『SyngUp!』のプロデューサーは足を引っ張ると殺される   作:プロデューサー科のもの

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92話目

 

 承諾してくれたものの、誰が最初に話すかでお互いに牽制し合っている。

 いくら仲が良いと言っても、恥ずかしい感情はあるのだろう。

 

 こういう時に先陣を切るのは、賀陽さんだった。

 

「…誰も話さないなら、私から話させてもらうわ」

 

「お願いします」

 

「私の夢は……『誰もが憧れるようなアイドルになる』ことよ。

 私が憧れたアイドルのように、人を憧れさせられるような、そういうアイドルになるわ。

 だから……トップアイドルも『一番星(プリマステラ)』も、全部勝ち取ってあげるわ」

 

「り、燐羽……!」

 

 賀陽さんの言葉で月村さんの目が輝いている。

 アイドルを辞めようとしていた彼女が、ここまではっきりと言葉にしたのが嬉しいのだろう。

 

「…そんな目で見られると恥ずかしいんだけど。

 はい、これでおしまいよ」

 

「…もう一つだけ、聞いてもいいですか?」

 

 そう言って端的に切り上げようとする賀陽さんに、待ったをかけた。

 

「何?」

 

「お姉さんのことです」

 

 賀陽さん同じく、端的に言った私の言葉で場を重たい沈黙が包む。

 月村さんと秦谷さんが目を見開き、藤田さんと花岡さんも、尋常じゃないその雰囲気に吞まれていた。

 

「……そこから先は、慎重に言葉を選びなさい。

 ここで()()を言うことの意味を、きちんと考えてから言葉を発することね」

 

「ええ、わかっています。

 わかっていますが……あなたも、私も、そのまま隠しておくだけでは先に進めないでしょう。

 一つ言っておきますが、後で私が話そうとしていることは、私にとっては賀陽さんにとってのこの件と同じぐらい言い難いことだと……勝手ながら思っています」

 

「!

 それは……」

 

「ですが、私は覚悟を決めることにしました。

 あなたにも、と強制させたくはありませんが……歩むなら、()()()()()()()()()()()()

 『夢』を赤裸々に語ってほしい、ということは、そういう意味です」

 

 本当に等しいかどうかは、本人の気の持ちようではあるが……私も、それ相応の覚悟で話すつもりだ。

 だから、賀陽さんにも思いの丈を打ち明けてほしかった。

 

 それを理解してくれたのか、賀陽さんはため息をついた。

 

「………はぁ、わかったわ。

 今だけよ。

 ことね、ミヤビ、口外したら……わかってるわね?」

 

「絶対に言わないから。

 燐羽にはいつもお世話になってるし」

「言うわけないです。

 そんな、恩を仇で返すようなこと、絶対にしません」

 

 二人も承諾したのを確認すると、賀陽さんは語り始めた。

 

「………私には、お姉ちゃんがいるの。

 『賀陽 継』って言ったらわかるかしら?」

 

「当然です。

 2年前の『一番星(プリマステラ)』。

 急にアイドルを引退したのは話題になりましたが……もしかして」

 

「ミヤビの想像の通りよ。

 ことねたちには言ったけど、引退させたのは私」

 

 話の流れから予想はできたのだろうが、それでも花岡さんは驚きの表情を隠せない。

 花岡さん以外は知っていたものの、その顔は暗い。

 

 …改めて聞いても凄まじい話だ。

 学園1位の『一番星(プリマステラ)』を、中等部1年生が抜くなんて、普通に考えておかしい。

 

「あの頃は楽しかったわね。

 大好きで、憧れで一番の目標で…太陽みたいなあの人をしゃにむに追いかけるのが嬉しかった。

 仲間と一緒に、大騒ぎしながら走るのが……楽しかった」

 

 しみじみと語る彼女からは、彼女がどれだけそのために捧げてきたかを表していた。

 どこか覚えがあるのは……気のせいではない。

 

「ようやく夢に追いついて、勢いあまって追い越しちゃって。

 振り返って近くで見たら、目指したひとはボロボロで。

 あちこち穴だらけで―――」

 

 顔を一瞬伏せた彼女は、そのまま顔を上げて私たちを視線で射抜いた。

 

「ぜんぶ、私があけた穴だった」

 

「燐羽……」

 

「後はわかるでしょう?

