『SyngUp!』のプロデューサーは足を引っ張ると殺される   作:プロデューサー科のもの

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70話目

 

 ……プロデューサーはまだ寝ています。

 時々表情をしかめていますが、頭を撫でてあげると表情が和らぐのがかわいいですね。

 

 今、事務所はプロデューサーのお願い通りに締め切っていてドアのカギも締めています。

 いつもわたしがお昼寝で使っている布団にプロデューサーが……。

 それも、わたしの目の前で、無防備に……。

 

 いえいえ、だめです。

 いくらわたしでもプロデューサーの意識がない時に同衾なんて……。

 それも、プロデューサーが弱っているときにつけこんで、なんて……。

 

 ………プロデューサーの手、がっちりしていますね。

 奇麗な黒髪もきちんと手入れされていて、撫で心地も良いです。

 毎日体と髪をきちんと洗っているようですね、変なにおいもしません。

 えらいえらいですよ。

 

 プロデューサーは普段、わたしたちに触れないようにしているので、こうやって無防備に触りまわせる機会はそう多くありません。

 このチャンスを逃せば、次に同じように触れる機会は暫く後になるのは間違いないでしょう。

 

 

 ………ちょっとだけなら、大丈夫ですよね?

 これはわたしのお布団ですし、わたしが眠っても何も問題ないはずです。

 ドアも閉め切っていますし、誰か来てもすぐには入ってこれません。

 まりちゃんたちがレッスンを終えてここに来るまで、後1時間はかかるでしょう。

 その間なら、誰もここに来るはずはないのです。

 

 

 ……………いいえ、冷静になるのです、秦谷美鈴。

 それで万が一、億が一にでもプロデューサーに嫌われてしまったら………それだけは、あってはならないことです。

 さっきのような思いは、もうごめんです。

 

 今は、この安らかな寝顔を無音カメラで好きなだけ撮るだけで我慢しましょう。

 ゆっくりお休みしてくださいね。

 

 ………動画も撮っておきましょう。

 

 

 

 

 

 いつの間にか日が沈んでいました。

 それにわたしが気づいたのは、廊下で人の気配を感じたからです。

 今の今までプロデューサーを愛でていましたが、この気配は……まりちゃんたちですね。

 

 ドアのカギがカシャンと音を立てて開きました。

 プロデューサーを撫でる手を止められないので、後ろにいる彼女たちが驚いている様子を見ることは叶いませんでした。

 

「ちょ、ちょっと美鈴!?

 何してるの!」

 

「まりちゃん、しーっですよ。

 まだプロデューサーを寝かせてあげてください」

 

「あ、ごめん……じゃなくて、なんでそんなことになってるの?」

 

「プロデューサーがとてもお疲れの様子でしたので、お休みしていただいてました。

 ふふ、とてもかわいらしいでしょう?」

 

「美鈴ちゃんばっかりズルい!

 あたしも、あたしも撫でたい!」

 

「わ、私も!」

 

「順番ですよ、あまり激しくしてしまうと、プロデューサーが起きてしまうかもしれません。

 もう少しで帰らないといけませんから……それまでは、寝かせてあげたいのです」

 

 わたしはそう言いながら、最初に言いだしたことねさんに場所を譲りました。

 その隣でまりちゃんも心配そうにプロデューサーを覗いています。

 

「……やっぱり、相当無理してたのね」

 

「ええ、見てください、りんちゃん。

 プロデューサーの目元」

 

「これって……コンシーラー?

 もしかして………」

 

 そう言いながらりんちゃんがプロデューサーの目元を拭うと、そこにはくっきりとクマが見えてしまいました。

 プロデューサーを撫でていたことねさんも、思わず手を止めています。

 

「やっぱり。

 はぁ、ほんっとバカなんだから……無理するなって、いつも自分が言ってるくせに……!」

 

「……わたし(ミヤビ)のせい…なのでしょうか……?

 わたし(ミヤビ)が単独ライブをしてもらったから……?」

 

 珍しく花岡さんが弱気にそう呟きました。

 担当契約をしていないのに、色々してもらったことの負い目はあったのでしょう。

 でも、それはプロデューサーも同じで、プロデューサーからお願いしたことなのでそれを責めるつもりは誰もありません。

 

「あなたのせいじゃないわ。

 このおバカが自分の都合で勝手にやっただけよ。

 あなたが自分で頼み込んだならまだしも、乗せられた側なんだから、気にすることないわ」

 

「……プロデューサー、あたしにはよく寝て休んでくださいって言ってたのに………!

