『SyngUp!』のプロデューサーは足を引っ張ると殺される   作:プロデューサー科のもの

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77話目

 

 秦谷さんがステージに上がるが、会場のライトは全体的に暗い。

 『ツキノカメ』の衣装に身を包んだ彼女は、ステージに上がるだけで神秘的だった。

 彼女の曲は全体的にライトは暗く、青いライトが軽く上空を照らしているが、それは秦谷さんを照らすには不十分だった。

 そこから、徐々に音が入り始めると同時に、不穏な赤いライトが彼女を少しずつ照らす。

 彼女は右手を上空に掲げ、『初』のラストのように徐々に絞るとスポットライトが彼女を照らした。

 

 『()()()()

 

 私が彼女に託した隠し玉で、彼女の神秘性がより映えて、世界を掌握するに相応しい曲。

 元々、前々から用意はしていたが、彼女に教えるのは躊躇っていた曲だったのだが、彼女たちからの相談を経て教えることにした。

 これを隠すために、本番までお互いに曲を公表しない形にしたのだ。

 

 私の期待通り、『雨夜燕』一色で染め上げられた会場は、開始わずか数秒であっという間に彼女の世界で塗りつぶされた。

 鈴の鳴るようなきれいな歌声に合わない不穏なライトの灯りは、彼女の世界を十全に引き出している。

 観客全てが彼女の作り出した世界に引きずりこまれ、思わず誰もが息を呑んだ。

 

 誰もが物音ひとつ立てずに夢中でライトを振る。

 誰もが彼女の歌を邪魔することを許さない。

 誰もが彼女の一挙手一投足を見逃せない。

 誰もが彼女の歌に耳を傾けている。

 誰もが彼女に心を奪われている。

 誰もが彼女から目を離せない。

 誰もが彼女を崇めている。

 

 それは、まるで厳粛な儀式を行っているようでもあった。

 『秦谷美鈴()』を崇拝する儀式で、その中心の『祭壇(ステージ)』に立つのは彼女は『秦谷美鈴()』の降臨と言ってもいいだろう。

 初披露ということもあるが、元々コーレスがあるような曲ではないため、彼女の世界を邪魔する者はいない。

 

 そのため、この曲で必要なことは………圧倒的な『個』。

 

 秦谷さんの曲はそういう曲が多いが、『ヨルニテ』はその中でも、特に彼女の世界が色濃く出ている。

 歌唱力だけではなく、ダンスでも彼女の世界を表現し、会場は常に暗く(ヨルに包まれ)、彼女だけを見れるほどの灯りで彼女が世界を満たす。

 

 サビに入り、彼女の歌唱力が求められる部分になったが、彼女は自らの役割を十全に果たしている。

 ()()()()()()()()()()遜色がないどころか、贔屓目もあるだろうが私の記憶を更に上回っている。

 それこそ……()()()()()()()()()()()()()()()()だと感じるぐらいに。

 

 私が教えてからそう期間はなかったはずなのに、彼女は完璧に……いや、完璧以上にやっている。

 

 ああ、ダメだ。

 心配なんて元々していなかったはずだが、こうも成長を見せつけられると泣いてしまいそうだ。

 まだ1人目なのに、これで泣いてたらハンカチが何枚あっても足りなくなってしまう。

 私は必死に堪えてステージ上で輝いている彼女に視線を移す。

 

 暗い中で絶対にそんなことはないはずなのに、『祭壇(ステージ)』の上の彼女が微笑みかけてきているような気がした。

 それは、会場にいる人全員が感じているのかもしれない。

 彼女の魅せ方がまた一つ向上している証だ。

 

 そのまま彼女は歌い切り、最後のポーズを決めて微笑んだ。

 

 だが、未だに誰も動けない。

 曲が終わっても、彼女の凄まじいライブの余韻で動くことができなかった。

 

 そして、彼女は一礼してからマイクを持つ。

 

「ありがとうございました」

 

 一拍の間を置いて、会場を走るのは万雷の歓声と拍手。

 

 彼女はそれを十分に身に受けると、やがて右手を掲げた。

 私を含めた観客は、その右手をどうするのかと思い彼女に意識が移る。

 動揺が観客の間に伝わり、歓声が収まってくると『初』の時とは違い、指揮者が最後に曲を〆るように下向きに絞るようにして握りこむ。

 

