「ソイツ、ヒーローだぞ」
平然とそう言ってのける荼毘さん。一拍程間を開けた後、「相澤さんがですか?」とおそるおそる確認してみると「そうだ」と大きな欠伸をしながら頷いた。
新しく入った信者さんのことを荼毘さんに自慢していたら、突然冒頭の事実を告げられた。
あまりに唐突なことだったので俺は思わず言葉を失ってしまった。
相澤さんがヒーロー? 本人からは教師の仕事をしているとしか言われなかったが……。でも冗談とかを言って場を和ませるだなんていう思考回路は荼毘さんに存在するわけもないので、多分本当なのだと思う。
そうなんだ、相澤さんはヒーローなのか。人って見た目によらないんだなぁ……。
「ヒーロー界隈では有名な人なんですか? 俺そういうの疎くて」
「表で活動するタイプじゃねーから知ってる奴の方が少ない。ヒーローの間では有名らしいがな」
「へえ……初めて荼毘さんのお話しに価値を感じました。意外と詳しいんですね」
すると荼毘さんは近くにあった石を徐に拾い、俺目がけてぶん投げた。
うわっ、何するんですか荼毘さん! 本当の事しか言ってないじゃないですか、気に食わないことがある度に肉体言語でわからせようとするのやめてくださいよ子供じゃないんですから!
しかも何気に結構大きいやつ選びましたよね……え、もしかしなくともわりとガチで投げました? 全力投球だったりします? 当たったら冗談抜きで大変なことになってたんですが……あの、荼毘さん? 荼毘さん??
「まあ、普通に考えて潜入捜査ってところが妥当だろうな」
「綺麗に流そうとしてるところ悪いんですけどこう見えて俺、結構根に持つタイプですからね」
「それにしてもイレイザーヘッドか……厄介な奴が選ばれたもんだな」
とうとう会話すらしてくれなくなった…………。
しょんぼり落ち込む俺を他所に、荼毘さんは一人考え込むような素振りを見せた後、「まさかとは思うがソイツに俺のことなんか話してねーだろうな」と睨んでくる。
え、荼毘さんのこと? うーん、話してないこともないが……。
「社会人を自称する住所不定無職のお兄さんっていう風に紹介しただけで、特にそれ以上のことは教えてませんよ」
「なるほど、不用意に俺の名前を教えなかったことに免じて今回だけは目を瞑ってやる。今回だけはな」
……別に名前を知られた程度困ることもないと思うのだが…………まあいいか。ほっとこ。
***
「ごんぎつね。新美南吉。
これは、わたしが小さいときに、村の茂兵というおじいさんから聞いたお話です。
むかしは、わたしたちの村のちかくの、中山というところに――」
「来て早々何がしたいんだお前は。つくづくわけのわからん奴め」
ゲシッ、とごんぎつねを朗読していた俺を蹴る荼毘さん。
中途半端なところで中断された俺はちょっとだけ機嫌を悪くしながら本を閉じる。まったく、誰のためにやってあげていると思っているのか。
「どれもこれも全ては荼毘さんのためなんですからね」
「まずはこれのどこが俺のためになってんのか日本語で簡潔に説明しろ。いいな、日本語だぞ」
何を言っているのだろうかこの人は……? 俺はいつも荼毘さんでもわかりやすいように内容をできるだけ噛み砕いて話してあげてるつもりですが……癇癪持ちの幼稚園児を相手にする要領で。
しかしそう反論してしまえばまた機嫌を損ねて暴挙にでかねられないので我慢してあげることにした。これが恐怖政治ってやつか……。
「……実は、荼毘さんには情操教育を受けてもらおうと前々から計画してたんですよ」
「ほう、続けろ。ただし言葉は慎重に選べ」
「それでこの事は相澤さんに頼もうと思ってたんですけど、どうも荼毘さんはヒーローが苦手なようなのでやむをえず俺が教鞭を取りました」
最近の荼毘さんの不遜な態度然り、失礼な発言然りとまあ随分目に付く。ただでさえ人間として惨めな生活を送っているというのにこれ以上生き恥をさらして何になるというのか。現時点で俺の反面教師としてでしか役に立ってない。
これではダメだ、こんなんじゃ絶対この先俺以外に友達なんてできない。聡い俺はそう考えたわけです。
そして何より問題なのが俺にとっての荼毘さんの紹介文が「自称社会人の住所不定無職のお兄さん(性格に難あり)」とか、あまりにも悲しすぎる。誰かに紹介する時とかめちゃくちゃ困っちゃうじゃないですか、相澤さんとか凄く心配してらっしゃったんですからね。俺のこと。
「ですから、荼毘さんには是非ともこのごんぎつねという感動的な物語で感受性を養っていただきたいんです。せめて、せめて心だけは取り戻させてあげたいんです……」
「うーし、話は終わったな。歯ぁ食いしばれ」
「この恩知らず!」
***
ガサガサ、と袋の中のやきそばパンとカレーパンを揺らしながら河川敷に向かった俺。
今日も高架下で働きもせずボーッとしているのであろう可哀想な荼毘さんに声をかけてあげようと「こんにちはー」と挨拶しながら顔を出した。
しかしその時、俺は予想だにしていなかったとんでもない光景を目の当たりにすることとなる。
「荼毘さんが俺以外の人とお話してる!」
「ブッ殺すぞ」
俺は動揺のあまり思わずパンの入った袋を落とし、マジマジと荼毘さんの隣にいた女の子を見やった。
歳は俺と同じぐらいだろうか……にしても可愛らしい女の子だ。八重歯がとてもチャーミング。
二人を交互に見た後、すぐさま荼毘さんに駆け寄りコソリと「誘拐してきたとかじゃないんですよね、流石にそこまでくると庇いきれませんよ」と言ったらゴツンと拳骨された。なるほど、両者合意のうえなんですね把握しました。ただ暴力だけで意思疎通図るのいい加減やめましょ。
痛む頭を抱えながら荼毘さんを睨んでいたら突然女の子が俺の顔を覗き込んでくる。
なんですか、そんなに顔が近いと好きになっちゃいますよ。
「貴方が荼毘くんの言っていた宗教勧誘の男の子ですか?」
キラキラの瞳が眩しい、荼毘さんには絶対に無い輝きである。感動。
とりあえず俺は彼女の問いに「はい、合ってますよ」と胸を温かくさせながら答える。
「私はトガです、トガヒミコ。
荼毘くんがいっつも貴方のことを楽しそうに話してるので気になって会いに来ちゃいました」
「キメェ勘違い起こしてんじゃねーよイカレ女。
万が一にもそんな事実があったとするなら俺は今すぐ火山に身を投げて己の存在ごと抹消しに行く自信がある」
そんなに?