 自分が寝不足を隠すなんて……隠れてバイト増やしちゃいますよ?」

 

「わ、私が深夜に電話かけたりしたから……?」

 

 まりちゃんまで不安そうにそう呟きました。

 自分のせいでプロデューサーに負担をかけてしまったかもしれない、という不安はわたしもあったので気持ちはよくわかります。

 

 でも、それを押し殺してまりちゃんの不安を取り払うことにしました。

 

「それがないとは言い切れませんが、まりちゃんもここ最近はしていなかったでしょう?

 プロデューサーの自業自得です。

 頑張ってくれているのは、とても嬉しいのですがもう少し自分を省みてもらわないといけません。

 起きたらここ1週間の睡眠時間を問いただす必要がありますね」

 

 わたしは努めてにこやかに言ったはずなのですが、何故かみなさんが距離を取っています。

 ………そんなに怖い顔をしているのでしょうか?

 

「もしかして…美鈴が怒ってたのってミヤビのことじゃないの?」

 

 ことねさんからプロデューサーを奪い取って撫でまわしていた、まりちゃんがわたしに言ったことは本質をついていました。

 プロデューサーからも、謝るように言われていましたね。

 

「先程は申し訳ありませんでした。

 みなさんのレッスンの邪魔をするつもりはなかったのですが……つい」

 

「つい、じゃないわよ。

 おかげで手毬もことねもミヤビも、動きが硬くって教えるのも苦労したんだから」

 

 …………そこまで怖かったのでしょうか?

 少し反省しないといけないかもしれません。

 

「次は気をつけますね。

 話を戻しますが、花岡さんが担当になる件は、そこまで怒っていません。

 時間の問題だと思っていましたし、わたしも花岡さんのこと好きになっていますから」

 

「は、恥ずかしいこと言わないでください。

 ……ありがとうございます」

 

「ええ、これからもよろしくお願いします」

 

 わたしは花岡さんに手を差し伸べて、花岡さんもそれに応えて握手をしました。

 花岡さんがどこか安心したような表情になったのは……先程のレッスンでそこまで怯えさせてしまったのでしょうか。

 

 そうして花岡さんと握手していると、りんちゃんが話を戻してくれました。

 

「じゃあ、なんであんなことしたのかしら?」

 

「ボーカルトレーナーに格の違いを見せつけてあげようと思いまして。

 わたしがレッスンをサボったぐらいで、プロデューサーを詰めるなんて考えないように」

 

「………美鈴ちゃん、もしかしてずっとレッスン室にいた?」

 

「ふふ、答え合わせをすると、ずっとはいませんでしたよ。

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 ことねさんの疑問に答えると、事務所が静寂に包まれました。

 暫くそのままみなさんが、呆けているお顔を見ていると、ことねさんが気の抜けた声を上げました。

 

「………はぇ?」

 

「え、え?

 嘘ですわよね?」

 

「信じるかどうかはお任せします。

 そうそう、花岡さんは標を歌う時にもう少し他の人の声に併せることを意識すると、よりよくなると思いますよ。

 標はみんなで声を合わせるほうが、より映えますから」

 

 わたしがそう言うと、花岡さんは絶句してしまいました。

 よく見ると、まりちゃんたちも顔を青くしていますね。

 

「……美鈴、プロデューサーに少し似てきたね」

 

「まぁ、それは……嬉しいです」

 

「性格悪くなったって言われてるのよ」

 

「りんちゃんも、そんな性格の悪いプロデューサーが大好きですよね?」

 

「……うっさい」

 

「りんちゃんも本当にかわいいですね」

 

「あ、頭を撫でるな!」

 

 わたしがりんちゃんの頭を撫でると、りんちゃんは必死にかわそうとしてきます。

 りんちゃんはわたしの動きを読んで引き剥がしにくるのです。

 

 でも、りんちゃんがわたしのことをよく知っているように、わたしもりんちゃんのことをよくわかっているので、りんちゃんがよけるのを先読みして頭を撫で続けます。

 

 やがて抵抗するのを諦め、少しげっそりした様子で撫でまわされるりんちゃん。

 まりちゃんとは違って普段はあまり撫でさせてくれませんので、大変貴重な一瞬です。

 

 よくも前はまりちゃんと一緒に撫でてくれましたね、仕返しですよ。

 まりちゃんを撫でる権利は、わたしだけのものです。

 

 そうしてしばらく撫でていると、まりちゃんがキラキラした目でこちらを見ていました。

 

「美鈴!

 私も燐羽撫でたい!」

 

「ぜっっっっったいに嫌!

 手毬に撫でられるのだけは無理!」

 

「なんでぇ!?」

 

 まりちゃんはショックを受けていますが、りんちゃんが本気で嫌がってそうなのでまりちゃんに渡すのは止めておきましょう。

 りんちゃんを撫でまわす権利も、誰にも渡すつもりはありません。

 

「あなたたち、静かにしなさい。

 プロデューサーが起きてしまうでしょう」

 

「あ、ごめん、ミヤビ」

 

「って、あなたまでプロデューサー撫でてるの!?

