海軍関係のエピソードは、これでおしまいになる…はずです。
1982年、ノーフォーク海軍基地。
「グレン、これ見てくれ。日本の模型会社が出してる“架空戦艦シリーズ”ってやつだ。近代化改修されたアイオワ級の模型だぜ」
グレン・F・ロジャース中佐は模型の箱を受け取り、眉をひそめる。
「なぜこんなものが、今ここに?」
ホールズが横から口を挟む。
「イガラシさんが持ってきたんです。休暇中に実家に帰ったお土産だって。冗談で“こっちのほうが現実的”って言ったら、博士が本気で精査し始めた」
模型のひとつ、「近代化改装型・戦艦アイオワ(架空案)」の設計を見たマクベス博士が呟いた。
「……これは、ありえん。いや、“完全に非現実”と言い切れないところが怖い」
ロジャース中佐は模型の説明書に目を通し、目を見開く。
「VLSセルを艦中央の旧機銃座に配置、CIWSを艦橋上部に……この配置は……我々の案の1つと、よく似てるな?」
ホールズが追い打ちをかける。
「艦尾のヘリパッドも、設計会議の草案で議論されていた形です。しかも、これを“パッケージで最適解”としてまとめてる」
ロジャースが模型のパッケージ裏を見ると、監修者の名前が載っていた。
「T.Nagasaka……? 誰だ、こいつは?」
五十嵐が苦笑しながら説明する。
「軍艦の模型設計の監修をよくされてる方です。元海軍技師という噂もありますが、正体ははっきりしないですね。戦前の幻の設計図——“五連超大和案”の作者という都市伝説まである御仁ですが、表に出てこないんですよ」
ロジャース中佐が渋い顔をする。
「……また“あの日本人”か。時代が変わっても、同じ設計思想が亡霊のように現れる。我々が図面を引くと、なぜかそれを先回りして向こうからやってくる」
ホールズが笑い混じりに言った。
「これが本物の“設計の伏兵”ってやつだね。冗談の模型で、設計会議が混乱するなんて」
マクベス博士はふぅ、と息を吐いた。
「もしこの“冗談模型”がまた何かの布石だとしたら……我々は図面と模型で戦争を仕掛けられてるのかもしれんよ、グレン」
1976年、静岡市。
榊原昭太郎は、大学時代の恩師の自宅を訪ねていた。
造船工学の専門家で、今でも臨時講師を務めている老技師だ。
思うように就職ができなかったときに、模型メーカーを勧めてきた唯一の人物で、今、その模型メーカーで中堅と呼ばれる営業職になれたのは老技師のおかけだった。
「未成艦ですらないのかい?」
老技師は榊原が見せた新しい商品ラインナップの案を見て目を細める。
「ええ。そろそろ『夢』を売ってもいいんじゃないかって、開発部の連中が言い出しましてね。どこからかこんな図面を引っ張ってきたんですよ」
榊原が差し出したのは一部の架空戦記マニアの間では『超大和型』や『10万トン戦艦シリーズ』と言われる、設計の意匠が統一された5隻の戦艦の図面。
「これ、アメリカの国会図書館に収められているものなんですが、なんでも日本が計画していたけど結局は大和型が作られたという曰くがあるんです」
老技師はニヤリと笑った。
「もうどこにも残ってないかと思ったよ。アメリカにあったとはねぇ」
「知ってるんですか?」
驚く榊原に、愉快そうに笑顔を見せる老人。
「石川君が、石川信吾がこの図面を見て意気消沈していく様は今でもはっきり覚えているよ。大艦巨砲主義者だった彼がこの図面を見てすっかりしょげていたものさ」
榊原が記憶をひっくり返して「石川」の名前を引っ張り出すまでに少し時間がかかった。
「石川信吾って・・・大和型の基本設計した人でしたっけ?」
「基本設計というか、原形の設計をしたというべきかな。この図面が書かれたころとほぼ同じ時期に、彼は大和型の基になる艦を設計してるんだよ。だが、こっちの5枚はもとから作る予定がなくてね。いつのまにか紛失してしまったけど、それに気づいたときに誰も気にしなかったな」
老人は愉快そうに笑う。
「ところで昭太郎くん。作られなかった架空の艦を出すなら、ついでに『これから作られるかもしれない』架空の艦も一緒に出すのはどうだい?」
「これから作られる?」