 アイドルとしての憧れを見失った私は、もう立ち上がる気力もなくなって、レッスンさえ満足にできなくなった。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 心がこもってないライブなんて、認めないし許さない」

 

 賀陽さんの言葉の重みは、その場にいる全員が理解している。

 ファンを楽しませるために積み上げてきているアイドルにとって、それらがないのはファンに対する冒涜だと思って間違いはない。

 

「レッスンが満足にできなくなった以上、そうなるのは時間の問題だと思ってたわ。

 だから、後はタイミングを見計らって、適当に理由をつけて『SyngUp!』を解散して、解散ライブでもすれば、アイドルとしての人生を全うできる。

 手毬と美鈴…それに、ファンの子たちにも無様な姿を見せないで完璧に『賀陽燐羽』のアイドル生命に終止符を打つことができる………()()()()()

 

 言いながら私を見ている賀陽さんは……睨みつけるような表情ではなく、柔らかい微笑みだった。

 

「どこかの誰かさんに唆されて、すっかりそんな気もなくなっちゃったわ」

 

「余計でしたか?」

 

「……本当に性格が悪い。

 嫌々でここまでしないわ」

 

 その賀陽さんの言葉を聞いて、どこか緊迫感があった場の空気が緩む。

 今はそんなこと思ってないと思っていても、彼女のこの話は、月村さんと秦谷さんを不安にさせるには十分だった。

 

「………今だから聞くけど、最初に私が手毬に歌を教えることにしたのは…こうなるってわかってたから?」

 

「なってくれたらいいなと、そういう期待でした。

 賀陽さんがアイドルへの憧れた気持ちを思い出すなら、月村さんが適任だと思ったんです。

 賀陽継さんに憧れて、あなたに憧れて走る月村さんこそが」

 

 当然、打算はあった。

 だが、打算だけではない期待が十分にあって、そうなってくれたらいいなと思っていた。

 

 そして、月村さんは成し遂げたのだ。

 

「……賀陽さんをその気にさせたのは、間違いなく月村さんの才能です。

 私が惚れ込んだ、彼女の魂の歌があなたにも聞こえたでしょう?」

 

「……そうね」

 

 フッと笑って、賀陽さんは月村さんを抱き寄せた。

 秦谷さんがちょっと不満げな表情をしているが、賀陽さんの気持ちを汲んでか口出しはしなかった。

 

「わ、ちょ、ちょっと燐羽!

 撫でるの……やめてって」

 

「ありがとう、手毬」

 

 抵抗していた月村さんだったが、賀陽さんの言葉を聞いて、抵抗をやめて受け入れ始めている。

 

「……うん。

 こっちこそ…ありがとう」

 

「お礼を言われるようなことじゃないわよ。

 ……美鈴も」

 

 言うが早いか、賀陽さんは秦谷さんも抱き寄せた。

 油断していた秦谷さんは、まともに抵抗できずそのまま為すすべなく抱き寄せられる。

 

「ちょ、ちょっとりんちゃん!

 待ってくださ…」

 

 秦谷さんが言い終える前に、賀陽さんは秦谷さんを撫で始める。

 この状態を見るのは、藤田さんと花岡さんは初めてだったからか、目を丸くしていた。

 

 そのまま、賀陽さんは秦谷さんに語り掛ける。

 

「……美鈴には、一番不安な思いをさせたわね」

 

「……知りません」

 

「強がらないの。

 ……美鈴は、私がアイドルをやめたがっていたの、気づいていたんでしょ?」

 

 …そう、『秦谷美鈴』は『ストーリー』上で、賀陽さんが引退したがっていたことに気づいていた。

 それは当然、目の前の秦谷さんも同じだった。

 

「……ええ、当たり……前…です。

 ユニット…メンバーで……大切な……お友達なんですから」

 

 私からは秦谷さんの顔が見えないが、少し泣いているのか、言葉が途切れ途切れに聞こえる。

 

「…なら、私がアイドルをやめるってことが、どういうことかわかってたわよね」

 

「…………りんちゃんは意地悪です」

 

「お褒めに預かりどうも」

 

「褒めてません!」

 

 パッと顔を上げて叫んだ秦谷さんの目元は赤い。

 だが、それに突っ込むような野暮は誰もしなかった。

 

「……私がアイドルをやめたら、恐らく『SyngUp!』は解散したでしょうね。

 プロデューサーが言っていた、『未来』の通りに」

 

 賀陽さんの最後の一押しが、秦谷さんがずっと堪えていたものの堰を崩した。

 それまで……ずっと彼女の中で貯めていたもの、彼女が押し殺していたものが零れ始める。

 

「………そうです。

 ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと……不安でした。

 りんちゃんがアイドルをやめて、『SyngUp!』が解散したら……まりちゃんとも、離れ離れになってしまうかもしれない。

 そうなったらと思うと………不安で、不安で………」

 

 秦谷さんの心境を考えると、そう思っても不思議ではない。

 ずっと一緒だった幼馴染、中等部でできた親友、その両方を失うことの怖さは、中等部の彼女にとっては何よりも恐ろしいものだろう。

 

「美鈴…」

 

 月村さんも、秦谷さんの手を握る。

 ここまで弱々しい秦谷さんは珍しい。

 

「だから、プロデューサーが来てくれた時、チャンスだと思ったんです。

 ()()()()()()()()()()()()()()思っていたので、変えるなら、何か劇的な変化が必要だと」

 

「……通りで最初にプロデューサーが来た時、美鈴も乗り気だったわけね。

 要らないなら、最初のレッスン室の段階で追い出していたでしょう?」

 

「りんちゃんこそ、いきなりレッスンの見学をして行け、だなんて、らしくないことを言っていましたよ?

