奴らはいったい何者だ?   作:Shigy20250620

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造船の神様、または胃痛持ちの中間管理職

「乃木保典中将からの強い要望・・・ですか?」

 藤本喜久雄は執務机に力なく座り、精神的な疲れを隠そうともしない平賀譲を怪訝そうな目で見た。

 年齢以上に老けて見える、艦政本部の第4部の部長を務める10歳年上の上司は無言で数葉の半紙を差し出す。

 反射的に受け取り、ざっと目を通した藤本の表情は怪訝そうなものになった。

「なぜ陸軍が我々に輸送船を作れというんです?」

「ただの輸送船じゃない。野戦砲を並べて敵が待受ける海岸を強襲し上陸できる船を作れといってきた」

 机に肘をつき、大きくため息をつく平賀。

 ここ1,2年でよくみられるようになり、今では「平賀不譲」や「電熱線」などと揶揄された姿はすっかり消えてしまった。

「多少のデコボコがある浅瀬でも突入し、部隊を展開または回収し、離脱できることが必要だそうだ。海岸に陣取る敵と砲火を交えながら、な」

 藤本は渡された半紙の束に目を通し続ける。

 要件が纏められ、簡単ながら想定する運用も書かれている。

「中将は『親の七光り』などと嘯いてるが、あれは化け物だよ」

 平賀は机の引き出しを開け、薬の瓶を取り出すと2~3錠、手のひらにとり口に放り込み、湯吞を手に取って錠剤をのみ込んだ。

 日露戦争の旅順要塞攻略時、一介の歩兵小隊の指揮官だった乃木保典は普通なら即時後方送りになる大けがを負いながら指揮を執り要塞の防衛線を浸透突破し旅順要塞陥落を決定づけている。

 戦後、療養しながら欧州に長く滞在し帰国後、軍に復帰すると軍の改革を始めた。

 最初は補給体制の見直しだった。

 それが成果を上げ、昇進すると次第にいろいろな無茶を言い出した。

 兵士の教育や、歩兵の被覆や装備など小さいものから装甲車や戦車、航空機などの開発まで幅広く口を出し、そしてそのほぼすべてに成果を出している。

 本職ではないと言いながら的確なアドバイスをする保典は陸軍に多くの信奉者が居る。

「乃木中将の無茶振りが我々にも回ってきたってことですか?」

 半紙の束に目を通し終えた藤本はそう漏らすしかなかった。

 今までにない、敵が待ち構える海岸に強引に上陸戦をするための装備を作れ、と陸戦に門外漢の藤本もなんとなくわかる程度の精度の根拠と共に記されていた。

「誰にやらせる?」

 平賀が藤本に訊く。

「長坂が適任ですね。こういう奇天烈なものはあいつ以外に作れんでしょう」

 藤本は資料を平賀の机の上に置く。

「だろうな」

 弱々しく、部下の進言に同意した部長は主任技師を呼び出した。

 

