荼毘に宗教勧誘チャレンジ!   作:がしやま

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第5話

 

 

 

 

 

 

 

 今日も学校帰りに河川敷に寄り、お腹を空かせた荼毘さんに食べ物を恵んであげようと財布を握りしめコンビニに向かっていた優しい俺。

 しかしその道中、見知らぬお兄さんから声をかけられた。

 

 

「そこのお兄ちゃん、ちょっと待ってくれないかい」

 

 

 無精ひげに疲弊の滲んだ瞳、だらしなさが目立つ無造作ヘア。

 真夏だというのに長袖長ズボンとは、正気を疑いますな……。夏への反逆精神が凄まじいまでに伝わってきて最早感心の域だ。

 ただ、そういうのは俺みたいな暑がりの目の届かないところでやってほしいですよね。見てるだけで暑さが増します。

 

 

 しかしお兄さんは汗一つかかず平然とした様子で「ちょっと聞きたいことがあるんだけどね」と一枚のチラシを俺に見せ始める。

 皮膚感覚大丈夫だろうか、と若干心配になりながらもチラシを見やる。そして思わず「あ」と声をもらす。

 

 

「それ、うちの団体のチラシです」

 

 

 しかも俺が頑張って作った自信作だ。

 

 お兄さんは少しだけ驚いたような様子で「君も信者さんなの?」と聞いてきたので「はい、信者さんたちの中でもわりと古株の」と答えておく。

 お兄さんは「実は俺も入信したくて」と表情を緩めた。なんだ、入信希望の人だったのか。

 

 

「このチラシだとその……あまり概要がよくわからないから詳しく教えてくれないかな。

 特にこのイラストとか、何を示唆しているのか興味がある……」

 

 

「なっ……わりと上手いこと描けてると思ったんですけど…………」

 

 

「え、君が描いたのこれ」

 

 

「はい、信者さんたちの反対を押し切り命がけでチラシ化しました」

 

 

「命がけで……」

 

 

 この紙切れ一枚には計り知れない壮大なストーリーと執念が隠されていてですね……え、チラシに描かれてある血だまりみたいなのは何を表現してるのかだって? リ、リンゴですが……?

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 入信希望のお兄さん、お名前は相澤消太さんというそうだ。

 廃人みたいな見た目に反して相澤さんは高校で教師を務めているとのことで、最近はやんちゃな生徒さんたちの相手で手を焼いているらしい。でもそんな生徒さんたちの成長が相澤さんにとっての生きがいなのだとか。

 

 毎日パチンコ打って過ごしてますみたいな風貌だが、荼毘さんと違ってしっかり社会人としての日々を送っているようだ。流石、高校生に食べ物を恵んでもらってるくせしてお礼も無しの非常識人間とは根底から違いますね。爪の垢を煎じて飲んでもらいたいぐらいだ。

 

 

「――にしても、本当に俺なんかの話に付き合ってもらっても構わなかったの?

 君にも用事があったんじゃ……」

 

 

「大した用事じゃないので大丈夫ですよ。

 甘やかしてばかりもダメなので、たまには厳しくいこうと思います」

 

 

「何の話……?」

 

 

「介護の話です、社会人を自称する住所不定無職のお兄さんの」

 

 

 すると相澤さんはおそるおそる「それは……大丈夫なやつなのか? 教育者の身として普通に心配なんだが…………」と結構心配そうに尋ねてくるが、大丈夫です。俺が好きでやってるだけなので。

 

 そんなことよりも俺は相澤さんのことがもっと知りたい。俺と荼毘さんの物悲しい関係性を語るよりもそっちの方が大切だと思います。

 

 

 

「俺の話は一旦置いといて、相澤さんはどうしてうちの宗教に入ろうって思ったんですか?」

 

 

「一旦置いとくような話題ではない気もするが、まあそうだな……。

 俺が入信を希望するのは、単なる仕事の疲れからというか何というか…………」

 

 

 煮え切らない返答に小首を傾げつつもその時は然程気にすることもなく、しばらくは世間話から質問といったような他愛も無い話をして過ごした。

 相澤さんはわりとお喋りが苦手なようで、ほとんどは俺が一方的に話しているだけだったが。

 

 

 

 

 

 

「――ねえ、少し聞きたいことがあるんだけどさ」

 

 

 ふと、ずっと聞き手側に回っていたはずの相澤さんが口を開く。俺は「はい、なんでしょう」とすぐさま応答。

 すると彼は軽い口調で「噂程度に聞いた話なんだけどね」と目線をチラリとこちらに向けながら首を傾けた。

 

 

「この宗教団体に関わった人たちが続けざまに亡くなってるっていうのは、本当?」

 

 

 ピタリと足を止める。

 相澤さんは何かを探るような視線を俺に向けながら、俺の返しを待っていた。ふむ。

 

 