 ……私にも寄こしなさい」

 

「どうぞ」

 

 りんちゃんがプロデューサーの元に行こうとしたので、わたしも撫でる手を止めてりんちゃんを送り出しました。

 

「………ふふ、悪くないわね」

 

 りんちゃんがそう言いながらプロデューサーの頭を優しく撫で始めました。

 その表情はとても優しくて、花岡さんが思わずびっくりしているほどです。

 

 そうしてしばらく雑談していたのですが、まりちゃんが先の件を掘り返しました。

 

「で、美鈴が怒ってた理由ってなんだったの?

 トレーナーに見せつけるって理由はわかるけど、それとは別に感情任せに怒ってたのもわかってるよ。

 美鈴があんなに怒っているの、珍しくてびっくりした」

 

「まりちゃんにも気づかれてしまってたんですね。

 ……見ての通り、プロデューサーが無理をしているのにわたしを頼ってくれなかったこと、プロデューサーが無理をしているのに気づけなかったわたし自身、そしてレッスンをサボってプロデューサーに要らない負担をかけてしまったこと、です」

 

 わたしは内心を吐露しました。

 それは先程プロデューサーにお伝えしたことだけではなく、わたしが隠していたことも。

 

 それを聞いたまりちゃんは、まりちゃんがずっと思っていたであろうことを、言葉にしました。

 

「そう思うならきちんとレッスンに出ればいいのに」

 

「それは…‥わたしのペースではありませんから。

 プロデューサーにも、わたしはわたしのままが素敵だと言われています。

 全力疾走するよりも、ゆっくり歩くわたしが一番だと、プロデューサーが信じてくれているので、わたしはそれに最大限応えたいのです」

 

 わたしが宣言すると、まりちゃんだけではなく他のみなさんもわたしを見て、呆れたような、納得したような顔をしていました。

 まりちゃんは一つ頷いて、口を開きました。

 

「……プロデューサーって私たちのこと信頼してくれてるけど、自分が無理する時だけは頼ってくれないんだよね」

 

「それでこんな様を晒してたら、同じでしょうに。

 自分が倒れたらどうなるか、理解していないのかしら?」

 

「……『SyngUp!』が世に解き放たれて、暴虐の限りを尽くす?」

 

「え、あなたたちそんなことするんですか?」

 

 ことねさんがとんでもないことを言い出しました。

 花岡さんも興味本位でわたしたちを見ています。

 

 わたしたちのことを何だと思っているんですか。

 

「しないわよ、失礼ね。

 でもプロデューサーがいない、ってことはプロデューサーがしている後始末がないってことよ。

 間違いなく、先生は泣きを見るわね」

 

「美鈴も燐羽も先生を困らせてばっかで、本当にまいっちゃうよね」

 

「手毬にだけは言われたくないんだけど」

 

「どういうこと!?」

 

 まりちゃんがそう叫んでいますが、まりちゃんが先生にかけている負担はわたしたちよりも大きいはずです。

 りんちゃんも大概なので、わたしが一番まともですね。

 

 そんなことを考えていると、まりちゃんの大きな声で目が覚めてしまったのか、りんちゃんのおひざ元で声が聞こえてきました。

 

「……ん…ここは…」

 

「おはよう、プロデューサー。

 よく眠れたかしら?」

 

「…………はい?」

 

 プロデューサーの目には、りんちゃんの顔が視界いっぱいに広がっているでしょう。

 混乱しているプロデューサーは、暫くりんちゃんと目を合わせたままでした。

 それでも、りんちゃんはなでなでをする手を止めません。

 ちょっとうらやましいと思ったのは、わたしだけではないはずです。

 

 そのまま暫く放心したプロデューサーは、普段の冷静な様子は全く見られない程動揺して、顔を真っ赤に染め上げていました。

 

 ふふ、本当にかわいらしいですね。

 




誤字報告、評価や、感想、ここすき、お気に入り登録など、誠にありがとうございます。

前話の件では賛否両論頂いて、とてもありがたく読ませていただいています。
少し鬱気味な話にしてしまい、やりすぎてしまった自覚もあるので、反省しています。

先に申しておきますが、バッドエンドが好みではないことだけはお伝えさせていただきます。
それを踏まえていただいて、今後ともお暇なときにお付き合いいただければ嬉しく思います。

追記:秦谷美鈴の藤田ことねに対しての呼び方が誤っていたので修正しています。

 誤:藤田さん
 正:ことねさん
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