奴らはいったい何者だ?   作:Shigy20250620

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核の炎とクーラー

 1939年、9月2日。

 リーゼ・マイトナーはいつものように自宅のダイニングキッチンでコーヒーを淹れていた。

 ゆっくりとドリップが進むコーヒーからたちのぼる香りを楽しみながら、ときおり鼻歌が漏れるぐらい、彼女の機嫌はよかった。

 旭川市の郊外、といっても国鉄旭川駅から車で1時間のところにある彼女の「自宅」はアーリーヨーロッパとでもいうべき、様式がごちゃ混ぜのキメラの様でいて、妙に統一感があり落ち着いた雰囲気をもつ建物だった。

 マイトナーの同居人であり護衛であり監視役であるミキが新聞をもってダイニングに入ってきた。

「奥様、ヨーロッパでも戦争が始まったようですわ」

「あらあら、ついに始まったのね」

 マイトナーはコーヒーをカップに注ぎ口を付ける。

「奥様。せめて椅子に座ってください」

「はいはい」

 マイトナーはミキの小言を聞き流しながら、新聞を受け取ると窓際の席に移る。

 そして新聞を読み進むにつれて表情が険しくなっていく。

「やれやれ、ちょび髭のオジサンは本当に困ったものね」

「また、予算がぁと功子様が幽霊のようになりますわ。そして奥様のお菓子をねだりに来るんです」

 茶化すようにミキがしぐさを交えて言う。

「ノリちゃん、もう15なのよね。あんなに子供っぽいと将来どうなるのかしら?」

「変なところでちゃっかりしてますから、それなりに良い男を捕まえて家庭を築くでしょう」

「伏見宮の一族がそんなことで良いのかしら?」

「功子様ですからね。いくら皇室に近い血筋だといっても15歳の少女が責任者をやってることの方がおかしいんです」

「あれは、ノリちゃんの自業自得でしょ?」

 6年前、マイトナーはナチス政権ができた直後ぐらいにわざわざ会いに来た少女を思い出す。

 当時9歳にしては妙に大人びていた少女は、核分裂を予言し、そしてナチスが兵器転用をして、どのような兵器が生まれるか語った。

 そして「火力発電所は石油や石炭を燃やして水を沸かし、その蒸気の力でタービンを回します。熱源を分裂するウランやプルトニウムに置き換えたら、電気代が安くなると思いませんか?」と続けた。

 産業の礎はエネルギー源にある、現代の科学文明は電気の力によって動いている、と熱弁しマイトナーに向かって「電気が安くて気軽に使える世界をつくる協力をしてください」と真剣な眼差しで言ったのだ。

 マイトナーは冗談で「私を雇うのは安くないわよ?」と返したら破格の待遇を示された。

 そして、マイトナーは予定してた亡命先を日本へと変えたのだった。

 

 マイトナーは新聞記事に『北大の実験用原子炉、臨界点到達』とあるのを見つけた。

「もう記事になってるわね。昨日の今日なのに」

 マイトナーは笑う。

 6月から行われた臨界試験で連続して安定したウラン核分裂の維持に成功している。

 そのことを発表したのが昨日の昼過ぎ。

 大学の構内で、学生たちを相手に講義をするように、2時間ほどかけて発表したのだ。

 素人向けでない、核物理学にそれなりに知識がある前提の講義だった。

 記事は、その講義の要点を正確にとらえたうえで分かりやすく嚙み砕いて説明し、そして読者の一番の興味のある点『原子力発電が実用化したら電気代はどれだけ安くなるのか』の予想まで立てていた。

「なんか、普段から功子さまが言ってることの繰り返しで、新鮮味がないですねぇ」

 ミキがつぶやく。

「それだけノリちゃんが未来を予測していたってことね」

 笑いながら言ったマイトナーの表情が突然険しくなった。

「どうしたんです?」

「うん。初めてノリちゃんと会った時、彼女が言ってた『原子力発電』があまりにもそのまま過ぎるのに気づいちゃっただけよ」

 何でもないことのように言うマイトナー。

「核分裂なんてまだ机上の空論だったときにね、あの子は『ウランは核分裂をおこします』ってはっきり言ったのよ」

「奥様が功子様と最初にあったときって、10歳かそこらでしょ?」

「そうよ。こーんな小さい女の子だったわよ」

 マイトナーは背の高さを手のひらを動かして示して見せる。

「そんな小さい子が、大人顔負けに核の利用技術とその社会的な役割、というのを正確に予測してみせたのよ」

 ミキが疑わしそうな顔をする。

「あの功子様が?」

「あ、信じてないわね」

 マイトナーがにやりと笑って人差し指を立てた。

「じゃあ、あなたにノリちゃんがどれだけ凄いか、講義してあげるわ」

「待ってください、眉に唾を付けるんで」

 ミキの言葉にマイトナーは笑った。

 

「ぶぇっくし!」

 ド派手なくしゃみをした直後に悪態をつく愛娘に、伏見宮邦道はおやおやと声をあげた。

「誰かが噂してるね、それも強烈なのを」

「心当たりがありすぎますわ」

 芝居がかって冗談のように答える少女、伏見宮功子。

「まぁ。ほどほどにね。たぶん、噂の元はこれだと思うけど」

 邦道が新聞記事を見せる。

 原子力発電所が実用化したらどうなるか、という記事だ。

「あれ? なんで父さまがその新聞読んでんの? 北海道限定の地方紙だよ、それ」

 邦道はにやりと笑う。

「北海道の昨日の夕刊が翌朝、帝都で読める。さて、どんなトリックかな?」

「船? 鉄道? ・・・。まさか飛行機?」

「正解。夜間でも迷子にならないように、電波の灯台をつくって、その試験をかねて新千歳から朝霞に飛んだんだって」

「父さま。職権乱用もほどほどにね」

「こんなの職権乱用のしの字にもならないよ、功子さんの悪戯に比べたら」

「ひどぉおい。あたしは24時間電気がついて、夏はクーラーが効いた部屋で過ごしたいだけなんだから!」

「お小遣いの使い方には文句は言えないけど、大学作っちゃうのはやりすぎだったと思うよ」

「クラーク博士は言いました、若者よ大志を抱けと。先人の教えに従っただけですぅ」

 娘の抗議を笑っていなす邦道。

 子煩悩、親ばか、などと周囲から言われる父と、パパっ子と誰もが認める娘。

 二人の団らんは朝食ができたと呼びに来るお手伝いさんに襲撃されるまで続いた。

 

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