「アメリカの議会にアイオワ級の近代化改修の予算が申請されたってニュースがあったろう? 予算が通ればちょうどその頃に模型が店頭に並ぶんじゃないか?」
「まぁ、そうですけど。巧くいきますかね?」
「ただそのまま予想されてる改修案を型に起こしてもつまらないな。こっちでこっちなりの『最適解』の改修案を出してやろうじゃないか」
悪戯を思いついたときの顔をする老人に、榊原は苦笑するしかなかった。
在学中も、この老技師に突き合わされてやったいくつかの悪戯。
この老人はその時と同じ顔をしていたのだ。
「アイオワ級の近代化案も“それっぽく”描かせてもらう。今の技術で実現可能な最大限の“架空”だ。……アメリカの技師連中が見て驚くぐらいのな」
「お手柔らかにお願いしますよ」
榊原はすっかり「その気になった」恩師に、効かないとわかっていても釘をさすのを忘れなかった。
後年になって静岡の模型メーカーが協力して出している艦艇のシリーズに「架空艦」が加わり、当初の想像をこえた人気になり何度か増産されるほどだった。
それが海外の軍事模型愛好家の間でも話題となり、米海軍関係者の目にも留まるまでさして時間はかからなかった。
2022年。
動画投稿サイトに、1本の動画がアップロードされた。
それはとある大学の工業系の学生が作った、1つの船舶模型シリーズの歴史を紐解きながら解説をしていく動画だった。
素材も木材から始まり、当時の知名度の高い艦艇から商品化し、シリーズがどのように展開していったのかを、判りやすく伝えていく。
そして1980年代に発売された一連の「架空艦」を扱い始める。
『この五連超大和案と呼ばれる5隻は、明らかに第二次世界大戦当時の設計思想で造られていません』
動画の中で投稿主が図面を見せながら説明していく。
先進的すぎる機能、それの元になったはずの設計思想、その思想がどれほど突然変異的な発想なのか。
わかりやすく説明した。
『そこで、この5隻の設計思想を、リバースエンジニアリングして、現代の造船技術でつくったらどうなるか。試してみました』
動画のなかでCAD画面で、ワイヤーフレームで船体が描かれて形になっていく。
『レーダーのような電子装置だけでなく、対空砲や機銃なども現代のものを使いました。そして、できたものが、こちらになります』
画面が引き、3Dモデルの艦の全体像が映る。
『あらかじめ言っておきます。架空帝国さんの作品ではないです。これは5隻の設計をマージし、現代の技術で再設計したものです』
画面の中で3Dモデルが回転し、あらゆる方向から船体を見せつける。
『御覧のように、イージスシステムを載せた戦艦になりました。元の設計思想を残しつつ実用化を目指したら、必然的にこの形になってしまったんです』
投稿主はいったん言葉を切った。
そして、続ける。
『まるで“先に知ってた”みたいで、ちょっと怖くなりましたよ』
動画内の設計図はCCライセンスでネット公開された。
「未来を設計した男へ、敬意をこめて」の一文を添えて。
1週間後、動画のコメント欄に、海外の視聴者から書き込みがされた。
This design… damn.
Back when we were working on the early Aegis program,
this was the kind of balance we were struggling to find.
How the hell did he see it so clearly 40 years earlier?
I wish I could ask him one thing.
How did you know?
1970年代にイージス艦の開発に携わったと思われるだろう人物の書き込みはその1回だけであった。
しかし、その1回だけの書き込みが反響を呼び、多くの人に波紋を広げていった。
榊原昭太郎はその騒ぎの広がりを知り、恩師の老技師がいたずらに成功した時の笑顔を思い出す。
そして、自分も恩師と同じような歳になって、同じような笑顔をしていることに気付くのだった。