 それに合わせて会場内のざわめきが完全に収束し、再び静寂が訪れた。

 彼女の支配力が、未だに会場を支配していることを示していた。

 

「ふふ、よくできました。

 みなさん、えらいえらいですよ」

 

 そう言いながら、彼女は空を手で撫でる仕草をする。

 彼女の印象がこれだけで分かる良い演出だ。

 

「それでは、わたしも自己紹介をさせていただきますね。

 わたしは、初星学園中等部3年、秦谷美鈴と申します」

 

 そう言って彼女は頭を下げる。

 それまで彼女のことを知らなかった者も、今のライブだけで彼女が焼き付いただろう。

 

「今の曲は、今日が初披露の『ヨルニテ』。

 微睡む人々を虜にするための歌。

 みなさんの心を『悪いわたし』で満たしていく、刺激的な夢。

 わたしのことを、今日知っていただいた方も多いかと思いますが……秦谷美鈴のことを、好きになっていただけましたか?」

 

『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!』

 

 会場全体から凄まじい叫び声が上がる。

 観客のみなさんは、すっかり彼女の虜だ。

 

「ありがとうございます。

 これからわたしのお友達、先輩方もライブをしてくれますので…楽しんでくださいね」

 

 そう言って彼女は最後に一礼し、再び顔を上げると手を振りながら舞台袖に消えていった。

 彼女が舞台袖に消えていくまでも、ずっと歓声と拍手は止まなかった。

 

 流石は秦谷さんだ。

 期待していた以上の成果を上げてくれた。

 おかげで、今日来てくれた人に『秦谷美鈴』は心に残り続けることだろう。

 

 だが……()()()()()()だ。

 

 この空気の中で……いくら『H.I.F』上位入賞者とはいえ、ライブをするのは相当苦しいものがあるだろう。

 

 私の予想は、次の高等部の生徒のライブを見て確信に変わることになる。

 その次は……藤田さんのライブだが、大丈夫だろうか……?

 

 

 

 

 

 

 

 わたしがライブを終えて向かう先は、『中等部の控室』ではなく、『高等部の先輩方の控室』でした。

 今頃、わたしの後に先輩がライブをしていますが、後でライブ映像を振り返りも兼ねて見るので今はおいておきます。

 それよりも、本当に気乗りはしませんが、()()()()()()()()()()()()()()()()()を済ませることにしたのです。

 

 ノックをして十王会長からの返答が聞こえましたので、そのままドアを開けて中に入りました。

 中には、十王会長と雨夜副会長。

 それに、今ライブをしている先輩を除いた高等部の最上級生のお二人でした。

 

「失礼します」

 

「!

 秦谷美鈴さんね。

 あなたたちの控室は反対側よ」

 

「ええ、重々承知しておりますよ。

 十王会長。

 わたしは……そこで項垂れている先輩に御用があったので」

 

「あなた…」

 

「……は、秦谷か。

 わ、私は認めんぞ!

 私が……星南以外に負けるわけない!」

 

「そう思うならご自由にどうぞ。

 思うことは自由ですから、それを否定するつもりはございません」

 

 わたしは確実に差を見せつけたと思っていますが、本人がそう言うのであれば、それもまたいいでしょう。

 もっとも

 

「でも……誰よりもそう思っているから、そのように項垂れているのではありませんか?

 それとも、珍しいものでも床に落ちていましたか?」

 

「………あ、ありえん。

 先輩方や、同級生ならまだしも、中等部の生徒に、この私が……?」

 

「ふふ、思ったよりも手強かったですよ。

 もっと、楽に勝てると思っていました」

 

「な……!

 何を、言っている……?

 私は『H.I.F』で2位になった、『学園No.2』の、雨夜燕だぞ……?」

 

 面白いことを言う先輩ですね。

 そうおっしゃるなら、わたしはこう返しましょう。

 

「わたしは秦谷美鈴です。

 負けませんよ。

 誰にも。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「だ、だが……お前はサボってばかりでレッスンなんてしていなかったはずだ!

