奴らはいったい何者だ?   作:Shigy20250620

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兵站という戦争

「食糧が足りないだと? 今さらだな」

 ロバート・リード中佐は手にした書類を処理済みのボックスに放り込む。

 連合軍太平洋戦域の兵站を担当する、真面目で慎重な中年将校だった。

「なにが『状況は深刻』だ。もう先月からずっと深刻だよ」

 部下が差し出した報告書には、以下のような文言が並んでいた:

 直近の4週間で南太平洋経由の輸送船17隻が「行方不明」

 サンフランシスコとシドニーを結ぶ航路で潜水艦による「浮上警告→投降→拿捕→曳航」事例が多数発生している。

「もはや撃沈じゃなくて狩りだな。水夫たちが“海賊”に攫われたって嘆くのも当然だ。まるでカリブのようだ」

 リード中佐は補給船の航跡を示した地図を見ながらつぶやく。

「潜水艦で沈められると思っていたら浮上してきて、あっという間に拿捕される。船ごと 食糧、トラック、医療器具、根こそぎ持っていきやがる」

 開戦から既に半年が過ぎ、カレンダーは1942年の6月に替わろうとしてた。

 しかし、未だにアメリカ海軍と日本海軍は時々小競り合いをする状態が続いている。

 キンメル提督は艦隊編成を変え、戦艦か重巡洋艦を1隻、中核にした6隻から8隻の編成の機動部隊をいくつも用意し、2つ、あるいは3つの部隊が日本軍を見つけ次第あつまって叩くという方針を取っていた。

 それでも艦隊同士が遭遇することは少なく、日本軍はアメリカ軍を見るとすぐに逃げてしまい、散発的に小さな戦闘が起こるだけだった。

 被害も戦果もなく本土の関心はヨーロッパに集中し、太平洋艦隊の扱いは日々悪くなる一方だった。

 幕僚の一人が提案する。

「オーストラリア経由の供給路を迂回して、インドから東南アジア回りはどうでしょう?」

「それをやるには、もう船の数が足りん」

 リード中佐の声には力がなかった。

 

 時をさかのぼること1年前。

 大本営の会議では若い参謀が熱弁を振るっていた。

「腹が減った軍隊ほど弱いものはありません」

 発言者は、参謀本部に新設された「統合補給戦略班」の加納修一少佐。

「補給を叩くなら徹底的に。撃沈より拿捕を優先し、食糧・燃料・車輌・装備をまるごと奪います」

 加納の言葉に真剣に耳を傾けているのは、様々な階級、色々な部署の責任者や担当者たち。

「まるで海賊行為だ」と一人が呟いたが、彼は即座に答えた。

「戦争は資源の消耗戦です。道徳は勝ってから学べばいい」

 その発言に場が一瞬静まりかえった後、海軍の一部司令官たちは小声で「確かに」と頷いた。

 加納は参加者の顔を見回してから言う。

「我々は、アメリカの物資を使ってアメリカと戦争をするのです」

 加納の言葉に反対する者はいなかった。

 

 ペンタゴンの一室に補給担当が集まっていた。

「太平洋に護衛空母を最低でも10隻、潜水艦30隻の増派を求める。補給線がズタズタだ、これ以上黙っていたら――」

 太平洋艦隊作戦統合部のハロルド・マクレガー大佐が、地図と戦況報告を叩きつけるように机に広げた。

「今、日本軍はまともな艦隊戦すらしていない。 だが我々の補給船は沈められ、あるいは拿捕されている。すでに補給物資の半分が届いていない」

 会議室に沈黙が走るが、それは同意によるものではなかった。

 むしろ、「それほど深刻ではない」と思っている者たちの冷笑が空気を支配していた。

「……また太平洋のやつらかよ」と小声で呟いたのは、ヨーロッパ戦線担当のジョナサン・パーセル准将。

 すぐさま会議室の笑いが漏れる。

「ジャップどもにUボート並みの知恵があるとでも? 駆逐艦数隻で事足りるだろう」

「彼らは単に、正面から戦うのが怖いだけさ。ゲリラの真似事しかできん」

 口々に嘲りの言葉が発せられた。

 ハロルドは怒気を隠せず、身を乗り出した。

「馬鹿にするのも大概にしろ。 奴らは今、正面戦を避けて兵站に集中している。それこそ、国家総力戦の理解がある者がやる作戦だ! 拿捕した食糧、車輌、燃料を現地で転用している。やつら、我々の物資で戦争してるんだぞ!」

「冷静になれ、大佐。奴らは黄色い猿だ。どうせすぐ飢えて死ぬ」

「だからその慢心が危ねぇって言ってんだよ!! 」

 ハロルドは机にこぶしを叩きつけて怒鳴る。

「連中は我々を知っている。奇妙なまでに我々の補給計画や航路を先回りしている。まるで未来を……いや、何でもない。ともかく、我々はもっと兵力を――」

「ヨーロッパが優先だ、ハロルド」

 国防長官が言い放ったその一言が、全てを切って落とした。

「太平洋に割ける兵力は限られている。ルーズベルト大統領もそれを承知している。ヨーロッパの兵站と装備が最優先だ。海の向こうの小競り合いに付き合う余裕はない」

 ハロルド・マクレガー大佐は黙った。

 静かに立ち上がる。

 そして、苦々しげに吐き捨てた。

「了解した。俺は戻る。もどって兵隊たちに『政府が飢えて死ねと言っている』と伝えるよ」

 それだけ言って書類を鞄へと押し込み、会議室を後にする。

 ドアが閉まると、背後に残された男たちが小さく笑っていた。

 廊下を歩きながらマクレガーは奥歯をかみしめていた。

「……クソッたれども。連中は“日本は戦えない”と高をくくってやがる」

 マクレガーは足早に廊下を進んでいく。

「あのやり口、補給を狙い撃ちしてくるあの精密さ。アメリカ軍よりよっぽど合理的だ。あれは“戦いを知ってる奴”の動きだ」

 エレベーターホールで立ち止まり会議室に続く廊下へと視線を向け、そして感情をそぎ落とした顔で言った。

「アメリカは日本に負ける。お前ら全員の責任だぜ」

 

 

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