1941年10月、種子島宇宙センター。
ロバート・ゴダードはわざわざ訪ねてきた外務省の担当者に質問された。
「日本はアメリカと戦争をします。ゴダード博士は、国に帰りますか?」と。
国に帰れば日本との関係が深かったということから政治的なリスクがある人物とみなされアメリカ国内での行動が大きく制限されることは予想されていた。
ゴダードは若い役人に笑って答える。
「私は日本に残る」
役人は「日本にいても、交戦当事国出身者のあなたには色々と制限が付きますよ?」と尋ねる。
「アメリカに帰ったところで理解者はいないからね」
その一言で、すべてを納得したのか若い役人は種子島宇宙センターを後にした。
食事時に顔を合わせたヘルマン・オーベルトが「君も残ったのか」と漏らした。
「あなただってドイツには帰ってないじゃないですか」
「どうにも、ナチは金も出すがそれ以上に口を出すのが我慢できんのさ。私の当面の目標はカメラを宇宙に飛ばすことだ。人を殺すための爆薬を遠くに飛ばす仕事なんてお断りさ」
冗談めかして言うオーベルトにゴダードは苦笑した。
種子島宇宙センターは日本の文部省と通産省が関わっているが、彼らの一番のスポンサーは気象台だった。
より安価に、より精度の高い軌道を保って空高くにカメラを飛ばし、写真を撮り、無事に回収すること。
これが気象台が彼らの研究に金を出す口実だったが、さらにその先も要求されている。
10年以上も昔、出鱈目な新聞記事を書かれ憤慨していたロバートに会いに来た小柄な日本人。
タジマと名乗った彼は「我々は地上1200万フィートの高さにカメラを飛ばすことを計画しています」とロバートに言ったのだ。
1929年7月、マサチューセッツ州オーバーン
納屋にいたロバートを一人の日本人が訪ねてきていた。
「高さ1200万フィートで時速約7000マイル、だいたい音の9倍ぐらいの速さで動くカメラを飛ばします」と切り出した。
「タジマといったか。なぜそんなことをするんだ?」
ロバートは答えを期待してはいなかったが、聞いてみた。
タジマは真剣な顔な顔をして答えた。
「静止衛星軌道にある衛星で雲の写真を撮って、天気予報に役立てるんです」
「天気予報だと?」
「そうです。静止衛星軌道に高精度のカメラを載せた観測衛星を置いて、数時間おきに写真を撮るんです。それが何か月、何年と続けば天気予報の精度が飛躍的に上がるんですよ」
「天気予報のためだけにロケットを飛ばすというのか?」
「天気予報って大変なんですよ」
しみじみとタジマがいう。
「どこの国の気象台の予報士でもいいです、どれぐらいの広さの天気まで細かく予報できるか聞いてみてください。町とか村がすっぽり入る大きさどころか、その何倍、何十倍もの広さが返ってきますよ。でもね、世の中の多くの人は、自分の頭の上の天気が全てなんです」
「まぁ、そうだろうね」
ロバートはタジマの言葉に困惑しながらも同意する。
タジマがなぜかマサチューセッツ州の地図を取り出して広げる。
「たとえばレミンスター、フィッチバーグに雨という予報が出たとします。そして、ほぼ同じ予報がウースターにもでます」
地図に指をあて、それぞれの都市の位置関係を示す。
「レミンスター、フィッチバーグは近いうえに地形的に天気も連動しやすいですし、現代の天気予報精度じゃ5マイル離れてるこの2つの町は誤差のうちどころか『同じ場所』扱いになるほど近いんです。そしてウースターまで行ってやっと『誤差扱いの距離』になります」
「なるほど、君が言いたいのはレミンスター、フィッチバーグのどちらかで雨がふり、もう一方で雨が降らなかったら文句を言うやつが出るってことか」
「そうです。で、文句を言う方の多くは女性で主婦なんです。一日中自分の家に居て近所の天気もしったこっちゃない、という人たちです」
タジマが地図をしまう。
「そして、文句を言う方たちは非常にアグレッシブなんです。特に文句をつけることに関しては超一流です」
ロバートのタジマを見る目が変わっていた。
「つまり、私のロケットでカメラを打ち上げ、雲の様子を写真に撮って、雨がふるかどうか調べたい、と」
「ええ。そういうことです」
タジマは肩をおとして言う。
「宇宙について詳しくないんで間違ってるかもしれないんですが、私が思うにもしかすると人類が月に行って帰ってくるよりも大変かもしれません。でも、人が月に行けるぐらいの技術があればなんとかなるんですよ、たぶん」
「それでロケットか」
ロバートが鼻で笑う。
「そうです、そこでロケットです」
タジマが真剣な顔をしていた。
「シリコン製の板を並べて太陽光を当てれば発電ができます。ジャイロを回転させカメラを動かし、地上と通信する電力を十分賄えます。軌道を維持する燃料が切れるまで、毎日写真が取れたらそりゃもう天気予報の精度はガンガンよくなるんですよ」
「軌道を維持する?」
「ほら、月や太陽の影響や太陽風なんかで衛星の位置がズレるじゃないですか。それを補正しなかったら軌道を外れるでしょう?」
ロバートはふむ、とうなずく。
「そうだな。君はなにか他に人工衛星に関する知識はあるかね?」
「え?」
タジマは急な質問に戸惑う。
「ええと、そうですね・・・原理的には3つの衛星で中継すれば地球上のどこからでも通信できるとか、周回軌道上のデブリを掃除する方法として、電気が流れるワイヤーを伸ばして一種の電磁石にしてデブリの軌道速度を落として大気圏に落として燃やす・・・ぐらいですか。実現できるか知りませんけど原理はいちおう知ってますよ」
ロバートは笑った。
「いいだろう、君の受けるクレームの電話を減らすために少しばかり協力しようじゃないか」
驚きと喜びを同時に顔に出すタジマを見てロバートは決心していた。
「宇宙は詳しくない」だと?
