伊号装甲巡洋艦建造の契約成立を祝うという理由で設けられた交流会で、チャーチル商務大臣が乃木保典少佐に抱いた最初の印象が「見た目が若い」だった。
今もヨーク公爵と朗らかに会話を交わす日本出身の青年を見て、どうしても貝の中の砂粒のような違和感が付きまとう。
英語に堪能で通訳を必要とせず、ヨーク公爵のゆっくりとしたしゃべり方にまったく動揺せず当間のように柔らかく接している。
なぜ、陸軍士官が日本からイギリスへの戦艦の発注のための交渉団についてきていたのか最初は疑問だった。
そして、その交渉もひと段落し受注が決まった今、チャーチルは乃木保典を油断ならない人物として、頭の中の要注意人物リストのトップに載せるか迷うぐらいに違和感のある男という印象に変わっていた。
艦船、海運、そしてそれらの将来展望について詳しすぎるのだ。
まるで老練な貿易商人のように。
そしてイギリスが秘密にしているはずのことも知っている。
研究段階にあるいくつかのことを「実用化されているごく当たり前のもの」という前提で会話している。
だが、そのことに気づいていない。
イギリスが隠していることを知っている、そして、それが秘密であることに気づいていないという不自然さ。
家族への愛を語るヨーク公爵と楽し気に会話をする青年は穏やかで、仕草や振る舞い、話し方など、とても20代半ばの青年とは思えぬほど落ち着き老成している。
ヨーク公爵と会話するその姿は、自分の父か祖父のような年の人物が25歳の青年の姿になっているかのようだった。
「顔色がよくないが、なにか悪いものでも食べたのかい?」
気軽にチャーチルへ声をかけてくるヨーク公爵に、あわてて姿勢を正す。
「乃木ジュニアはビッカース推しだね。ビッカースに決まってほっとしたとまで言っていたよ」
「なかなかに見る目がある青年ですな」
「明日にもバロー・イン・ファーネスにいってビッカースの造船所を見るらしい」
微笑しながらヨーク公爵が言う。
「三笠や香取が作られた場所を見るんだそうだ」
「あの青年は海軍に詳しいですね。わが国の海軍にも精通しているようです」
チャーチルは自身の疑問を口にする。
ヨーク公はチャーチルの言いたいことを察した。
「良いアイデアが形になって世に出回れば万人が知るところさ」
そして、いたずらっ子のような微笑を浮かべる。
「未来なら、なおさらにね」
ウィンクまでするヨーク公爵。
普段とは違うテンションの高さを見せられ戸惑うチャーチルに笑いかけて、そして立ち去る。
チャーチルはヨーク公爵の残した言葉の意味について思索をめぐらし、そして結論を出すことをあきらめた。
交流会は始まったばかりだ。
彼が言葉を交わさねばならない人物は多い。
チャーチルは自分の仕事をするため、歩き始めた。
「公爵、良いのですか? あのようなヒントを与えてしまって」
乃木保典が立ち去るチャーチルを見送りつつ日本語でヨーク公爵に質問する。
「将来、ボクがジョージ6世と呼ばれることになるとは限らないからね。将来の布石のひとつだよ。小さい、小さいね」
日本語で答える。
「ほどほどに頼みますよ」
「安心してくれ。悪いようにはしないよ」
満面の笑みを浮かべるヨーク公に、乃木保典は困惑した表情を浮かべるしかなかった。