奴らはいったい何者だ?   作:Shigy20250620

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後日談です。
「テレタイプのような装置」の真価がバレなかった理由です。



ノイズに隠された声

 1975年、カリフォルニア州、アメリカ海軍技術研究所。

 白衣姿の技術者が数人、机の上に広げられた古びた装置を囲んでいた。

 その中心にいるのは、通信研究部門の中堅技術者、チャールズ・ハミルトン中佐。

 彼の目の前には、日本海軍の旧式艦艇から回収された「不思議な通信端末」があった。

 無骨なスチールボディに、妙に馴染み深いキーボード。

 内部配線の構造は簡素ながら――異様な完成度。

 永らくの間、「通信を補助するためのテレタイプ装置」と見られていて、その真価は見逃されていた。

 エリオット・マークス博士の遺稿が見直されるまでは。

 

「これは、誤解を恐れずに言えばオーパーツだ」

 ハミルトンは周囲にいる同僚たちに説明を始めた。

「この装置の通信モジュールは1対1ではなく、1対多で、しかも全二重で通信できる上に、信号衝突の検出までしている」

「冗談だろ?」

 話しを聞いていた一人が馬鹿にするな、とばかりに言葉を発した。

「こんなプリミティブな装置で、コリジョン回避だと? 第二次世界大戦中に?」

 ハミルトンは、回路図を指で差ししめす。

「上の線は受信機からデコードされた回路の出力、下の線は、制御装置からの出力で、ここで比較している。2つの信号が食い違うとき、無線モジュールはこっちの信号を、エラー信号をアクティブにして送信を止める」

 ハミルトンは回路図の該当する経路を指でなぞりながら、補足の説明を加えていく。

 周囲の人間の表情がだんだんと曇っていく。

「こいつらは、明らかにデジタル通信をするための回路で、衝突検出はAMI符号を使った現代の衝突検出の原理と全く同じといっていい」

 ハミルトンはさらに分厚い制御装置-キーボードが繋がっている装置の解析資料の束に手を伸ばして、付箋を挟んでおいた場所を開く。

「そして、制御装置はエラー信号がアクティブになったら、時間をおいて再送するんだ。人の操作を必要とせず、完全に自動で」

 周りの人間は、怪訝そうな顔をしていたが、否定する者はいない。

「さらに、この装置が奇怪なところは・・・」

 ハミルトンはA0サイズの紙を広げた。

 びっしりと細かく書き込まれている回路は何本もの線が平行になって走り、トランジスタを連ねている箇所が散在している。

 トランジスタを連結して、電気信号を補強するのは「バッファ」と呼ばれる、デジタル回路では基本的な使い方で、それと全く同じつなぎ方がされていた。

「この紙に書かれているのは全体の20%にも満たない。それだけ複雑な回路だが、同じ働きをする線をひとつにまとめてブロックダイアグラムとして書くと、こうなる」

 ハミルトンが取り出したのは2本の線にいくつかの機能ブロックが繋がっている、簡潔なものになった。

「なんだよこれ、モトローラーの試作品か? ジョークならつまらないし、いたずらなら低俗すぎるぞ」

 ハミルトンが差し出した紙を見るなり、ひとりが不満そうに言う。

「俺がいたずらするならもう少しアイデアを捻るよ」

 ハミルトンの真剣な答えに皆の表情が、理解が進むとともに驚きに変わっていく。

 皆が理解したことを確認したハミルトンは新しい資料を開く。

 フローチャートで一見すると簡潔な、ただしよく見れば複雑な処理をするプログラムが書かれていた。

「これが、制御装置のプログラムを逆アセンブルした結果だ」

「今、何と言った?」

 最年長の研究者が口をはさむ。

「こいつはコンピュータなんだよ。ノイマン式の、データとプログラムが混在する書き換え不能な領域、つまりROMと、書き換え可能な領域、つまりRAMをもっているコンピュータなんだ」

「まさか?」

「そのまさかさ。プログラムを解析した限りでは、こいつは端末で、ホストにリクエストを送り返事をもらい、それを出力する装置。実際の頭脳は、通信相手だ」

 ハミルトンは皆の顔を見る。

 恐る恐る、最年長の技術者が口を開いた。

「戦争中に、無線で、複数の端末をぶら下げたホストをスター型のネットワークでつなげていた、というのか?」

 ハミルトンは頷いた。

「そして、日本軍はコンピューサーブのBBSのような誰でも閲覧できるシステムを使っていたんだ。アナログ無線機の、音声の帯域を使って、低速で限定的だが、一元管理されたデータとそれに自在にアクセスできるシステムを日本軍は持っていたんだよ」

 誰も口を開かない。

「陸軍の連中も、こいつによく似た装置を鹵獲している。それはラジオにつなげられていたそうだ」

 ハミルトンの言葉を真剣に聞く技術者たち。

「ラジオ放送にまぎれたノイズ、それがデータ通信だった。軍用無線を妨害しようと、伝令や郵便を遮断しようと、指令は現場の部隊へ届いていたんだ。それに気づける者があの時代にどれだけ居た?」

