「お腹空いてるんですか?」
コンビニのパンコーナーにいたツギハギのお兄さん。
一昨日ぶりである、まさかこんなに早く再会できるだなんて思ってもみなかった。以前は俺の門限が迫っていたせいでちゃんとした説明ができず、勧誘も失敗したうえすぐにサヨナラすることになってしまって申し訳なく思っていたものの再びチャンスが訪れた。これぞ運命というやつなのだろうか。
しかしお兄さんは俺のことを見るや否や嫌そうな顔をして「またお前か」と呟いた。きっと空腹のあまりご機嫌斜めなのだろう、可哀想に。
「どれが欲しいんですか? 万引きさせるぐらいなら俺が奢ります。遠慮なさらず」
「余計なお世話だ」
「じゃあ……あ、プレゼントしたいです」
「言い方変えたら良いってもんじゃねーんだよアホ」
余計怒らせてしまった。
なんだろう……何がダメなのだろう。もしかしてパンは嫌だったとか。気分じゃなかったとか? パンコーナーにいたのはたまたま?
うむ……このお兄さんの生態はよくわからないな。
とりあえず定番のメロンパンとかそのあたりでも買っておこう。間違ってたらまた買いなおせばいいし。
「入信して修行に参加していただければ食事は用意できますよ。そしたら空腹に困ることもなくなります」
「ほっとけ、俺に構うな」
そう言ってフイと顔を背けるお兄さん。中々心を開いてくれない。
ほっとけ、なんて言われても……見捨てるなんてできませんよ、困っている人を救いへと導くのが俺の役割なんだ。与えられた役目はちゃんと全うしないといけないってお母さんが言ってました。
ここは無理やりにでも奢らせ……いや、プレゼントさせていただきますからね。
メロンパン、クリームパン、やきそばパンの三つを手にとり、文句を言われる前にお会計へ。後ろであーだこーだ言っている声が聞こえるが関係ない。俺は俺の使命を果たすだけだ。
「余計なことしてんじゃねぇよ、お前に同情される筋合いなんざない」
「えーっと5円あったかな……」
「聞こえてんだろコラ」
あれ……やっぱりないなぁ。お会計はピッタリ出す派なので罪悪感あります。
***
「――やっぱり入信してくれないんですか?」
「興味ない、諦めろ」
偶然コンビニでツギハギのお兄さんとバッタリ出くわし、お腹を空かせていたみたいだったのでパンを奢ってあげた俺。
最初は遠慮からか受け取りを拒否し続けていたお兄さんだが、根気強く説得を続けていたら渋々といった様子でやきそばパンを貰ってくれた。
今は河川敷にて二人並んでパンをもぐもぐ。美味しいです。コンビニとて侮れませんね。
「あ、食べ終わったら『ラーメン』って言って祈ってくださいね。麺類は聖なる食べ物らしいので」
「最早何を崇め奉ってんのかさえわからなくなってくるレベルで意味不明なんだが」
「もしや空飛ぶスパゲッティ・モンスター教をご存知ない……?」
「お前……そろそろ俺が理解できるような話ぐらいしてみせろよ。一周回って心配になってくるぞ」
えー……結構有名だと思ったんだけどなぁ空飛ぶスパゲッティ・モンスター教。
ちょっと笑わせようと冗談のつもりで言ったのだが、まさかのこのネタが伝わらないとは驚きである。
俺が日々頭を捻って溜め続けた持ちネタコレクションたちの中ではわりと自信のあるネタだったので、空振りしてしまってとても残念。
だけど信者さんたち曰く俺のギャグセンはマニアックすぎて笑いどころがわからないらしいので、多分これも俺に問題があるんだと思います。
そうか……空飛ぶスパゲッティ・モンスター教はウケないのか……。
軽いショックでしょんぼりしていれば「お前と出会ってから一番意味がわからんかった」とまで言われてしまった。
俺が常に意味わからんみたいな言い方しなくてもいいじゃないですか……やっぱりこのお兄さん結構辛辣…………あ、そういえば。
「そういえばお兄さん、お名前は何て言うんですか」
俺としたことがうっかりしていた。今の今まですっかり名前を聞くのを忘れていたとは、うっかりうっかり。
やっぱり仲良くなるためにはまず名前を知らないと。ずっとお兄さん呼びは距離感じちゃいますもんね。
