奴らはいったい何者だ?   作:Shigy20250620

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胃袋を支配する者、戦場を制す

 1929年9月、国防省の霞ヶ関庁舎の一角にある会議室は満室状態だった。

 伏見宮邦道は陸軍中将だけでなく、皇族の名代としてその会議に出席していた。

 隣に座る海軍少将の朝香宮良永も同様だった。

 2人以外の出席者の階級は、少佐以下ばかりであるのは邦道の意向である。

 議題は「陸海軍協同による資材・装備調達に関する合同検討会」であり、平たく言えば「陸軍と海軍で同じものを一緒に大量に買えばその分安くなるよね」というものだ。

「うちの娘が言ってたことを実際にやる奴が居るって、やっぱりウチの功子は頭がいいよね」

 小さくうなずく邦道に良永が視線を向け、呆れたような顔をする。

「この間、海軍と陸軍で同じ飛行機使えば運転手の学校はひとつにできるでしょ、と言い出してさ」

 邦道は楽しそうにいながら、手元の資料をめくり、ざっと目を通す。

「操作方法の統一、部品の共通化すればランニングコスト圧縮になる、と、まぁそう言う意味の事を言っててね」

「ノリちゃん、まだ5歳だろ?」

「将来が楽しみだと思わないかい?」

 邦道の親ばかぶりに良永は呆れる。

 司会役の装備調達局の局長が咳払いしてから会議の開始を宣言した。

 装備の調達、消耗品類、そのほか色々とどう調達するか、という議題が持ち上がる。

 会議は航空機の燃料、で盛り上がり、海軍が現在よりオクタン価が高いガソリンをと望み、陸軍は多少エンジンの性能が落ちることになっても量が多いほうが良い、という。

「同じ燃料を使える装備を開発できるか?」と詰め寄られた技術士官が「妥協してもらえる前提なら」とシドロモドロに答えるなどの一面もあったが会議は順調に進む。

 それを見ながら、邦道は前回の会議を思い返していた。

 

 前回の会議は陸軍と海軍の縄張り意識のぶつかり合いだった。

 邦道は陸軍庁と海軍庁の「私服組」同士の意地の張り合いを、仲裁を諦めて見ていた。

 双方譲らずに会議が膠着状態になったとき、邦道は咳払いして自身に視線を集めてから「意見がある者はいるか?」と問うた。

 手をあげ、立ち上がったのは一人の、三十路手前に見える一人の中尉だった。

「井出中尉……調達局の、だったか?」

「装備調達局の井出中尉です」

 一礼して言う井出。

 目立つ人物ではない。声も大きくない。しかし、その中尉は書類を一枚掲げてこう切り出した。

「調達費における非効率の最大要因は、同一の用途の品を、別々の規格で別々の価格で購入していることです」

「ふむ」と何人かが興味を持ったように書類に目をやる。

「同じものを大量に買えば安く買えます。用途が同じものを陸と海で別々に調達するなど、国民の血税を無駄遣いするに等しい。これは・・・」

 井出は一瞬、言葉を選ぶように息を吸った。

 邦道の視線が鋭くなる。

 ここで“過ぎた言葉”を言えば、軍人として致命的だ。

 だが、井出は顔色一つ変えず言いきった。

「間接的な国賊行為にほかなりません」

 会議室の空気が一瞬、止まった。

 陸軍の将官が椅子を引く音だけが、妙に耳に残る。

 背筋を伸ばしたままの井出に、誰も言葉を返さない。

 邦道は視線をそらさず、冷静に中尉を見つめた。

 この若造、いや――この男は、何者だ?

「当然、陸と海でまったく同じに使えるものと、似ているが違うものがございます。したがって共通化にも段階と選別が必要です。ですが・・・」

 井出はなおも静かに言葉を継ぐ。

「一文を笑う者は一文に泣くと言います。いざ銃弾を買う、急に油が必要となった、その時に財布が空では兵士は死に国は敵に蹂躙されるでしょう」

 再び沈黙。

 邦道は、視線を落としたままゆっくりと椅子の肘掛けに指を添える。

 そこに居た全員が「殿下の反応」を待っているのを、彼は肌で感じていた。

 ややあって――彼は、小さく笑った。

「大胆だな、中尉」

 それは批判でも賞賛でもなかった。

 だが、確かにその場の“許可”を意味するものだった。

 少将クラスの数人が顔を見合わせ、そっと咳払いをしながら議論を再開する。

 だが、すでに空気は変わっていた。

 誰も井出を咎める者はいない。むしろ、多くが資料に視線を落とし始めた。

 

 邦道は目の前で進む「建設的な言い合い」を満足げに見ていた。

 中尉のあの一言で事態は進んでいる、建設的に。

(井出中尉。あの男、ただ者ではないな。軍務に染まっただけの者には、あの冷徹さは持てまい)

 良永も活発な会議についていこうと必死だ。

 邦道はそれを視界の隅に捉えていた。

(あの中尉。下士官出身か、民間からの抜擢か――いや、それ以上か)

 調べてみれば井出中尉が「質素と粗末は違います。命を使う兵に与える装備は、簡素であっても、粗悪であってはならない」と大蔵省の担当者に言い放ったと知ったとき、なぜか愛娘が「海軍と陸軍でおなじ飛行機使わないのはなんで?」と問いかけた時の顔が浮かんだ。

(どこか、この時代の人間ではないような・・・)

 邦道は自分のあり得ない発想を否定するように小さく首を振り、目の前の会議に集中した。

 

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