奴らはいったい何者だ?   作:Shigy20250620

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見えない目、見えざる目

 昭和18年 夏。

 大本営は海軍作戦課。

 窓の外は霞んだような夏の陽射しに満ち、扇風機が無意味に回る室内で数人の将校が資料と格闘していた。

 作戦課の主務参謀、三井中佐は頭を抱えていた。

 紙の上でだけ実現する「高速駆逐戦隊」構想が、現実の予算で絞殺されようとしていたからだ。

「島風、やはりあれは夢だったな。カネも資材も人手も、どれも足りん。あれ一隻が限界とはなぁ」

 隣で冷やし茶をすするのは真壁大尉。

 階級こそ下だが、異様に話が通じる男である。

「そりゃまぁ。でも中佐、戦術の主眼を当てて沈めることに置いてるうちは、米軍には勝てませんよ。奴らもレーダー使うようになって命中率バク上がりですからね」

「レーダーねぇ。目に見えぬ眼か。困ったものだ」

「いっそ当たらなくする方向で考えましょうよ。レーダーってのは電波で位置を把握して、射撃するでしょ? なら、別の場所にいると見せかければ、向こうは空を撃ちます」

「何を言ってる? そんな魔法のような手段があるのか? 電波吸収塗料は予算的に厳しいぞ」

 三井中佐が湯飲みに手を伸ばす。

 そのとき、通信兵が一つの通達を運んできた。

 

  試験依頼:「新型対電探欺瞞装置」

  発信:装備調達本部

  内容:電探に対する反射欺瞞装置の試験協力要請。試作型1号の搭載候補艦を選定のこと。

 

 真壁は渡された資料を目に通していく。

 そして興奮した様子で立ち上がった。

「中佐。これ、です。これが神の一手です」

「は?」

「いやね、これはもう神の差し手ですよ。ECMですよ、初期型の。まさか日本でこんなものが・・・」

 三井はその熱量に、少し呆れた顔で答えた。

「お前、嬉しそうだな」

「だって、これがあれば高機動で回避する島風型の利点がそのままレーダーを欺いて回避する艦に応用できますよ。速力じゃなくて電波で回避! 島風が無理なら、電波島風を作ればいい!」

「あー・・・。なるほど。相手の視界を騙す、か。まるで海の忍者だな」

「そう、欺瞞と機動の融合です。火力よりも、生存性。これぞれぃ、いや昭和の新戦術!」

 三井は鼻を鳴らし、電報をもう一度見た。

「まあ、試すだけならな」

 呆れ半分、しかし内心は、何かに賭けたいという気持ちが芽生えつつあった。

 後にこの試作装置は、改良を重ねて「対電探欺瞞装置・三式」として少数の艦艇に実装されることになる。

 

 昭和19年秋。

 戦況が激しさを増す中、ほんの一夜限りの休息が許された。

 佐世保湾にほど近い料亭「花水木」の座敷に、複数の駆逐艦・巡洋艦の艦長たちが揃っていた。

 湯呑の中に酒を注ぎ、肴に箸をつけながらも話題は当然「次の戦闘」と「新兵装」に。

「いやぁ、おかげで今回は先頭を堂々と走れたよ。対電探欺瞞装置、あれはすごい。敵の射撃が明後日の方向へ飛んでいくんだ」

 そう自慢げに語るのは岩村少佐。

 声も大きく、語りも熱い。

「『敵はこちらの位置を誤認している』って報告が出てさ、もう笑いが出るほど外れてんの。そんでこっちは逆にガンガン命中させる。まさに『見えない優位』ってやつさ」

「ふん」

 盃を口に運んでいた同じ艦隊の石田中佐が鼻で笑った。

「だがなあ岩村、計算では散布界の外にいるはずだったお前の艦、思いっきり一発もらってドック入りしただろうが」

 場に笑いが広がる。

「アレはな、敵の弾道計算が下手すぎたんだ。おかげで逆に我が欺瞞装置が想定してた誤認角よりズレてて、結果的に当たっちまった!」

「つまり、敵が下手すぎたら装置の意味がなくなると?」

「まあ、そうとも言えるな」

 また笑い声。

 岩村も苦笑しながら杯を干した。

 この日、岩村艦長は日誌に記している。

 

  対電探欺瞞装置は極めて有用である。

  ただし、すべての技術には表と裏がある。

  表は「撃たれずに撃てる」優位性。裏は「油断を誘う」心理的脆弱性。

  人は見えぬ力に頼るとき、己の眼と判断を手放しがちだ。

  装置があるから大丈夫ではなく、装置があっても慎重であれこそ、心得とせねばなるまい。

 

 時は流れ1980年代。

 米国海軍戦術研究センターのオフィスでジェフ・カルホーン少佐は、古い日本の資料を前にため息をついた。

 戦術研究家として学生時代から第2次世界大戦の戦闘を調べ、キャリアを積んでここ数年は機密情報に触れる機会も増えていた。

 その機密指定されている資料のひとつ。

「これがその欺瞞装置搭載艦の艦長の日誌か……」

 翻訳された文書には、あの岩村艦長の名前があった。

『有用だが、すべてには表と裏がある』

 カルホーンはコーヒーをすすりながら、天井を見上げた。

「20年……いや、下手すりゃ30年は先取りしてる発想だぞこれ。しかも裏があるって冷静に自己批判までしてる……」

 苦笑しながら独り言のように呟いた。

「悪いところがあるって? バカ言え、悪いのはコストだけだよ。あとは全部正解だろうが……くそ、日本の奇人共め」

 彼は日誌のコピーを、現在進行中の電子戦装備評価報告書の資料の山にそっと追加した。

 

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