いや、荼毘さんのことだから恥ずかしくて素直になれていないだけと見た。
人間性の部分はさておき、俺は荼毘さんのこと結構良い友達だと思ってますからね。そういう意味をこめて肘で突けば結構強めに頬を抓られた。
裂ける、裂けちゃいます荼毘さん。
「いたた……相変わらず容赦がないようで。
にしても、荼毘さんとトガさんはどういったご関係で? 実はそういう仲だったりします?」
「荼毘くんは友達です、でも恋人はヤです。
私には心に決めた素敵な相手がいるので……!」
ほんのりと染めるトガさん。まさに恋する乙女って顔です。
それにしても荼毘さん、お友達ちゃんといたんだなぁ……。
「これからは荼毘くんのオトモダチ同士、仲良くしましょう」
そう言って手を差し伸べてくれるトガさん。多分、握手かな。
白く華奢な指を前にして多少躊躇いを見せるも、最終的には観念して俺はゆっくりとその手を握った。
柔らかくて温かい。
相手が歳の近い女の子ということもあってか、ちょっぴり特別に感じる。普段よりも少しだけ緊張して強張ってしまう。手汗がバレないか心配だ。らしくない。
しかし、そんな気恥ずかしい気持ちになっている俺とは対照的に彼女は顔色一つ変えず、ただただニコニコ笑いながら俺の手を握り返した。
落ち着かない、けれどもどこか穏やかな気分に浸っている自分がいた。
お友達……良い響きだ。男子友達なら学校にたくさんいるけれど、女の子はあんまりいないから新鮮だ。もっと仲良くなれたらいいな。
「――あ、そうだ。
ふと思ったんですが、トガさんといる時の荼毘さんってどんな感じなんですか?」
むず痒い気持ちになってパッと握手を解き、そんなことを聞いてみる。そしたらトガさんはニヤニヤ意味ありげに荼毘さんを一瞥した後、口を開いた。
「基本は何も喋らないですよ。ただ貴方のことを話す時だけやけに饒舌になるんです」
「俺のこと大好きじゃないですか荼毘さん!」
するとトガさんはクスクス笑った後、「そうなんです、だからどんな人かと思ってたんですけど……なーんだ。ちゃんと人語で喋るんですね」とサラリと言ってのけるので俺の脳内で瞬く間に宇宙が展開された。
……え、一体全体俺のことどんな風に話してたんですか荼毘さん……。
しかし当の荼毘さんはどこ吹く風といった様子で俺が買ってきたパンに対して「もっと高いの買って来いよ」とのたまっている。そろそろ俺は怒って良い気がする。絶対そう。
はあ、文句言うぐらいだったら人並のお金稼いで自分で買ってきてほしいものです。そろそろ自立してくれないと。
一人呆れていると「貴方といる時の荼毘くんって、どんな感じなんですか?」とトガさんが尋ねてくる。
俺といる時の荼毘さん?
その質問に俺は無意識に荼毘さんを見やった。予想通り、彼は「余計な事いったら殺す」みたいな顔で俺を睨んでいる。
内容が内容、下手なことを言ったら荼毘さんからの理不尽な制裁を受けかねないので先にディスタンスを保っておくことにした。
……さて、このくらい離れれば即死は免れるはず。一分ぐらいは延命できたかな。
準備OKです。
「トガさん、仮に俺がこの後死んだ場合、両親に遺言を伝えておいてほしいんですけど……」
「そんな命をかけてまで教えてほしくないです」
「残念ながらどっちにしろ手遅れなんですよね色々と。
見てくださいあの顔、おそらく原型すら残してくれませんよ」
「何の話してるんですか?」
「今後の俺の安否の話です」
ちょっと調子に乗りすぎました。