1938年11月7日、エルンスト・フォム・ラートがパリで銃撃されたという報がベルリンのオフィスに届いた。
杉山は新聞を読みながら静かに眼鏡を外した。
日系化学企業『三海興業・欧州支社』の技術部部長。
南米に拠点を持つこの企業は表向き中立的な多角経営の多国籍企業を装っていたが、彼が担っていたのは別の使命、ユダヤ人技師のサルベージだ。
「我々のユダヤ人狩りごっこもここまで、か」
杉山は呟いた。
どこか芝居じみた皮肉と、言いようのない疲労がその声には混ざっていた。
「濡れ手で粟と喜んでいたが、フィーバータイムも終わりか」
ニュルンベルク法が施行されて以来、ユダヤ系の学者や技術者たちは公職から追われ、収入を絶たれ、住む家も奪われ、国外への逃れることが望みとなった。
だが、帝国脱出税はその最後の望みさえ打ち壊した。
国外へ出ようとする者は、その全財産を置いていくよう求められた。
杉山はそこに目を付けた。
いや、正確には、彼の背後にいる国の目先が効く官僚たちが、そう仕向けた。
冷徹に、官僚が「未来の技術者を確保せよ」と命じたあの日の事を杉山は一生忘れないだろう。
仲間がいた、と言う驚きと共に。
そして、アーリア人なら見向きもしないようなとても安い賃金で、ユダヤ人を雇い始めたのだ。
杉山が率いる採用チームは、ユダヤ系の元大学教授、エンジニア、化学者などを対象に、南米の工場での勤務を条件に雇用契約を結んだ。
初任給は契約書通り、支給は翌月15日。
初月は試用期間という名目で無給。
そして社員食堂では、常識的な範囲で“持ち帰り可能”なパンと缶詰、ドライソーセージなどが昼夜支給される。
「持ち帰りすぎると目を付けられるぞ。君だけじゃない、家族の命がかかってる。慎重になれ」
面接後に個別で伝えられるこの忠告は、もはや合言葉のようになっていた。
採用から3週間が過ぎた頃、ユダヤ人技師たちには「転勤辞令」が届く。
『コルンビア州パスト市の製造工場へ異動を命ず。生活の安定のため、家族帯同を推奨する』
優秀であればあるほど、辞令は早く下された。
彼らを乗せた列車がドイツ国境を越えると、杉山はそっと胸の内でカウントダウンを終えた。
「帝国脱出税? 支払ってませんよ。まだ初任給払ってませんから」
税関職員にはそう言い放った。
形式的な調査で、彼らは無一文の『新入社員』という体裁で国を出た。
だが、フォム・ラートの暗殺は全てを変えた。
「本物のユダヤ人狩りが始まるな」
杉山は窓の外を見つめた。
「やるぞ。まだ、間に合ううちはな」
夜のベルリンにはまだ爆発音は響いていない。
しかし、時間の問題だった。
彼にできることは、既に限られている。
部下がオフィスに入ってきた。
「今日の分が、さきほど予定通り出発しました。26人です」
「次の便はもっと増やせ。時間との競争が激しくなる」
杉山はゆっくりと立ち上がった。
「社員、そしてその家族を会社に集めろ。社屋でも倉庫でも構わん、警備が厳重な場所に集めろ、安否確認がすぐできるようにな」
命令を受けた部下は部屋を出ていく。
「クラクフの改心するナチス党員に期待するしかないとはな。冗談きついぜ」
杉山の顔には憂いを含んだ、自嘲するような笑みが浮かんでいた。