 秦谷のサボり癖は、高等部でも問題になるぐらいには広まっている!」

 

「まぁ、負け犬の遠吠えが気持ちいいですね。

 花岡さんの気持ち、少しわかったような気がします。

 ふふ、レッスンはしていましたよ、少なくとも、()()()()()()()()()()

 

「な、な……!」

 

 明らかに狼狽えて口をパクパクしている雨夜副会長はとても可愛らしいですね。

 ですが…プロデューサーから格の違いを見せつけるように言われてますし……ああ、そうです。

 

「今日は中等部(わたしたち)高等部(あなた方)に挑ませていただく日でしたね。

 まだライブの途中ではありますが、一つだけはっきりしたことがあります。

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

 プロデューサーはこの言葉がお好きなようですし、わたしも最近気に入ってきたので雨夜副会長にそうお伝えしました。

 ショックが大きかったのか、彼女は完全に項垂れたまま沈黙してしまい、見かねた十王会長が彼女と私の間に割って入ります。

 

「秦谷美鈴さん、そこまでにしてくれるかしら。

 それ以上の侮辱は、いくら後輩と言えど見過ごせないわ」

 

「では、最後に一つだけ。

 その立場に甘んじているようであれば、すぐに追い抜きますよ。

 わたしだけではなく、()()()()()が」

 

「……」

 

 雨夜副会長はわたしの言葉が届いているのかわからないほど、黙り込んでしまいました。

 十王会長や他の先輩がいる手前、これ以上喚き散らすようなことはしないでしょう。

 

「それでは、失礼します。

 他のみなさんのライブも、しっかり見てくださいね」

 

 わたしはそう言いながら一礼して、控室を後にしました。

 十王会長からは睨まれてしまいましたが、これでわたしのお仕事は終了と言っていいでしょう。

 

 プロデューサーが期待した、『雨夜燕』と『秦谷美鈴(わたし)』の相性が良い、というのは恐らくこのことですから。

 少し、期待に応えたくて張り切りすぎてしまったことと、邪魔だと思ったことは否定しませんが。

 舞台袖で見なかったことは、返って幸運だったかもしれませんね。

 次の出番がある先輩の前で、こんなふうに崩れ落ちてしまっては士気も下がるというものです。

 

 もしかしたら……少し、言い過ぎてしまったでしょうか?

 いえ、でもプロデューサーが悪いのです。

 プロデューサーが言いそうな言葉選びを選んでいたら、自然とああなってしまいました。

 先程、プロデューサーのせいで昂ってしまったからかもしれません。

 

 それに……()()()()で満足するなら、どっちにしろ来年は彼女は『No.2』なんて名乗れません。

 わたしだけではなく、まりちゃんも、りんちゃんも、ことねさんも、花岡さんも、全員、()()()()は超えてもらわないと困ります。

 本気で『一番星(プリマステラ)』を獲る以上、先輩方にももっと危機感を覚えていただかないと。

 ぬるま湯の中の『一番星(プリマステラ)』になってしまったら、プロデューサーもがっかりしてしまうでしょうから。

 

 『一番星(プリマステラ)』は折れないといいのですが……今すぐにライブをしたら、勝ってしまいそうです。

 でも……ふふ、後はりんちゃんとまりちゃんにお任せしましょう。

 

 そうして控室に戻ると、そこにはことねさん以外が勢揃いしていました。

 わたしが戻ったことにも気づかない程、みなさんモニターに集中しています。

 

 わたしもそちらに目をやると、モニターにはもうことねさんが映っていて、わたしで染め上げた会場を()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 秦谷さんの後のライブが終わり、藤田さんの番になった。

 

 今ライブをした、高等部の彼女にはご愁傷さまとしか言いようがない。

 完全に会場を掌握した秦谷さんの直後、会場が彼女一色で強く染め上げられた中でのライブは、ホームである初星学園のライブのはずなのに、アウェイに感じたことだろう。

 

 そのせいで動きがところどころ硬く、『冠菊』の優雅さが動きの硬さに引っ張られてしまっていた。 

 それでも最後まで通してやりきっており、最後には彼女の色で会場の一部は染め直されたように見えたが、如何せん時間が足りない。

 私の目からしても、もう1曲あれば確実に奪い返せる見込みだが、それを許さなかったあたり秦谷さんの支配力はさすがだと言わざるを得ない。

 