 ……わたしたちを託せる人を探していたのでしょう?」

 

「美鈴が不安に思っていたのは、わかってたから。

 ………一人じゃ心配じゃない」

 

「……そう思うなら、アイドル、やめないでください。

 もう、やめるなんて……言わないでください」

 

「…わかったわ」

 

 声を上げてはいないが、秦谷さんが賀陽さんの腕の中ですすり泣いているのは、誰が見ても明らかだった。

 そのまま、賀陽さんも秦谷さんの頭を撫で続け、月村さんも秦谷さんの手を握ったまま離さない。

 

 しばらくして、涙を流し終えた秦谷さんが顔を上げた。

 

「……プロデューサー」

 

「なんでしょう?」

 

「ありがとうございます。

 プロデューサーのおかげで、わたしたちの太陽はまた天高く昇り始めました。

 プロデューサーが尽くしてくれたから、わたしの不安もなくなって、今はとても穏やかな毎日を送れています。

 少し騒々しくはありますが、それもまた楽しめる、幸せな日々になりました」

 

「…ええ、よかった。

 最初のころの秦谷さんは、少し張りつめていましたからね」

 

「まぁ、そうでしたか?」

 

「ええ、賀陽さんを深夜まで連れまわしていた、なんて噂に振り回されるぐらいには」

 

「…そんなこともありましたね」

 

 今考えると、当時の彼女はかなり切羽詰まっていたのだろう。

 薄々、タイムリミットが近づいてきていることを察し、打開策がないか考えても見つからず……精神的に追い詰められていたのだと思う。

 

「あの時に比べたら、だいぶ余裕ができて……今の秦谷さんの方が、素敵ですよ」

 

「ふふ、ありがとうございます。

 では、次は私の夢を正直に申し上げますね」

 

 秦谷さんは賀陽さんの腕の中から抜け出して、自分の席に座りなおした。

 その目はまだ少し赤いが、だいぶ落ち着いたみたいだ。

 

 月村さんも同じように抜け出し、座りなおす。

 二人分のぬくもりがなくなった腕を見て、少し寂しそうにしながら賀陽さんも座りなおした。

 

「わたしの夢は……大それたものではありません。

 世界中の人々がわたしだけを見て、夢中になってほしいんです」

 

「……は?」

「……へ?」

「……ん?」

「……え?」

 

 さっきまでの湿っぽい話との話の落差もあってか、私と秦谷さん以外の全員が頭に疑問符を浮かべる。

 

「ライブに来ていただいたファンの皆さんに、二度と忘れられない体験をしていただきたいだけなんです。

 皆さんの人生に、自分の手で大きな爪痕を残したいんです。

 あらゆる娯楽の中から、秦谷美鈴を選び続けてほしいんです。

 今まで大切にしていたものが霞んでしまうくらい……わたしに夢中になって欲しい。

 ……たったそれだけ」

 

 知っていたが、これを恐らく言葉にするのは、()()は初めてだろう。

 だが、秦谷さんもそれを知っていて、改めて言葉で宣言するのだ。

 他ならぬ、自分自身の想いを。

 

「そして、のんびり歩いて、どこよりも高いところであくびをしたいんです。

 誰もいけないようなところへ、みなさんと一緒に行けたら、とても心地よいと思うのです」

 

 なんて傲慢なと、普通の人なら思うのだろう。

 だが、ここにいる全員が、彼女が本気で言っていることを理解しているし……実際に、みんなでトップに立ったら、それはいい景色が見れそうだと思ってしまっていた。

 

「それが秦谷美鈴の……わたしの『夢』です。

 アイドルとしての……ささやかで、可愛らしい願いでしょう?」

 

「ええ、秦谷さんらしくて、とても良いと思います」

 

 彼女の微笑みに、私も同じくにっこり笑って返す。

 秦谷さんと仲良く笑い合っていると、周りの4人がドン引きしているのに気づくのに遅れてしまった。

 

「美鈴、そんなこと思ってたの!?」

「え…怖…私でもそこまでは思ってないわよ」

「冗談……なわけないよナー…」

「冗談だと思いたいですけどね」

 

