「は? 今なんと言った?」
石川信吾は鼻息も荒く、長坂忠を睨みつける。
「これからは空母の時代、航空機が戦艦を沈める時代です、と言ったんですよ」
「戦艦こそが戦闘を左右する重要な存在だ」
石川は顔を赤くして怒鳴るように言った。
「お前の言っていることは夢物語だ! 戦艦を航空機ごときが沈めるだと? 現実を見たまえ!」
「ふむ・・・」
長坂は何かを思案し、そしてニヤリと笑いながら言う。
「では、こうしましょう。お互いに自由な条件で“理想の艦”を設計し、設計思想を比べましょう。審判は中立の方々にお願いする。我々は造船技師ですから、技師らしく語り合いましょうや」
「良いだろう!」
石川が言い返す。
平賀譲はその光景を目にしながら無言で腹部をさすっていた。
一週間後、会議室に集まった技術者たちの前に大判の図面が次々と広げられた。
審判を押し付けられた藤本喜久雄が広げた図面には、のちに「大和型戦艦」と呼ばれる設計の原型が描かれていた。
「石川君、説明を」
「あ、はい」
平賀に促されて石川は説明を始めた。
「・・・と、このように技術的には既存の戦艦とは一線を画すものですが、その基本は継戦能力、索敵能力の向上を図ったものとなります」
石川が説明を終える。
46cm三連装砲、厚い装甲、巨体に相応しい速力。技術者たちは唸った。
「これは・・・とんでもないぞ・・・」
「ふむ。だが、順当な設計だ」
次に、無言で長坂が提出した図面を広げていく藤本。
「排水量5万・6万・7万・8万・9万・10万トン」の、5枚の超弩級戦艦図面だった。
藤本が長坂に図面の説明をしろ、と命じる。
「デカい船ってのは、あまりに前例が無い。だから、数で経験値の代用をさせていただきます」
長坂の言葉に技術者たちは顔を引きつらせた。
「これ……どこの未来世界の艦だ?」
「こんなもの建造できる国があるわけが……」
多段式レーダーマスト、小型偵察機、ディーゼルエレクトリック推進、無人対空砲台など荒唐無稽とも言える技術の数々を投入した『夢の戦艦』がそこには描かれていた。
設計図の余白には「敵弾を“気合”で避ける装置は未搭載」「艦載猫の搭乗スペース要検討」「紅茶の在庫確保は戦闘力に直結する」とふざけた書き込みがされていた。
「まぁ、現在は構想すらない技術も盛り込ませてもらいましたが、艦内の安全な場所でレーダー画面を見ながら複数の対空砲を遠隔操作するぐらいなら実現できるでしょう」
「なんだよこれ、艦橋の真ん中に対空砲だと?」
石川が文句を言う。
「射界の確保など考えると、その位置が便利なんですよ。対空だけでなく接近してくるボートなどにも対応できますから」
「どういうことだ?」
「リモコン操作のボートに爆薬を満載して戦艦に突っ込ませる。そういう戦法を取るのが出てきますよ。その対策ですね」
怪訝な顔をするも、一応は納得して見せる石川。
その後も「対空レーダーが4基も要るか?」「対空兵装で噴進弾だとぉ」「主砲2に副砲1? 火力が足りなくないか?」などと次々と疑問を投げかけるが、長坂が答えに詰まることはない。
淀みなく石川の疑問に長坂が答え、それを横で聞いている藤本は諦めの境地に達しようとしていた。
「お前、小さな艦ばかりやってたのは予算の制限が少ないからだろ」と。
石川はだんだんと勢いがなくなり、最後には藤本たちと同じような表情になった。
「なぁ長坂。実際にこれを作ろうとしたらどれぐらいかかるんだ?」
「5年は余裕でかかるでしょうね」
あっさりと答える長坂。
「これからの時代、どうしても戦艦に拘るのなら、使い道は大きく2つ。ひとつは空母の護衛として、打たれ強くなかなか沈まない対空砲として使う。もうひとつは海岸に陣取って内陸部の敵を艦砲射撃で吹っ飛ばすことです」
「戦艦同士の戦いはどうする?」
「ありませんよ。潜水艦なり攻撃機なりが戦艦のどてっぱらに魚雷を叩きこめばそれだけで戦艦は無力化します。どうしたって船足がおちますからね、置いてきぼりだ」
言い切る長坂に、何も言い返す気力がない石川は力なく藤本を見る。
雨に濡れた犬を連想させるほど情けない顔をしてた。
「これでわかっただろう? 我々はもう戦艦を主力に据えることはできんのだよ」
藤本の言葉に、石川は無言でうなずくしかなかった。
後年、この時に長坂が描いた5隻の戦艦の図面が紛失した。
もともと建造しない前提で、いわゆる「技術屋のお遊び」で描かれたために管理も甘く当事者たちも「あ、無くなっちゃったんだ」で済ませたという。