 20代半ばの長身痩躯の、どこか捉えどころがない、俳優でもおかしくない優男が現れる。

「部長、およびですか? 藤本さんまで居るとは、大ごとの予感がしますね」

 よくとおるバリトンの声は『若いころに声楽を学んだことがあるから』とのことだが、それがいつ頃でどこで学んだのか、知る者はいない。

「よく来たな。長坂。お前に任せたい案件がある」

 長坂と呼ばれた青年は、平賀が差し出す半紙の束を受け取ると目を通し始める。

「これはこれは。中将閣下はあきつ丸の前倒しをご所望のようだ」

 長坂が何気なく漏らした言葉に、平賀の表情が動く。

「あきつ丸?」

「陸軍の艦艇であれば命名規則的に丸シップでしょう」

 半紙をめくりながら半ばうわの空で応える長坂に、平賀も藤本も、あぁまたか、という顔をした。

 この、どこか捉えどころがない性格をした青年は、本人以外には意味不明な発言を度々する。

「ふむ、陸軍はどうやら強襲上陸戦を考えてますな。それも東南アジア方面で」

 面白いものを見つけた子供のような顔をする長坂を見てさらに表情が曇る平賀。

「なぜ、そう思うのだね?」

 藤本は長坂に問う。

「この要望書からどのような海でどう使うかを読み取っただけですよ」

 微笑みながら半紙の束を指先で叩く長坂。

「これを私が担当する、と言うことでよろしいですか?」

 自信にあふれた態度に平賀の顔色は曇り、藤本は苦虫を嚙み潰したような表情になる。

「そうだ。期限はとくに区切られていないがなるべく早く、だ」

「それならば、そうですね・・・」

 長坂は壁に掛けられたカレンダーを眺める。

「来週前半ぐらいに陸軍の、実際にこの船を使うことになる人を呼んでください」

「なんだと?」

 藤本が声を荒げるのを平賀が手をあげて制す。

「なぜだね?」

「使う人間の意見を聞かずに設計しても、文字通り机上の空論にしかなりません」

 真顔で応える長坂に藤本もついに諦めた顔になって黙り込む。

「希望はあるかね? あまり突拍子もないのは呼べんぞ」

「現場で指揮した経験者です。上陸作戦の経験者が必要です」

 平賀は椅子の背もたれに体重をかける。

 目の前に立つ青年が、一瞬、オーケストラの指揮を執る指揮者のように錯覚した。

 

 後日、長坂に会うために来たのは准将の階級章を付けた制服をきた初老の男性とその副官の大尉だった。

 副官は旅行鞄にパンパンになるほどの資料を詰め込んで携えていた。

 間に休憩をはさんだものの4時間におよぶ質疑応答が交わされ、会議室の黒板にはなんども図や表が描かれ、准将もその副官も持参した資料をひっかきまわし、参加者同士の意見が飛び交う。

 もっとも質問するのはもっぱら長坂であり、それに応えるために准将も副官も、同席している艦政本部のメンバーも資料を漁り、ソロバンを弾く状況が続く。

 会議が終わった時、長坂以外の参加者は疲れ果てていた。

 

 海軍庁の玄関、車止めに現れた陸軍准将と副官は、案内でついてきた平賀に漏らす。

「あの技術者。彼はとんでもないな」

「長坂ですか? あいつは変わり者ではありますが、それほどですかな?」

「現場を知らない技師屋が、海岸の土質についてあんなつっこんだ質問するかね?」

 退役までもう何年もないであろう准将の眼光は、まるで戦場にいるかのように鋭かった。

「彼は使う者の思想を設計に取り込む気だ。兵士たちの動きすら、彼は図面に盛り込むだろう。彼が生み出す揚陸艇がどのような怪物になるか、今から楽しみだよ」

 准将は血に飢えた肉食獣を連想させる凄みの有る笑顔を浮かべ、そして車に乗って去っていった。

 平賀は無意識に胃のあたりをさすり、そして海軍庁の建物の中へ戻る。

 第4部の執務室に戻れば長坂がさっそく机に向かって居た。

 上着を脱ぎ、ネクタイを外し、肘まで袖をまくり上げている。

 彼が配属されてからはよく見るようになった光景だ。

「これで少しの間は大人しくしてくれるだろうな」

 希望を込めて漏らす平賀。

 自分の席に戻り、ルーチンワークのように引き出しを開け、薬瓶を持つと中から3粒の錠剤を取り出し、湯飲みへと手を伸ばした。

 

 艦政本部は作業フェーズに合わせて主な担当が分かれた部署配置になっている。

 長坂が所属する第4部は基本的な設計を行う部署で、艦艇の基本的な設計を行い、どのような窯とボイラーを載せるのか、どのような艤装をするのか、武装は?など様々な要素を担当する部署と連携しながら作り上げる。

