策。
それまで無感動に生きてきた彼にとっては大変だが、やりがいのあることだった。
高校2年の終わりに差し掛かるころに、彼は勉強に集中することにした。
プロデューサー科の情報は取りつつも、これまでのプロデューサー科の試験対策を重点的にするために、アイドルの情報を意図的に遮断した。
『アイドル』を追っていると、勉強が手につかなくなることがあったからだ。
それでも、これまでの空っぽの人生が、満たされていく感覚だった。
プロデューサー科について調べて行くにつれ、彼は『アイドル』をより輝かせる『プロデューサー』そのものにどんどん惹かれていった。
『アイドル』の『輝き』に焼かれてしまった彼は、『プロデューサー』になるために必要なものを考え、自ら試行錯誤して能力を身に着けて行った。
彼は、自分がこの世に生を受けた理由を見つけた。
こうして『篠崎 士野』はメジャーリーグのスター選手にあこがれるよりも……『プロデューサー』にあこがれるようになったのだ!
『初星学園プロデューサー科』への合格が決まった後に、
そうして『彼』の幕は下りた、と。
なるほど、実に―――キモチワルイ。
誤字報告、評価や、感想、ここすき、お気に入り登録など、誠にありがとうございます。
とても励みになりますので、今後ともお暇なときにお付き合いいただければと思います。
今回の話を投稿する時に非常に色々考えましたが、思い切って投稿することにしました。
『アイドルマスター』で『プロデューサー』を深堀しすぎても、とは思ったのですが、趣味なので書きたいことを書くことに決めました。
お口に合えば嬉しく思います。