河川敷で一人突っ立っていたお兄さんに声をかけた。
お兄さんはゆっくりと後ろを振り返り、水色の瞳を細めた。あからさまに「誰だお前」と訝し気な表情を浮かべている。無理もない、突然知らない男から声をかけられたら不審がるのも当然だ。
なのでここはお兄さんの警戒を解くべく、一枚の紙を差し出しながらちょっとだけ声色を明るくして口を開いた。
「宗教、興味ないですか?」
「ーー学生が宗教勧誘とは、世も末だな」
「神の見分を広める役目に年齢制限などありません。
信仰者となれば赤子も老人も皆、神は平等に幸福と愛を分け与えてくれますよ」
「んなもんいらん」
そう言って俺の言葉もまともに聞かずさっさと去ろうとするお兄さんの前に立ち「待ってください」と両手を広げて引き留める。まだ概要すらちゃんと説明していないのだ、みすみす帰すわけにもいかない。
ああ、そんな怖い顔をしないでください、ただの勧誘です。
「退け」
「とりあえずお話だけでも聞いてください。
俺が見た限り、貴方は神からの救いを欲しているようにお見受けします、いや間違いない」
「どの目線で語ってんだテメーは」
信者目線です。
俺から見てもお兄さんは神に救われたがっているように見えるんですよ。自覚は無いのかもしれないけれど無意識のうち顔に出てしまっているのだ、神からの救いを切望する同情の余地しかない哀れな訴えがビシバシ俺の心に伝わってくる。
ツギハギだらけで表情は読み取りにくいが、直感的に導いてあげなきゃって思ったよね、うん。
それに――
「犯罪に手を染めてしまう程、追い込まれているんですよね」
この言葉にお兄さんは図星とでも言わんばかりに俺をキツく睨んだ。よかった、反応からして人違いではなかったらしい。
近くのコンビニで万引きしてましたよね。俺、見てましたから。
「脅しのつもりか」
「いいえ、脅しているつもりは一ミリたりともありません。俺は純粋にお兄さんを救いたくて勧誘しているだけです」
けれどもお兄さんはずっと警戒心マックスで俺と距離を取り続ける。勧誘用のチラシすら受け取ってくれない。折角俺が五分かけて完成させた大傑作なのに……信者の人たちからは不評だったが。
でも効果が得られないのであれば仕方がない、また別の方法に移ろう。
確かバッグの中に……お、あった。
「実は初回サービスでハンマーを無料配布してるんですけど……」
「俺の理解の範疇超えて勧誘し始めるのやめろ」
「そうですよね、信者の方々も最初は驚かれるんですよ。流石に無料でハンマーはお得すぎますよね……」
「明らかにソイツらが驚いてんのソコじゃねーだろ」
何故だか最初とは打って変わってちゃんとお話ししてくれるようになった。それを証拠に「一応聞くが用途は?」と初めて質問してくれた。どうやら少しは興味を持ってくれたらしい、大躍進である。
「俺もよくわからないんですけど両親が言うには、この聖なるハンマーで家にある神棚を壊すらしいですよ」
「ここまでわからんとなってくると逆に気になってくるのがまた癪に障る」
「でしょう」
「貶してんだよ誇るな」
この前うちのおばあちゃんが「邪教!!」って叫びながら信者の方の家にあった神棚壊して回ってました。良い音鳴らしながらクラッシュしてましたよ、80代後半であの動きは中々のもんです。
もう尊敬しかない、これならSASUKE出演も夢じゃないよおばあちゃん。目指せ第二の長野誠!
「と、いうことでもしお時間があればこのチラシに書かれてあるところまでお越しください。
電話でも可能ですよ」
「何が『と、いうことで』だ。何一つ伝わってねーぞ」
「すみませんお兄さん……もっと詳しくお話させていただきたいんですけど、生憎俺の方も門限が近づいてきてまして…………」
「次会った時はもっとわかりやすく簡潔にまとめてきますね」と言えば「ああ、二度と会わんことを願うテメーみたいな異常者と」と遠い目をしながら呟いていた。ああ、俺のプレゼン能力が皆無なばかりに……。