 秦谷さんは私が下したオーダーを完璧にやり切った。

 秦谷さんの圧倒的な実力を見せつけ、高等部の先輩を私たちのフィールドに堕とし、誰が頂点に相応しいか見せつける。

 

 だが…‥その……、もう少しこう何というか 手心というか…。

 いや、私が悪いのはわかってるのだが……。

 

 おかげで、まだ会場に秦谷さんの影響力が残っている状態での藤田さんだ。

 彼女の才能は順調に開花しつつあるが、それでも、まだ本気の秦谷さんに比べたら難しいと言わざるを得ないだろう。

 

 なので、私は大丈夫か不安に感じていたのだが……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ステージに立っている時にも、不安そうな表情は欠片もなく、彼女は楽しそうに立っていた。

 髪にリボンを編み込んだ、『世界一可愛い私』の衣装に身を包み、誰が世界一可愛いのかを証明するために、彼女はそこに立っている。

 そのまま、暗がりの中でスポットライトが彼女を照らし始め、歌い始めた。

 

 私の不安をよそに、彼女は非常に柔らかい動きと歌、表情で会場を次第に魅了していった。

 秦谷さんの引き込まれるような魅力とは違って、全ての動作が可愛く見える動き。

 表情も相まって、彼女がこの歌を歌うに相応しい人物だと教えてくれる。

 Aメロの部分だけで、彼女は秦谷さんが支配していた会場を、自分の可愛さに引きずり込んでいた。

 

 そして、サビが始まる。

 

 まだ、彼女は単独ライブを1度しか行っていないし、『世界一可愛い私』を他所に披露したのはこれで2回目だ。

 なのに、1回目のコーレスでも、会場全体からレスポンスが返ってきた。

 楽しいレスポンスが彼女の曲の特徴と言ってもいいので、奇麗に決まると良く映える。

 

 もうこの時には、彼女は秦谷さんで支配されていた会場を、自分の可愛さで埋め尽くしていた。

 

 そのままサビが終わり、会場全体がペンライトを振りながら彼女のコールを心待ちにしながら、彼女に釘付けだ。

 そして、2回目のサビもコーレスが決まり、間奏に入る。

 彼女は会場に向かって声を大きく張り上げた。

 

「みんなーことねのこと、好きー?」

 

『好きー!!』

 

「えへへっ♡

 ずっと、ずーっと、好きでいてねー!」

 

『Fooooooooooooooo!!」

 

 会場は藤田ことね一色で染まっている。

 

 その間も彼女は笑顔を絶やさず、会場の端から端へ可愛いを振りまいた。

 ラスサビに入り、最後までコーレスで盛り上げ続け、彼女は最後の投げキッスをして、にこやかな笑顔を浮かべながら、楽しそうに曲のラストを飾った。

 必死に涙を堪えていたが、ハンカチで目元を抑えて溜まったそれを拭いとる。

 まだライブは2回目なのに……よく、ここまで成長したものだ。

 

 会場が温かい歓声と拍手で彼女を迎え入れている。

 秦谷さん(ヨル)が支配していた会場に、温かさを取り戻した彼女は、再び声を大きくした。

 

「改めて、初星学園中等部3年!

 藤田ことねで~す!

 あたしの曲、『世界一可愛い私』!

 いかがでしたか?」

 

『最高~~~!!!』

 

「えへへ♡

 とっても楽しんでもらえたみたいで、あたしも嬉しいです♡」

 

『いえええええええええええええい!!』

 

「それじゃあ、次は…あたしのライバルの出番なんです!

 みなさん、期待していてくださいね~~!」

 

 そう言いながら、彼女は振り返ってステージの奥に向かう。

 ステージの奥からは、花岡さんが入れ替わるように出てきて……彼女とハイタッチをした。

 藤田ことねに染まった会場は、それだけで歓声が上がる。

 

 ハイタッチした手を力強く握りこんで、会場に躍り出た花岡さんに会場の興奮は最高潮だ。

 そして……花岡さんのライブが始まった。

 




誤字報告、評価や、感想、ここすき、お気に入り登録など、誠にありがとうございます。
とても励みになりますので、今後ともお暇なときにお付き合いいただければと思います。

『ヨルニテ』のMVが21日に公開されるので、是非見ましょう!
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