 皆の協力が無ければちゃんとした仕事ができないのである・・・が、その日、長坂が声をかけて集めたメンバーは皆、疲れているというか虚無の表情をしていた。

 コの字型に長机を並べた会議室に集められたのは艦政本部の部員だけでなく、陸軍庁の事務次官や野戦服を着た幹部まで居た。

 ホワイトボードまで用意され、ずんぐりむっくりな印象がある全通甲板を持った艦の三面図が張られていた。

 そこに、陸軍大尉の階級章が付いた野戦服を着た男を伴って平賀が入室してきた。

 先日、長坂にさんざん質問攻めにあった准将と一緒に来た副官である。

 平賀は陸軍大尉を紹介する。

「あー、こちらは富士教導隊の川口大尉だ。今日は実際に上陸戦を行う時に使う立場で意見をもらうために来てもらった」

 皆、言葉短くあいさつを交わし、平賀は川口を空いている席にすわらせ、自分がその隣に座る。

 机の上には各人に1部、資料が用意されていた。

 川口はざっと資料を見て「ウェルドック方式かぁ。横にもハッチあるんだ」と漏らす。

「これはまるで『近未来工業製品』だ」

 ぽろりとこぼす平賀に、隣の藤本が低い声で応える。

「でも、これ、ちゃんと動きますよ」

 二人の言葉を聞いた技師たちは、またか、と呆れる。

「この強襲揚陸艦、そんなに珍しいのですか?」

 川口が資料を指さしたところで、背後から、耳に心地いい声が聞こえた。

「お待たせしました、長坂です」

 長坂は10枚ほどを閉じた資料の束を「1部とって隣に回してください」と藤本に押し付ける。

 藤本は口をへの字に曲げたが黙って束を半分に分け、自分の分を残して両隣に渡す。

 皆、同じように自分の分を取って隣にリレーしていく。

「さて、早速ですが始めましょう」

 資料がいきわたったのを見て長坂が切り出した。

「今回はこの強襲揚陸艦、仮称ですが『天馬型』と呼びます。この集まりは天馬型がどのような船かを説明し、実際に設計に入る前に皆様と共に想定する問題を洗い出し改善案を出す場です」

 元気のよい長坂とは対照的に艦政本部のメンバーには精神的な倦怠感がにじみ出ていた。

 それを感じた川口は「なるほど、これが長坂効果か」と声に出さずにつぶやく。

「追加で配りましたのは目黒の試験場でスケールモデルを使って得た安定性や復元性などの資料になります」

「モック作ったの? もう?」

 川口は目を丸くする。

「CADもシミュレータもありませんからね、実際に水に浮かべるのが一番確実です」

 当たり前のことのようにさらりと返す長坂に川口は、これが長坂と言う男か、と納得した。

 陸軍にも『艦政本部の狂犬』『造船の奇人』『鬼才の変人』など、いくつかの長坂の二つ名を知っているものは居る。

 川口はどんな奇妙なモノがでてくるか、興味半分恐怖半分で会議に集中することにした。

 

 会議は紛糾したが、長坂は前もってわかっていたかのようにあらゆる質問に明確な回答を繰り返した。

 運用的な質問ですら回答し、補足として川口が予想していなかった状況すらつけ加えてくる。

 それには川口も舌を巻く思いで黙り込むしかなかった。

 つまり、この場に川口が居る意味がほぼ無いのだ。

 周囲に飛び交い始めた罵声に近い声を無視して資料をながめ、数字を確認していく。

 そして気になったので手をあげ、長坂に尋ねた。

「このウェルドック、サイズが中途半端に大きくないか? トクハツよりひと回りは大きくても余裕があるように見えるが?」

 周囲から「トクハツ?」という疑問の声がいくつが上がるが、長坂も川口も意に介さない。

「TCLのように車両運搬できる上陸艇を格納することを想定している。また、ダイハツを格納したまま作業スペースが確保できるかも、とか色々欲をかいてはいる」

「時代を先取りし過ぎだろ」

「乃木中将の要求にこたえるには必要だと判断した」

「まぁ。確かに」

 川口は頷いた。

「了解した。発展余地のための必要な空間だ、なんの問題はないな。たぶん、予算以外は」 

 川口の最後の一言に、長坂を含め、その場にいる全員が同意した。

 小さな積み残しの確認が行われて会議は終了し、天馬型は実際に建造される方向で計画が進むことが決定した。

 

 数年後、天馬型は『世界最初の強襲揚陸艦』として就役した。

 全体的にオフホワイトで塗装され、2門の100ミリ高角砲と6基から8基の20ミリ連装機銃を備え、最大6艘の上陸艇を運用できる天馬型は日中事変以後の東南アジアにおける島嶼戦で、上陸支援から対ゲリラ戦、物資輸送に海軍の軽空母と連携したりと大きな役割を果たすことになる。

 

「藤本君。乃木保典中将から来た要望だ、目を通してくれ」

 藤本は上司から差し出されて資料を手に取る。

「天馬型な、陸軍に好評だし大活躍してるだろ。それだけに色々と改善してほしいところがあるんだそうだ」

 かつて「神さま」とまで言われた男は引き出しから薬瓶をだし、中身の錠剤を数粒、口に放りこみ、そのまま嚥下する。

「長坂を呼んできます」

 藤本はそれだけ言って上司の元を離れた。

 

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