荼毘に宗教勧誘チャレンジ!   作:がしやま

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第9話

 

 

 

 

 

 

――神様は。いない?

 

 

 

 

 

 その言葉を聞いた途端、俺の視界には何も映らなくなった。

 怒りとか絶望とか、そういうのじゃない。全然怒ってないし、何かしらの激情を覚えたわけでもない。我を忘れているわけでもないし、何なら至って冷静だ。

 

 冷静故に、何も映らなくなったのだ。

 

 彼の発言は間違っていると思った。

 だから訂正しなくちゃという強い使命が働いた、何が何でもその発言が誤りであると本人に自覚させなければならない、そう強く思った。それだけの話だ。

 

 

 

 

「神様はいますよ」

 

 

 

 

 人質犯の彼の言葉を否定し、首に添えられていたナイフをグッと素手で掴む。誰かが息を飲んだ音が聞こえた。

 

 さっきまでのふざけきった空気はどこへやら、俺から発せられたたったの一言でまともに息すら吸えないような緊張感が走り始める。視界の端で相澤さんが「これ以上喋るな!」と必死に口パクして訴えているがあえて気付かないフリをする。

 

 間違っていることはすぐに訂正しないと。しかもこれに関しては猶更です。

 

 刃先が指に食い込んでいることなど気にも留めずにナイフを握り、動揺に染まりきった瞳を正面から見据えて再び口を開く。

 

 

「神様は、います」

 

 

 さっきよりも強い口調で、言い聞かせるように、教え込むように、刻み込むように、はっきりと、ゆっくりと言葉を紡いだ。

 ボタボタ手の平から赤黒い血が流れ落ち、白い床を濡らしていく。

 

 しかし俺はそこから何か特別なことをするわけでもなく、ただただ見つめ続けた。

 無言で、無表情で、ジッと瞳の奥底にあるソレを見つめるだけ。血だまりに反射した彼の顔は酷い間抜け面で、口をハクハクさせながらこれでもかという程目を見開いている。言葉すら出ないらしい。

 

 

 見かけだけの強さは案外呆気ない、凶器さえ取り除いてしまえばこの人もただのヒトだ。俺と何一つ変わらない、ひ弱なヒトである。

 

 血管を流れる血液は、皆一貫して赤色だ。

 

 

 

 俺の気迫に圧倒されたのか床に尻餅をつく人質犯。

 その隙を見逃さんとばかりに相澤さんが彼の身柄を拘束する。流石現役のヒーロー、仕事が速い。

 

 信者さんたちは一目散に炎が広がる部屋から逃げ出し、俺と相澤さん(勿論人質犯も)も外へと非難した。結構ギリギリでした。

 

 

 周囲が警察やら何やらに通報している間、相澤さんに抑えつけられている人質犯に歩み寄る。

 話はまだ終わってない。

 

 目線を合わせるように膝を曲げ、未だ気が動転している彼に対して一つの問いを投げかけた。

 

 

「貴方にとっての神様とは何ですか?」

 

 

 その問いに、彼は全く意味がわからないといった様子で「……はあ……?」と弱々しい声を漏らした。

 あれ、そんなに難しい質問をしたつもりはないのだけれどなぁ。俺の中ではわりと簡単な部類の問いだと考えている。

 

 

「色々あるじゃないですか。

 髭面のおじいさんとか、小さな子供とか、狐とか」

 

 

 姿形は国や地域によって様々だ。人間の時だってあるし、動物の時だってあるし、虫の時だってある、魚の時もある。はたまた実態の無い概念だけのものだってある。

 世界にはたくさんの神様と呼ばれるものが存在する。

 

 太陽神も一人じゃない、アマテラスとかミトラスとか、アモン・ラーとか結構いる。けれどもこの中のどれか一つが正解だとかいうことは全く決められていない。

 信者にとって、己が信仰している神こそが絶対。だから世界で神が一つに統一されるとかいう先人たちが作り上げてきた禁忌ルールを侵すようなことはあるはずがないのだ、あってはならないのだ。

 

 

「――つまり、俺が言いたいことは何なのかわかりますか?」

 

 

 ポカンとした表情で俺の話を聞き続けていた人質犯に問う。しかし当然と言ったように答えが返ってこないので、代わりに相澤さんに同じことを聞いてみた。でも彼もまた俺の言っていることが全く理解できていないようで「さっきから、君は一体全体何を言っているんだ……?」と気味悪げに聞き返してくる。

 やっぱり俺のプレゼン能力は壊滅的に低いらしい。

 

 仕方ない、ここは答えを教えてあげよう。

 つまりは――

 

 

 

 

「――あ、警察来たのでこの話の続きはまた今度ということで」

 

 

 

 

***

 

 

 

「お疲れだったわね、潜入捜査」

 

 

「……はい、それなりに」

 

 

 雄英高校の職員室にて黙々と答案を採点している相澤の机に淹れたてのコーヒーを置く香山睡。相澤にとっては高校時代の先輩にあたる人物だ。

 

 香山は近くにあった椅子に腰かけ、艶めかしい動作で足を組む。並大抵の男であればこの時点で鼻血スプリンクラー待ったなしだが、相澤はそんな彼女を前にしても「一時はどうなることかと思いましたが、結果的にどうにかなってよかったです」と平然と話を続ける。慣れとは末恐ろしいものである。

 

 

 先日、謎の不審死が続く宗教団体へと潜入捜査を行っていた相澤。捜査中に人質事件に巻き込まれたりと大忙しであったが、なんやかんやあってなんとか事件は収束して人質犯の男も逮捕。

 犯行動機が怨恨からのものだったということもあり、信者たちの連続不審死事件への関与も視野に現在捜査が進められている。

 

 

 教職と潜入捜査の両立は中々のもので、最近の相澤は多忙に多忙を極めていた。しかし懸命な捜査の甲斐もあってようやく事件解決に一歩大きく近づき、仕事もだいぶ落ち着いてきたこの頃。

 

 ゆっくりとコーヒーを飲むのも何日ぶりか、真夏であったとしてもこの苦みと熱さは身体の疲労部分に程よく染み渡り、良い刺激となっている。

 

 

「ねえ、相澤くんが潜入したところってどんな感じだったの?」

 

 

「典型的なカルトでした」

 

 

 「高校生もいるもんだから驚きましたね」と何気なく呟くと、香山はわかりやすく「高校生?」と食いつく。

 

 

「ええ、高校二年生の信者さんがいたんですよ。

 不思議というか、馬鹿というか……兎に角終始肝を冷やされた記憶しかない」

 

 

「あら……なんだか、本当にお疲れだったみたいね」

 

 

 げんなりとした表情で溜息を吐く相澤を気の毒に思い、労りの言葉をかける香山。よっぽどヤンチャな高校生だったのだろう、よく教職と並行してやり切ったものだと相澤の異常なまでのプロフェッショナルぶりには感心を通り越して若干引くまである。そこまでやるか、イレイザーヘッド。

 

 とりあえず香山は「まあ、しばらく教職の方に集中できるんでしょ? その間にしっかり身体を休めときなさいよ」と相澤の背中を軽くたたく。

 しかしそれと同時に相澤のポケットから携帯のコールが鳴る響く。

 

 香山に一言断ってから通話に出る相澤。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――は? 人質事件の犯人は不審死事件とは全くの無関係…………?」

 

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