 ハミルトンは静かに続ける。

「確かにこの装置は日本軍の全軍に配備はされてなかった。だが司令部にホストを置き、タスクフォースの旗艦や歩兵の大隊司令部に端末を置くだけだったとしても、効果は絶大だ」

 沈黙が部屋を支配する。

 やがて、一人の男が口を開いた。

「これを作った奴は神か悪魔だな。誰がこんなものを作ったんだ?」

 ハミルトンは装置に添えられていたラベルと、捕獲報告書の一部を一同に示す。

 そこにはこう記されていた。

 

  試作通信装置。東京下町在住の民間人より納入。

  通称:テレタイプ端末(電文送受装置)。装備研究所にて採用。

  当該民間人は当局との継続的な取引なし。個人発明家と推定。

 

「民間人? アマチュアの発明家だって? ……嘘だろ?」

 思わず声をあげ、周囲の技術者たちは顔を見合わせた。

「これを作ったのが本職じゃないだと? 俺たち以上に信号処理理解してるとしか思えないぞ」

「コーディングの思想。知らないやつにこれは1年前に書かれたプログラムだと言ったら疑いもしないぞ」

 次々と驚きを苦にする技術者たち。

「で、その発明家の名前は?」

「不明。書かれていたのは“上野の山の近くに住んでいた人物”とだけ。記録はそこまで。あとは機材だけが残ってる」

 ハミルトンはしばし沈黙し、うっすら笑った。

「神か悪魔か……もしかしたら秋葉原の誰かだったのかもな」

「それで済ますな。こんな奴が日本にゴロゴロいたら、こっちは勝ててなかったぞ」

 研究室には、しばし言葉のない静寂が流れた。

 やがてハミルトンは手帳に記録を書き込みながら、低くつぶやいた。

「“偶然の産物”にしては……あまりにも出来すぎてる。これは組織的ではない、でも――何かの意思を感じる。こいつはまだ何か、裏があるぞ」

 その言葉は、やがて彼が編纂することになるレポートの冒頭に、こう記されることになる。

 

  我々は、戦前、戦中の日本で一体何が起きていたのかを、もう一度真剣に問い直すべきだ。

 

 後に「ハミルトン・レポート」と呼ばれる文書はマークス博士の遺稿とともに機密指定を受け、世間の目にさらされるまで半世紀以上の時間を必要とすることになる。

 

 1992年、国防総省 戦史分析室。

 地下の資料保管室には、今なお機密指定が解除されていない文書が山のように積まれていた。

 その一角で、ジョセフ・W・エマーソン准将は、静かに資料を読み込んでいた。

 彼の机の上には、「ハミルトン・レポート」と表紙に記されたファイル。

 謎の「電文送受装置」について詳述された技術報告だった。

「音響搬送波……周波数変調……全二重通信……。しかもコリジョン回避までやっていた? 冗談じゃない。これはデータリンク通信そのものだ」

 エマーソンは、資料に付随した交戦記録や戦果報告、戦術評価報告書を次々に読み進め、愕然とした。

 

  この通信装置があったからこそ、日本海軍はアメリカの機動部隊に“組織的”な奇襲を加えられた。

 

 日本軍の作戦行動は無線傍受に対して不可解なほど沈黙していた。

 だが、周波数の狭間に載せられた“雑音”が情報のやり取りだった可能性。

 その手法は現代の戦術通信ネットワークの概念にあまりにも酷似していた。

 エマーソンは、静かに言葉をつぶやいた。

「……もしドイツが、あと三ヶ月だけ持ちこたえていたら、アメリカは太平洋から完全に締め出されていたに違いない」

 部屋に居た上司、リチャード・サンダース少将がそれを聞いて、眉をひそめた。

「本気で言っているのか?」

「はい。日本は、当時のアメリカが想定した“後進国”ではなかった。むしろ、とんでもない技術者が、組織に属さず市井に散らばっていた。だからこそ、当時の連合国はどこも“兆候”を掴めなかったんです」

「だが結局、勝ったのはアメリカだ。それはどう説明する?」

 エマーソンは苦笑しながら、机の端に置かれた戦後経済報告書の山を手で指し示した。

「今ほど日本が万年予算不足に悩む貧乏な国だったことを、幸運に思ったことはありませんよ」

 サンダースは、唸るように言った。

「……アメリカが勝てたのは、日本が貧乏だったからというのか?」

 エマーソンは微笑もせずに、淡々と返す。

「他のどんな意味に聞こえましたか?」

 表情を変えず、エマーソンは続ける。

「資源も、産業規模も、兵站力も圧倒的にアメリカが上だったんです。それなのに、“経済封鎖していた相手に負けていた”んですよ」

 サンダースの表情は曇っていく。

「おそらくですがね、日本はアメリカにカネを使わせようとしてわざと負けたんです」

 エマーソンの結論にサンダースは異を唱えることができない。

 思い当たる節が多すぎた。

「日本人って……いったい、何者だよ……」

 サンダースの呟きは静かに空調の音に消えていった。

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