エリオット・マークス博士は研究室の机に向かい、1943年6月6日、第二次世界大戦中に太平洋はミッドウェー島近海で発生した、数少ない日米による艦隊戦の記録を調べていた。
アメリカ軍海軍はヨークタウン級空母ホーネットを中心に編成され、ブルックリン級軽巡洋艦サバンナとナッシュビル、グリーブス級駆逐艦3隻、ベンソン級駆逐艦1隻の合計7隻。
日本側は長良型軽巡洋艦長良、改装空母輝鷹、吹雪型駆逐艦4の6隻。
日本側の発表によれば、アメリカ軍の被害は巡洋艦1隻を大破、空母1、駆逐艦2に損害を与えるも詳細不明というものだった。
確かに戦闘中に沈んだのは軽巡サバンナだけだった。
だが実際は空母ホーネットが火災の被害が拡大し大破状態となり、軽巡ナッシュビルも浸水が止まらず沈没、グリーブス級駆逐艦3隻も自力航行不能で廃棄処分となるほどの完敗だった。
最初、この戦闘記録を見た時、マークス博士は「戦場の霧」のひとつかと思った。
日米双方の記録があまりにも食い違っていたからだ。
発生した場所、時間が同じ、まるで別な戦闘。
日本の軽空母も「きよう」、「てるたか」の2とおりの呼ばれ方をしていたのもこの2つの記録が同じ戦闘のものだと気づかれずに見過ごされていた原因のひとつだった。
記録同士を比較して「同じ戦闘」と突き止めたとき、マークス博士は困惑した。
マークス博士は日米双方の記録から、時系列に沿って艦艇の動きを再現していく。
逃げる日本艦隊を追う米軍艦隊、という当たり前すぎるオープニングから、交戦開始30分前に一転して迎え撃つ体制に入る日本艦隊。
この時点で、日本艦隊は逃走でなく戦闘を選択していた。
最初にアメリカ軍のF6Fヘルキャット32機と、日本軍の零式艦上戦闘機24機が接触、空戦を開始。
1.5倍の数にもかかわらずヘルキャットは制空権を得ることができないまま、ずるずると数を減らしていく。
双方の攻撃機と爆撃機が、戦闘機同士の戦闘をすり抜けるように互いの艦隊に肉薄する。
ここで大きな差が生まれた。
ヨークタウン級空母ホーネットと、ホーネットを狙う日本機の間に割り込んだブルックリン級軽巡サバンナに、日本機が投下した魚雷が直撃し、艦内で爆発し火災が発生。
一方、ホーネットから出撃した爆撃機ドーントレスは駆逐艦2隻からの強烈な対空砲火で半分が攻撃ルートから外れ、攻撃機アベンジャーは軽巡洋艦とのこりの駆逐艦2隻の砲火の前に雷撃コースにすら乗れずに離脱、この時にドーントレス4機、アベンジャー6機が失われている。
米軍の第1波攻撃は不発に終わった。
その後も一方的な展開は続く。
艦隊がひとつの生き物のように統制が取れた見事な連携を見せた日本艦隊と、翻弄され次々と落とされていく米艦隊。
あまりにもタイミングが合いすぎて効率的な、日本艦隊の魔法のような連携の前にアメリカ艦隊は完全な敗北を喫した。
初めて日本軍の動きを見た時、マークス博士の口から言葉が漏れた、「まるでひとつの意思に導かれているようだ」と。
この4時間足らずでおわった海戦は、完全に米軍が狩られる側だった。
なぜそこまでの大差がついたのか、マークス博士はその原因をさぐるため、何度もこの記録を見直していた。
通信の記録を当たっても、連携をとるための意思疎通に使われていたとは思えないほど密度が低く内容も艦隊の動きとは乖離していた。
「ん?」
ホーネットの通信士が残した記録を改めて読み進めてひとつの気になる記述を見つけた。
『戦闘開始30分前から、5k~10kHz帯で雑音が持続。パターンがあるようにも聞こえたが、判読不能』と。
「暗号通信ではない」
博士の目が鋭くなる。
「まさか、データ通信か?」
彼の脳裏に、近年になって開発された音響モデムの仕組みが浮かんだ。
変調方式を用いて、音波で情報を送る。理屈としては十分可能だ――が。
「そんなのが実用化されるのは、コンピュータが一般化された後だろう?」
彼は机を離れて、壁に掛けた年表に目をやった。
ENIAC、1946年――
モデムの商用利用、1958年――
「早すぎる。……人間が手計算でデータ通信していたとでも? 冗談じゃない」
彼は椅子に崩れるように座り込んだ。