「そういう噂が最近流れているそうですね」

 

 

 あっけらかんとした調子で返すと「何か原因ってわかってたりするの?」と再び訊ねてくるが、俺はわからないという意味をこめて首を横に振った。

 

 

 ――相澤さんの言う噂が流れ始めたのは、今からおよそ三ヶ月前のこと。

 うちの宗教の信者さんが亡くなったことから始まる。

 

 亡くなったのは30代前半の独身女性。誰に対しても優しく、太陽を浴びた花のように朗らかな印象の信者さんだった。入信理由は旦那さんを事故で亡くしたことがきっかけで、入信後は持ち前の明るさと穏やかさで他の信者さんたちとも上手くやっていた。

 

 しかし、ある日彼女は自宅の寝室でヒッソリと息を引き取った。

 死因は不明、持病があったわけでも外的ショックを受けたことからでもない。ベッドの上で眠るように死んでいたらしい。

 

 

 事件はこれだけに留まらず、彼女の死を皮切りに次々とベッドの上で原因不明の死を迎える人が続出。彼らの共通点は決まってうちの宗教に入っていた信者さんたち。

 警察が何度も出入りして慎重に捜査を進めたが全員アリバイがあり逮捕に踏み切れず。

 事件の真相は未だ謎のまま、というのが現状だ。

 

 

「――皆さん良い人でしたよ、もうお話しすらできないと考えると悲しいものですね」

 

 

「……そうだな、一刻も早く犯人が捕まればいいんだが…………」

 

 

 相澤さんは「胸糞悪い事件だ」と呟いて視線を落とした。

 凄いなあ相澤さんは。子猫にさえ優しくできない産業廃物みたいな神経の荼毘さんと違って、心を痛めて、怒ることができるんだなあ。

 最近荼毘さんの相手ばっかりしていたからこういうまともな感性を持つ人が酷く新鮮に思える。

 荼毘さんには是非とも相澤さんの優しさを見習っていただき、人間としての心を取り戻してほしいものだ。

 

 

「暗い話はやめて、別の話をしましょうか。

 相澤さん、猫はお好きですか?」

 

 

「え、まあ、はい。それなりに――」

 

 

「なら丁度いい、うちの団体には可愛い黒猫のマスコットキャラがいるんですよ」

 

 

 信者さんが命名したクロマメちゃん、今じゃすっかり皆のアイドル猫ちゃんです。

 100円払ってくれたら餌やり体験もできますよ。好物はにぼしだそうです。

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 信者が立て続けに謎の死を遂げている宗教団体。

 当初は団体関係者の誰かによる犯行だと思われていたがいくら調べても今回の事件に該当するような個性を持つ人物は見つからず。アリバイもそれぞれしっかりしており、犯人は未だ野放し状態。死亡者も増え続けるばかり。

 

 この状況に危機感を覚えた者たちの意見もあり、警視庁はとうとう潜入捜査という判断に踏み切った。そして選び出されたのが相澤であった。

 犯人が持つ個性の危険性を踏まえたうえで、相澤であれば最悪の事態に陥ったとしても抹消の個性と経験値の高さで対応することができるという考えからの人選。

 

 そして何よりあの見た目だ。

 ヒーローどころか社会人にすらあるまじきボサボサ髪、世界の終わりを悟ったような絶望感漂う光無き瞳、死人を想起させる青白い肌。本人が意図しておらずとも、今回の潜入捜査にピッタリのビジュアルであった。

 意見は勿論のこと満場一致で可決。しかし当の本人は不服の極みだったとか。

 

 

 

 そんなこんなで始まった潜入捜査。

 事前に渡されたチラシを手に、団体の中で最年少の信者である少年に声をかけた。

 資料によればこの少年は幼い頃から信者として団体に属しており、高校生になった今でも神に対する強い信仰心を抱いているのだとか。

 

 宗教信仰一家という特殊な環境で育ったが故なのか、はたまた環境云々関係なく元々そういった子なのか、兎に角不思議な子という言葉に限る。

 良く言えば大人びていて、悪く言えば若干浮いている……淡々としていて機械的なところが目立つ。丁寧な口調に反し、考え方や言動はふわふわしていてまるで風船だ。一瞬でも手を離せば空へと飛び立ってしまうような危うさがある。

 

 これを精神的な未熟さと捉えるのか、不思議という言葉の一言で片づけるかは考えどころだ。

 ただどうにもこの少年と話していると――

 

 

「相澤さんって情操教育とかできたりします?」

 

 

「え、どうしたのいきなり」

 

 

「俺無しじゃ生きていけないようなどうしようもない社会人もどきのお兄さんに是非とも心ってやつを教えてもらいたいなと思いまして」

 

 

 ……この少年と話していると、どうにも己の知能が著しく低下していく感覚がする……。ああ、理解しようとするな俺、余計おかしくなりそうだ。

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