しかしお兄さんは「適当に呼べ」と警戒心故か教えてくれることはなかった。
適当に……そういうのが一番困るんだよなぁ。
一人唸りながら思考をグルグル回転させる。
元から人にあだ名なんて全然付けないし、ペットに名前とか付けるのも苦手なんですよね……発想力とか「何ソレ美味しいの?」だし。夏休みの宿題のポスターなんて画用紙一面赤一色に塗ってレタリングした文字を書いただけで終わらせていた程だ。先生からお呼び出しをくらうまでがお決まりだったなぁ懐かしい。
……名前かぁ。
「……キムチご飯お兄さん……?」
「どこをどう捉えてその発想に至ったんだよお前」
「いやこれは俺の好物で」
「せめて本人の特徴と関連付けろ」
お兄さんはガシガシ頭をかいて、「ネーミングセンスといい芸術センスといいどうなってんだ」と呆れた顔で溜息を吐いた。芸術センスって……もしかして俺がこの前渡したチラシのこと言ってます? アレをとやかく言われるのは心外ですよ。俺の最高傑作なんですからね。
ただネーミングセンスに関しては返す言葉もなく口をムッとさせる。……キムチご飯お兄さんって呼び方もわりかし良い気もしますけどね、俺は好きですよ。。ピリッとしてて美味しそうな名前です。
だけどお兄さんが気に入らないんだったら考え直しか……。
また新たな名前を考えようと思案していると、お兄さんがポツリと何かを呟いた。よく聞こえなかったからもう一度聞いてみると、今度はハッキリと言ってくれた。
「荼毘」
ダビ?
「なんですかダビって」
「名前」
荼毘……名前……あ、荼毘ってお兄さんのお名前なんですね。
へえ、荼毘さんって言うのか。珍しい名前だ。とても覚えやすい。
「お前が考えたそのクソだせー名前で呼ばれるくらいなら教えた方がマシだ」
「俺もその方が助かります……あと電話番号とかはーー」
「調子乗んなよ」
ああ、やっぱりその段階にいくには少し早すぎたか。
でもお名前を聞けただけでも大進歩です。次の目標は電話番号で決まりですね。
***
「うちは俗に言う一神教で――」
「おおー」
「神様への信仰心が幸福に直結しているって考え方で、俺たちが考えている幸福の定義は――」
「すげー」
「そして修行すれば修行する程……って真面目に聞いてます?」
「すげーわカミサマ、マジで尊敬するぜ」
棒読みでパチパチ気だるげな拍手をする荼毘さん。何一つ俺の話を聞いていなかったということだけはわかった。
いつもの河川敷でうちが経営している宗教団体の魅力についてプレゼンしていたのだが、いかんせん良い反応は得られず。それどころか至極興味なさげに俺が奢ったパンを齧っている。
先が思いやられます。
「きっと荼毘さんなら信者の方々と仲良くやれると思いますよ、現時点で58人います」
「初回サービスでハンマー無料配布してるような団体に入ろうとする奴が58人もいたことに対する驚きが隠せないんだが」
「あ、でも最近56人に減ったんだった……」
「減ってんじゃねーか」
荼毘さんはフンと鼻で笑って「結局はその程度だったってわけだ」と馬鹿にしてくる。
勘違いしているようですが、減った二人は断じてうちの宗教が嫌になって辞めていったわけじゃないですから。
彼らは神に対する熱い信仰心が認められ、無事幸福を授かったうえで辞めていっただけです。
「皆さん最後は『ここを選んでよかった』って泣いて喜んでたんですからね」
「気ぃ遣って言っただけだろ」
「あれは本心で言ってました、間違いないです」
「本心なら辞める必要ねーだろ」
意地の悪い言い方をするものだ。
確かに二人の信者がうちの団体を辞めていったのは事実だ。けれども彼らは本当に心の底から幸せそうに笑って、俺たちに感謝の言葉を述べていた。荼毘さんも間近で見ればきっとわかるはず。きっと、いや、絶対考えを改める気になる、絶対に。
しかし彼は全く信じる気になれないのか「タダ飯ごちそーさん」と大きな欠伸を一つしてから去っていく。
……荼毘さんには内緒でコッソリ体験入信の手続き進めとこ……絶対わからせてやる。