それでも博士は報告書をまとめた。
物笑いの種にされると知りつつ、彼はこう書いた。
「当時の日本艦隊は、何らかの“非音声型の同期手段”を用いていた可能性がある」、と。
マークス博士の資料は大学の軍事史研究の資料に埋もれ『物笑いの種』にされることもなく、人目に触れたのは彼が亡くなった後のことになる。
1937年、初夏。
その店は、神田川と隅田川の合流地点から、神田川沿いを大人の足で歩いて30分ほどの住宅や町工場が混在しているエリアの中に「桜道家電店」はあった。
長谷川春彦が営む、家電製品を取り扱う小さな商店だが近所では「春彦さんとこの発明屋」で通じる。
ラジオ、電灯、洗濯機、電気アイロン、電気釜、冷蔵庫などの最近はやりの家電から、コネクタや真空管やスイッチなどの電気部品まで、多種多様な商品がある。
「あー・・・。やっぱクーラーはヒートポンプの触媒が性能きめるよなー。フロンはアレだしなー・・・」
店先に出した椅子の上で、暑さに負けた春彦がダレている。
「おい、春ちゃん・・・って、完全に死んでるな」
幼馴染であり、同業者でもある野村源三が店先に現れたのは昼に何を食べようか、と考え始めるころだった。
「おう、ゲンちゃん。ビールいくかい?」
春彦は店先に展示している冷蔵庫をポンと叩く。
「ビールだ?」
「北海道麦酒の新製品さ。炭酸が強くて苦みが弱めだから冷やすと今日みたいな日にはちょうどいいぞ」
「おめぇも好きだなぁ。だけど今日はビール飲みに来たんじゃねぇんだよ」
源三は苦笑しながら春彦の横にパイプ椅子を広げて座る。
「目黒の寅吉から、こんなもん貰ったんだがどうにも使い方難しくてさ」
源三は縦50センチ、横20センチ、厚さ15センチぐらいの金属の箱を春彦に見せる。
豆電球のインジケータや麦電球とボタンスイッチを組み合わせた操作パネルがついている。
操作パネルとは反対側には、信号線のためのソケットがいくつも並んでいた。
「ちゅーおーしょり装置、だそうだ」
「中央処理装置? またガラクタ押し付けられたか?」
「へっ。まっとうな軍の放出品よ」
春彦は箱についていた小さな冊子を読み始めて顔色を変える。
「なんだいこりゃぁ。とんでもないな。生半可な奴には使い方すら分からんぞ」
「ぱっと見で判るって、やっぱりお前は変わってるな」
源三は苦笑した。
「そう言うなって。まずは景気づけに一杯やろう。ついでにこのビールの宣伝してくれよゲンちゃん。そうすりゃ冷蔵庫も売れるってもんだよ」
春彦は店頭の冷蔵庫から350mlの缶ビールを取り出す。
「なんでぇ、瓶じゃねぇのかよ、缶のは薬臭いんだよな」
「ま、飲んでみなって」
二人はビールの新製品でのどを潤した。
春彦は源三が置いて行った箱を目の前にぼんやりと考えていた。
付属の冊子は20ページほどだったが、春彦はそれを一度、目を通しただけでその機械がどのようなものか、はっきりと理解していた。
先年、ドイツのコンラート・ツーゼがリレーの塊で作り上げた計算機より数歩先、いや数十年先を行くものだ。
「これ、BASICすらないんだよなぁ・・・これで何作ろう?」
春彦はそれで何を作るか、悩んでいた。
空になったビールの缶を捨てようと立ち上がると、偶然、通りの奥を鞄を抱えてあるく郵便局員の姿が見えた。
「この暑いのにご苦労様だなぁ」
缶をゴミ箱に放ったとき、春彦の表情は生き生きとしていた。
「あなた?」
店の奥、居室から妻が声をかけてきた。
「また変なモノ作るつもり?」
「そうだよ、電報を早く届ける機械さ」
「まったく」
妻の呆れた声に春彦は苦笑した。
秋葉信一は長く務めた電機メーカーを定年で後にし、趣味の戦史研究を続けていた。
その日、秋葉は海外のオンライン・アーカイブで見つけた「未発表論文」に衝撃を受けていた。
筆者は、米国の退役軍人・戦術史研究家、エリオット・B・マークス博士。
論文タイトルは、《1943年ミッドウェー島沖海戦の通信戦に関する異常点》
本文には、旧日本海軍が「無線を使わず、完璧な艦隊連携」を実現していた記録、そして5kHzから10kHz帯で発せられた「判読不能の雑音」への疑義が記されていた。