「ふふ、プロデューサーは最初からご存じでしたね」

 

「『未来』の知識として知っていました。

 実際、直接会うまでは半信半疑でしたし……いくつか異なっている部分もありましたが」

 

 彼女が『ツキノカメ』を歌うまでは、どうかわからなかった。

 あの時、彼女の歌に込められた想いを感じたから……それが、真実なのだろうと察したのだ。

 そして、それは『H.J.I.F』、『H.G.F』のライブを通しても明らかだった。

 

 それに『秦谷美鈴』なら、みなさんと、とは言わなかっただろう。

 それが……目の前の彼女らしさを感じることができて、胸が熱くなる。

 

 秦谷さんはそれを聞いて、なら、とほほ笑んで続けた。

 

「もう一つ、最近できた夢もあるんですよ」

 

「そうなのですか?」

 

「ええ……あなたに、わたしを、わたしたちを助けてくれたあなたに、()()()()()()()()

 

 ……秦谷さんの言葉を、私はすぐに呑み込めなかった。

 

「……私に、ですか?」

 

「プロデューサーは、自らを低く見過ぎです。

 まるで、自分には分不相応だと言わんばかりに、自分のしてきたことを、低く見ているところが多々あります。

 心当たりはありますね?」

 

「……ええ、あります」

 

 だって、()()()()()()()()()()()()()()()から。

 

 私は正真正銘『初星学園』の門をくぐる資格がない人間。

 それを、欲望のためだけに無視してきた。

 

 私利私欲のために、彼女たちを利用している。

 一番大事な彼女たちを利用している罪悪感は、ずっとあった。

 

 それでも彼女たちに恥じないように、精いっぱいの虚勢を張り続けていたつもりだが、秦谷さんにはバレていたらしい。

 恐らく……彼女以外も気づいていたのだろう。

 

 現に他の全員が頷いている。

 

「その理由も、これからお聞きできると思いますが……どんな理由があれど、あなたのしてきたことは、わたしにとってはとても大切なことです。

 深く、暗い闇の中に沈んで行ってしまいそうな、わたしを引っ張り上げてくれたのは、あなたです。

 まりちゃんと向き合う機会を与えてくれたのは、あなたです。

 りんちゃんをアイドルに戻してくれたのは、あなたです」

 

 秦谷さんは、言いながら立ち上がり私の目の前まで歩み寄った。

 

「あなたがプロデューサーで、本当によかった。

 どこまでも一緒に、歩いていきましょうね。

 わたし()()の、プロデューサー」

 

 優しく微笑む彼女の笑みは、どこかで見たような満開の笑顔で……。

 

 ああ、そうだ。

 私が初めて見た時の、『秦谷美鈴親愛度10話』の時と同じ……。

 重ねてはいけないと思っていても、重なってしまう、私の大好き()()()『彼女』と……。

 

 だが……目の前の少女の方が可愛く見えるのは……錯覚ではない。

 

「……そうですね……私の話をさせていただいた後に、みなさんが見放すようなことがなければ、そうできるようにしましょう」

 

 気が付いたら、言うつもりがなかった言葉を口にしてしまっていた。

 どこまでいっても、『プロデューサー』ではない私が、それを求めるのは烏滸がましいと思っていたのに…。

 

「何度も言いますが、見放すようなことはありません。

 むしろ……絶対に、逃がしませんから」

 

「………期待してしまいますよ?」

 

「どうぞ、存分に期待してください。

 わたしが、今まであなたの期待を裏切ったことがありましたか?」

 

 その返答が嬉しくて、嬉しいけど恥ずかしくて。

 

「レッスンのサボりでは、毎回ですかね?」

 

 そんな誤魔化し方をしてしまった。

 

「まぁ、ひどい。

 担当アイドルにそんな言い方、傷ついてしまいますよ?」

 

「傷つくのはトレーナーに毎週詰められる私ですよ」

 

「浮気ですか?」

 

「誰のせいだと」

 

「ふふ……プロデューサー」

 

「…なんでしょう?」

 

「これからも、わたしを、わたしたちをよろしくお願いします」

 

「……ええ、任せてください。

 拙いなりに、全身全霊でやらせてもらいますよ」

 

 それは、私が自分自身に言い聞かせる言葉であると同時に、私の覚悟を決めるための言葉だった。




誤字報告、評価や、感想、ここすき、お気に入り登録など、誠にありがとうございます。
とても励みになりますので、今後ともお暇なときにお付き合いいただければと思います。

アンケートの結果を随時確認していますが、圧倒的な『篠澤広』人気……!
当小説で彼女が登場するのは……何時になるのでしょうか。
気長に待っていただけると嬉しいです。

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