今までだれ一人としてデブリ、宇宙のごみの問題について考えた者はいない。
それを「取るに足りない知識」のように考えている。
この謎に宇宙について詳しい人物の秘密を暴いてやる、そのためにこの怪しい東洋人の誘いに乗ってやる、そう決心していた。
1945年3月。
フォン・ブラウンは航空戦艦日向の後部甲板に居た。
突貫工事で前部甲板に垂直射出装置が、後部甲板には通信用のパラボラアンテナが増設されている。
日向から打上げられる偵察衛星の運用責任者としてフォン・ブラウンはそこにいた。
スタッフのなかには「VLSって何だ?」と冗談を言う者が居たが、ほんの数人にしか受けていなかった。
「気象衛星の試作品を偵察に使おうって、なに食ってりゃそんな発想できるんかね」
テレメタリー装置の点検をしている海軍の技術者が漏らす。
受けないジョークを言っていたスタッフだ。
「ひまわりが新しくなった時、冷戦時代の偵察衛星より解像度高いカメラ載せてたって話、聞いたことないか?」
同じ作業をしている陸軍の技術士官が応える。
受けないジョークに笑っていた数少ないスタッフの1人だ。
「それ都市伝説だと思ってた」
「天気予報のメッシュな、アメダスとか駆使してやっと10キロ四方だぞ。それなのに自分の頭の上だけの天気で当たった外れたと文句言うのが世間の反応なんだ」
「あー。つまりそういう連中に対応してたらってことか」
「民生品を流用するのは日本軍の得意技だけどな、使えるものは何でも使わなきゃ」
「普通は逆じゃないの?」
「自衛隊時代からの伝統らしい。乃木ジュニアが言ってたってさ。知らんけど」
「なんだよそれ」
軽口を交わしながらも二人の技術者が準備を終える。
「ブラウン博士、こっちは準備できました」
師のヘルマン・オーベルトが日本残留を決めたとき、一緒に残ったフォン・ブラウンは今では「ロケットを応用する現場の何でも屋兼技術総監督」のような立場になっていた。
つまり、軍にしろ軍属にしろ民間企業にしろ、技術者たちに一目置かれる立場である。
「よし、予定通り飛ばそう」
フォン・ブラウンが決断する。
すぐにロケットの発射手順が開始され、甲板にカウントダウンの声が響き、0と同時に日向の前甲板から勢いよくロケットが飛び出していく。
「1段目燃焼正常。2段目点火まであと5」
「エアデータモニタリング、正常」
「接合部解除、1段目燃焼停止、エアブレーキ展開」
「2段目燃焼正常」
「ポンプ正常、問題なし」
スタッフたちの間で頻繁にやり取りが行われる。
ロケットは正常に動作し、あっという間に上空100キロを超え宇宙空間まで上がった。
「予定の弾道軌道にのってる」
「とっとと写真を撮るんだ」
ロケットはフェアリングを開放し中に収められていたカメラで地上の撮影を始める。
高度100キロは、地球の丸みで隠れてしまう1200キロ先まで見わたせる距離だ。
北西ハワイ諸島の北500キロほどを並行するような弾道軌道をとるロケットからは、そのすべてが見えていた。
「100キロ先の人の顔がわかる」とまで言われるほど高い解像度を持つカメラがアメリカ海軍の艦艇の姿をとらえる。
ロケットの落下予定地で準備していた最上はロケットを回収するとその場で現像と焼き増しをして連絡機で展開する艦隊へと届けに行く手はずになっていた。
滞空時間が十分にあれば電送できるのだが、高密度な通信ができないため諦めている。
「何隻も船を動かすよりはマシだけどさぁ、これ戦時でなきゃ絶対無理だよな」
海軍技術者がつぶやく。
フォン・ブラウンもその意見には同意だった。
気象観測衛星の試作ロケットを軍事利用するなど、常時なら無理だ。
「ガス代節約のために燃料バカ食いするロケットを飛ばす、か。これも費用対効果ってやつのひとつなんだろうな」
フォン・ブラウンは苦笑した。
真空管からトランジスタへの発展、磁気録音(磁気テープ)の実現、ラジオの海賊放送のせいでおきた「ソ連共産党のプロパガンダ戦争の敗北」など「転生者のやらかし」のネタはありますがなかなか文章にできません。
自分の才能のなさが恨めしいです。