「通信があったはずなのに、通信していない。これは“通信装置そのもの”が、我々の常識の外にあったということではないか?」
秋葉は一気に読破し、背筋が寒くなる感覚を覚えた。
「これ、まさか……コンピュータか? でも、43年だぞ?」
そこからの調査は半年以上に及んだ。
戦後接収された日本軍の装備品リスト、占領期の科学機材移送記録、そしてアメリカの民間博物館に眠っていた木箱入りの奇妙な計算機に行き着く。
「“SAKURADO-TYPE 37-B”、桜堂、かな? そんなメーカー聞いたことがない」
中を開けた瞬間、秋葉の息が止まった。
びっしりと乱雑なようでいて、最適化された配置にもみえる、電子部品が高密度に実装された基板がそこにあった。
秋葉は若いころ、長年勤めたメーカーに入社してすぐに受けた社員研修で見た、LSI以前の時代のコンピュータの基板との類似性を見出す。
つまり、これは手作業で作られた原始的なコンピュータだ、とひと目見て結論を導き出していた。
基板の隅には、日本語でこう記されていた。
「昭和18年度・特装一号 通信試験装置」
秋葉は確信した。
「これは、作れる奴が作った。…絶対、あの時代の技術じゃない」
彼の中ではもはや確信となったひとつの仮定、それが補強された一瞬だった。
秋葉は日本にもどり、関連資料を探りまわった。
そしてある記録が彼の目を引いた。
旧海軍技術部の倉庫台帳。
「送信機・特型乙、製作:長谷川桜道工場 長谷川春彦」
長谷川桜道工場を追いかければ、それは今の千代田区神田の和泉町か花岡町のあたりにあったらしいことは突き止めたが、戦後の再開発などもあり関係者の所在を追いかけることはできなかった。
無駄と知りつつ現地へと足を運んだ秋葉は、予想通りに手ぶらで終わり、総武線のガードを見上げ、小さくため息をついて帰路についた。
1940年1月。
実家に帰省していた椎名少佐が風呂敷包を片手に職場、海軍装備研究所に現れた時、佐伯寅吉中尉は既に仕事を始めていた。
「おう、精がでるな。ってなんだいそりゃ?」
「あぁ、少佐。これ、知り合いが持ち込んできたんですけどね。遠隔のテレタイプ、みたいなものです」
「みたいなもの?」
「郵便局に売り込みかけたけど門前払いされて、流れ流れてウチにきたんですよ。音の高さと短長を組み合わせてるんです」
佐伯が大きなテーブルの端に置いてある箱につながった電子タイプライターのキーを叩く。
机の反対側に置いて同じような箱に繋がったプリンタが字を打った。
「だから音を無線にのせても使えるらしんで、まあ、使えたら拾い物かと思ったんですよ」
佐伯の言葉に椎名の目が輝いた。
「本当か?」
「持ち込んだ奴は、音色を別けるだけのしょぼい奴っていってましたけど」
佐伯は大笑いする。
「なにがしょぼいだ。これは世紀の大発明だぞ。まさか周波数シフトキーイングを実際にやる奴がいるとか驚きだよ」
佐伯は机の上の、箱に手を載せた。
「これ、絶対使えるぞ!!いや、歩兵は無理でも、艦船には余裕で積める!紙で残るなら命令のログも取れる、誤伝も防げる!」
「いやいや、そこまで本気にならんでも……」
佐伯は苦笑しながらも、中佐の熱の入りように圧倒されていた。
(この人、帰省明け初日でなに全力モードなんだ……)
椎名は早速、試験部署と設置担当部署に連絡を入れ始めた。
「とにかくフネに積もう。で、現場の反応を見て拡張だ。大きな作戦通信を一元化できるのはデカいぞ」
「……少佐、さすがにそれは言い過ぎじゃないですか?」
「なに言ってんだ佐伯。こういうのは夢があるんだよ。夢が。俺はこの手で、戦争のやり方を変えてみせる!」
(いやそれ、夢じゃなくて妄想の領域では?)
佐伯は大きくため息をつき、持ち込まれたテレタイプ装置の評価作業にもどる。
装置は小型化され大型船舶だけでなく沿岸警備艇のような小さな船や、受信のみの機能限定版が航空機にまで搭載されるようになるが、予算の関係で一部の部隊にのみ配備となる。
その稀少性と軍事機密の壁に阻まれ幻の装備となり、後世で多くの憶測を呼ぶ遠因になることなど、佐伯はまったく想像していなかった。